今、日本全体が右傾化していると危惧する声が聞こえます。確かにその通り、小泉首相の訪朝以来、テポドン、ノドンなどのミサイル発射を受け、国防意識は急速に高まり、憲法改正を堂々と掲げる安倍総理大臣がついに登場、麻生外務大臣や中川昭一政調会長は核武装まで議論しようとしています。
“何とかして この動きを止めたい”、というのも、もっともな感情で、少し考えれば、現在が “異常事態” だと感じるはずです。戦後の政治史において、こんな急激な変化はあったでしょうか。川の水が一気に逆流しているようなもので、のんびりしていると呑み込まれてしまう危険を感じます。
実際、よく見るとすでに、自民党だけなく、二大政党のもう一方、民主党の小沢党首も憲法改正論者ですし、首都東京の知事は石原慎太郎氏。護憲、平和で完全理論武装していたはずの公明党も改憲を否定しませんし、社民党、共産党は見るも無残な凋落振り。どうすれば良いのか、拠るすべがありません。
一方で、そもそも今までがあまりにも自虐的、土下座外交ばかりで、お金だけは貯めたけれど、日本人の誇りも何もあったもんじゃない。矜持を失った民族の末路は歴史が証明している。ここに来て、やっといくつかのタブーがはずれ、ついに日本人が生き返ったのだという高揚感があります。
まるで60年ずっと耐えてきた魂に、やっと灯がともったかのようです。
また、高校生以上の生徒にも、変化を感じます。彼らと話していますと、拉致事件もそうですが、むしろそれ以上に、中国人による反日デモ。生卵を投げたり、大使館を襲ったり、さらにサッカーアジアカップ時の暴動が、あまりにも衝撃的だったようです。
なぜ自分たち日本人はこんなに嫌われているのか。過去の戦争で日本がどれほど悪いことをしたとしても、少なくとも、サッカー選手は関係ないだろうという感じでしょうか。どこかおかしいという戸惑い、素朴な疑念をいだいたと思います。本能的な、逆の危機感とでもいうようなものです。
いくらこちらが、東アジアの人たちに、“仲良くしましょう” と言っても、相手にされないし、政治的、軍事的な仲間であるはずのアメリカ、ブッシュ政権は、そうすることがまるで当然のようにイラク戦争をはじめてしまい、日本の自衛隊は法律まで変えてでも、それを助けざるを得ない。
ハンチントンは大著、『文明の衝突』 の中で、日本は将来、アメリカにつくか、中国と手を組むか、迷ったあげく、中国側につくと予言しました。歴史的に見れば、放っておけば、日本はそうなってしまうので、アメリカはそれを必死にくいとめろと主張しているわけです。
今の日本は、アメリカにせよ、中国にせよ、どちらかについていけば、本当に平和があるのか、という悩みを抱えているようにも見えます。
いずれにしろ、小泉、安倍政権と続いたことによって、今までの大きな流れが変わったという認識では一致しているように思います。米中、どちらも信頼できない以上、他の国がどうであれ、自律神経を使って、自国のことを考えなければならない段階に意識が高まってきたと思います。
もう、かなり前から、右と左、あるいは、保守VS革新や進歩主義で語る時代ではなくなったと感じられますが、本書の著者、吉本隆明氏 (吉本ばなな氏の父上です) の生き方自体が、それを象徴しているのではないかと感じます。
『言論統制列島 (鈴木邦雄、森達也、斎藤貴男)』 という本の中で、どなたかが
“昔は、天皇万歳と言っていれば、誰でも右翼になれた。左翼になるには、プロレタリア革命などの勉強が必要で、インテリの多くは、それに惹かれ学生運動をした。今は逆で、権力批判をしていれば、進歩的であるという時代が終わり、国の歴史や文化を語ることのできるものが右翼になれる”、というような趣旨のことを言っていました。
確かに、慰安婦問題や南京事件など、教科書の記述だけを鵜呑みにしていて、反対意見を勉強していなければ、今、日本で起きていることが、理解できません。
吉本氏はマルクスを信奉し、かつては新左翼の教組と呼ばれていたかと思うと、あとになっては小沢一郎氏を絶賛。氏の全集でも購入し、部屋にこもって勉強しなければ、正直、本書を読んだだけの、私のような凡人にはとうてい理解を超えています。
本書で、氏はあざやかに、右も左もバッサバサ斬ってしまいます(わかりやすいので、右・左と使いますが…)。「右」は、小林よしのり・西部邁・石原慎太郎・西尾幹二・新しい歴史教科書をつくる会・江藤淳・司馬遼太郎 など。「左」=「進歩的民主主義」者は、久米宏・筑紫哲也・岩波書店・朝日新聞 などなど。
編集者の田近氏を、かなり挑発的な聞き手として、戦中、軍国少年だった吉本氏が、どう考えてきたかをべらんめえ調で語ります。どこにもおもねることなく、ご自分で考える姿勢には感心しますが、どうしても未来像が共感を持って響いてきません。
内田樹氏も、私は非常に好きですが、やがて国家という枠組みはゆるやかに弱まるとどこかに書いていたような気がします(不正確です)。吉本氏も先進国が、工業化から第3次産業に移ることで、国家の解体というものを論じます。
確かに、今、日本と中国が一時的にでも仲直りせざるを得なかったのは、経済的側面、つまりグローバリズムの影響を抜きには考えられません。
国際競争が、これだけ激しくなってくると、利害の一致するものに関しては、時にこうして、靖国問題など、政治を脇においてでも、協力するでしょうが、やがて資源などで、利害が背反する問題が起こった時 (すぐにそうなりそうですが)、競争が激しい分だけよけいに結束しようという動きにならないでしょうか。
“思想界の巨人” と帯にあります。影響力が強い言論人、世論をリードする知識人と呼ばれる人々が、国境の弱体化を予言しますが、今のところ、韓国も中国も、ロシアも、こと領土問題に関しては、極めて強行です。
国家が解体されるのは日本だけかもしれない、そんな印象をもたざるを得ない一冊でした。
私の「戦争論」
筑摩書房
詳 細
最後まで、お読みいただきありがとうございました。いくらかでも参考になりましたら、クリックしていただけるとありがたいです。
↓ ↓
人気blogランキングへ にほんブログ村 本ブログ
http://tokkun.net/jump.htm (当教室HPへ)
『私の「戦争論」』吉本隆明・田近伸和
筑摩書房:249P:735円
吉本ばななのおとんですよ(笑)。不思議な感じがします。
kazuさんじゃないけれど、わけわからん知識人が多すぎて、読むのに疲れますね。今でもそれだけ本が売れるから、ばななさんも売れるから、話題になるのでしょうが…。
ハンチントンの著作には、常に「provocative」が枕詞のように冠され、アメリカでは異端視とまではいかないまでも、大衆ウケしないと主流と見なされないので、アメリカ以外の国ほど重要視されていないのが実情です。私自身も9/11までは政治オンチだったので、彼の著作を読んだのはイラク戦争あたりからだったと思います。
しかしここ2・3年の劇的に流動する世界情勢を見ると、彼の論説の方が実情を的確に予知していたように思われる状況が続出しており、VIVAさんの勧めてくださる本は実に時宜を得たものばかりだなぁ、といつものことながら感心します。
過去にすでに紹介なさっていたのですね。今日のようにリンクがあると以前紹介した良書にもたどりつけて助かります。もっとどんどん自己リンクを増やして、ここ掘れワンワンやってください!
「関係の絶対性」の問題を扱ったとき見田宗介さんの本に出てきて、それから読み始めましたが、読みやすい本が多くて助かります。
見田宗介さんの本は難しくてなかなか読みすすめられませんが・・・。
「戦争論」には、ヨーロッパでカントの時代からあった歴史的、学術的研究と、「戦争論」というより「戦争観」といった方がいいような観念的なものに2分されますね。
わが委員会では「戦争論」と銘打った本は数冊あるが、これはまだでした。早速見てみます。もっとも、学生運動盛んな頃はもう中堅サラリーマンで、当時ならした人の著書はほとんど読んでません。それがあればもっと興味を持ったとおもいます。
本書は、題名はこうなっておりますが、戦争を中心にしたものとはちょっと違う趣かなという気がいたします。
名前は知ってても、ばななさんのお父様だとは知りませんでした。
ありがとうございます、一つ物知りになりました。
この方の本は一度も読んだことが無いので、さっそく読んでみようと思います。