集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

体罰は「何でもかんでも許されない」ものなのか????

2016-10-18 20:08:27 | 兵隊の道・仕事の話
 「体罰は悪であり、いかなる理由があっても許されないものである」
 こんなおためごかしを、テレビで、新聞で、人からの仄聞で、そして職場で、何度聞いたことでしょうか。
 しかし私は、「体罰は悪」という理由について、「殴る側」が納得できる理由を、誰からも聞いたことがありません。当然、テレビや新聞などに出てくる、いわゆるクソのような「知識人」などからは当然、一切聞いたことはありません。
 まあ、いわゆる「知識人」は学生時代、極左暴力集団に所属し、「セックス、バイオレンス、内ゲバ」に明け暮れていたくせに、今になって「暴力はいかなる理由があっても許されない」なんて、どの口が言うのかは知りませんが(-_-;)

 勉強にせよスポーツにせよ、いわゆる教育の現場での体罰というのは、私は絶対に必要だと思います。
 むろん、自分の持っている権力をかさに着て、むやみやたらに抵抗できない下のものを殴るのは唾棄すべきことであり、絶対にやってはならない。
 しかし、「教育」は、私はきれいごとではないと思います。指導者がいわゆる「強さ」「スゴさ」を見せつけ、教えられる側を圧倒しないとないとどうしようもない場面が多分にあります。その中にあって、秩序を乱すヤツ、あるいは教えに従わないヤツに対し、啓発の意味を込めて「実力」を行使することの一体何が悪いのでしょうか。私にはさっぱりわかりません。

 もし仮に体罰がイヤだというのなら、厳しい指導や修行が予想されるところに行かせなければいいだけの話です。
 今の日本、ラクして生きようと思えば、別にラクして生きられる道なんていくらでもあります。そして最初っから、努力や研鑽の必要のない学校や職場に生かせればいいでしょう。今の日本、そんなところは探さなくてもいくらでもありますよ!!!
 これは、決してラクとは言えない商売をして21年、自分のカネで格闘技をリスタートして間もなく20年になる私、自信を持って言えます!

 肉体的にキツいことや、殴る蹴るが予想されるところは例外なく、厳しい道が予想されるところです。あえてその道を選ぶのであれば、そうした覚悟と気概がいるのは必然でしょう。
 なのに、ちょっと練習がきつい、ちょっと指導者に殴られたというだけで痛いだのカユイだのいう人間やその保護者はいったい、どういう神経を持った生き物なのでしょうか。私にはさっぱり理解ができません。

 また仮に理不尽な練習や暴力を受けたというのであれば、殴った側、理不尽な訓練を課した側の意見をキチンと聞くべきです。
 一般に、下の人間から見えないものでも、上の人間はきちんと見えています。
 下の人間が「オレはちゃんとやってる!めっちゃ努力してる!」と思っても、それはやり方が間違っていたり、全然量が足りなかったり、自己満足の域を出ないものが大半であることが多い。
 やはり名人・識者の目が必要なことは論を俟たないでしょう。
 それが分かっている上の人間が、それを気づかせるためにちょっとビンタを食らわせたり、キツい練習をさせたりしただけで「イジメだ」「体罰だ」などというのは、いったいどの口が言うのでしょうか。それはいわゆる「逆恨み」というやつではないのでしょうか。

 恥を忍んで言いますが、私も体罰で職場を追われた者です。
 このとき職場のエライ人は、殴られた奴がいかに不真面目な態度、ナメた気持ちで訓練に臨んでいたかということを一切聞かず、「暴力をふるったヤツが、どんな理由があっても悪い」の一本やりで、私から意見を聞くこともなく、勝手に書類を作って、私を左遷しました。
 その数年後、私を左遷した上司と、何かの機会で会った折、そのことを問い詰めましたら、ものすごく申し訳なさそうに、「暴力をふるったヤツありきでの欠席裁判」があったことを認めました。
 自分の地位を守るためだけに…なんとつまらん奴だ…私は返答次第では、渾身の力を込めた鉄拳制裁をする予定でしたが、こんなヤツ殴る価値すらない…ワシの手が汚れる…一気に気持ちがしおれてしまいました。

 どなたでも結構です。体罰が「どんな理由があっても」許されない理由ってやつを、私に教えてください。
 人間が動物であり、厳しい道を選べば厳しい道が待っていることを知っている中年には、本当に理解できません。
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2 コメント

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Unknown (老骨武道オヤジ)
2016-10-20 13:17:21
私が空手クラブで子供達を指導する時は、もうとっくの昔に“体罰なるもの”は実施しておりません。学校クラブにしても他の児童クラブにしてもクラブに入会する時の親たちは口では「ひ弱な子供を厳しく指導してください!」と言っていますが、いざ手をかけようものならたちまちモンスターペアレントに豹変し「体罰だ!体罰だ!」と大騒ぎしクラブ存続の危機に陥ります。よって練習そのものの負荷を時折多めにかけることで“シゴく”ことにしております。しかしながらこの手の訓練をやることも給料に入ってる連中が効率的に能力を高めるためには“愛の鞭は必要!”という意見には賛成いたします。当たり前ですよね!!
ありがとうございます! (周防平民珍山)
2016-10-21 20:44:53
 老骨武道オヤジさま、いつもエグい話題の時の果敢なご意見、本当にありがとうございます。
 体罰は現在、どこの教育・クラブ・訓練組織からも、本当に姿を消しました。
 ただ、「体罰」「シゴキ」を放棄したのは結構なことだと思うのですが、それに代わる有効かつ広範な、強い負荷をかけるための手段を、教育者なり指導者が何か考え得たのか?ということを考えたとき、非常に心もとない気持ちでいっぱいになります。
 空手道場などのように、自ら望んで強くなる努力をする場所では、多少の負荷をかけた運動を強いることも全然大丈夫とは思いますが、うちの会社のように、ゼニをもらって強さを担保しないといけない会社で、ちょっと鍛えたくらいでイタイのカユイの言うような奴は…私的には、本当にぶち殴ったほうがいいのではないかと思ったりするのです(-_-;)

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