湘南オンラインフレネ日誌

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12/06 **大心理臨床センターの##教授と交渉開始です/叔父の葬儀となり…

2016-12-07 05:49:29 | 地震津波災害ボランティア

2016/12/06 記
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**大附属心理臨床センターの++教授から、メールをいただいた。やっと交渉に入れることとなった。面会を求めて、時間をいただこうと思っている。懇話会は来年1月下旬~2月の平日の夜に設定する。内容の濃いものにしていきたい。

今回は、発達障がいにスポットをあてる。4月が半身不随在宅治療高齢者、7または9月が被災地障がい者センターの機能と課題を考えている。現場の局面と知恵が伝わる会にしたい。

福島から湘南に避難している**さんと、駅前で出会った。横浜の福島原発避難者いじめの件で、避難家族の情報交換会があったとの話を聴いていた。この方のバイト先の事務所にちょっとお邪魔し、話を聴いてきた。息子さんも中学生のとき、"菌"いじめを体験しており、この6年間全国で蔓延している事態だという。いじめは小さな差異にくさびを打ち込む特徴がある。また加害者の親の無知な価値観を問う必要がある。…そんな話をしていたとき、携帯が鳴った。母からだった。

叔父が先ほど亡くなったという知らせだった。明後日が友引なので、忙しいが今夜通夜とし、一日飛ばして斎場の空きの関係で9日に告別式となるという慌しい日程。今夜、私が手伝いに出ろという母の指示だった。

社協とサポセンをにビッグイシュー誌を配布し、急ぎ我が家に戻って、既に母が出かけている我が家で着替え、母の後を追った。油断したのだ。母の足止めをしていなかった。昨夜はダンピングで寝不足した母を単独で出すのは危険だった。

自宅近くの会場で、町内会役員の方々や、早めに到着した孫たちに紛れて、母が部屋の隅で喪主と話をしていた。日程の関係で家族葬とし、告別式を内輪ですませるのだという。つまり、親戚関係は、非公式に今夜お別れをして終らせるという。私の父はキリスト教系新興宗教信者だったので、葬儀は簡潔なものだったが、うるさい親戚筋をばっさり切り捨てた2家族目。あのうるさい親戚筋が何年も執拗に話題外を蒸し返すだろうなと思いつつ、仕事が減ったので、お別れを済ませて、母を連れて帰宅した。疲れで寝込まねばいいが。

母とむっつり顔をあわせ電車に乗っていてもしようが無い。母の友人が同居のご母堂を見送ってすぐに、千葉県の辺鄙な土地柄のところに転居したときのエピソードを思い出した。本人は隠遁の気分で移り住んだ集落で、丁度転居の日に地元の有力者の葬儀があって、初対面の方なので、出席しなかった。その翌日から村八分といじめが1年間続き、町内会費の支払いを拒絶され、その方の家の近辺の街路灯の蛍光灯が消燈されてしまったという。当時牛タン輸入肉のBSE感染が問題になっているとき、ひとり好き焼肉を買ったことが、伝染病保菌者扱いとなった。さすがに驚いて、自分の仏教宗派の教会に相談しに行った。その集落は、全戸その宗派の檀家で、その後かき消すように、いじめがなくなったという。戦前ではない、あきれかえる地縁のしばりが生きているのだ。

その方は、菩提寺が茅ヶ崎にあり、法事のとき茅ヶ崎にくるので、母といまだに交流しているのだが、大人の負の地縁が近所づきあいの差別を生む例は、福島の避難家族をスケープゴートにすることがあっても不思議ではない。大人の本音と建前の隠れ蓑があるがゆえに、泣き寝入りも多いのではなかろうか。その親の影響が子どもにあらわれていうことはないか。

母いわく、男は気楽でいいという。ともあれ、明後日の告別式は回避となった。今夜、母にハルシオンを盛って眠らせることにした。今は母は寝息をたてている。

夜間傾聴:心にゆとりがとれないので、臨時休業させてもらった。

(校正1回目済み)

 

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