経営者フォーラム 東京ランド株式会社

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第 7 章 消えた6 億円の借金

2017年05月03日 | 著書
「勝って閉じる道もあれば、負けて開く道もある。」小大名の悲哀を何度も
経験した戦国の武将、真田幸村の一族には、こんな言い伝えがあるそうです。
この章は、私の「勝ち戦」と「負け戦」の体験談です。
日本バブルの最中、私が中古マンション問屋業で大儲けしていたことは、前
述のとおりです。大儲けしていると銀行からは大変丁寧に扱われます。ゴルフ
接待や、銀行の迎賓館での接待など、接待漬けにされます。そんな折、銀行の
支店長から、こんな依頼をされたのです。
「社長さん、ご融資したものをすぐ返済されては困るんですよ。当行は金利
を頂くのが目的ですから。」ドンドン借りても返すナと言うのです。今考える
と信じられないような事を銀行の支店長は言っていたのです。
バブルのころは、仕入れた物件をリフォームして売り出すと、1 週間もしな
いうちに売れてしまいます。回転が良いのはマンション転がし業者にとっては
大変良いのですが、すぐ貸金を返済されては金利を稼げない銀行にとっては最
悪の融資先なのです。借りた金を返してもらっては困ると言うのです。
そこで支店長と私は知恵を出し合いました。お互いに良い方法を考えたので
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す。マンションが転売できても銀行からの融資金を返済しない方法です。元金
を返さないで金利だけを断続的に払い続ける方法です。新しい時代には新しい
方法を考える。それが経営です。
銀行には「通知預金」というものがあります。通知預金には金利が付きませ
ん。それを承知で各物件の売却代金は6 ヶ月間以上、預け入れることにしたの
です。その代りに、融資を受ける際、銀行は当方の仕入れ物件であるマンショ
ンに抵当権を設定しないことにしました。日本のどの銀行も、中小企業に融資
をする際は、社長を保証人にした上、物件を担保に取ります。
支店長と私の合意はムダな経費を削減する為です。ムダを省くことは経営の
原点です。そのマンションを担保に入れる代わりに、所有権移転に必要な書類
を、銀行に差し入れることにしたのです。登記済証(権利書)はもちろんのこ
と、所有権移転のための印鑑証明書、白紙委任状、資格証明書(法人の場合は
会社謄本)、評価証明書、などです。
自社名義に「所有権移転」をしないとなると、いろんな費用が浮いてきます。
① 登記料(登録免許税) 物件の固定資産評価証明額により決まる
② 抵当権設定費用(融資金額による)
③ 司法書士の報酬(売買金額によって異なる)
④ 不動産取得税(取得の約半年後課税される)
⑤ 固定資産税・都市計画税・印紙税(所有権発生時より課税)
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⑥ その他、保証料・事務手数料・火災保険料など
不動産は、売っても、買っても、持っていても、税金の塊なのです。所有権
移転に関わる全ての書類を銀行に預けておくと、銀行はいつでも当該不動産を
自己名義にすることができますから銀行は安心です。しかも、売却代金は通知
預金に入っていますから、もっと安心です。しかも6 カ月以上は貸付金利が入
ってきます。ですから銀行にとって融資金は全額保全した上、その金利を取れ
るから2 重に実利があります。
銀行とのこの紳士協定(上記を記した念書は銀行に差入れた)は、私の会社
にとっても実利があったのです。先ほど述べた①から⑥までの費用のほとんど
を払わなくても済んだからです。転売に関わる仕入れコストが要らないのです。
商売の要諦は仕入れにあります。コスト削減にあります。
この手法を「中間省略」といいます。業者間で転売繰り返しても同じ手法を
とっていたのです。全てのムダを省く、それが経営です。
読者の多くの方はこれを脱税ではないか、と思うでしょう。しかし、これは
脱税ではありません。経費がかからない分利益が増えますから、後からしっか
り法人税がやってくるからです。でも、法人税が掛からない手法もあります。
転売しないで賃貸物件にしておけばいいのです。賃料収入以外の転売利益は出
ません。売らないで貸しておくと転売益に対する法人税はやってきません。表
面的な利益を上げないで、資産を増やしておくこともイザという時の為の経営
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術です。
ただ、この手法も限界があります。物件を取得したとき受け取った印鑑証明
書の有効期間は3 か月間なので、期限切れの前に新しいものと差し替えなけれ
ばなりません。その更新の手法もありますが読者の皆さんが不動産屋になるわ
けではないので、書かないでおきましょう。本には書けないことがたくさんあ
るのです。
これまでのお話は、バブル景気のころ私が無茶苦茶に儲かっていて、複数の
都市銀行からチヤホヤされていたころの実話です。20 年経った今ではもう昔話
になってしまいました。
儲けてさえいれば銀行は、もっと借りろ、もっと借りろ、と言ってきます。
事業資金(弊社の場合は物件の仕入れ資金や、内装代金)は、110%融資(関連
諸費用も融資対象でした)ですから、軍資金は全く必要ありません。
でも、銀行からしつこく、もっと借りてください、と懇願されるのです。何
に使ってもいいから、と言う銀行員の隣には必ず系列の証券マンが座っていま
した。ゴルフ会員権屋もいました。天使顔した銀行員が狼をつれて来たのです。
あまりしつこくお願いされるので、都市銀行3 行から法人で1 億円ずつ、個
人で1 億円ずつ、合計6 億円の借金をしてしまったのです。バブル崩壊直前の
ことです。これが大失敗であったと気が付いたのはその翌年のことです。この
借金地獄の底で呻吟していたころ、悩みの中から新世界が生まれたのは信じら
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れない事でした。
この頃は、都心のマンションは「億ション」から「10 億ション」になってお
り、高騰に次ぐ暴騰に危機感をいだいた私は、マンション転がしを止めていま
した。と言うより買える物件が無くなってしまったのです。ですからとっても
暇だったのです。あまり暇で金があると銀行と悪魔が近寄ってきます。
私の基準では、サラリーマンから買って内装後、サラリーマンに売れる価格
帯をターゲットにしていました。売却価格をなるべく5000 万円以下に設定し
たいと思っていましたが、物件価格はどんどん値上がりし、億ション、10 億シ
ョンになってしまったのです。もう仕入れる物件はありません。つまり、仕事
がなくなってしまいました。仕事がなくなったら無理して仕事を続けないこと
です。仕事を止めることも損しない為の秘訣です。
金はたっぷりあるが、仕事は全く無い。今思えば、大変危険な状況になっ
ていたのです。朝出社して新聞を隅々まで読み、昼寝しても、暇で暇でしょ
うがない状況になりました。そのころは40 歳代前半でして、有り余る体力
の発散場所がなかったのです。
そんなとき悪魔が囁きました。「あんまり暇だから株でもやってみようか。」
もうすぐ日経平均が4 万円にとどくという頃のことです。日経平均が5 万円、
10 万円になるのもそんなに先のことではないと、マスコミも株式評論家も予
言していたころのお話です。
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もうすぐバブルが崩壊するよとか、株価が大暴落するよとか、誰も予言し
ていませんでした。誰一人として言っていませんでした。
いつの世も先のことは誰も解らないのです。この当時バブルという言葉が
ありませんでした。バブルという用語がマスコミに登場したのは、バブル崩
壊後3 年もたってからなのです。これを私は「空白の3 年間」と呼んでいま
す。この3 年の間に、凄いことが起こっていました。バブルなるフレーズが
この世に登場するまでの3 年間をマスコミは現場を知らないから報道しませ
んでした。報道しないから国民誰一人として知りませんでした。
この3 年間で銀行が大豹変したのです。
崩壊するまでのバブル時代の5 年間、ジャブジャブ融資するだけでなく、
土地持ちの資産家にはお願いしてまで借りていただいていた銀行員は、「貸
し剥がし屋」に変身してしまったのです。バブル崩壊後、地価も株価もゴル
フ会員権も大暴落しました。
担保物件が大暴落すると、銀行は融資金の回収係に変身したのです。お客
様が銀行に差し入れていた担保の価値の大暴落を招いた結果責任を全部お
客様に押し付けたのです。担保の大暴落を招いた銀行は一切我関せず責任を
取りませんでした。それどころか、銀行の言うこと(担保物件の任意売却)
に応じないお客には、「差押えだ」「競売だ」と脅し始めました。天使が悪魔
に豹変したのです。
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銀行は天使役だった支店長も担当者も転勤させ、取り立て屋に向いている
行員を前面に出したのです。狼役は私にもやってきました。「持っているマ
ンションを全部売って金返せ。」と言ってきたのです。顔つきも、態度も、
ほとんどヤクザ同然です。金を貸すときは仏面、返せというときは般若面で
す。
銀行には大きく分けて二つの業務があります。「融資と回収」です。世の
中が平常の時は、同一人物が兼務していますが、異常時には分離します。銀
行は長年の経験で、たまに異常時がやってくるのを知っていたのです。
私は貸し剥がしにあったこの時、初めて、「銀行の裏の顔」を見ました。
銀行はこういうときのために、ヤクザみたいな男も雇っているのだと知った
のです。それ以来、銀行員を「ネクタイをしたヤクザ」と言うようになった
のです。
銀行員だけでなく、この長々続く大不況で、日本中にメシが食えない男た
ちが大発生し、東京や大阪などの都会には、刺青を入れていないヤクザや詐
欺師がウヨウヨいます。法律用語を駆使するヤクザや、権力を多用するヤク
ザがウヨウヨいます。コンサルタントを名乗る詐欺師もウヨウヨいます。気
をつけなければ、この世は渡れません。この世は鬼ばかりなのです。
バブル景気で大儲けしていた5 年間は天国のようでした。バブル崩壊して
からの3 年間は地獄のようでした。私は30 歳台から40 歳台バブルの5 年と
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崩壊の3 年の合計の8 年間で「天国と地獄」を経験したのです。不動産業と
その関連業者にとって1990 年(平成2 年)はバブル崩壊で、天国から真っ
逆さまに地獄へ墜落した年でした。
自分は「勝ち組」から「負け組」に転落してしまったことを実感したのは、
銀行から、6 億の借金を返せ返せ、と言われた時です。貧乏になると銀行は
スグ冷たくなります。金持ちは大切にされ、貧乏人は虫ケラの如く扱われる
との現場を実体験で知ったのです。
マンションの担保価値は日を追って目減りしている最中、マンションを売
って、「貸した金を返せ。」と銀行はしつこく言うのです。この頃、金利だけ
でも毎月300 万円くらい銀行に返済していました。この返済だけでもキツク
なっていたのです。
私はバブル崩壊の1 年半前には、マンション転がしを止めていましたから、
仕入れ準備金としての「通知預金」は空っぽになっていました、そこに出さ
れた大蔵省の「総量規制」のおかげで銀行融資は完全ストップとなり豊富な
軍資金は底をついていたのです。商売は一切できません。早晩行きづまるこ
とは誰の目にも明らかです。
なにせ6 億円の借金があるのです。毎月300 万円の返済ができなくなる日
が、すぐそこにやってくることは明らかです。このころ悩みに悩みました。
一生分悩みました、これからどうなるのだろう。この商売はもう出来なくな
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くなるだろう、そうなったらは俺は何をすればいいのだろう?
深く考えた結果、「自分がブラックリストに載ってしまうことは仕方がな
い。本業はもうダメだから銀行から借りた借金はもう返せないのだから、返
さないことにしよう。自分には不動産の経験と金融の知識があるのだから、
それを駆使して、競売と借金の時効の合わせ技で、この難局を突破しよう。」
と決断しました。地獄で生き残る技を考えていたのです。
この決断をした頃、本を出版しました。「逆転の借金経済学」(徳間書店)
です。バブル経済とその崩壊を、そのど真ん中にいた私が、歴史の証人とし
てこの事件を書き残しておこうと思ったのです。日本中が負け戦の真っただ
中のことでした。負け戦には負け戦なりの戦法があります。生き残り戦術で
す。
この本は思いのほか売れ、全国の図書館にも配本されたようで、借金で悩
む人々が全国から相談にやってきたのです。私は相談者に対し、「親子兄弟
なるべく大勢で来てください、夫婦はもちろんのこと、なるべく保証人さん
も一緒に来てください。関係者一同心をひとつにして困難を突破しなければ
ならないからです。」と借金相談のスタート時点から言いました。身内で責
任のなすり付け合いや、仲間割れをしている場合ではないのです。
借金相談から経営相談まで、もう相談者は1 万人を超えているでしょう。
私はマンション転がし以外でも、学生の頃から約20 種類の商売をやってき
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たし、商売以外でも色々なことをやってきました。このことを書くだけで本
1 冊分になるでしょう。実は次の本のタイトルはもう決まっているのです。
「雇われない生き方と、雇わない経営」です。
高杉晋作の辞世の句が「面白き こともなき世を 面白く」と知った大学
生のころから、わが人生を面白くしようと日々実践した結果、いろいろな商
売、いろいろな活動をし、大変多くの人と巡り合いました。数えてはいない
が、約1 万人の人に出会ったことでしょう。大変面白い半生でした。ですか
ら何時死んでも悔いはありません。
その中でも、天国から地獄へ直滑行で転落したバブル崩壊の体験は、人生
最大のイベントだったのです。競売と借金の時効の合わせ技でこの6 億円の
借金を消して、その体験談を出版したところ、全国から相談者が続々とやっ
てきたのです。この章の最初に記した真田一族の言い伝え、「勝って閉じる
道もあれば、負けて開く道もある。」とは、まさにこのことを言い当ててい
るのでしょう。私に地獄からの生還する道が開けたのです。
金の猛毒である借金を消滅させる手法を相談者に伝授し、中小企業の経営
者には、銀行に依存しなくても経営を継続する手法を実務から指導する経営
コンサルタントとして生きていく道が開けたのです。
相談者から、「バブルが崩壊したのはなぜですか?」と、よく質問されま
す。「それは政府と官僚がペーパー人間で占拠されていたからです。」と言っ
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ても質問者は殆んど理解できません。政府、官僚、マスコミなど、社会の上
層部を、ペーパーテストにだけ強く、会社経営実務の経験のない空虚な人間
に占拠されていたからです。政府、官僚だけでなく、アホな3 羽ガラスも政
府の扇動隊だったのです。
新聞も政府の広報誌だと思った方が間違いないでしょう。テレビはバカ製
造マシーンテレビと言った方が正確かもしれません。これらの媒体を通じて
国民大衆を洗脳して、富を収奪する勢力が居ることは、どうやら本当かもし
れません。
日本のバブル崩壊やサブプライムローン、リーマンショックユーロ暴落な
どの経済現象を見ていると、何が洗脳する媒体で誰が収奪されているのか、
誰が加害者で誰が被害者なのか疑念は深まるばかりです。
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