湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

12/9 地縁・血縁の絆/隣人の絆ということ 他

2016-12-10 05:58:48 | 地震津波災害ボランティア

2016/12/09 記
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3.11の気仙地方被災地の仮設巡回をしたとき、年配の方が、異様なほどに、家から離れた集落の広い意味での地縁の方のプライベートを、細かくご存知なので、驚いたことがあった。噂の方とは日常の接触がないにも関わらず、孫の彼女の親は、昔、農業資金に違法な金融業者から資金を借りて畑を全部失ったという話を、初対面の私に話すことになんら抵抗がないのだった。私もブログに際どいところまで書く方だが、その個人情報の影響に無頓著、あっけらかんと悪意がないことに驚きがあった。これが地縁・血縁の絆の基礎だとしたら、私は個々人が疎遠な都市を暮らし善しと考える。

モノカルチャーというか、単一の労働(たとえば漁業)の生活集団に、おそらくは上記の婆様は属しているのだと思う。

ところが縁から生まれた慣習が、生活がそれぞれ異なる家族が生きる都市部に、「当たり前」としてこの流儀が持ち込まれると、迷惑千万でしかない。

私の父方の親戚筋は、冠婚葬祭のときだけの絆が強い。私が昔、過激派で、亡き父が新興宗教信者で家が異端で葬儀が違い、私がバツイチを通したことも、昔から慣習違反と迷惑だから直せと非難されることが多く、弁明が全く通じない、世間という鵺(ぬえ)を相手にしているようだった。

今回の叔父の葬儀が家族葬になったことと連絡順に、複数の従兄弟軍団から時間帯かまわずの電話が入るようになり、電話を遮断したところ、母が番号を伝えてしまっていた、母の携帯への長電話が絶え間なく続くようになり、十数年来会ったことのない従兄弟がついに我が家にやってきた。愚にもつかない揚げ足取りに時間を潰されたくないので、追い返したが、この慣習違反へのバイタリティはどこから出るのだろう。ともあれ、慌しく叔父の葬儀は、家族だけの家族葬として、今日、無難に終った。このバイタリティに驚くが、冠婚葬祭の中に、地縁・血縁の絆が生き残っていることに呆れ、頭が痛い。しかし、葬儀が終わり、これで一息がついた。

防災のことに携わっていると、「隣人の絆」が取り上げられる。しかし、不登校・引きこもりや、障がいのことで相談を受けてきたが、本当に「隣人の絆」は「両刃の剣」であると思う。互いの生活の違いの多様性や、人生観の違いはあれ、強要するほどの実利害はない。場面の必要性からその範囲でつながるという「緩い慣習」ができていいと思う。

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懇話会ゲストの話、卒業間際の指導の多忙な時期に日程設定は大変だが無理をお願いして、可能日程を割り出してもらっている。今回は被災発達障がい者の避難生活をテーマに設定した。勿論、他の障がい領域の方との話題の共通項やその媒介は、構想の中に内容を取っている。

来年4・5月が施設被災を経験した高齢者施設の職員(現在施設長さんと調整中)、9月が熊本の精神科病院看護師さん、または障がいセンターをあたっている。9月は交通費が高い。資金カンパがいる。

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金曜災害ミニカフェを行いに、茅ヶ崎サポセンに行った。ところが部屋が他団体に占領されていた。サポセンには予約制度はなく、早いもの順なのでこういう事態もあるが、他の円卓は音声が他団体の邪魔になるので、来週に日程を日送りして、無駄足だがやむなしと会場を出た。こういう事態は、今回2回目だが、運が悪いだけだと自分に言い聞かせているが、虚しい。今回が66回目、つまり33ヶ月続けてきた。

夜間傾聴:臨時休業

(校正2回目済み)

 

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