ブログ うつと酒と小説な日々 その上しょっちゅうホラー映画  

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさん(とびお)の日記

父からの手紙

2016年08月28日 | 文学

 昨日に続いて、今日もとても涼しい日です。
 でもどんよりと曇って、今にも降りそうな外を見ていると出かける気にならず、午前中は読書をして過ごしました。

 読んだのは、「父からの手紙」というミステリーです。

父からの手紙 (光文社文庫)
小杉 健治
光文社

 妻子を捨てて別の女性の元に走った中年男。
 中年男から、長女とその弟の二人の誕生日に、必ず手紙が届きます。
 
 曰く、遠くから君たちの幸せを願っている、といったようなもの。

 長女が父の親友が経営する町工場が経営難に落ち込んでいることを知り、お金持ちの経営コンサルタントとの望まない結婚に踏み切ろうとしたり。
 弟がそれに激しく反発したり。

 もうひとつの物語として、警官を殺害した男の物語が語られます。

 この二つの物語が、後半に至って接点を持ち、同時に進行していくという構成になっています。

 ラストはあっと驚くもので、そこはミステリーとして優れていますが、かなり設定に無理があります。

 親子の愛、男女の愛、家族愛、そういった様々な愛情が、ゆがんだ行動を起こさせる、切ない物語に仕上がっています。
 小説だから仕方ないとはいうものの、様々な愛情を紡ぎだすには、ここまで複雑なプロットを立てる必要はないし、かえって無理目なストーリーが読者を白けさせます。

 えぇ話や、と思う人も多かろうと思いますが、小説としての完成度には疑問を感じます。

 そんなことを言いながら、後半に至って物語に加速度をつけて語られる様々な謎解きに魅了されたのは事実です。

 好悪の分かれる小説でしょうねぇ。

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断末魔

2016年08月27日 | その他

今日は馬鹿に涼しかったですねぇ。
もう夏も終わりでしょうか。
宿題に追われる子供たちの断末魔の悲鳴が聞こえるようです。
夏は過酷な季節ですが、短く、はかなくもあります。
私はもはや夏の終わりを嘆くような年でもありませんが、なんとなく、物悲しい気分になるから不思議です。
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休み明け

2016年08月26日 | 仕事

   夏休みあけの初日、さすがに忙しかったですねぇ。
 下の者が起案した決裁文書に目を通すだけで午前中が終わりました。

 午後は午後で、事務部門のトップに呼ばれ、ああでもない、こうでもないと意味不明のご高説を拝聴し、貴重な時間を失いました。
 席に戻ったら、他機関からの情報提供の依頼があり、それを調べるのに一苦労。

 休めばそれだけ仕事がたまるだけ。

 私の業界は一斉にお盆に休むのではなく、交代で休むため、仕事は常時動いており、このようなことが起こります。
 正月休みは一斉に休むため、仕事がたまるということはありません。

 お盆に休むとどこへ行っても混むし、宿代も高かったりして不便ですが、純粋に仕事のことだけを考えたら一斉に休んだほうが良いのかもしれませんね。

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のんびり

2016年08月25日 | その他

今日は6日間の夏休みの最終日。

洗濯した以外はエアコンの効いた部屋でのんびり過ごしました 。
読書をしたり、昼寝をしたり。

通常、休みの最終日というのは憂鬱になりますが、何しろ明日は金曜日。
1日通えばまた休みです。

そもそも明日休暇を取らなかったのは、リハビリ出勤のようなつもりで、あまりにも休みを長くすると出勤するのが嫌になるのを防ぐためです。

明日からがっつり仕事というよりは、明日、のんびり仕事して体を慣らせようというわけで、おかげで今日の夕方が憂鬱ではありません。

作戦成功、といったところでしょうか。

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旅の終わり

2016年08月25日 | 散歩・旅行

  昨日、2泊3日の奥日光避暑の旅から帰りました。
 車で行ったのですが、3日間の走行距離は488キロ。
 それでも運転疲れしなかったのは意外でした。

 2日目の晩、ブログをアップしようと思って持参のi Pad mini を起動しようとしたら、パスコードが入力できなくなっていました。
 どうもあるアプリを最新版にアップデートしたのが原因のようです。
 やむなく、旅先でのアップは諦めました。

 2日目は早朝6時に硫黄の温泉につかり、びっくりするくらい豪華な朝飯を食ってから、戦場ヶ原に出かけました。

 赤沼車庫に車をとめて、低公害バスで千住が浜へ。
 戦場ヶ原を走る車は基本低公害バスだけで、一般車両の乗り入れは禁止されています。

 ちょっと天気は曇り気味でしたが、千住が浜から見る男体山と中禅寺湖は見事。
 千住が浜でバスを降りたのは私と同居人だけ。


 
 なんだか世界に取り残された二人のような錯覚を覚えました。
 しばし湖畔をぶらついて、戦場ヶ原を西の湖まで歩きました。

 途中、孤独な猿を見かけました。
 猿は集団で行動するものと思っていましたが、一匹だけで行動し、孤高の存在に感じました。

 川を渡ったりして、一時間ちょっとで西の湖へ。



 西の湖では、パラソルを立てた謎の親子がのんびりしていました。
 バスに持ち込んだのでしょうか?

 西の湖、東山魁夷の絵のように、緑が湖面に映って見事でした。



 その後バスで赤沼車庫に戻ってレストハウスでカレーライスを食しました。

 午後は雨が降ってきたので、日光自然博物館に立ち寄りました。

 そこで、初めて、戦場ヶ原の由来を知りました。
 はるか昔、赤城山が中禅寺湖は赤城山のものだと主張して、男体山と戦ったというのです。
 赤沼車庫の由来は、その戦で流れた血で湖が赤く染まったからだとか。
 
 いつの時代も争いはなくなりませんねぇ。

 宿に戻ってまた温泉。
 その後湯葉をふんだんに使った懐石料理を森の中の食堂でゆっくりと堪能。
 少し飲みすぎましたか。

 昨日はさらに奥の湯元へ出かけ、湯の湖を一周。
 歩いて1時間ほどです。
 ここの遊歩道はわりと多くの人が歩いていました。



 お手軽なんでしょうね。

 昼は中禅寺湖畔に戻って家康ラーメンなる奇っ怪な醤油ラーメンを食い、珈琲を飲んでから、いい年をした中年のおっさんとおばさん二人でスワンボートに乗り込み、中禅寺湖に漕ぎ出しました。

 途中、濃霧が発生し、ボート屋のおじさんが小さなモーターボートで早く戻れと警告に来ました。
 スワンボートすべてに警告して回っているようです。

 ご苦労様。

 14時に帰宅の途につきました。

 いろは坂で霧が発生し、難儀しましたが、17時には帰り着くことができました。

 涼しいというよりは寒いくらいの、気持ちの良い避暑でした。

 今日まで夏休み。
 千葉は暑いですねぇ。

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中禅寺湖畔

2016年08月22日 | 散歩・旅行


 朝7時に車で奥日光は中禅寺湖畔を目指しました。
 頻繁に休憩を取り、11時頃中禅寺湖畔に到着。
 県営駐車場に車を停めて、湖畔のイタリアンの店でマスとキノコのクリームパスタとサラダ、トースト、デザートにコーヒーのセットを食しました。

 台風の影響で小雨が降っています。



 雨の中禅寺湖も風情があります。

 昼を食べてから、今年から公開されている旧英国大使館の別荘を訪れました。
 急に雨足が強くなり、湖畔のバルコニーには雨戸が閉められ、残念なことになっていましたね。

晴れた日にまた来たいものです。

 別荘滞在中に雨風はますますひどくなり、止むを得ず、宿にチェックインしました。
  中禅寺湖畔から山側にかなり入った場所に位置し、湖畔の宿というよりは森の宿といった趣き。
 猿が出るから気をつけろと、気味の悪いことを言ってくれちゃいます。

 これから宿自慢の温泉につかり、夕食の予定。

 明日は天気が回復するようなので、戦場ヶ原でもぶらつきましょうか。

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誕生日

2016年08月22日 | その他

 今日は47歳の誕生日。
 もはや堂々たるおっさんです。
 目出度いと言って良いのやら。

 今日から二泊三日で奥日光、中禅寺湖畔に避暑旅行に行きます。
 今のところ我が家のまわりは降っていませんが、台風の影響で大雨になる予報。
 中禅寺湖畔も雨の予報です。
 残念です。

 車で行くので、たどり着けないということは無いと思いますが、ホテルに缶詰という事態は避けたいところです。
 お天道様に祈りましょう。

 では、行ってきます。

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シン・ゴジラ

2016年08月21日 | ホラー・サスペンス・SF等の映画

 今朝、近くのシネコンで「シン・ゴジラ」を観てきました。
 怪獣映画を映画館で見るのは幼児の時以来、40年ぶりくらいでしょうか。



 明らかに東日本大震災をイメージさせるパニック映画でした。

 ゴジラの物語というよりは、不測の災害に見舞われた政府の物語でした。
 首相はじめ政府高官のあわてぶりや、省庁間の縦割りの弊害などがよく描かれ、ゴジラもリアルで、なかなか見ごたえがあります。

 私は怪獣映画を好みませんが、よくできていたとは思います。

 ただ、好まないが故、なんとなく、物語に入り込めませんでしたね。

 

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夏休み

2016年08月20日 | その他

今日から8月25日まで夏休みです。
6連休。
嬉しいですねぇ。
とりあえず今日は午前中、眼科で半年に一度の視野検査。
結果、緑内障は進行していませんでした。

一安心。

お昼を食べて、午後は床屋に行きました。

明日は話題の「シン・ゴジラ」を観に行こうと思っています。
たいそう評判が良いようですから。

明後日から二泊三日で奥日光、中禅寺湖畔のホテルで避暑の予定。
天気がやや心配です。

のんびりしたいものです。
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真実の瞬間

2016年08月18日 | その他

   台風が去って、もはや晩夏の趣になってきました。
 オリンピックももう終盤。

 何事も過ぎ去っていくんですねぇ。

 わが国では、何事も移ろっていくという、無常観が人々の頭を支配しているようです。
 それは意識するとしないとに関わらず。
 変わらないものなどない、と。

 平家物語の冒頭の、諸行無常の響きあり、ではないですが。    

 私は30代前半くらいまで、何も変わらない、とぼんやり考えていました。
 わが国の平和は永久に維持され、私は健康を損なうことなく一生を終える、と。

 でもそんなことは大間違いでした。
 精神の均衡は破られ、緑内障で視野が狭くなり、突発性難聴で右耳の聴力は落ちました。
 疲れやすくなり、気力は衰えました。

 今では、総てが変わっていく、ということを実感します。
 特に40代半ばからは、衰えを実感するようになりました。

 なるほど、世にアスリートと呼ばれる人々のほとんどが、30代で選手生命を終えるのは道理ですね。
 衰えは隠しようがないこの世の真実。

 いや、衰えだけが、この世の真実と言っても過言ではありますまい。

 それでも、寿命が尽きるまでは、生きなければなりません。
 これから加速度をつけて訪れるであろう衰えを、戦々恐々として待っているというのが、偽らざる心境です。

 かつて人間の寿命はざっくり50年と考えられてきました。
 その時代ならもうじき47歳になる私は老人ですが、人生80年の時代が到来しました。

 稀に元気で健康なまま100歳までも生きる人がいますが、圧倒的多数は、少しづつ衰え、いくつもの病院に通いながら老いていくというのが実態ではないでしょうか。

 肉体も精神も衰えていくのが人生の真実です。
 そうであるならば私は、その衰え行く自分を、これから30年の長きにわたって、観察してみたいと思います。

 衰え行くおのれを客観的に観察し、冷静に記録することが出来たなら、私は真実の瞬間を捉えることができるでしょう。

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核兵器の先制不使用

2016年08月17日 | 社会・政治

 オバマ米国大統領が、核兵器の先制不使用を宣言することを検討しているというニュースが飛び込んできました。
 要するに、相手が使わないかぎり、米国が先に核兵器を使うことは無い、という宣言。

 たいへん結構なことのように思います。

 しかし、わが国をはじめとして、英国やフランス、韓国などの米国の同盟国はこれに反対しているのだそうです。
 その理由は、核兵器の抑止力を弱め、かえって紛争のリスクを高めるから、だそうです。
 安倍総理もそのようにお考えだとか。

 しかしこれは、口約束です。
 空手形と言ってもよいかもしれません。

 先に使うことはない、と言っておいて、実際は使ったってよいわけです。

 おそらく、ロシアや中国、北朝鮮など、米国から核兵器を向けられている国々は、米国大統領が核兵器の先制不使用を宣言したからと言って、馬鹿正直にそれを信じることは無いでしょう。
 むしろ疑心暗鬼に陥って、よりいっそう米国の行動に注意を払うのではないでしょうか。

 そして争いごとと言うものは、嘘をつこうが、約束を破ろうが、勝ちさえすればいくらでも言い訳し、おのれを正当化することができます。
 日ソ不可侵条約を破ってわが国領土を侵略した当時のソビエトが、正義面をぶら下げて戦勝国の一角に連なったことを思えば、それは明々白々たる事実です。

 日英仏韓がオバマ大統領のお考えに反対していること自体が、猿芝居のように見えてなりません。
 同盟国がこぞって反対すれば、米国の宣言はより確かなものに映るでしょうから。

 米国は核兵器を先に使うことは無いと信じさせておいて、先制使用というオプションを密かに維持し続ければ良いのです。

 オバマ大統領だって、米国を長年率いたお方。
 単純に核兵器は悪だと考えているとは思えません。

 私はオバマ大統領が核兵器の先制不使用を宣言することに賛成です。
 ただし、繰り返しになりますが、それをいつでも破る準備と覚悟を隠し持つことが前提です。

 だまし討ちは効果的ですからなぁ。


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可能性の冒険

2016年08月16日 | 思想・学問

   400年も生きるサメの存在が確認されたそうです。
 400歳ですよ。
 驚愕です。

 で、大人になるのに150年もかかるそうです。

 よく、鶴は千年亀は万年なんて言いますが、実際は鶴で80年くらい、ゾウガメで200年くらいの寿命だと聞いたことがあります。
 400歳とは信じがたいですねぇ。

 大阪夏の陣で豊臣家が滅んだのがおよそ400年前ですから、そんな昔からこの世を生き抜いているのですね。

 犬の寿命は10数年と言います。
 人間は80年くらい。
 
頑張っても100歳をやっと超えるくらいでしょう。

 そう考えると、寿命というものが持つ意味も、なんだか空しい感じがします。

 健康で長生きしたいというのは多くの人が持つ願望でしょうが、まさか150歳まで生きたいと考えている人はいないでしょう。

 しかしそのサメにしてみれば、150歳なんてやっと大人になった青年と言ったところ。

 ただ、宇宙のあまりにも長い歴史を考えてみれば、400歳も80歳も大差ありますまい。
 まさに一睡の夢というべきでしょう。

 その一瞬のような生を、私たちはほとんど無意味に過ごしています。

 もっとも、何が無意味で何が有意義なのかはそれぞれの気持ちしだい。

 金儲けこそ意味があると思う人もいれば、出世が生き甲斐という人もいれば、平凡な小さな幸せこそ人生の極意と思う人もいるでしょう。

 人間、立って半畳寝て一畳
 その程度の住居があって、食うに困らなければ、まずまずと言うべきでしょう。
 もちろん、私はそんな狭い家嫌ですが。

 そうなると、それぞれが考える幸福を追求する他ありません。

 で、私は本当のところ何を望んでいるのでしょう?

 最近、それが分かりません。

 食うに困らぬ収入があり、マンションとはいえ二人住まいには十分な広さの持家があり、良好な関係の同居人と日々を楽しく過ごしています。
 ずっとこのままでいられればそれで良いのではないかという思いと、何かが欠けているという思いが交錯しています。

 足りない何かとは、おそらく人が自己実現欲求と呼ぶものなのだろうなと、ぼんやり推測しています。

 マズローは、欲求を以下の5つの段階に分け、最下位の欲求を生理的欲求と名付けました。
 要するに食うとか寝るとか言うことですね。

 ①生理的欲求 
 ②安全の欲求 
 ③社会的欲求 / 所属と愛の欲求
 ④承認(尊重)の欲求
 
⑤自己実現の欲求

  ある欲求の段階が満たされれば人は次の欲求を持ち、最後の欲求として自己実現の欲求が現れる、という理屈です。

 コリン・ウィルソンは、自己実現の欲求が満たされた状態を、至高体験と呼び、この体験をこそ、人生の究極の目標と考えました。

至高体験―自己実現のための心理学
由良 君美,四方田 剛己
河出書房新社

 やや宗教的な感じもしますが、例えば今行われているオリンピックで、最高の試合ができれば順位なんてどうでも良いと考えている選手の場合、最高の試合の末、最下位だとしても、それは至高体験だと言えるでしょう。

 自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものになることこそ、自己実現であり、至高体験です。

 私もかつて、せっせと主に短編小説を書いていましたが、満足のいく小説が出来上がった時の喜びは半端ではなく、例えそれが誰の目にも触れなくても、一種の自己実現を、そして至高体験を味わったのだろうと思います。

 今の私に決定的に欠けているものです。

 ではまた小説を書けば良いではないかと言われそうですが、気力体力衰えた今、それは私にはあまりに酷というものです。

 何か代替の自己実現の方法を見つけたいと切に願います。
 働きながらでも続けられる、至高体験への道を。

 400年生きるサメよりも、80年の人間で良かったと思えるような何か。

 きっと何か、これからでも自己の可能性を探る冒険を始められるのではないかと期待しています。

 
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背中のコブ その3

2016年08月15日 | その他

 先般行ったMRI検査の結果を聞くため、今日は休暇を取って病院に行きました。

 結果は、脂肪腫とのこと。

 もうしばらく様子を見るという選択肢もあり得るが、自然に治るものではなく、良くて現状維持、おそらくはしだいに大きくなるものと思われるので、摘出することを医師から提案されました。

 私は今まで体にメスを入れたことがありません。
 30分ほどの簡単な日帰り手術とのことですが、なんとなく嫌だったのですが、これ以上ほうっておくのはもっと嫌だったので、手術日を予約しました。

 8月31日の水曜日に手術と決まりました。
 
 もやもやしていたので、これでかえってすっきりしました。

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イオン

2016年08月14日 | その他

 このところ休みというと、暑さにやられてエアコンの効いた自宅で寝てばかりいたので、これではいかんと思い立ち、今日はイオンモール幕張新都心に出かけました。

 どうしても外は歩きたくなかったので。

 イオンモール幕張新都心は何しろ面積が広く、しかも冷房が効いているので、夏場、歩数をかせぐのに適しています。

 何か欲しいものがあったわけではありませんが、インテリアの店や雑貨の店を冷やかしながら、真夏の、しかし涼しい散歩を楽しみました。

 小さな子供を連れた親子連れが大勢来店していました。

 子供たちの輝くばかりの命のきらめきは、疲れた中年の私には、少々まぶしすぎたようで、歩いたこととは別の疲労を感じてしまいました。 

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忘れられた巨人

2016年08月13日 | 文学

 今日も暑くて出かける気にならず、読書をして過ごしました。

 読んだのは日系英国人作家、カズオ・イシグロの最新作、「忘れられた巨人」です。

忘れられた巨人
Kazuo Ishiguro,土屋 政雄
早川書房

 舞台はアーサー王没後間もないブリテン島。

 ある集落に住む老夫婦は、昔出て行った息子に会うため、旅に出ることを決意します。

 旅といっても、当然徒歩で、しかも当時のブリテン島での旅は大変危険なもの。
 強盗や追いはぎ、鬼や妖精が出没するのです。

 当時、ブリテン島は霧=雌竜の息が充満し、人々はそのせいで様々なことを忘れてしまいます。

 島には、言葉も神も習慣も違うブリトン人とサクソン人が住んでおり、過去、激しい戦いを繰り広げてきましたが、今はつかの間の平和が訪れています。

 旅の途中、老いたアーサー王の騎士や、戦闘能力抜群の、ブりトン人に育てられたサクソン人の戦士、サクソン人の少年、キリスト教の僧など、多くの人々に出会い、助けられたり窮地に追い込まれたりします。

 要するにファンタジー仕立てですね。

 ただし、この作者らしい静かな筆致で、ファンタジーらしい活劇とは一線を画しています。

 民族の対立と和解、そしてまた、記憶、夫婦愛などが重層的につづられます。

 ラスト近く、雌竜を倒そうとする戦士と、雌竜を守ろうとする騎士の戦いが描かれますが、それぞれの理屈に一理あり、考えさせられます。

 倒そうとする戦士は、人々の記憶を取り戻す、という大義を担っており、一方アーサー王の遺言で雌竜を守っている騎士は、雌竜の息で人々が記憶を失ったからこそ、平和が保たれており、雌竜が死ねば人々は憎しみの記憶を呼び覚まし、平和が壊される、と信じています。

 価値観の相違ですね。

 そして大詰め、息子の村を訪ねる旅だったのが、雌竜が倒されたことにより老夫婦は記憶を取り戻し、息子はすでに疫病で倒れ、墓参りに行くことが目的であったことが明かされます。

 村では良い待遇を受けられず、息子を失った老夫婦が、過酷な旅をともにする、夫婦愛の物語が、一気に暗転してしまいます。

 それでも老夫婦は墓参りのため、旅を続けるのです。

 ファンタジーという意匠をまとってはいますが、これは価値観の相克や夫婦愛を描いた、一種の悲劇と言ってよいでしょうね。

 文体が少々読みにくいですが、読み応えはあると思います。

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