情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

政策論議やデモをしないのではなく、できなくさせられている原因を流布しよう

2009-04-09 04:35:38 | メディア(知るための手段のあり方)
 ここのところ2回連続で、なぜ、日本の市民は政策を論じることがなく、デモにも参加しないのかについて、ご意見を伺いました。いろいろな問題があることが分かりました。その中でも最も明確なのは、公職選挙法の問題のように思いました。確かに日本では、戸別訪問が禁じられているため(先進国ではあり得ない)、最も政治を語るべき選挙期間中に、コミュニティーにおいて、政治を語ることが封じ込まれているのです。選挙運動をまじめに行えば当然政策論議になるはずですが、ここが活発に行えないために、日常的にも政策論議が活発化しない。また、政治的問題について話す気風が育たず、デモにも参加しない…。

 もちろん、それだけが答えでないのも事実です。マスメディアの取り上げ方なども問題になるでしょう。

 ここで、問題は、たとえば、公職選挙法に問題があるという「具体的な指摘」があまり活発に行われていないことです。

 戸別訪問の禁止は、最高裁では合憲とされていますが、学会では違憲という見解が圧倒的です。下級審では下記のように違憲とする判決も複数あります。


  ◆  ◆  ◆
松江地方裁判所出雲支部昭和54年1月24日 判決

3 戸別訪問の意義と長所
 人が人をその居宅に訪ねるという戸別訪問は、本来、国民の日常的生活の一場面であり、古来より対人交際の基本的手段となっているものであって、それ自体、何ら犯罪視されるいわれはない。選挙運動というのは、国民が知人、友人、隣人に対し、自分の支持する候補者に、究極的には投票を依頼するべく働きかけることを含んでおり、従って、必然的に戸別訪問は、選挙運動の基本的手段の一つとならざるを得なかったのであって、現に西欧型民主国では、すべてそうなっている。
 このように、戸別訪問は、国民ができる選挙運動としては、最も簡易で、優れたものなのである。すなわち、戸別訪問は、候補者、選挙運動者が選挙人の生活の場に出向いて、候補者の政見等を説明し、投票依頼などをすることであるから、候補者、選挙運動者にとっては、選挙運動の方法として、極めて自然なものであり、また選挙人にとっても、彼等が戸別訪問してくれることは、直接彼等と対話できることであるから、候補者の政見等をじっくり聞くのにも、最も効果的な方法である。
 以上述べたところから明らかなように、戸別訪問は、選挙運動の方法として、他の方法をもって代替し得ないほどの意義と長所を有するものであり、財力のない一般国民にとっては、なくてはならない選挙運動なのである。従って前記憲法的選挙運動観に立脚すれば、戸別訪問は、むしろ推奨されなければならないということができる。

4 戸別訪問の正当性
 戸別訪問は、前記のような意義と長所を有するばかりか、次に述べるとおり、世論や国民の主体的な選挙運動に関する意識の変化や欧米諸国の選挙における戸別訪問の意義と実情、更には我が国の選挙制度審議会における意見などによって、その正当性を裏付けられている。
 まず、世論や国民の意識についてみると、旧憲法下では、国民は選挙に際しては、常に受動的な存在と規定されていたが、終戦による上からの民主主義も終戦後30年余り経過した現在では、ようやく国民1人1人のもとに根付き、国民の自覚も高まって、選挙運動は、候補者だけが行うものではなくて、国民1人1人が主体的に行うものであるという認識が、普遍化してきている。因みに、ここ数年、戸別訪問による逮捕が増大していることは、国民の政治意識が向上し、主体的な選挙運動の重要性の認識が、高まっていることを証明するものといえよう。このような選挙民の意識の変化に対応した選挙運動の自由化、とりわけ戸別訪問の自由化こそ、明朗、活発にして自由な雰囲気を醸成し、買収などの実質的選挙違反を減少させるものである。
 次に、欧米諸国における戸別訪問であるが、これらの国では、戸別訪問は禁止されないばかりか、むしろ法律上も奨励されており、実際にも、最も有力な選挙運動の一つとして盛んに行われていて、国民の政治意識の高揚に役立ち、選挙や政治を国民の身近なものにするのに、大きな役割を果していることは、周知のとおりである。
 最後に、我が国の選挙制度審議会における戸別訪問に関する意見についてみると、周知のように、選挙運動の自由化の観点から、戸別訪問を自由化すべしとの意見が、圧倒的多数を占めている。

◆  ◆  ◆


 私は、前回、独立行政委員会の不存在やクロスオーナーシップなどのマスメディア問題を「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」で「指摘」したことを書きました。そう、指摘なのです。この本で書かれている問題は、研究者や一部マスコミ関係者の間では周知のことなのです。しかし、そのことを世間一般に訴えるような形で「流布」させることには成功していない。そこが問題だと思うのです。

 日本人がなぜ、政策論議をしないのか、デモに参加しないのか、という疑問について、たとえば、公職選挙法の規制が先進国ではあり得ないほど厳しいからだ、という具体的な問題点を意識的に流布していかないといけない、そう思うのです。学会では当たり前、一部の市民では当たり前では、不十分なわけです。ダメなものはダメだと言い続けなければならないはずです。


 今後もこの件について、ぜひ、原因に関するご意見やどうすれば市民が主権者として振る舞うことができるようになるかのアイデアをお聞かせください。



【PR】







★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
★「News for the People in Japanを広めることこそ日本の民主化実現への有効な手段だ(笑)」(ヤメ蚊)
※このブログのトップページへはここ←をクリックして下さい。過去記事はENTRY ARCHIVE・過去の記事,分野別で読むにはCATEGORY・カテゴリからそれぞれ選択して下さい。
また,このブログの趣旨の紹介及びTB&コメントの際のお願いはこちら(←クリック)まで。なお、多忙につき、試行的に、コメントの反映はしないようにします。コメント内容の名誉毀損性、プライバシー侵害性についての確認をすることが難しいためです。情報提供、提案、誤りの指摘などは、コメント欄を通じて、今後ともよろしくお願いします。転載、引用はこれまでどおり大歓迎です。
『社会』 ジャンルのランキング
コメント (3)   トラックバック (3)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 日本人が政策論議を日常的に行わ... | トップ | アジア・太平洋ミサイル防衛に反... »
最近の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
遅れてしまいましたが (飯大蔵)
2009-04-10 22:32:07
お邪魔します。
私が考えていることは当然誰かが語っていると思っていましたが、そうでもないようなので意見を言わせてください。
とむ丸さんが書かれておられる「主義者」を弾圧することは戦前だけでは無いと思います。原則自由とされている戦後から現在に至っても、例えば共産党を支持していると公言しデモやビラ活動をすれば、企業などにより徹底した圧迫を受けるのではないでしょうか?
 企業に勤めていれば企業内部で、外部の請負や物品納入の関係ならその取引において圧迫されるのではないでしょうか?
 私は某大企業にいましたが社員同士で政治の話をしたことは一度もありません。労務は組合つぶしの一環で社員の思想を調べています。これが現実ではないのでしょうか?
 こう言ったしがらみのない人だけが、政治を語り市民運動をやっているに過ぎないのではないでしょうか?
今の民主党は限りなく保守に近いから、関わることが可能になっているのかも知れませんが、それはそれで問題なのでしょう。
憲法に保障されているはずの思想信条の自由を取り返すことが市民の政治活動を盛んにさせる事になると思います。
大規模デモの起きづらい仕組み (ホタル)
2009-04-14 20:19:58
日本では大規模なデモが起きないように仕組まれていると、私は感じていました。生身の人間が多数集まって示威行進をするのは、即効の効果は無くても、権力側を牽制する圧力として非常に重要と考えます。私はデモに参加したい!

大規模デモが起きない一番の理由は、違法な長時間過密労働をさせられる者の多さではないでしょうか。休日は体を休めるのが精一杯で(そうしないと鬱病になりそう)デモに参加する余裕など無い。同様に、情報に広く接する時間も、深く考える時間も、友人らと議論を交わす時間も決定的に少なくなる。勢い、手っ取り早いテレビや新聞などカスゴミから情報を得ることになる。

これに加え、自分の場合はシフト制勤務で働いているので、デモの日に合わせて有給休暇を取ることもままならない。そもそも有給休暇などほとんど取れない。
締め付けられ、分断され、団結した行動を困難にされている。

また、市民運動側からも、いつどこでデモをするかの宣伝も足りないかと思われます。イスラエルでは市民平和団体がハ・アレツなど大手新聞にデモの知らせを載せています。掲載料が安いのかしら。新聞がその手の広告には割引をしているのだとしたら、すごいことです。 
今の時代、ネットで広く知らせることが可能ではありますが、どのサイトをいつ見るかというのは偶然性が多い所が欠点と思います。
原因と対策。 (東西南北)
2009-04-19 02:55:44
 日本社会で民主主義が盛り上がらない原因は何か?まず、人間・人類そのものに、そもそも民主主義など不要なのか否か?この根本問題を科学的に規定することが先決となるが、ここでは、生まれながらに精神的にも肉体的にも個性を持って生まれてくる諸個人であっても、人類としては同一種の存在であるという客観的な真理を根拠にして、民主主義が人類に不可欠の前提であるということにする。

 人類にとって個性を持ち、能力も違う人間が、対等・平等な存在として国家の統治行為の主権者として行動することが客観的な真理である。にもかかわらず、選挙の時だけは投票権者、有権者として行動するだけで、常日頃、国家統治の最終決定権者として行動できていないのは何故か?ここに問題所在がある。

 人類そのもの、人間そのものに、いわば「怠惰な」「お上任せな」「エリート主義的な差別」という本質、性格が存在しないというのであれば、人類そのもの、人間そのものの自然的な本質、本性としての民主主義、主権者としての行動と思想を抑圧している原因があるということになる。

 その原因は何か?その原因が明確になれば、人類、人間は民主主義を抑圧する原因を取り除いていくような行動をしていく対策が必要になる。

 その場合、民主主義とは、政治においては、国家を統治していく主権者として政治の最終決定権を行使することである。選挙の時だけ投票権者、有権者として行動するということではない。民主主義を選挙主義に矮小化すること自体が、非民主主義ということになる。民主主義を徹底するということは、政治の最終決定権が、どんな時でも主権者である人間・人類にあるということだからだ。

 選挙制度自体が、どんな意味を持っているのか?選挙で代表となった代議士は民主主義において、どのような性格を持った存在なのか?議会制民主主義という制度を根本から捉え直していくような市民運動、政治運動が必要ではないだろうか?

 選挙制度が捻じ曲げられて流布されることで、議会制民主主義という制度が捻じ曲げられて流布されることで、人間の主権者意識と行動が抑圧されているのではないか?

 議会制民主主義、選挙制度とは、主権者である人間が政治の最終決定権を代議士と議会へ委任し、「お上に任せる制度」であるという誤った解釈を流布している勢力が原因ではないか?

 冒頭でも述べたが、民主主義とは、人類・人間が国家である三権を統治していく行為・行動であって、国家統治の最終決定権は三権にあるのではなく、人類・人間にあるということなのである。

 主権者として人間が行動していくことのできる社会環境、条件を整備していくことが国家機関である三権の役割であるし、民主国家としての責任となる。

 では、今の裁判所、内閣、政権政党が、そのような責任を果たしていると言えるかどうか?このことを目的意識的に追求していけば、何故、日本で民主主義運動が盛り上がらないか?盛り上がりにくいか?その阻害原因は何か?明確になるように思う。

 経済上の民主主義を阻害している原因についても、問題であるが、それは政治上の問題とは区別して認識することが、とりあえず必要となる。もちろん、政官財が癒着し、経済と政治は区別できると同時に関連しているのであるが、まずは、職場で個別企業の問題として経済上の民主主義を考えてみることが必要である。個別企業の民主主義を考えれば、その阻害原因は経営者独裁にあることが認識できるであろうし、そこから進んで産業資本家の独裁が職場の民主主義を抑圧している原因であるということになるであろうし、最終的には、金融資本家の独裁、総じて、財界・総資本が職場の民主主義を抑圧する独裁機構であるという認識に至るであろう。

 経済上の民主主義を抑圧している原因は、独占資本主義の独裁、財界独裁である。それに対置するのが職場の労働組合運動であるし、産業別労働組合運動であるし、総資本・財界に対する全国の労働組合運動、ナショナルセンターとなる。ゆえに、経済上の民主主義を巡る最終的な帰結は、全国レベルにおける経済ストライキ、ゼネストになる。これが経済上における労働者・人間の経済に対する最終決定権の行使としての行動になる。

 こうなると経済上の独裁、したがって、独占資本主義体制は、経済上の民主主義体制へ移行せざるをえなくなる。このような必然性があるのであるが、これを回避しようとするのが、諸企業の独裁者としての資本であり、諸産業の独裁者としての資本であり、諸企業、諸産業の独裁者としての資本、したがって、財界・総資本である。

 日米安全保障体制についても、述べる必要があるが、日米安保体制が「アメリカ政府、アメリカ財界いいなり」の震源地、原因となっていることは、日本国憲法を制定する日本国民の国に軍事基地を駐留させ、日本国民の憲法を蹂躙していることだけを指摘しておけば十分である。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

3 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
横丁の政治談議が大事だ (志村建世のブログ)
(熊さん)朝からご隠居、ご機嫌が悪いね。新聞眺めて何をブツブツ言ってるんです? (ご隠居)これ見ろ、自動車買い替えに補助金出す、エアコンやテレビにも補助だ、贈与税の減税だ、子育てにも補助金だって、大盤振る舞いのデパートみたいなこと言ってやがる。 (...
マイバッグ運動の限界 (Die Weblogtagesschau laut dem Kaetzchen)
マイバッグの死角 万引対策に苦慮 (河北新報) - goo ニュースについて.  「森田健作から「飛翔体」が発射された模様です」  なんて冗談を某ブログに書いたところ,メールボックスに大量の「迷惑メール」が入っていました(笑) 冗談が判らない,くそ真面目すぎる人...
そうなんだ (mikotoのダイエット日記&思考の〜と)
政策論議やデモをしないのではなく、できなくさせられている原因を流布しよう このブログの意見を読んでいると、日本では、諸外国に比べ、著しくデモが少ない理由がわかった様な気がします。