南野法務大臣が、裁判員に参加したくないという人が多数を占めた世論調査を受け、「法律知識はなくとも、日常の正義感でやってくれれば良い」と発言したという。
日常の正義感っていうのは、「悪い奴は裁くべき」ってこと、それとも、「警察は恣意的な捜査をすることがあるから、きちんとチェックしなきゃいけない」ってこと、どっちでしょうか?
「正義感」にかられて、加害者と疑われている人の家族にまで嫌がらせする人もいるのが現状だ。
簡単に正義感という言葉を使って欲しくない…。適正な手続こそ、「正義感」よりも必要なはずです。
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こないだの某国のデモにしても、それはその人たちの中では「正義」だったはず。そして、そういった事が無い様に、法律を制定して遵守してきたのではないでしょうか?
ノーノ大臣はどこまでわかって発言しているのかよくわからないことが多いヒトですが、大臣の言う「日常の正義感」には余り深い意味はないと感じますね。
丸田隆さんの『裁判員制度』(平凡社新書)を読み、また、裁判員に関するNHKの番組を見ましたが、私はこの制度、やってみてもいいと思いました。
ところが、法務省はそれらの問題に対する改善の意欲が薄く、このままだと、弁護側は見えないロープで手を縛られたまま、プールに突き落とされる感じがするのです。正々堂々と勝負することにしたとの宣伝のもとで行われる水泳大会において…。
そういう状態にもかかわらず、法務省の責任者からノー天気に「正義感」という言葉が発せられたから、反応してしまったわけです。このまま実現される裁判員制度の下では、白黒の点で争っても、弁護側に勝ち目がなくなり、裁判員が正義感を発揮できる場が、「量刑」の部分しかなくなることを危惧しているのです。
個人的には、市民の司法手続きへの参加は、民主主義を広めていくためにも必要だと思っていますが…。
制度が始まるまでに、内容について正確でくわしい情報提供、報道が行われることを望みます。そういう意味で今の法務大臣、本当に「ノー天気」です。司法については素人かもしれませんが、そこは仮にも大臣なんですから!
法システムの妥当性が“適正な手続き”に担保されていることは、案外知られていないことです。
勿論、法には理念と条文という別の側面も重要ですけれど。
例えば人権擁護法案は、条文に問題がある例でしょうね。
不正を憎み、正義を尊ぶ気持ち。(辞書検索)
やはり餅は餅屋といったところではないでしょうかね〜自分のサイトにも書きましたが扱う事件が死刑や無期を伴うらしいので、やはり同情して判決が偏ってしまうのではと思いますね。
TBどーも
私、難しい事はなーんも分かりませんが、
この問題が「正義感」だけで片付くもんやない事ぐらい分かりますわ。
あの法務大臣なら、何の考えも無しに言わはったのやろと、思ったりしますが・・・
これじゃ、いかんですよね!
実際に裁判員やってくれと言われたら
大臣の言う「正義感」ってなんだ?っていう気持ちになりますよね
日常の正義感と言っても、同じ日本人と言っても大きな差があります。 例えば年代の差。警察官と893。仏教徒とクリスチャンと宗教を否定する人。 それぞれ価値観・正義感の基準が違うので、裁判の公正性が損なわれるかもしれません。
私も皆さんも裁かれる立場になるかもしれないし、裁く立場になるかもしれません。 非常に低い確率ですが、私が被告席でアナタが裁判員席にいるかもしれません。
公正に、法律に拠ってのみ裁かれたい。
だから少しずつでも法律を勉強したいと思います。
裁判員が裁判員に参加しなかった人を裁くなんて、本末転倒にならないっすかねw
「正義感」・・・嫌いな言葉の一つになりそうです。
私は今大学で法学部に在籍してますが、裁判員制度については漠然とした不安があります。(おそらく勉強不足が大半の理由なんですが。。;;)
教授は「法学部諸君には前向きな気持ちでのぞんでもらいたい」と言っていたのですが。実際そんな気分にはならないです。
裁判員に法律的解釈を求めるなら裁判官が今まで通りにやればいいのではと思うし、正義感での判断は人によって異なると思うし。そんないい加減な正義感という線引きで行われるほど裁判というのは適当なんですか?と聞きたくなりました。
ちなみに教授は「義務としてではなく権利として考えてもらいたい」と言ってました。でも私としては義務づけて罰則まで規定してる時点で権利とは考えられないです。
勉強不足の上浅はかな意見述べてすみません;;
私は現在法学部に在籍しておりまして、
もう少ししたら裁判員制度についてディベートすることになっています。
うちの大学の教授方はどうもあまり裁判員制度に賛成ではないようです(^_^;)
一般的な考えで言えば、自分が正面に出た状態で意見を言うのはあまりいい気持ちがしないからこそあの世論調査の結果が出ているのだと思います。
正義感を簡単に振りかざして判決というのはもちろんいいことではないですが、正義感をむやみに表に出してメディアにコメントしている人々も問題があるのではと思います。
わたしの正義感は「あなたは法務大臣の器ではない」ので「辞めたらどうですか」というトコらへんのものですので、裁判員の資格はありません、と言いたいです。
もちろん、裁判員制度がスタートする前に、少しでも改善された手続になるよう、法務省などに意思を伝えて頂くことは、もっと、していただきたいことですが…。
裁かれる立場なら裁判員制度大賛成。
裁く立場になるなら、裁判員制度大反対。
どちらも感情論です。理性的な判断が出来る程の情報が無いですし、日常に司法が頻繁に顔を出さない僕の生活では、こんなところです。
しかし、イメージとしては日本の裁判、裁判に関連した報道は「疑わしきは、たぶんクロ」のように思っておりましたので、このような発言「日常の正義感で、おこしの際は、お気軽に」(意訳)でも様々な方々が、ああでもあるんじゃないか、こうでもあるんじゃないだろうか?と、声を聞かせてくれることは勉強になります。
いろんな試行錯誤の末に、より良い司法の未来があるでしょうし、たしか、かなり遠い未来の話で、エンタープライズとかいう宇宙船内でも業務改革には試行錯誤の毎日でした。これで完全です、なんて事は永遠に無いのかもしれませんが、今に生きてる限りは、何か僕に出来る事があれば自分の信条に従って行動したいと思ってます。
で、アンケートなんかじゃなく、国民投票か、裁判員制度支持と不支持が明確な政党による選挙を希望します。と、言うか何で知らないところで、こちょこちょ話して決めちゃうんでしょうか?明確な指針を打ち出す事は良い事ですが、ちっとは下々の話も聞いて、その上での結論を求めたいものです。
裁判員制度に限らず、その他の様々な制度などは、どんな事をしても万人が納得出来るものになどなるはずがありませんが、せめて手続きは納得の行く方法で、と思います。
一段落後の投稿で失礼致しました。
ウェブサイト一つとっても、官庁のウェブサイトの読みにくいこと、また、情報が限定されていること!
ちなみに、官庁ウェブサイトランキングなんてあるんでしょうか?
わからないところが多いですしね。
安易に言葉をふりまわして欲しくないと、私も思います。
TBに本日気がつきましたので。
庶民の生活や考えがわかっていない人達だけで
決められるととんでもない制度になりそうで
怖いです。
この先どうなるのでしょう?