集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

今日は通常営業…目的性と指向性なき肉体の行方

2016-10-16 16:15:00 | 格闘技のお話
 このブログではよく紹介しております、トレーニングの七原則(3原理・5原則とする本もあり)。
 このなかに「意識性(あるいは目的性)の原則」ちゅうのがあります。意味は「実施するトレーニングの理論についてよく理解し、常に目的意識と向上心を持って取り組むこと」(スポーツコンディショニングの基礎理論・西東社)。

 トレーニング、特に原則一人で行う筋力トレーニングやランニングといったものは、原則「わがままに」やらないと思ったような効果が得られないものです。これはトレーニング7原則のうち「個別性の原則」や「特異性の原則」によるものであり、致し方のないことです。
 しかし、そうして鍛えた肉体については、常に「意識性(目的性)」を持つべきだと思うのです。
 といいますのも、私の隣近所にいる筋トレやランニングを人並み以上にする人、しかもその成果を、仕事や格闘技などに還元せず、「筋トレのために筋トレしている」とか「ランニングのためにランニングしている」人は、なぜか決まって非常に性格に難があり、しかも下半身がユルユルという欠点があることに気づいたのです。

 以下はあくまでも私の想像に基づくもので、学術的な検証はなされていないのですが、「個別性」「特異性」を突出させたトレーニングをしていると、「意識性(目的性)」を見失った人間性ができてしまい、しかもそうして形成された「特異性」プンプンの人間性は、人間のいわゆる「劣情」と呼ばれる下劣な感情との親和性が極めて高いのではないか、と思うのです。

 その仮説に基づいて考えれば、アホウなスポーツ選手が下半身スキャンダルをそこらじゅうでやらかすことも、私の隣近所にいる下半身のクセと性格が悪いスポーツマンの説明がすぐにつきます。
 「健全な肉体には健全な精神が宿るとかナントカ」という理屈からは、決して見えてこないところだと思います。

 私は鍛えた肉体には、鍛えただけの社会的責任が生ずると考えています。
 ちょっと鍛えていい体になった、力がついたといってその力をいわゆる「下半身」にばかり使ったり、我がまま一杯にふるまったりするのは、実に愚かなことです。
 筋トレやランニングを熱心にやると、それに伴って各種の成長ホルモンや多幸感を感じるホルモンなどが分泌されるそうですが、それに身をゆだねるだけでいいのでしょうか。いいわけないですね(-_-;)
 人より抜きんでる能力を得たのであれば、その力を文字通り「善用」するよう、今度はその力に指向性を持たせるべきです。

 そういった意味で私は、武道や格闘技は、鍛えた肉体に正しい「指向性」を持たせることに大変適していると、手前みそながら考えております(;^ω^)
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Unknown (老骨武道オヤジ)
2016-10-17 09:43:50
通常営業版、お待ちしておりました。武道&格闘技屋にとって永遠のジレンマは「気違いに刃物」にならないための戒めですな、空手の競技人口が世界的に多いのはその訓練が軍人の格闘能力(人殺し)の向上に直結しているからです。四半世紀すこし前、空手のアジア大会が私の地元で開催され、下っ端役員として関わりましたが、東南アジア発展途上国の選手の多くが軍人であり、タイトルの多くは我が国の選手が独占しましたが、準決勝で敗れ、必死に三位決定戦を競い勝利し涙を流した東南アジア選手の多くは軍人でした。その意味でその手の職業選手以外の選手を多く輩出する我が国は本来の「近代武道の意義」を追求できる幸せな国と言えるかな?正しさを守るためには悪に対抗する力を持たねばなりません。かっての社会党がほざいた「非武装中立」なんぞは我が国を亡国に導くサギの屁理屈ですな・・
ありがとうございます! (周防平民珍山)
2016-10-18 20:22:40
 老骨武道オヤジさま、通常版お待たせしてすみませんでした!
 老骨武道オヤジさまご指摘の通り、いわゆる伝統空手にせよ、フルコンにせよ、空道にせよ、強い外国選手は軒並み「強くならないと自分が死ぬ」という危機感の下、鍛錬に明け暮れている人がたくさんおられますね。
 戦後、GHQにタマヌキにされたあと、安全保障をアメリカに投げたままの我が国ですが、自衛隊の中に、自らを律し、鍛え上げている精兵が実にたくさんいることは、お付き合いのある私、非常によく存じ上げております。
 しかしそうした優秀な力が「バカな上層部が決めたことを、現場の兵隊がその卓越した力でなんとか実現してしまう」ということに使うのは、本当にカンベンしてほしいものです。
 なぜなら、先の大東亜戦争の失敗は、すべてそこに集約されるからです。

 戦争や人殺しというところを離れ、人智の究極を目指すという、よく言えば昇華された武術、悪く言えば緊張感のない武術?が許されるのも、日本が平和である故、と思いたいものです。

 またよろしくお願いいたします! 

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