つれずれなる♥飛嶋南

過ぎ去りし日々を今風な解釈で振り返る〈回顧録〉

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しばらく旅に出ます。

2015-02-12 17:12:42 | 日記
 北から吹いた風に追われて、旅立つぼくを許してくれ!(←盗作)なんて。
なるべく早くブログ、復帰します。

では、ハッピーバレンタイン!!!

飛嶋南 2015.02.13

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コスタリカのフリードリンク(世界で見た 売り方・回顧録11・後編)

2015-02-08 18:15:29 | 日記
 前編の続きです。
 我々を迎えにきたワゴン車は、あたりかまわず土埃をまき散らして、
飛行機から降ろされたリヤカー上の荷物を白っぽくしている。

 これから我々は、コルコバード国立公園に向かうのだ。
陸路ではダメで、小型クルーザーでいちど太平洋へ出て向かう。
その船乗り場まで、今から未舗装道を行く。
 今回の旅程はある程度知らされていたものの、つなぎつなぎの移動が
半端じゃなく魅力に満ち、脳内の記憶野に刻み込まれていく。。
だからだろう、こうやってもう20年近く前になる光景を、活字におこせている。
 
 船乗り場を紹介したいので書き始めた文章。
時系列的には逆だが、小型クルーザー移動のくだりをすこし。

 『十数人乗りの小型クルーザーは、よく映画に登場するように
グワーンと波しぶきを上げ、桟橋から180度向きを変え、下流へと川を蛇行する。
しぶきがいっぱいかかった荷物をあきらめ顔で見届け、振り落とされないように
片手はしっかり手すりを握っている。
 河口に近づくにつれ川幅は広くなり、マングローブの樹高が恐ろしく高い。
ホエザルが梢を揺らし、時折ペリカンが飛ぶ。
海からの波を避けるため ローリングはしょっちゅう。
ミルクティー色の川。落ちればそこにワニが潜んでいる。
小一時間の海上アクセス。「聞いてねーよ」のシーン連発。
 さあ着岸の場面。
砂浜で待つヤングガイ二人の手前で船はスピードを落とし、
ジャブジャブと近寄るその二人を後方に回し、またゆっくりスロットルをあげ、
そのまま砂浜へ、ON。
波の頃合いを待っていた二人が後ろから更に、ヨイショッと押しあげる。』

 さて、本題。
 結構長く続いたパーム椰子のプランテーション農場風景が、河面のキラキラを映しはじめる頃、
民家も点在しはじめ、私達はようやく空港から船の発着場へとやってきた。
 ワゴン車がエンジンを止めると、あたりは家禽の声と、だれーっとしている犬の鼻息。
昼下がりの椰子の葉をなまあったかーい風が、時折揺すっている。
 白いペンキで整えられた風通しの良い建物がクリークのそばにある。
国立公園への船が迎えに来る間の待合所だ。
 じつは国立公園と記してきたが、向かうところはそこに隣接する民間施設。
その施設は、特にヨーロッパからの旅行者をターゲットとしている。
迎えの船が来る間、来訪者達は大きな旅行鞄を待合所に運び入れ、
アバウトな出迎え時刻の船を待つことになる。

 時間が来たら教えるから、と屈託の無い小柄ネイティブ女史は、ビーチサンダルを
つま先で揺らしながら、プラスティックのガーデンチェアーに深々と座ったまま。
かたわらに横長の大きなクーラーボックスがあって、そこを指さす。
言われたとおり 開けてみると ドリンクのたぐいがたんまり、冷水に沈んでいる。
 飲んで良いのか?
 ウン。
 2本、いいのか?
 ウン。
 みたいな会話。ビール有りコーラ有り、派手なラベルのトロピカルジュースあり。

 なかなか心の安まらなかった空の移動。未舗装のカラカラ道。
そしてこれから、あとワンクッション残っている水上移動。
施設運営者はこのあたりのことを心得ていると見えて、
遠来のゲストに一服の安らぎをくれている。
 ゲスト数人は缶片手に周辺のお散歩。缶ジュースを手のひらで転がしているのは
写真趣味の人。早速、プシューと泡を飛ばしている、私。
緊張のほぐれと、開放感をくれる暑さ。
何のてらいも無い待合の時間は、至福のリゾート気分に変わってゆく。

 モーターボートの音とおぼしきが、川下から近づいてくる。
一行を待ち受けるアトラクションにも似た移動が、これから始まる。
 ビーチサンダル彼女が、回旋音の後ろでにこやかに手を振っていた。

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コスタリカのフリードリンク(世界で見た 売り方・回顧録11・前編)

2015-02-05 10:57:28 | 旅行
 (前編)
  パイロットの操縦する姿が、客席から丸見えの飛行機に 乗ったことがありますか。
中南米のコスタリカは、山がちな国土で国内の移動では頻繁に小型飛行機が使われています。

 国際空港の敷地内に、思いっきり小規模なドメスティック待合所は、あった。
立ち待ちの客が増えるにつれ、汗とオーデコロンが混じり合う臨場感。

 出発予定便の行き先札が、手で掛け替えられる。
預け荷物を、よいしょと 昔銭湯によくあった大型はかりにのせる。
係が㎏数を表に書き写す。
 受付の全てが手作業と見えて、少々びびっていた。
そこに、アテンダント笑顔は無い。

 事前映像の知識や経験記憶の無いシーンへかかわることが、
これほどまで鼓動をはやめ、緊張を加速するものとは。
 忘れていた旅の醍醐味が飛行機に乗る前からヒートアップしている。

 アーミーグリーン。このまま森に墜落したら発見に困難な色。
地上から直接機内に上がり込んだところで、
「絶対、軍用機払い下げだ」と一行の一人。
「あれー、通路無し?」と一行の女史。
「もちろん、スチワーデスなしね」と私。

  ローマ字で表すと「H」のようなシートベルト。機内でしたことありますか。

 まず、バックルをどこに差し込んで良いかわからない。
薄っぺたい革製黒シートに背を持たせ、みんな一斉にカチャカチャ。
「こんな、真剣にシートベルトしている、はじめて」と一行のもう一人。
副操縦士が こちらに向かって 生声で 何か言ってる。
「いいか。飛び立つぜ~」って。
「H」型シートベルトの利用方法がわかった。
皆一様に、パラシュート落下のようなスタイルで、しっかと両手で肩からの縦ベルト部分を握っている。
緊張の中、毎日のことさと言わんばかりに 機体は宙に浮く。待ったなし。

  なにがすごいって 操縦中に 英字新聞を広げて読んでいるパイロット 見たことありますか。

 眼下は一面のジャングル。一路目的地の村に向かっている。
この状況で新聞読みますか、読めますか。
こちらはもうあきらめて、着陸地点に目をこらすしか無い。
 うそでしょう、普通の道路のようなところに降りはじめた。
アスファルトじゃない、草っぱらの、長細い広場みたいなところへ。

 なんか、妙に疲れました。地上の暑さも手伝って、あせ、ジワーです。
(次回へ続く)
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シンガポールの焼き鳥屋(世界で見た 売り方・回顧録10)

2015-02-02 10:24:39 | グルメ
30年以上も前の話。お付き合いいただけますか。

 伴侶がまだ若くて、ぴちぴちしていた頃。歩き疲れて足が痛いと言って、
似合っていた白のサンダルを脱ぎ、素足でシンガポールの街を歩いた。
南国の街路樹はとても大きく、かつ奇妙で、とうとう二人を
ほんのり潮の香りも混じるグリーンスポット、オーチャーロード近くのFort Canning公園へと導いた。
 寄り添う二人に、原色の花を飾る木々が西陽をやさしく透過させ、
その原色にあわせるかのように、色彩豊かな鳥たちが時折前を飛び交う。
 
 時はちょうど、超音速旅客機コンコルドがフランスからシンガポールへの航路をひらいた頃。
前傾したコクピットデザインが、うまく街のビル群に解け合い、
ただならぬ近未来的高揚を感じさせていた。
 理由は明白、この国はこれまでヨーロッパの国々に、かわるがわる植民地とされ、
はては終戦前3年間、日本による統治下となった歴史がある。
だから、自由になって良いんだ。どんどん発展して、良いんだ。

 夕暮れ近くなると下町界隈では、店先に一斗缶ぽいものを置き、火をくべ、
何枚ものピンク色紙を燃やす。先祖への供養だ。
この時刻ともなると、紙の焼けた煙に混じり夕げの匂いも漂ってくる。

 おかしいなあ、広い公園の中なのにと、子犬ではないが、クンクン辿っていくと、
少々汚れたTシャツ、短めの髪。
しゃがみ込んで、勢いよく右腕を左右させている男、一人。
汗でアーチ状のロゴマーク、Singapore Satay Club文字が、その大きな背中に張り付いている。
 匂いはその男の前から立ち上がっている。
 芝生側に回り込み覗くと、何と 日本で言う七輪の上に、焼き鳥。
長い竹串に小さめの鶏肉?を刺し連ね、年季の入ったうちわで、パタパタ。
焼きはじめたところと見えて、肉の肌はまだ薄白い。
しかし付近には、売るための台や椅子もみあたらない
 とりあえず背中側にもどって、後ろ姿写真を1枚。

 普通、屋台に並ぶ焼き鳥を、こんなにも開放感のある公園で実演されると、
うちわの動かし方もほどよいパフォーマンスに映り、さらに風に乗った醤油こげ味が、
小腹の空いた二人を掴んで離さない。
 頃合いを見計らって、「一本いくら?」
  うちわを動かしながら「○○セント」
 小銭をあわせて 「じゃあ、4本」
  焼け具合をそろえて「サンキュー」

 長めの串を口に運びながら、夕陽の中、潮の香りをたどる二人。
うちわのパタパタ音がだんだん薄れていく。
「だいじょうぶな、お肉かなあ?」
「Singapore Satay Clubだから 間違いないでしょう」

かすみ網で捕獲されたトラツグミのたぐいで無いことを願うばかりでした。
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大連の客引き(世界で見た 売り方・回顧録9)

2015-01-29 11:48:37 | グルメ
我が国の有名繁華街にて、強引な客引き行為一掃が叫ばれている中、
ちょっとした思い出話を、どうぞ。

 中国、大連市旅順にある203高地(旅順軍港をめぐり、日露の激戦地となった)が
1990年ごろから観光客への開放が始まり出したと聞き、
十年も経てばこなれた頃だろうと、大連を拠点に立ち寄り場所に組み入れた。
 大連は、広大な東北平野から南にぺろんと飛び出した遼東半島の最南端にあり、
世界各地と繋がる港街であることから、大連駅の周りは、
東北~華北~華東地域から押し出されたように集まる民で、ごった返していた。

 もちろん今と違い、いくら観光解放されてきたといっても、自由度が極端に少ない当時。
専任のガイド無しでは歴史的要所への立ち寄りは、難しかった。
 でもその間隙をぬって、「個人で下町を散策する」プランを実行にうつす。

 昭和の匂いぷんぷん漂う大連駅舎内をぶらついた。鉄道オタクでは無いので、
昭和12年(1937年)に建てられ、上野駅に似て、設計者は南満州鉄道の太田宗太郎だと、
ネット情報を書いておく。
 だだっ広い。到着専用の1階は全体に薄暗く、駅舎の奥は、湿っぽい匂いも手伝って巡りづらい。
長旅の末ここに着いた民は、ただただ明るい駅舎の前をめざし、旅行鞄を引っ張っていく。
 出発専用の2階はやや光が入る。石造り駅舎の重厚さが、北へ向かう厳しさを暗示している。

 この気分的にやや暗い風景は、無理も無い。一番寒い二月の風景。
もとよりあでやかな色彩の少ない当時の、さらにモノトーンでまとめられた冬の衣服がうごめいている。

 駅前の大通り向こう側に、飲食店街がある。
季節柄、鍋料理やジンギスカンが目立つ、同じようなたたずまいが軒を並べている。
例のごとく「どの店にしようかなあ」と歩く訳だが、難関が一つ。
ほぼ各店前に,一人、呼び込みが立っている。
 耳まで隠し混む防寒帽、くるぶしまで下がったキルト製オーバーコートの襟は立てられ、
極寒用手袋で手招きする。色は統一された、アーミーブラウン。
この光景に、怖じ気づかないわけがない。
さいわい男二人で歩いているから、なんとかそばを通り抜けるのだが、
一人目クリヤー、二人目はなんと、覗く目は女性。
サッカーに例えると、何とかドリブルで交わし、
「やっぱり、三番目の店にしようか」と通りを戻りはじめる。
そこに、さっきクリヤーした5人目が立ちはだかる。

 ゴールキーパーよろしく両手を挙げ、右手は既に私の肩をとらえ、「さあ。うちの店に入れ!」と
たぶん言っているのだろう、口が襟元に隠れモゴモゴ。さらに北方系訛り。
 「いやだ。いやだ。」とふりほどこうとすると、今度は左手も添えて、ハグのスタイル。
着脹れ感が十分伝わってくる圧着。目元の笑みに対し恐ろしい腕力も感じる。
「なんとかしろ」と同輩を見やると、数歩先でニタニタ。
「こりゃいかん」、ハグが緩くなった頃合いに、身を低く抜いて、そのキーパーもどきから脱出。
「飯、喰うのも、命懸けやな・・・・」

 やっとの事で三番目の店。店頭の呼び込みが後ろを向いている間に、さっと入り込む。
コンクリート床に直接置かれた丸テーブル。注文した火鍋から立ち上がる湯煙が、
入口ドアが開く度に揺れ動く、床から直に寒さが伝わってくる店でした。

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