遠くからの声
林の奥から翳ってきた。
霧がふいに現れた。
木々のあいだから、
あざやかな緑が消えて、
梢のすぐさきのところまで、
灰色の空がどっと落ちてきた。
木立のなかが暗くなると、
逆に、樹の幹が白くなった。
空気がすっと冷たくなってきて、
辺りの景色を黙らせた。
たったいままで、
そこに誰かがいた。
すがたの見えない誰かがいた。
枝々を揺らす風の音は、急いで
誰かが遠ざかっていった跫音だった。
霧がいちだんと濃くなってきた。
昏れてゆく霧の林は、
見えないものの宿る場所だ。
土のたましいを宿す土。
草のたましいを宿す草。
木々のたましいを宿す木々。
じぶんのたましいを探すんだ。
遠くから誰かの呼ばわる声がした。