東北本線、全線全駅歩き旅のブログ

旧東北本線、田沢湖線、花輪線に沿って歩きました。
青森駅-東京駅間を線路沿いに歩きながら全ての駅に立ち寄りました。

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JR花輪線沿線歩き旅  十和田南駅ー>末広駅

2017年05月03日 | JR花輪線 歩き旅
2017年4月27日(木)十和田南駅ー>末広駅 約4.5Km

なかなか天気が安定しない。

昨日は雨だった、夜中には雷鳴も聞こえていた。
だが今日の天気予報はNHKもインターネットで見ても快晴だ、朝から夕方まで太陽のマークである。
風がやや強いようだがこれなら出かけても問題ないだろう。

午前5時に起きだして昨夜のうちに用意しておいたサンドイッチを持って車で出発する。



今朝は濃い霧が出ている。




太陽が昇ってくると幻想的な風景になるのだが、霧の中の運転だから慎重に走る。
今日の出発点の十和田南駅までは約100キロメートルほどあるのだ、うーむ遠いな。

途中の鹿角市の道の駅でひと休み、朝食のサンドイッチをほおばる。



今朝は冷え込んだ。道路わきにある温度計は0度を表示していた。
やはり桜の見ごろは連休のころになるだろう。

十和田南駅に着いたのは午前7時半だった。



駅のフラワーポッドのチューリップの向こうに見えているのは環状列石のレプリカだ。



大湯ストーンサークル(環状列石)はこの駅からバスで15分で行けるのだ。
よく整備されていて楽しく見学できるところである。

駅を背にして歩き出す。
駅正面には稲荷神社がある。






境内の桜は二分咲きといったところだった。



足元を見るとマンホールの蓋がある。



描かれているのは錦木塚とサケ?のようだ。



別の蓋には声良鶏の絵が描かれていた。

きょうはこの線路沿いに西の方角へと歩いていくのだ。



まあ、線路の写真だけでは方角もなにもわからないのだが。
大舘駅までのJR営業キロは29.2キロである。
できれば今日で花輪線沿線の歩き旅を完結させたい。
4月16日に歩いたとき左ひざが痛んで途中からペースダウンしてしまった。
そこで今日はあらかじめ左ひざ痛み止めの湿布をして、さらに予備の湿布も持ってきた。



すこし行くと米代川の神田橋を渡る。



男の子が寝そべっている彫刻がのっかている。



反対側にはアメリカの空港で保安検査を受けている姿が・・・
スキャナで読み取りやすいようにすっぽんぽんでばんざいしているのだ。

朝の農作業へ行くのだろうかお婆さんが自転車で踏切を渡ってくる。





ここの地名は「女神」というのだろうか、なんだか格好のいい地名である。





2キロメートルほど行くと崖が道路ぎりぎりまで迫っている場所があった。





崖の下は道路、すぐわきが線路でその下を米代川が流れている。
みると「すへる注意」の看板があった。



一瞬この地方の方言で書いたのかと思ったが、「す」の濁点が消えてしまったものだった。

崖の中ほどに鳥居が見えている、階段があって登っていけるようになっていた。



狭い階段を登ってみる。





途中にプレートが埋め込んであった。



大雨で崖崩れがあって、その復旧工事の記念のものだろう。



「末廣用水路」はグーグルで調べても出てこなかった。



上から見ると山を削って道路と線路を造ったのだということがよくわかる。



梅が満開だった。



松山番所跡前を通る。



このあたりのお宅の屋根はトタン屋根で雪止めをつけていない。







これは雪が自然と落下するようにしているのだ。
屋根に積もれば雪下ろし作業をしなくてはならない。
瓦屋根は重いので雪の重みも加わって家を潰すこともあるのだ。
トタンだと雪が自然に滑り落ちるから雪国ではトタン屋根にするお宅が多いのだ。






末広小学校前を通る。モダンな校舎だった。



学校に隣接して学校の田んぼがあるのだろう。
田んぼアートの看板が見えている。



桜は五分咲きくらいだろうか。







末広駅前まできた。






こじんまりした駅である。時計に見えたのは丸窓であった。





待合室には横になって休みたくなるようなベンチがあった。








国鉄時代からのものと思われるホーローの駅名標が渋い。







つづく。
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