昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(202)三鷹市民大学・哲学コース(14)

2017-07-08 03:04:25 | 三鷹通信
 昨日は<自主学習3>だった。
 さすが参加者18名といつもの6割だった。
 Y運営委員の取りまとめ、司会で始まった(ボクが書記)
 (1)2か月を振り返って:
 合田正人明治大学文学部長 哲学者・平原卓 西谷修立教大学特任教授 
 3人の講師の授業を受けた感想を参加者一人一人から発言してもらった。
 「海図のない哲学の大洋を漂流してみよう」とこのコースを主導する合田先生の講義については、哲学的な考え方の基本を学んだが、概して難しいという意見が多かった。ただ、経済、政治、科学、環境すべてのジャンルにおいて倫理、すなわち哲学的な考え方が問われていることを知った。
 アランの幸福論に感銘された方も何人かいた。 

 平原先生のお話は分かりやすく興味深く哲学に入り込めそうな気がした。       
 
 西谷先生の講義については、<技術><産業化><市場システム>の三点セットで人類の生活形態を変えていったという、現代に直結するお話が興味深かった。

 中でも医療、介護に関わっている方から、現状がパソコンの方を向いていて、患者と対面していない問題点が指摘され、そこに身近な問題点にヒントを与えてくれるのではと、哲学に期待する意見も多かった。
 アフガニスタンにおける中村哲医師の水資源開発に触れられて「これこそ文明の発祥だ」と感銘された方もいらっしゃった。
 また現代日本では西洋哲学に覆われているが、東洋哲学にも触れて欲しという意見もあった。
 さらに、哲学的にも、経済的にも、科学の分野でも現代文明に多大な影響力を及ぼしているユダヤ人、ユダヤ教についても深く関心を持たれている方が多いことが示された。

(2)合田正人先生のバックグラウンドはポストモダニズム、というお話がY運営委員から触れられた。
 <モダニズム>(近代主義)がその成立の条件を失った時代を<ポストモダン>と呼び、そのような時代を背景にして生まれたのが<ポストモダニズム>という、モダニズムを批判する文化上の運動を言う。
 主に哲学、思想、文学、建築などの分野で用いられる。

 そもそも建築、デザインの分野で使われることから始まった。
 装飾を排して、「禁欲的な箱」と評される機能主義・近代合理主義に基づくモダニズム建築に対する反動として現れた。
 多様性、装飾性、折衷性、過剰性などを特徴とする。
 例えば、イギリスのニュースダイジェスト社 日本のフジテレビもそうかもしれない。
 哲学的には、発展した先進社会における知の現状をポスト・モダンと呼ぶ。
 科学も進歩もあてにできないポスト・モダンの世界では「唯一の文明」という理想のなかに溶け込むことはできず、ひとりひとりがさまざまに異なった文明を受け入れなければならない。とうことだろうか。

 (3)夏休みの過ごし方。
 Y運営委員から、夏休みに哲学書を読んで、感想を<自主学習>でグループ別に討議するという提案があった。

 また、「ポストモダニズム」について正村俊之東北大学名誉教授から講義をしていただく。
 他にも日本銀行訪問などの<自主学習>に対する提案があった。
 ボクからは読書候補として、をお勧めした。
 前回、西谷先生からご推薦いただいたものだ。
「<啓蒙>とは人間の理性を使って、あらゆる現象を概念化することを意味する。そこでは、人間の思考も画一化することになり、数学的な形式が社会のあらゆる局面で徹底される」
「したがって、理性は人間を非合理性から解放する役割とは裏腹に、暴力的な画一化をもたらすことになる」
「人間は、外部の自然を抑制することで、主体性を抹殺した・・・」
 なんか、恐ろしい方向に進みかねない現代を象徴しているようですね。
 ボクもこれから読んでみます。</f


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