暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

7月11日:近況とおしらせ

2020-01-08 | はじめに
現在、現地の友達は一人もいませんがとても充実した時間を過ごしています。
友達はいませんが。

具体的に言うと、プロレスとTRPGという
多少の金そして大量の時間をつぎこむような趣味にのめりこんでいます。
あとは仕事の勉強もしなければなりません。比重は圧倒的に少ないのが現状ですが。
TRPGシナリオ作成のために創作はまた始めましたが、
詩を書く機会はなかなかに減っています。

ブログを閲覧していただいている方もさすがに激減しており、
今更ながら、更新頻度にはご期待されない方がいいかと思います。
いい夢を見たり、思いついた時には更新していきますが、
もし更新を期待してくれている方がいらっしゃれば、ご期待に添えず申し訳ありません。

日常はツイッターで更新しています。
正直ツイ廃です。プロレスとTRPGのことが多いです。
@cockegg109というアカウントで、同じく鶏卵としてつぶやいています。
趣味や性癖もありのまま書いているので幻滅しても知りませんが。

何かありましたら、コメントもしくはツイッターアカウントなどにどうぞ。
閲覧いただき、ありがとうございます。
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詩日記を始めるにあたって

2020-01-01 | はじめに
鶏卵と申します。

この暇人詩日記は、ひたすらに節操もなく
詩のみを展開していく所です。
幾年も、推敲を一切していないものを載せてきたため記事数がそこそこ膨大です。
カテゴリ別に閲覧されるといいかもしれません。
カテゴリの解説を掲載します。

年代別:該当年で比較的マシなものの自選集。ただし夢カテゴリ内は自選除外
暗い:救いを特に考えず書いたもの
明るい:救いがありそうなもの
かなしい:かなしさを糧に書いたもの
あたたかい:優しいきもちで書いたもの
つめたい:全員殺すきもちで書いたもの
狂おしい:猟奇的描写の激しいもの
錯乱:情緒不安定の境地で書き散らかしたもの
夢:実際に見た夢の記録、脚色
心から:心から思ったこと
自動筆記:自動筆記

となっています。
カテゴリ詐欺と思われる内容が多々あるでしょうが、
私の中ではそういうことになっているのでクレームは受け付けません。

主にはやや暗めの詩が多く、
科学や数学の世界が入ることもあり、
少なからず人体の部位が表現として使われます。
グロテスクではないと思っているのですが
閲覧の際には今一度お気をつけ下さい。

もし私の詩を気に入られた際には
名無しでも一言でも評価をいただけると
喜びます。
批判も受付中。

コメント及び
トラックバック、
ブックマーク等は
お気軽にどうぞ。
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振替輸送

2017-09-22 | つめたい
罪のない善良な羊たちが
のろのろと群れをなして歩いている
歩むべき道を忘れ
従うべき導を忘れ
罪のない善良な羊たちが
のろのろと群れをなして歩いている

そう、彼らは
善良なのだ
なぜなら彼らが
そう言っているのだから
羊の社会では羊こそが善とされ
羊以外はそうでないものと看做される

彼らの仲間がいま
車輪に飛び込み死んでいった
それはもはや羊ではないのだ、
口々にそうでなくなったものを囃したて
羊たちは今こうして歩いている

めえめえと口々に鳴きながら
彼らは死んだ羊を覗き込み
大きな口を歪ませる
見よ、羊たろうとしない者は
かくも愚かに死んでいくのだ
ああ、なんとかわいそうなわれらが羊よ

なれば哀れな善良たるわれらは
庇護されて然るべき、
歩むべき道を忘れようと
従うべき導を忘れようと
われらは庇護されて然るべきだ
のろのろとめえめえと群れをなす
群れであるなら安全だ
羊であるなら善良だ
善良でないなら羊ではない
そうしてかれらの善良さは保たれる

断崖に飛び降りることはしない、
一匹の山羊につられるようなこともない、
なぜならわれらは羊ではなく
善良なすこやかな人間であるからだ
そうしてかれらは道を外れ
多数決の善に酔いしれながら
かよわきそれ以外を踏み潰すのだ
誰が踏み潰したのかもわからない
ならば誰にも罪はない
潰れたそれらは紛れもなく
人の形をしている
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こわくないよ

2017-09-19 | 明るい
何に怯えているのかはよくわかりませんが、常に何かしらに怯えています。
しかしながら怯えてばかりでは生きていけないので、明るい物事によってとりあえず蓋をしています。
そうすると何となく大丈夫になって、きっともう大丈夫、だから大丈夫なのだと明るくなった気になるのです。
けれどもふとした拍子に蓋が外れ、中のものがこちらを見てきます。
なぜ蓋が外れるのでしょうか。蓋が軽すぎたのかもしれませんし、あるいは中のものが大きくなりすぎたのかもしれません。
しかしおかしいことに、蓋をしているものが肥大化するはずはないのです。
なぜなら蓋をしているのですから。
原子はひとりでに増殖するはずもないのです。増えるならば体積くらいのものです。
あるいは中にあるものは、腐敗しているのだろうと考えます。
腐敗しているならば、膨満したガスが飛び出しても不思議ではありません。
しかし、しかしながら、ちらりと見えたものは有機的に蠢いているようでした。
ならば生き物とも言えるのでしょうか。
あるいはそれそのものに、これまで怯えていたのでしょうか。
人間は理解を超えたものに恐怖を抱きます。
いくら考えても結論の出ないものはつまり、理解を超えているとも言えます。
中をきちんと覗き込みさえすれば、ともすれば怯えから逃れることができるのではないでしょうか。
何に怯えているのかもわからないのです。その根源に蓋をしたのです。
根源とは何であったか、理解できないのです。
発生の原因があるのであれば、中のものはそれ、あるいは類するものであるはずです。
楽しいことを思い出しましょう。そうすればまた蓋を閉じることができます。
重ければ重いほど封印は強固になります。
ただし中のものが有機的な生物に近いものであるならば、いずれは成長し蓋を持ち上げることでしょう。
そうするとより大きな重しが必要になり、だんだんと求められる重量が増えていきます。
常に幸福を貪るのは果たして、正常な状態と言えるのでしょうか。
怯えています。今は蓋の中のものに怯えています。
それ以外にも怯えていたものはたくさんあります。たとえば、無数に聞こえてくる音であるとか。誰かの口の中であるとか。脳に突き刺さるような巨大な有象無象の意識であるとか。
それらが集約されて生命を得たとするならそれはとてもおそろしいことです。
答えは中にあるのです。ならばなぜ見ないのでしょう。
あるいは、いいえ知っているのだと、ひとつの意見が言います。多数の可能性。多様性。客観的な視点。カメラはいくつも設置されている。
かわいそうな子犬が中にいるのです。おそれとは時にそういうものです。
怯えています。今は蓋の中のものに。
中を覗かないのはそれに怯えているからです。本当にそうなのでしょうか。
あの中身を知っている。
知っているのだ。
楽しいこと、嬉しいこと、明るいことを思い出します。大きな蓋ができたので、ぎゅうぎゅうに詰めて封印しました。
よかったね。これで大丈夫だね。
ひと仕事終えたとき、あたたかい声と拍手がするのです。
振り返ればやさしい人たちが、背中に手を添えて輪の中に招き入れてきました。
蓋からごとりと音がします。また大きくなった音がしました。
常に何かに怯えています。何に怯えているかはもはやわからなくなってしまいました。
まったくわかりません。まったくもって何一つ全然皆目これっぽっちもわかっていません。
だってこんなにも楽しいのです。大丈夫。大丈夫なのです。だから大丈夫に違いありません。
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開設3900日だそうです

2017-09-19 | 錯乱
空の隙間を縫うように
無数の小さな蠅たちが
葉と葉の間で飛び交っている
見上げるだけでは醜いものも
けして駆逐されはしない
地面を見ればさも当然に
死骸はごろごろ転がっているが
わたしもまた土に転がり
泥の層で呼吸している

心臓は蟻が動かしているし
声は蟋蟀の翅を借りている

小蠅よ、かれらの目の色は
なんと美しいものだろう
対しておのれの目の色の
なんと濁っていることか
天を仰げば下水にも似た
視線がわたしに降りかかる

美しいと呼ぶものは
いつでも叩き潰される
醜いと唾を吐くものは
いつでも諸手で褒めそやされる
心臓の蟻は働き者だ
なきがらが絶えずこぼれ落ち
ぽろぽろりいころ音を立てる

わたしは土のこちら側
あなたは天のあちら側
唾を吐けば天に棲まう怪物が
大きな口で心臓を食らう
スイミー、スイミー、かれらは強く
わたしはまるで塵芥
小心な蟋蟀は鳴くことをやめ
縋りついて天を仰ぐ
葉と葉の間を飛び交う小蠅は
おおきな落雷にみまわれて
わたしの頬へ落ちてきた
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