早起き鳥 

【未明混沌】今日もきっと良いことあるような…!

「特別な存在」になること・・・

2017年06月20日 05時08分35秒 | 読書




・・・青年

私はまだ、自分がなにを求めているのか、

将来なにをやりたいのか、

よくわかりません。

でも、何かを

やらなきゃいけないことはわかっています。

いつまでも大学図書館で

働いているわけにもいかない。

生涯をかけて目指すべき夢を見つけ、

自己実現が達成できたときにこそ、

私は真の幸福を実感するでしょう。


・・・哲人

このあたりについては、

問題行動に走る子供を例に

考えるとわかりやすいかもしれません。

多くの子供たちは、最初の段階で

「特別によくあろう」とします。

具体的には、親の言いつけを守って、

社会性を持った振る舞いをし、

勉強やスポーツ、習い事などに精を出す。

そうやって親から認めてもらおうとする。

しかし、特別によくあることが叶わなかった場合・・・

例えば勉強やスポーツがうまくいかなかった場合・・・

今度は一転して「特別に悪くあろう」とします。


・・・青年

なぜです。


・・・哲人

特別によくあろうとすることも、

あるいは特別にわるくあろうとすることも、

目的は同じです。

他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、

「特別な存在」になること。

それだけを目的にしているのです。


  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 「特別な存在」になること・・・

これが生きている意味、成功の結果

特別な存在であることの実感が幸せ度

だと僕もずっとそう思ってきた


でもどうも違うかもしれないと思いだしている

その特別な存在であることの意味

スポーツで言えば優勝することが

特別な存在かもしれない

だとすると県大会で優勝して特別だっとしても

北信越や全国大会では最下位

これで特別と言えるのだろうか


また逆に、学校の同級生にすれば

県大会で優勝するのだから

クラスのヒーローなのである


そう考えると特別な存在とは

比較のものさしとしか言いようがなく

結局、この程度でいいという

妥協ということになる


特別であることの意味がわからなくなってくる

特別である必要などまるでないのかもしれない

誰かを励まし、誰かから喜ばれて、

「ありがとう」と言ってもらえたら

それだけで最高の特別である

いやそんな「ありがとう」

などと言ってもらう必要などない


幸せとは「なる」ものではなく、

「感じるもの」ということになりそうだ



       早起き鳥




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