みやしたの気まぐれblog

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12/2-4 北の大地の旅 その4「網走から稚内へ」

2017-01-25 19:08:32 | 乗り鉄
12/2-4で行ってきた北海道旅行シリーズの4回目です。

12/3の早朝に根室を出て釧路を経由して網走までやってきました。この日の最終目的地は稚内ですので、石北本線を特急「オホーツク」で旭川まで向かいます。
国鉄型特急車両キハ183系の中でも、初期型のスラントノーズ車が日常的に運用されている特急「オホーツク」ですが、キハ183系の老朽化に伴う車両運用の都合から、かつては「とかち」用だった車両が組み込まれていることもあります。今回も、遠軽側の先頭車がキハ183-1554で元は「とかち」用だった車両でした。



網走駅に到着時、反対のホームには石北本線運用のキハ40形がいました


網走駅の駅舎。乗り継ぎで1時間くらいあったので





乗車した「オホーツク」には半室グリーンのキロハ182形が組み込まれていました



一般の指定席はこんな感じ


自由席のシート


乗車した車両は一部指定席車でした



今時珍しい、床面感圧式自動ドア。今はボタン式か、赤外線センサー式ですからねえ・・・



遠軽側先頭車が120km/h運転対応だった1550番台。他の車両が110km/h運転の0番台なので、実際には110km/hまでしか出せませんが




網走/札幌側先頭車は国鉄時代のスラントノーズ車


網走駅駅名標


奥の留置線にはキハ40形、キハ54形500番台が各1両いました



お昼御飯も蟹飯。網走駅の駅弁です



網走川と網走湖の畔を通り、「オホーツク」は札幌へ向けて走ります



途中の雪原。なんか訓練してたのか、意図的に描いたのか




北見で行き違いになった「オホーツク」には先頭車化改造車100番台が組み込まれていました。まだ残っていたんですねえ


遠軽でスイッチバック。元々遠軽から先に名寄本線があった名残です



石北本線でも最も山深い上川の辺りを通り、列車は旭川へ


旭川に到着。すでに日が暮れていました


ホームにいたキハ150形とキハ40形

旭川ではなんと3時間近くの待ち時間。本来なら「オホーツク」を1本遅らせたいくらいでしたが、そうすると「スーパー宗谷」に乗り継げないダイヤだったし、旭川で待つしか無かったんですよね。普通列車で名寄まで先行したところで、名寄でやることも無いし。夕食を駅から歩いて適当に選んだラーメン屋で食べたほかは、駅前のイオンをうろうろしたり、駅のホームで撮影したりで時間を過ごしました。


相変わらずだだっ広い旭川駅


旭川駅前の除雪で溜まった雪


夕飯のラーメン。味はまあ、普通でした


駅近くの繁華街ではイルミネーションもやっていました


駅に戻ってキハ150形



789系1000番台「スーパーカムイ」


DF200形のコンテナ貨物



函館本線はながら、普通列車にキハ40形が運行されることも




キハ183系「オホーツク」。この列車だけ、結構撮影者がいました



再びキハ150形




乗車するキハ261系「スーパー宗谷」がやってきました




標津駅で行き違いのための停車。対向列車の遅れで長時間停車になりました



途中、鹿ブレーキが何度か発生したことも有り、結局30分以上遅れて終着稚内に到着


深夜の稚内駅。かろうじて日が変わる前にたどり着けました

これで2日目の行程は終了。道内移動なのに営業キロベースで801.6kmを移動しました。東海道山陽新幹線なら、東京から福山くらいの距離です。
この距離を一度も県外に出ないで移動し、かつそれでも東端から北端に行っただけで、南端には全く行っていない。これが北海道の広さですね。
次回は稚内からの帰りです。
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