集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

「杉田屋守伝」外伝2・状況説明が多すぎる言い訳

2016-12-20 20:13:09 | 周防野球列伝
 特定のどなた様からか、そういう批判を頂いたというわけではないのですが、タイトルのように「コイツは杉田屋守本人の話ではなく、状況説明が多すぎる!」みたいな見方をなされている方がいらっしゃる場合の説明として、本稿を書かせていただきます。

 「霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝」は、当然のことですが、郷土の生んだ偉大なる球人・杉田屋守様の伝記です。
 しかし、その一生をただ、「いつ生まれて、いつどこの学校やチームに入って、いつ死んだ」という、うわべの経歴だけをなぞって終わるということについては、私は早い段階から「それではダメじゃ」という決心がありました。

 私は昔の野球人の話が大好きで、ガキのころからよく読んでいました。
 そのすごさ、面白さが大好きで、本当によく読んでいました。
 しかし、20数年前頃から、「昔の選手と今の選手はどっちがすごいか」という比較話を取り上げる本が出てくるようになり、そうした本では常に「昔の選手は強かったけど、野球だけに関して言えば、今の選手ほどすごくない」みたいな結論があたりまえになっていました。
 ちょうど、野茂英雄がメジャーで活躍し、それに伴って、メジャーを無条件に礼賛し、日本野球をディスる本が大量に出回った時期のことです。
 そういえば当時、その「メジャー最高!日本野球クソ!」の急先鋒であったS山とかいうクソジジイは、最近になってメジャーから袖にされたため、逆に「日本サムライ野球」などという腐った本を出版していますが、どの口がそんなことを言うのでしょうか。恥知らずが・・・

 いくつかの野球HPでも、そうしたバカ本をネタ本として、「昔は根性論での練習しか、練習方法がなかった」という、昔の人の気合と努力をバカにする論調が続いています。
 私はそのことについて、常に不満を持ち続けていました。

 まず、そうした論調を張る自称「野球ツウ」なるバカの最も腹立たしい点が、昔の野球やそれを取り巻く環境のこと全く知らず、ただ数字だけをもてあそんで喜んでいるという点です。
 今の甲子園大会のスコアと昔のスコアを単純に数字で比較し、「昔はこんなにエラーが多いんですよ、こんなに今は少ないんですよ」「今はこんなに球速が上がってますよ」「こんなにヒットが打ててますよ」…平気でこんなバカなことを言う。

 「昔はエラーが多い」。こういうことをドヤ顔で論じるバカは、いちど昔のグラブを見てみるがいい。
 当時は石油化学製品の全くない時代なので、グラブはただの巨大な皮の手袋。しっかり五本の指に力を入れて握りしめないと、すぐに「ポロッ」。昔のグラブで守らせれば、カープの菊池でも、エラー続出請け合いでしょう。
 昔の巨人の花形選手であった青田昇さんは、滝川中学時代、グラブをすべて分解し、グラブの親指以外の指先の先端に一銭銅貨を埋め込んで、再度組み立て直すということをしていたそうです。少しでも指先が土を掻くようにするための努力です。
 青田さんも著書で言っていましたが、今の野球選手で、グラブを分解して、そこまでする選手がいますか???

 「今は球速が上がった」…昔のピッチャーは、毎日毎日どんだけ投げ込みをしていたと思っているのでしょうか。それだけの投げ込みを可能にするためには、今のようなスナップの利いた投げ方ではすぐ体を壊します。全身を1本の棒のようにして、全身を供応させて投げないとダメ。その中で驚異的なスタミナとコントロールを身に着けていたのです。
 しかも当時のチームは、エースは1人か2人。今のように一度投げれば、やれ5日休みだ6日休みだというゼイタクは許されない時代だったのです。
 スピードガンの登場以降、投手の命はスピードだけ、という単細胞な論調がかまびすしいですが、昔の投手の驚異的な練習量、コントロール、精神力に敬意の念を払わなければ、昔の選手のすごみはわかりません。

 「ヒットが打ててます」…あのねえ、300匁(1.1キロ強)のバットを軽々振り回す昔の強打者が金属バットで打てば、全部場外ホームランになるわい!!!!!!

 「オッチャン」の本当の姿を知るには、オッチャンを取り巻いていた社会情勢、当時の野球情勢、戦ったライバル、柳井町付近の状況をリアルに再現しなければ、その姿は浮かび上がってきません。
 オッチャンには自著「私の野球生活」以外、全くまとまった伝記や論評がない。
 そのため、当初は「周囲の状況からその姿を浮かび上がらせる以外、方法がない」という状況で、その周囲の状況…移民の歴史、郷土の歴史、旧制柳井中学野球部の歴史、それを取り巻く野球の歴史を調べるしか、本人の人となりを浮かび上がらせる方法がなかったのですが、それを進めていくにつれ、オッチャンの人生を調べるために取ったこれらの「手段」は、現在「確信」に変わっています。

 現在の「杉田屋守伝」は「中等学校編」に相当しますが、その中だけでも、本当に豪華なメンツが多数登場します。
 そして、中等学校編で登場したライバルは、そっくりそのまま「オッチャン東京六大学編」にも登場し、しのぎを削ります。
 そしてその戦いは、そっくりそのまま「日本野球史(中興編)」になっていくのです。
 オッチャンのライバルはそのまま、オッチャンの人となりを浮かび上がらせる何よりの証左となっているのです。

 弊「杉田屋守伝」をお読みいただいている数少ない皆様には、ぜひ、杉田屋守をとりまいた昔の野球人が、いかに真摯に野球に取り組み、いかに現在の野球を形成するための礎となったかを、私めのつたなすぎる文章から、少しでも読み解いていただければ幸甚に存じます。

 「杉田屋守伝」、連載も13回を超え、長丁場となることは見えておりますが、お暇とお時間のある方はお付き合いよろしくお願い申し上げます。
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