花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

きな臭い感じ

2017-06-15 20:51:49 | Weblog
 古い本の頁をめくっていたら次のような文章に目が留まり、ハッとなりました。「明治維新後の政府は、一方で『集会条例』をつくり、他方で教科書を統制し中央集権的な教育制度を準備した。第一次大戦後の政府は治安維持法と特高警察をつくった。要するに過去のもっとも自由主義的な時代に日本政府の考えたことは、警察力の拡大をはかることと、教育の『行きすぎ』をあらためてその制度を中央集権化することであった。そういうことを第二次大戦後の政府は、占領下で実施することはできなかったが、占領が終り、平和条約が発効するや、忽ち警察予備隊を拡大し、警職法をつくり、教育委員会の公選制を廃し、小学校長の権限を拡大し、教科書の検定制度を強化して、先例に倣った。すなわち明治維新・第一次大戦・第二次大戦後の三つの時期、民権の伸長に力点のおかれたこの三つの時期(それぞれ十年‐十五年)をくらべると、各時代の政府のとってきた政策にはあきらかに共通点がある。その時期の後に、過去においては、民権を犠牲にして国権を伸展しようとする長い時期がつづいた。その歴史は、現在から将来にかけても、繰返されるだろうか。」
 この文章の出典は加藤周一さんの「雑種文化」(講談社文庫)所収の「日本人の世界像」です。「日本人の世界像」は日本の対外的態度に関する論考で、外国から文物を熱心に受容する「から」の時期と、外国と対峙する姿勢を見せる「対して」の時期に分け、明治維新から太平洋戦争終戦までの足取りをたどっています。引用した文章は論の一番最後、締め括りのところです。今の政治情勢とぴたり符号が合い、「民権を犠牲にして国権を伸展しようとする長い時期がつづいた」の箇所が杞憂に終われば良いがと願わずにはいられません。
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