tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

憲法記念日に日本を取り巻く環境を考える

2017年05月03日 15時12分21秒 | 政治
憲法記念日に日本を取り巻く環境を考える
 5月1日に「新しい憲法を制定する推進大会」で安倍総理は「憲法改正の機は熟した」といったようですが、これは安倍総理の頭の中の話で、国民一般の意識とは必ずしも同じではないようです。
 一方、同じ席で、中曽根さんは「国民総意に基づく新しい憲法」と言っています。
 何か微妙なズレがあるように感じます。

 安倍さんは、「少子高齢化」と「厳しさを増す安全保障情勢」から憲法改正が必要と、改正必要の要因を2つ挙げていますが、少子高齢化については、経団連、連合の労使双方が、今年の春闘白書で、その脱出の方向を論じていますし、特に憲法を改正しなければ脱出や克服が出来ないとは誰も思わないでしょう。

 であってみれば、残る原因は安全保障環境の変化ということなのでしょう。
 確かに安全保障環境は変化してきています。その中でも最も大きな変化は、日米関係でしょう。

 現憲法は、アメリカのサイドからすれば、好戦的で危険な国日本が、二度とアメリカに戦争を仕掛けたりしないように、軍備は持たず、戦争は放棄する国にすべきと考えていたのでしょう。その代わり、日本が危険になったら、アメリカが守ってやるという形です。
 
 日本の方は、アメリカや世界を相手に戦争をするなどという馬鹿なことをよくやったものだと痛切に反省し、戦争などはもうやらないと自ら本気で考えていて、この両者の一致が憲法第9条になったと思っています。

 平和主義に徹し、アメリカにとって友好国になった日本について、アメリカは「危険国ではない」と見方を変え、「守ってやるのだから、いろいろと協力・負担してほしいものだ」と思うようになったのも自然のなり行きでしょう。

 そのほかの変化と言えば、北朝鮮が核とミサイルを持ったこと。これは軍備よりも、諜報活動、探知能力の問題でしょうし、6カ国協議、IAEA、国連安保理の問題でしょう。
 これが日本の憲法を変える安全保障上の問題なのでしょうか。北朝鮮の核による威嚇がいつまで続くと考えるのでしょうか。

 もう1つ、中国の拡大政策があります。南沙諸島における埋め立て、連想は尖閣に及ぶのでしょう。国連の仲裁裁判所の判断を中国が認めないといった状況が日本に憲法改正を要請するのでしょうか。

 北朝鮮問題は、そう遠くない将来解決するべきものでしょうし、中国の拡張政策はあくまで国連マターで、日本が軍備をもって対抗する問題ではないように思います。

 国民に安心感をもたらすのではなく、被害者意識や不安感を持たせて人心を収攬しようとするのはポピュリズムの常道です。安倍さんの言動には無意識にそれをやる雰囲気を感じます。
 「機が熟した」という言葉は、何かが内から盛り上がって来る時に使う言葉でしょう。

 後から考えて「なんであの時憲法改正などやったのだろう」などと思い返してみるようなことにならないように、国民の中から自然に盛り上がってくる気持ちを汲み取る方が先ではないでしょうか。

 被害者意識や不安を感じさせるような言動は、格差社会化や、将来不安とともに、日本国民の気持ちを不必要に防衛的にすることで、日本経済・社会の将来にとって多分にマイナスになるような気がしています。
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