早起き鳥 

【未明混沌】今日もきっと良いことあるような…!

胃ろうへのジレンマ・・・

2017年07月18日 04時12分55秒 | 読書




 胃ろうをつけた場合、

多くの患者は自分で容易に

体位も変えられない状態になります。

しかし消化管は動きます。

喋ることができる人もいます。

が、生きることを諦めてしまったかのように、

ものも言わず反応が弱る方が多いのです。

家族の呼びかけに対しても

ほとんど反応を示さなくなります。

「生きるための方法と聞いていた、

こんな風になるとは思わなかった」

という気持ちになります。


では胃ろうをつけない

選択をした場合はどうなのか。

誤嚥性肺炎を起こすたびに、

あるいはむせて喉にものを

詰まらせたような状態になってしまった時に、

胃ろうをしていたら

こうならなかったのではないかと不安になります。

万一、それが原因で亡くなってしまった場合は

後悔の念が湧きます。


  「平穏死」という選択

          石飛 幸三 著



     







 単に延命治療は避けたいと

考えるのはいいけど、

そのために患者が苦しむ姿を

見るのは辛いものがある

延命治療をしてもしなくても

結局は苦しむなら

家族の思いは

どうしていいかわからなくなってしまう

決断に躊躇せざるを得ない

このジレンマに対峙しなければならないとは・・・


病院側も大変だと思う

家族にすれば何でもかんでも、

放っておけないとの気持ちから

病院に担ぎ込んでしまうし

あとは病院任せ、

病院からどんな処置をしようと、

同意書に捺印をさせられ、

病院側のリスクを最小限にする

病院を運営するには

いたしかたないのかもしれない


お互いの信頼に基づく医療制度であってほしいものだ

我々も常日頃から考えて、

老人が元気な間にしっかりと

こういう場合はこう、ああいう場合はこうと

よく訓練しておく必要があるのかもしれない

防災訓練のように・・・

でもこんなこと、年寄りに話せないな・・・


       早起き鳥




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