シモキタのtokyoboy

下北沢に居を構える初老オジのエクスサイズ、呑み歩き、美術館巡りなどの備忘録生活記録ブログ、含む膝蓋骨骨折リハビリ記録。

南御堂: 芭蕉終焉の地

2017-01-31 | 旅行記

出張で訪問の大阪、

ミーティングの合間のランチタイム、船場の方に下っていくと…

昨日拝見の北御堂(実際の訪問はこの直後)に続き、こんな…

 


難波別院(南御堂)の創建は、今から400年以上前の安土桃山時代の末、1595年(文禄4)に、本願寺第12代・教如上人(1558~1614)が大坂渡辺の地に「大谷本願寺」を建立したことに始まります。
  創建から2年後の1598年(慶長3)に、豊臣秀吉による大阪城の拡張と、城下の町制改革でなどにより、大谷本願寺は現在の難波別院のある地へと移転します。また、1602年(慶長7)には、関ヶ原の合戦に勝った徳川家康によって京都・烏丸七條の地が寄進され、教如上人は大坂から京都へと寺基を移されます。

ということで、我々が京都駅近くに今も見るそれ、に繋がる訳ですが、

教如上人は東本願寺(真宗大谷派の本山・真宗本廟)の建立と共に、大阪の大谷本願寺の地を「難波御堂(難波別院)」とし、大阪における念仏の中心的な道場とします。その後も上人はたびたび大阪の地に赴き、お念仏の教えを説き広め、上人亡き後も難波別院は、宗祖親鸞聖人のみ教えを伝えていく上において今日まで大きな役割を果たしてきました。

だそうな。

 

関東の人間にはその辺分かり辛いのですが、

立派な本殿でありました。

 



 

 

最後に…

芭蕉終焉の地、色々な石碑がありました。

”旅に病んで…”。

 

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