集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第26回・センバツ準決勝・急造捕手オッチャンが分けた明暗)

2017-05-25 11:03:37 | 霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝
 6回以降、広陵エース田岡、柳井エース清水とも立ち直り、注目の9回も両チーム無得点で、延長戦に突入します。
 延長10回表、広陵はワンアウトから、5番吉岡が三遊間を破るヒットで出塁。吉岡はそのまま二盗を決め、広陵はワンアウト2塁と、勝ち越しのチャンスを迎えます。
 さてこの試合、初回からマスクをかぶっていた急造捕手のオッチャン。その運動神経の鋭さから、キャッチングは全く問題がなかったのですが、盗塁を阻止するためのインサイドワークといった点は、残念ながら全くお話にならないレベルでした。
 急造捕手のオッチャンは広陵ランナーの走る気配を察知することが全くできず、この試合、8盗塁を許しています。オッチャンの運動能力と敢闘精神は一等図抜けたものでしたが、それだけでは、広陵の洗練された走塁を阻止することは不可能で「この日柳井の正捕手負傷のため右翼に退いたため二盗はさながら無人の野を行くがごとくなされた」(大正15年4月5日付大阪毎日新聞)という状態でした。
 広陵ランナーに好き放題に走られるという心理的プレッシャーは、柳井エース清水の心にジワジワとプレッシャーを与え、そのプレッシャーがMAXに達した時、清水は致命的なミスを犯します。

 清水は吉岡の二盗後、6番山城をきっちりと投ゴロに仕留めます。
 この時、二塁ランナー吉岡は大きく二塁を離れていました。山城が打つと思ってリードを大きく取りすぎた、吉岡の完全なミスです。
 セオリー通りであれば清水は、ランナーの離塁状況に応じて二塁あるいは三塁に送球し、ランダウンプレー(挟殺)としてアウトを取る場面ですが、ランナーに好き放題に走られ、また、急造三塁手の田中が2回にタイムリーエラーをしていることが頭をよぎったのか、清水はなぜか二塁にも三塁にも送球せず、一塁に送球。バッターランナーをアウトにしてしまいます。当然吉岡は、悠々と三塁を陥れました。
 広陵はツーアウトながらランナー三塁。一打勝ち越しの大チャンスです。
 ここで打席に立ったのは7番三浦。
 2ボール1ストライクと、打者有利のカウントからの4球目。広陵の1塁ベースコーチはオッチャンのサインを見抜き、コーチャーズボックスから「ドロップ!ドロップじゃ!!」と叫びました。ちなみにこの行為、現在ではサイン盗みとして厳罰に処せられる行為ですが、当時は全くのお構いなし。
 そして清水は…キャッチャーが加島であれば、握りを瞬時に変えるとか、あるいは1球外すという小技ができたのでしょうが、相次ぐエラーや広陵のスチール攻勢は、清水の冷静さを完全に奪っていました。
 清水はサイン通り、外角へタテのカーブを投じました。そのコースはまさに三浦の狙い通りのコースと球種。三浦は狙いすましてバットを一閃!
 打球は三遊間を鋭く破り、レフト阪本の前へ転がりました。三塁ランナー吉岡は悠々とホームイン。広陵、ついに値千金の勝ち越し点を奪います。
 その裏、柳井も必死の反撃を試みましたが同点となる5点目は奪えず。延長10回、広陵は5-4で勝利をもぎ取り、翌日に行われる決勝にコマを進めました。
 この試合のボックススコアを見ますと、広陵は8安打8盗塁と、柳井のお株を奪う機動力野球が際立っています。
 対する柳井は3安打、盗塁はわずかに2と、打てないことを差し引いても、柳井の攻撃のキモである走塁を完全に封じられた格好となりました。
 この試合は、いかに広陵が昨夏山陽大会決勝の敗北を重くとらえ、「柳井の単打と機動力を封じる」と対策を練ったかという証左となるものでした。

 広陵は翌日の決勝で、松本商業と対戦。
 松本商業は信州長野の名門で、一回戦で第一神港商業を、二回戦(準々決勝)で前年度夏優勝の高松商を、準決勝で熊本商業といった強豪を次々に撃破しての決勝進出。この快挙の原動力は、攻・走・守に八面六臂の活躍を見せた「信州のベーブ」矢島粂安でした。
 しかしエース田岡は矢島粂安を完全に抑え、また、3番角田、6番山城は連投の疲れが甚だしい松本商業エース・小松を打ち込み、7-0で圧勝。紫紺の大旗を初めて山陽に持ち帰ります。
 またこの大会、広陵はたくさんの「個人賞」を持ち帰りました。
 今では信じられないことですが、大阪毎日新聞社は、夏の大会との差別化を図る観点から、個人賞を設け、各選手を表彰していました。
 この第3回大会の個人賞は、以下の通りです。

・打撃賞 宮武三郎(高松商)、田岡兵一(広陵中)、松田貞雄(市岡中)
・生還打賞 矢島粂安(松本商)、西川英一(市岡中)、角田隆良(広陵中)
・塁打賞 矢島粂安(松本商)
・本塁打賞 矢島粂安(松本商)、西川英一(市岡中)
・ファインプレー賞 西岡要明(松山商)、岩瀬弥次郎(早稲田実)、宮武三郎(高松商)、小林政重(松本商)、矢島粂安(松本商)

 広陵はエースの田岡、打線の中心となった角田が受賞し、チーム力のみならず、選手各個人の能力の高さをも存分に示しました(柳井は受賞者なし)。

 さて、柳井に戻った柳井中学ナインは、柳井のみならず、山口県下の大喝采を浴びていました。
 個人賞を取るようなスター選手が全くいないにもかかわらず、優勝した広陵と互角以上の戦いを見せ、山口県勢初の甲子園ベスト4を勝ち取ったのです。柳井町民は熱狂を以てナインを迎え、「柳井中学は強いで!」と、町民は方々で自慢しました。
 そんな喧騒の中、オッチャンはひとり、自分自身を深く恥じていました。
 急造とは言え、捕手としての役目を全く果たせず、センバツの準決勝という国民注視の試合で失態を演じ続けたこと、そして、エース清水が疑心暗鬼に陥るような環境を作ってしまったことに、強い無念を抱いていました。
 その無念はセンバツベスト4ということを全く忘れさえてしまうほど深いものでしたが、野球人オッチャンは、この失敗をバネに、さらなる飛躍を遂げていきます。

【第26回・参考文献】
・「柳井高等学校野球部史」柳井高等学校野球部史編集委員会
・「山口県高校野球史」山口県高等学校野球連盟
・「ホームラン 2016年9月号臨時増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」廣済堂出版
・「毎日グラフ別冊 センバツ野球60年史」毎日新聞社 
・ヤフー知恵袋「高校野球の「個人表彰」?(その1)」ossutoshi様の投稿

コメントを投稿