集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
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霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第25回・センバツ準決勝・苦渋のスタメンと逆襲の広陵中学)

2017-05-19 07:50:38 | 周防野球列伝
 大正15年4月2日、大会5日目。
 この日は準決勝、広陵中-柳井中戦と、松本商業(現・松商学園高校)―熊本商業戦が組まれており、甲子園大運動場には満員の観衆が押し寄せていました。
 観客のお目当ては、2回戦で前年夏優勝校・高松商業の宮武三郎からサヨナラホームランを放った「信州のベーブ」矢島粂安。そして、高松商業なき今、優勝候補筆頭との下馬評高い広陵中学です。
 広陵中学はこの大会、1回戦では静岡中学を11-0で圧倒。続く準々決勝では、「中等球界の至宝」と謳われた当時の最強左腕・和歌山中学の小川正太郎を見事に攻略、4-3で勝利をもぎ取っての準決勝進出です。
 ちなみに小川率いる和歌山中学は翌年の第4回センバツを制覇。同大会から始まった「優勝校はアメリカ遠征プレゼント」の第1号をゲットしております。
 広陵は前年度のエース・繩岡修三の後を受け継いだ投手・田岡兵一を中心に、投打にハイレベルなバランスが取れたチームで、昨夏優勝校の高松商業なき今、文句なしの優勝候補筆頭チームです。
 柳井中学の相手は、その強い広陵。山陽大会などで幾度となく対戦してきたし、これからも対戦していかなければならない広陵…なんとも因縁深い戦いです。
 しかし「因縁深い相手だ」と考えていたのは、広陵中学も同じでした。
 前年夏の山陽大会決勝。柳井は広陵をギリギリ1点差でかわして甲子園初出場を決めたわけですが、この時、広島の中等野球ファンは大激怒。ラムネの瓶などをグラウンドに投げ込むなど大暴れし、柳井中学ナインは這う這うの体で柳井に逃げ帰った、というのは第15回でお話しした通りです。
 甲子園出場を逃したその後の広陵野球部は、まさに針の筵。関係者やOB、ファンはこぞって山崎数信監督や選手をなじりました。
 この雪辱を期するためには、どうしてもここで柳井中学に土をつける必要がある。広陵ナインは悲壮な決意を持って、この一戦に臨んでいたのです。

 そんな注目の一戦は、主審・佐伯達夫の「プレイボール!」のコールで開始されました。先発オーダーは以下の通りです。
【先攻・広陵中学】
1番ショート牧野明治・2番ピッチャー田岡兵一・3番センター谷原博・4番サード角田隆良・5番キャッチャー吉岡米蔵・6番ファースト山城健三・7番ライト三浦芳郎・8番セカンド宮本正義・9番レフト中尾長(たかし)
【後攻・柳井中学】
1番ショート井上高明・2番サード田中清人・3番ファースト久甫侃・4番キャッチャー杉田屋守・5番ピッチャー清水光長・6番ライト加島秋男・7番センター川近勝・8番セカンド鶴田英雄・9番レフト阪本昇

 昨夏山陽大会決勝と比較すると、広陵は絶対エース繩岡や、馬力のあるトップバッター・阿波真次郎の抜けた穴を、長打力のある中尾が埋めるという布陣です。なお、広陵の控えには後年、東京六大学でスタープレーヤーとして活躍した小川年安(のちタイガース捕手。戦死)や八十川胖(やそがわ・ゆたか)もいました。
 対する柳井は、負傷したキャッチャーの加島をライトに引っ込めため、クリーンアップ以外の打順を、大幅に変更をして臨まざるを得ませんでした。
 復讐の念に燃える広陵は、初回からいきなり果敢に打って出ます。
 初回表。1番牧野は初球をいきなり引っ叩きます。
 タマはレフトにぐんぐん伸び…レフト阪本、背走からジャンプ一番好捕!と思いきや、タマはクラブをはじいてフィールドを転々。牧野は悠々三塁を陥れます。
 続く田岡も果敢にヒッティング。これがタイムリーヒットとなり、牧野が生還。わずか打者2人で1点を先取します。
 その後も急造捕手オッチャンのパスボールと、5番吉岡の三塁打などで広陵はさらに2点を追加。2回にも急造サード田中のエラーなどで1点を追加。広陵、序盤で4-0と大量リードに成功します。
 しかし柳井も、まぐれでベスト4に勝ち上がった訳ではない。ここから驚異の反撃を見せます。
 2回裏。エラーで出塁したオッチャンは、盗塁と犠打で三塁に進みます。ここで広陵エース田岡はまさかのワイルドピッチ!オッチャン悠々生還で、柳井、1点を返します。
 さらに5回裏。この回先頭の鶴田がヒットで出塁。9番坂本三振ののち、1番井上はランナーを進めるため送りバント。ところがこの何でもないバントを、広陵エース田岡が弾き、一死1、2塁のチャンス。
 このチャンスに2番田中は、田岡が投じた不用意なストレートを強打!打球は見事三遊間を破り、二塁ランナー鶴田が生還。2-4と詰め寄ります。
 さらに続く強打の3番久甫が、田岡の内角をえぐるストレートをセカンド右に鋭く弾きかえすと、これが右中間を深く破る三塁打となり、井上、田中が生還。柳井はついに、4-4と試合を振り出しに戻します。
 一死三塁のチャンスに続くバッターは、4番のオッチャン。鈴木監督は手堅くスクイズを命じます。
 強打者ながら小技も利くオッチャンは、初球を見事にバント!勢いを十分に殺した打球は、フィールディングに不安があるピッチャー田岡の前にコロコロ…田岡は鈴木監督の狙い通り、打球の処理にもたつきますが、なんとか必死のバックホーム!三塁ランナー久甫はキャッチャーのタッチよりほんの少しだけ早く、ホームベースを駆け抜けた…!!?
 ランナー久甫はセーフを確信し、球審の佐伯を見ました。
 佐伯は久甫に一瞥をくれると、一拍置いて、拳を天に突きあげてコールしました。「アウトオーーーーー!」
 久甫は当然「え!!!!!ウソじゃろう!」と目を剝きましたが、判定は覆りません。
 その後5番の清水が倒れ、柳井の逆転はなりませんでしたが、一気の集中打による同点劇に、甲子園を埋め尽くした満場の観客は大いに盛り上がりました。

 ちなみに久甫は、後年までずーっとこの「アウト」が不服でたまりませんでした。それは久甫が戦後、初代の柳井市長となり、位人身を極めたのちも、全く変わりませんでした。
 久甫が「柳井高等学校野球部史」に寄せた一文には、この判定が不服であったとはっきりと明示しています。
「主審の佐伯達夫さんの判定はアウトだった。私は後々まで、この判定に不満だった」
 その後、時期は不明ですが、高野連の大幹部となった佐伯達夫が柳井に来駕した際、久甫は「高野連の偉いさんをお迎えする地元の市長」という立場をかなぐり捨て、開口一番、かみつくような勢いで、佐伯にこの時の判定について問いただしました。
 佐伯はややヒキつつも、毅然とこう回答したそうです。
「あの時はどちらとも判定できるプレーであったが、君が滑り込んでいたらセーフだった」
 …こんにちの野球しか知らない筆者にとっては、なんだか納得のいかない回答ですね(-_-;)。
 久甫は前出「部史」にはいちおう「学生野球の敢闘精神を強調される佐伯さんらしい回答に恥ずかしい思いをした」と殊勝なコメントを寄せていますが、やはり内心は腹立たしいままだったのでしょう。
 久甫はなくなる直前、朦朧とした意識の中で「杉田屋のスクイズが…」といううわごとを繰り返していたと聞きます。
 戦後、新生柳井市のかじ取りを見事に行った偉大なる辣腕市長は、実は偉大なる野球バカでもあったのですね。
 それはともかく、試合は振出しに戻りました。

【第25回参考文献】
・「柳井高等学校野球部史」 柳井高等学校野球部史編集委員会
・「山口県高校野球史」 山口県高等学校野球連盟
・「毎日グラフ別冊 センバツ野球60年史」毎日新聞社
・「ホームラン 2016年9月号臨時増刊 歴代春夏甲子園メンバー表大全集」 廣済堂出版
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