古希を過ぎ、趣味の野菜作りに、釣り、ゴルフ。そして働き、黄昏時を過ごす男の遊々生活!

3年前 70歳を機に商売を廃業、”これから遊びに邁進するぞ”との思いもつかの間、貧乏性なのか? 元気なうちは働く事に・・

優しい 子供たちに心が和みます。

2017-09-28 10:06:18 | 日記
 日曜日は快晴で野中町の山裾に持っている土地に先日 除草剤を撒いたのだが
その効果を見るために現地へ、 効き目は上々、草は枯れている。
しかし笹や竹などは枯れていないので 竹に穴を開け、ラウンドアップ原液を
注入する。 ここ2年続けて この作業を行っているので かなり侵入が防げ
ました。

 午後は 高松プラザへでも行き、ゴルフの練習でも と 思うが、まだまだ
残暑は厳しい。 ビデオに撮っている男子・女子プロゴルフを 缶ビールを
飲みながら見ることに、

 月曜日は土曜日に行われた運動会の代休。 今日も 日和は快晴だが 真夏の
暑さほどではないものの まだまだ残暑は厳しい。
畑仕事でも と 思い、 ホンダの耕運機 コマメを積み、畑へ行くが 暑い
のと 蚊が沢山居るのに閉口。帰宅すると 妻に「野菜物なんか 家で採れる頃
には フレスコ(農家がJAの店舗の横で売っている所)で買った方が安いから
仕事に行っているのだし 無理して作らなくても・・・」。などと言い、太い
大根を示しながら「これ80円」等と言うので 妙に納得。
そういえば白菜一つにしても 家で採れる頃には1個200円300円で売っている。
苗で買っても50円~80円するし、肥培管理を考えると 確かに買った方が安い。
 まぁ 家で作る野菜は 育てる楽しみに作っているのだから無理して作る
必要はない。  

”友達を誘って風呂にでも行こうかなぁ~”と思っていたが、ふと しばらく
埼玉に住む 娘に連絡を取り合っていないので電話を入れる事にする。

 年頃の時代には 余り 話をしなかった娘が 家庭を持つようになり、子供も
産まれると 親の気持ちも解るようになったのか 打ち解けて話をすることが
出来るようになった。
もっぱら話題の中心は 私の孫でもある小6の長女と小3の長男の事。
 1時間以上の長話になり 今日も何もせずに1日が終わる。

 火曜日は午前中は雨、PCゲームで麻雀などをして午前中は過ごし、午後には
学校へ、運動会の後始末の時 テントの支柱など重いものを乗せたせいか
リヤカーのタイヤがリムからはみ出していたので修理。
治して 空気を入れ始めると 3,4人子供たちがやってきて”手伝う”と言って
手伝ってくれる。
終わってから 運動会前に残っていた芝生部分2区画を刈る。

空気を入れてくれるのを手伝う優しい子供たち。


 あくる水曜日は 午前中は曇っていて 午後からは小雨が降り出す。
そんなに大きく降っていなかったので 刈った草や 枯れ葉を収集。生ゴミ
袋に3つほど集めた頃に 雨が本格的に降り出すので 北棟の出口付近に
置いてあった 破れたビーチパラソル3本や モグラを飼っていた水槽 それに
茶色瓶や透明瓶、金属を物置小屋へ運び、 家から持参しているカッターナイフや
 サンダー、大型ニッパーなどで可燃物と不燃物、金属類は長いパイプなどは
サンダーで短くし、分別する作業。
3時過ぎに 先生より”給食袋を吊り下げているフックが外れそうなので付け替えて
欲しい”と聞いていたので付け替え作業。
本当に学校での細々とした作業は多い。 誰の命令指揮下に置かれていない委任と
言う立場で働いているので しないでおこうとすれば そのようにできるし、
やろうとすれば いくらでも仕事は有る。
 先日も 運動場の片隅で作業をしていると 西田町の知り合いが「まっさん
そないに 一生懸命しなくても・・・ほどほどにしときよ」などと言ってくれ
ましたが・・・いやぁ~見ている人は見ているのだなぁ~と感じました。

分別中作業の様子。



 
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日本の景気は いざなぎ超え???

2017-09-26 08:48:30 | 日記
 今朝の新聞に”景気拡大いざなぎ超え”と載っていました。2012年12年から続く
景気拡大が58カ月を超えている可能性があるとの事。私達庶民はピンときません。
いざなぎ超えの時代とは1965年11月から1970年の間の57カ月と言うのだが、これには
理由があり頷ける。と、言うのもベトナム戦争が勃発していたからだ。
 西脇の地場産である繊維産業も 大口ロットの受注を受けて フル生産をしていた。
行く先はベトナムのサイゴン。 その後は戦争も終結し、今度はニクソンショックに
続きオイルショックで低迷時期に入るが 日本は貿易黒字も巨大で、日銀が公定歩合
を引き下げ 市場に金を入れたのだが、1986年頃に その金が不動産や株と言った
投資に回ったのが バブル景気の始まりだった。
 その頃から西脇の地場産は 円高により、輸出が不振となり、後進国に仕事を
持って行かれる羽目になる。
そして平成4年中頃にバブルが崩壊。 私はこの頃 不動産業にトラバーユして開業を
していた。

 田舎もバブル崩壊に伴い 不動産も下火になっていたが 都会ほどに落ち込みも
なく、 だがバブル期に派手に土地転がしを行っていた不動産関係者は 大きな負債を
抱えたようだ。
 そして小泉内閣の時に不良債権処理が行われた。私も不良債権処理の手伝いをした
ものだった。
 その処理は債務者にとっては過酷で、当時 住宅金融公庫から”ゆとり返済”を
選んで購入する若い世帯が多かったが その返済法とは当初5年間は金利が低く、
6年目からは 徐々に上がり 11年目以降は金利が場合によっては培になると言う
 借り手に不利なものだった。
若い世代の借り手とすれば バブル景気で潤っていたのと そのバブル景気が永遠に
続くものと錯覚したのだろう。
田舎の事だから都会ほど高くないとはいえ、土地価格は高値の時代。坪30万、35万は
珍しくない。だから3000万、4000万のローンを組んでいた人も居た。
 私は国交省の免許を持つ街の大手不動産業者と手を組み、不良債権処理のお手伝い
をさせて頂いたがその案件は年に14~5件は有ったと記憶する。

 債権処理に遭遇した若い人たちは 破産宣告を余儀なくすることになり、それは
また家庭崩壊を生み、離婚した人たちを大勢見てきた。
それでも債務者は重荷を下ろしホッとした表情を浮かべるのだった。

またその債権物件を買う方も また若い世代で 大手企業に勤める方は金融機関が
求める条件はクリアできるが、収入が少なく 勤め先が軟弱な会社だったら
貸し出しを拒否するし、ましてや自営業者と言うと 貸し出しを渋り、この方たちに
貸し出ししてくれる銀行を探すのも大変だった。

 その不良債権処理を行っていた小泉時代も景気が上向いていたと言うから合点が
行かない。
日銀は0%金利政策を続け 市場にお金を振りまいているが 借り手もなく一向に
物価は上がらず庶民の財布は固く閉じたまま、企業は企業で 内部留保しており、
金融機関から金を調達しなくても潤っているが 労働者に配分しない。
 今0金利政策で喜んでいるのは 一部金持ちと大手投資家くらいだろう。
一般庶民 特に老人などは 先行き不安に お金を使わず、子育て世代は少ない
給与にあくせくしている。
 景気が”いざなみ超え”と聞いてもピンと来ない。 若い世代は 先行きの
年金支給にも不安があるだろう。 先では70歳から いやもっと先 75歳から支給
との声も聞く。 働き方改革などと政府は言っているが、不安を募らせるだけ

 私の周りをみれば70歳を超えて 働いている人は自営業者を除き、少ない。
また介護施設に入園したり、杖がなければ動けない人も多々居る。
私達夫婦はお蔭で 何とか生活しているが 妻は糖尿病で月に1回は病院検査。
5歳下ではあるが 糖尿病が元で健康を害し、病気を併発しないか心配。
 私など 食すれば食べるものが皆身に着くかのように太るのだが、妻はいくら
食べても太らない。 私は そのような妻を”羨ましい”と思うが、妻は逆に
こんな太り気味な私が羨ましいと言います。

 話は横道に逸れたが 景気拡大と言われても 一般庶民は一向にピンと来ないと
思うのは 私だけではないでしょう。 何時の時代も弱者は取り残されると思う次第。
衆議院は安倍首相の”国民の真を問う”などと大義名分のない解散を行うし、
消費税増税分は子育て世代云々と民主党の前原代表が以前言っていた趣旨の言葉を
横取り、

 まぁ確かに 迷惑で無法者の北の某国問題を抱えて いま頭を挿げ替える事は
出来ないのが 私達 国民の大半の本音ではないか?と思う訳ですが・・・


 
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この1週間の出来事、そして予定通り行われた運動会

2017-09-24 15:07:35 | 日記
 先週を振り返ってみると、日曜日は野中町のグラウンドへ行き、グラウンド
ゴルフの練習。夕方には大型の台風18号が近畿地方を、と 言う事であったが
大事に至らずヤレヤレ、

 月曜日は”敬老の日”とやらの祭日だが、 75歳に満たない私は一応老人だが
何等 関係ない。
テレビのモーニングショーを見ていると、東京六本木のとあるレストランが この
土日祭日3日間を 特別に認知症の老人を使い 「間違いの多いレストラン」だっ
たかの看板を掲げ、オープンしているのだ。予約制にしており、既に利用客は
満員だったとの事。 当然 料理の品数は3品程度にしてABCとしており、認知症の
老女が客から注文を受ける。 ところが出来上がった料理を別の人のテーブルに
置く始末。 でも客も心得ていて笑いで受け流していた。
このレストランは好評だったので 店主は近い内にまた行ってみたいとの感想だったと
聞くし ヨーロッパの人にも知られ 参考にしたいとの事。
それにしても 間違えて出された料理を見て客は笑い、オーダーを受けた認知症老人も
叱られることなく、働くことに生き甲斐を感じて 動き回っている姿を見て この人
たち お客の 大らかさに 感動を覚えました。日本って本当に良い国だと再度認識。

 火曜日は午前中裏山の草が伸びているので 草刈りを行い。 12時丁度に昼食を
摂り学校へ入り、先週に引き続きバックネット廻りでの草引き。
運動場では 小学生低学年による リレーなどを行っている。 見ていては仕事に
ならず 草引き続行。 そうしている中、教頭先生が来て「椅子の足にテニス
ボールを付けているが 外れて居たり、痛みの酷いのが云々。今日中には古い
テニスボールが入って来る予定なので 切り込みを入れて欲しい云々」との事。

 水曜日 午前中は腰が痛いので 腰にサロンパスを貼り、横になる。
午後に学校へ入ると、職員室に沢山のテニスボールが・・・
教頭先生も 何個か切り込みを入れてみたと言うので その道具 大型カッターや
ハサミ、それにボールを固定する段ボールの筒を預かり、物置小屋にて早速
作業にかかる。 ”テニスボールに切り込みを入れるくらい簡単な事”と内心
高を括っていたが、難しいし、力が要る。
鋭利なカッターナイフの刃だが、テニスボールになかなか切っ先がボールに入らない。
まぁしかし 2個3個と行っているうちに コツを掴み、90個のテニスボール全てに
切り込みを入れる。
掌に力を加えるので終えると掌 手首が痛む。小雨が降り出してきたので早めに
校旗を下し、校内を見回りして帰宅。

 木曜日は 野中町公会堂で 老人会の”活き活きサロン”がある日で 妻と二人で
9時半頃行く事に、今日は老人に多い 誤嚥を防ぐため 大きく口を開けての発生
練習。講師は50代くらいの太った女性( ;∀;)、だが見栄えとは裏腹に 綺麗な
声を出される。 最後に講師の引く 電子ピアノに合わせて”荒城の月”と
”金色夜叉””月の砂漠”などの歌を唄う。
これで終わりか?と思い、先生の電子ピアノを車に乗せるのを手伝い 再度公会堂へ
入ると 安全協会員と警察署員が一人来ていて、秋の安全週間に入ったからか 老人の
事故が多発しているとの事で 啓発をする意味を兼ねての プロジェクターによる
撮影を行っていた。 その後は 署員や協会員が 「ジャンケンで私が出すものに
勝ってください」。当然 グーを出せばパー、パーを出せばチョキと問題なく勝てる
ところが今度は反対に「私の出すジャンケンに負けてください」と言われると 勝つ
事ばかりを考えないジャンケンだから、思うように行かない。
そして その後には「私が一と言ったら手を叩いてください。二と言ったら手を
叩いてください。三と言ったら手を叩かないでください」。まぁこれなどは大体の
人が出来ていたが、一人か二人 必ず叩かないところでも手を叩く。
この人は歳による難聴の人、K氏だと言う事がよく解る。 まぁ警察官も苦笑い。
でもこのK氏は未だ 運転をし、 そして老人なのに スピードも出す。
 さて昼前に終わり、学校へ入る、すると”土曜日は雨で流れるかもしれない”と
思っていた長期天気予報だったが、土曜日は0%で運動会は出来るとの事。
一昨日に引き続き 運動場のバックネット廻りの草引きを続行。 運動場では高学年
による 組体操を行っていた。

 金曜日は先日裏山の草刈りが残っていたので 残りを済ませ、昼食を摂り学校へ
今日はテント張りなどを手伝う事になっており、手伝う事に、先生方全員、それに
子供たちも手伝ってくれるので 思いのほか 早く済んだようで、校門を入って
教室玄関の芝生が伸びているのが目立つので 草刈り機を物置から出して 先日
買っておいた新しい歯を付け替え、玄関中央から西へ3区画刈りだす。
しかし一番西側 百葉箱のところを刈りだす頃に シビシビ降っていた小雨が 
一頻り 降り出す。帰宅してから後も 雨が降っていたので 妻が「本当に明日
運動会できるの?」と不審そうだった。

 土曜日は朝7時に朝食を摂り、学校へ8時前に入る。 腰に預かっていた”会場
整理”と書かれたリボンを付け、8時過ぎには校門前に、 PTAの役員さんも手伝って
くれて助かった。 でも有無も言わさず入って来る女性も居て これにはタジタジ
9時半に校門を離れ 運動会会場を見て回る。
日野地区なら知り合いが多い筈だが、案外と知った人が少なかった印象がある。
野中町の老人会長が来ていたので しばし雑談をしてり、小坂町のO氏に出会ったのと
以前 同会社に勤めていたA氏に出会ったくらい、A氏いわく「内の兄貴も今重春小の
用務員をしている」と言う。

大玉転がしの風景

 本格的に子供たちの遊戯を間近で見るのは今日が初めて、何時も草引きをしていて
音楽を聴いているだけで、ときおり腰が痛むので立ち上がってみる程度。
先生の教え方が上手なのか 子供たちも素直に行っていたのを思い出す。特に どの
女性の先生か分からなかったが、子供たちに”今の上手だったよ。最高”などと
褒めているのが印象的だった。 昔だったら 少し間違えようものなら 名前を
呼んで叱責していたように記憶しているが、 間違えを起こしても 大きく怒らず
出来た事を褒めてやる この教育法は素晴らしいと思った次第。
スパルタ教育も良い面があるかもしれない。だが、この手法は心の強い子に通じても
弱い子には通じない。 戦前戦後を問わず 日本人の教育法は どちらかと言えば
出来ない子供を叱責すると言う事が多かったように思う。
そのような風潮が特に酷かった戦中でも 異色の軍人が居た事を父から聞いた事が
ある。その方は 連合艦隊の司令長官であった山本五十六元帥だ。真珠湾攻撃を指揮した
人物。
その人の名言が「やって見せて 言って聞かせて やらせて見て ほめてやらねば人は
動かず」との言葉だ。
前線基地からのゼロ戦かに乗って移動中に 敵に暗号を知られ 敵機に撃墜されたと言う。
この人は 当初からこの戦争に反対した人だったと聞く。だが暴発する軍部を止めきれず
仕方なく、「短期間なら持ちこたえられる自信がある。その間に上層部は戦争終結に向ける
力を注いでほしい」と言ったとか?
まぁ これは山本五十六大将の誤算で、超大国のアメリカに停戦を促しても聞き入れる耳は
持たなかったことだろう。 戦争を仕掛けてきたのは日本。これがチャンスと思い、徹底的に
潰すことにしたのだろう。罪もない一般人を巻き込んでの悲惨な戦争だった。


高学年による組体操の一部

 さて先生方の努力のお蔭で 無事演技が終わり、後片付けも 先生方や子供たち また父兄の
一部の方が手伝ってくださったお蔭で早く済みました。

 
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自然は素直?

2017-09-17 15:13:53 | 日記
 さて、先週 学校での作業は 南側歩道にはみ出した 桜の枝や 杉の木の枝
また藤棚の藤ツルの枝がフェンスに巻き付いているのを 除去しました。

 そして雨上がりの事で 地面も柔らかく 草も 引き易い状態だったのでバックネット
付近の草引きを 毎日のように行いましたが、範囲が広く なかなか思うように行き
ません。
9月23日に開催される予定の 運動会までに運動場を綺麗にしたいと思っていましたが
考えが甘かったようです。(まぁテントを建てる部分と聞いていますが)

 草を捨てに行ったとき ふと彼岸花が咲き始めているのを見ました。 花も木も野菜も
芽を出すときには芽を出し、実のなるときには実を結ぶ。 枯れるべき時には枯れていく。
自然に従った理で彼岸花も彼岸が近づけば間違いなく咲きだす。
そこには何の野心もなく 私心もない。無心であり虚心。だから自然は美しい。

 季節外れに花が咲けば狂い咲きと言い、花ならば珍しくて良いけど・・・

 だが人間はそうは行かない。素直になれないし、虚心になれない。ともすれば野心に
走り、自然の理を見失い、出処進退を誤る。
そして 先日からニュースに取り上げられているように神戸市議の橋本健市議の女性
議員との疑惑から政務活動費の流用 国会議員の豊田真由だったか真由子だったか? 
秘書に対する 悪口雑言、民進党の山尾議員とやり手弁護士との密会騒動。
民進党の代表となった前原氏も昔の写真を さらけ出され さぞ本人は冷や汗もの
だったでしょう。
脇が甘い?いや股間が甘い( ;∀;)
それにしても感心するのは スクープするカメラマンは凄いです。

 橋本市議は百条委員会に掛けると言われ さっさと辞めたが、ほかの国会議員は
議員活動は続けていくと言う。
国会だけではない。
とりわけ かの地の地方議員でも20年以上 席にしがみついている輩も居る。
はてさて 本人は自覚しているのか???

 話は飛ぶのだが、私宅では昨年の春頃から金魚を飼っています。
当初はランチュウや琉金、それに出目金を飼っていましたが、飼い始めて3ケ後に
リュウキンを死なせ、1年後にランチュウを亡くしました。

 唯一 生き続けているのが黒い出目金なのですが、飼い始めた頃は 写真のように
小さくて、真っ黒けでした。

飼い始めた頃の出目金。

 それが2年を迎えようとしている今日、魚体は大きくなり、黒い色が剥げ落ち
写真のようにヒレの一部と目の部分だけ黒い色が残った状態となりました。
昔 私が幼い頃に和金を飼っていた記憶と、子供が幼い頃に 飼った記憶がありますが
このような事は初めてです。 まぁ元気でいてくれればよいと思っていますが・・・

大きくなった現在の出目金。

 
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男児生徒に優しい声を掛けられました。

2017-09-11 10:21:32 | 日記
 先週での学校での仕事は 草引きに始まり 草引きに終わりました。
引いた次から次へと生えて来る雑草には閉口します。

 さて そんな中、先週の初めころ、校舎玄関前辺りの小さな雑草や 溝には
早や楠の葉っぱが詰まっている。
体育館では運動会の予行演習をしているのか軽快な音楽が鳴り響き 曲に合わせて
先生がリードしているのか?それを真似て子供たちが踊っている姿が 窓の
隙間から垣間見えました。

 そうこうしていると小雨がシトシトと降り出します。 大した雨でもないので
と思い、作業を続けていると 「ご苦労様です。雨が降り出しましましたよ」。と
黄色い声を掛けられました。 私は てっきり声色からして”女の先生かな”と思い、
「有難う これくらいなら大丈夫です」。と顔をあげながら校舎と体育館との通路側に
目をやると意外や意外、白い帽子を被り 白いTシャツ、紺色の半ズボンのぽっちゃり
とした男児生徒。 体格から見ると5~6年生くらい?だが体格だけでは分からない。

 その子はジッとこちらを見ていたので、私は笑顔(余り得意ではないが)で返しました。
作業を続行していると またしばらくしては気遣いの言葉をかけてきます。
その後も私は 楠の落ち葉を生ごみ袋に入れ、WC廻りの草を引きながら あのような
優しい言葉を掛けられる子供は どのような家庭環境の中で育てられたのだろう。
きっとご両親も仲がよく 子供に愛情を持って育てて来られたのかなぁ~ しかしまた
最近聞く、男性の草食化? 女性の肉食化?などが頭をかすめ、単純作業なので
ひたすら その様な事を考え 作業をしていると ひと際 雨が激しくなりだし
”ひょっとしたら校旗を”と思い、行くと 案の定 校旗が上がっているので慌てて
後納する一幕もありました。

月曜日から金曜日まで 殆どが草引き、こんなに根気強く 作業を続けている
自分に 我ながら呆れたり 感心したり。

 金曜日の夕方 釣り友から電話があり 「まっさん。土曜日 船取れないか?」と
電話。急に言われても どうなるか分からず 船長に電話を入れると「空いてるよ
イカが目当てなら 数は出ているが 大きいイカは期待できないよ」との返事。

 土曜日は3時頃に西脇を出て 津居山へ 5時半出船。 魚釣りは2の次で イカが
メイン。 6時半に浅場へ移動し 船長は「今日は水中アンカーを入れる」。と
釣らす気満々。
 灯りを灯すと しばらくして 小イワシが 何かに追われているのか 水面を
バチャバチャいわして飛び跳ねています。
内心 ”今日はダメかも・・・”と悪い予感。きっと水中には大きな魚が居て
イカも散らしている恐れがあります。

 8時になっても釣れない。船長にも焦りが出てきました。 魚探を真剣に眺め
「どうしてやろ」と不安顔。 9時半頃になり やっとイカが乗り始めました。
型は小さい。だが贅沢は言っていられない。 強欲にも 竿を1本出し、もう1本は
メタルジグで釣ります。
 10mくらいの浅いところでイカが乗るようになり 手返しが早くなり 数は
50~60杯は釣れたでしょうか? 11時半に納竿。港に着き 車に乗ったのが12時丁度
帰宅夜中の2時でしたが 今日は日曜日なので 気持ちは楽で ゆっくり寝られます。

35リットルクーラーに満杯。
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