昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「社長、ちょっと待って下さい!」(23)入社の頃(11)

2017-07-14 02:49:29 | 社長、ちょっと待ってください!
「まあ、座れや・・・」
 硬くこわばった表情のボクを安心させるように、おやじは目じりを下げ、包み込むような太くて柔らかい声を響かせて言った。
 黒い縞の背広に朱色のネクタイという、一見ヤーさん風の男に心当たりはない。
「失礼ですが?」恐る恐る聞いてみた。
「なにい? オレのこと忘れたのか・・・」男の目が光った。
「渡辺とOカントリークラブでゴルフをやっただろうが!」
 ・・・あの時のオヤジだ・・・
 バリトンの声が記憶を呼び覚ました。
 あの鮮やかな黄色いゴルフウエアに黒メガネの腹の出たおやじだ。
 顔なんかまともに見ていなかったから覚えてなんかいない。

 家庭教師をしているころ、渡辺社長から時々ゴルフに誘われた。
 もちろん、ボクがゴルフが上手だからじゃない。
 単なる数合わせで誘われたのだ。
 目の前のオヤジはその時一緒した渡辺社長の機械工具商仲間の社長だ。
 口が悪く、ボクはマナーの面でもしっかり指導された。
「先生! ひとが打つ時後ろの視野に入るところに立ってちゃダメだよ!」
「ほら、林の中だ!クラブを5,6本持って走れ!」
「飛ばしゃいいてもんじゃないんだよ!」
 巨体からビッグショットを打つのが自慢のおやじは、オーバードライブされると江戸っ子弁で怒鳴った。

「オレはそんなに影が薄かったかい? それともお前、若いのに記憶力が悪いのか? それじゃ営業マン失格だぞ!」
 でかい声に年寄り連中の顏がいっせいにこちらを向いた。
「やつらはここに育って、大金をせしめた運のいいおっさんたちよ・・・」
 彼らを一瞥するとオヤジは肩をすぼめ、あごをしゃくると小声でつぶやいた。
「積まれた金に眼が眩んで、一時の幸運という錯覚のために、<働く生きがい>という床柱を失って、連中は後悔するぞ・・・」

「S不動産がこの辺りを買い漁っているっていうじゃないか。丸の内に匹敵するビジネス街にしようってんじゃないか? もっぱらそんな噂だよ」
「オレには残念ながらそんな土地なんか持ってやしないがね・・・」
「・・・」
「まあ、変に狂わないで済むだけ幸せかもな・・・」
 ボクは黙っておやじのベランメイ処世論を拝聴していた。

 ─続く─
        



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