昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(207)第24回読書ミーティング(5)東京β(2)

2017-07-27 02:12:13 | 三鷹通信
 近年、東京湾は急速にその姿を変えつつある。
 この変化は2020年の東京オリンピック開催と結びついたものとして語られることが多いが、江戸時代、一部はそれ以前からすでに埋立てが進められてきたもので、思いのほかその歴史は長い。
 湾岸の光景を大きく変えている要因は、湾岸の埋立地に次々と立ち並ぶようになったタワーマンションにある。

 日本住宅公団が設立されたのは、大都市への人口流入が本格化し始めていた高度経済成長期初頭の1955年だった。
 公団が1958年に竣工した「晴海団地高層アパート」は、まさにその実験的な意味合いの強い10階建てという高層住宅の試みだった。          
 この4年後の1962年にここを舞台とした映画「しとやかな獣」が公開されている。 団地の生活は一般の庶民にとってはまだ憧れの対象だった。特に晴海団地は作家や芸能人が住むようなランクの高い住宅として知られていた。
 この映画の前田家は、がむしゃらに貧困から抜け出し、戦後の新しい消費生活にしがみついている戦後家族のカリカチュアである。エンディングには、豊洲側から見た晴海の遠景が映し出されている。 この映画の監督である川島雄三は、「新しい生活」にしがみつく家族の必死さ、そして空疎な人工物で埋め尽くされた埋立地の光景の二つに象徴させたのだろう。
 この20年後に映画「家族ゲーム」が公開された。 どちらも湾岸の団地を舞台とした核家族の物語である。
 「家族ゲーム」の時代には、団地=高層住宅での生活は、もはや日本人にとって当たり前のものとなっている。そして、ごく普通に見える家庭が、ふたを開ければ崩壊寸前というタイプの映画だった。
 ・・・住人たちの大半が朝とともに吐き出され、夜とともにそれぞれの部屋に詰め込まれ、団地は再び日々膨らんだり萎んだりするコンクリートのポンプと化している。・・・

 さらに4年後の「男女7人夏物語」に登場する高層住宅は、「独身者向けマンション」である。
  主として1970年代以降に増えるタイプのものである。
 この登場人物たちの基盤は、家族ではなくあくまでも職業であり、バブル経済突入の先駆けとなった。

 1998年に直木賞を受賞した宮部みゆきの「理由」の舞台は、清洲橋から5キロ以上上流の隅田川沿いに建つタワーマンションである。 身の丈を超えた額のローンを組んでこのタワーマンションに住むタワーマンションで起きる「怪異」を描いている。
 時に、バブル経済は崩壊していた。

 ─続く─ 


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