この街で(仮)

海と山と清流の街から

ひよっこ考3

2017-05-05 22:05:28 | 自然
いやいや びっくりだぁ
小淵沢のキャンプ場 第一駐車場は県外ナンバーの車であふれ
入りきれなかった人らぁ 第二駐車場でテント張ってぺよ
普段イノシシか雉が散歩してるだけだっつうのに
いやいや ゴールデンウイークとはいえ はぁびっくりだ
確かに迫るような山の新緑は まぁ綺麗だけんど
谷間の狭い所に こんなに人が集まると ちょっと尋常じゃねェべ
こんでは知る人ぞ知る穴場スポットとは もう言えねェなぁ~


さて

先日の ひよっこ
集団就職列車の中で 一人ポツンと座ってる女の子に
みね子達が こっちゃこう(こっちにおいで)と相席させ 皆の弁当を少しずつ分け 食べさせる 
この過剰なぐらいの親切と優しさ
ストーリーの展開上 大した意味もなく入ったシーンかもしれないが
みょうに懐かしい
僕が子供の頃 こんな感じの光景をよく見たような気がする
僕の親世代はこんな感じの事をしてたなぁ その記憶が懐かしさの源泉らしい


一昔前まで 農村とは稲作百姓の集団でした 大根やニンジンではなく米を作るための共同体
水資源や収穫物の管理 共同作業が多い事から 村は結束が固く その分排他的でもあった 
村八分などは結束の固さの裏返しであろう
かと言って よそ者に対してまったく不親切かと言うとそうでもない 警戒心はあるものの好奇心は旺盛
当時の人達の心の風景は歴史的なくびきの中にあり(それは今も同じかもしれませんが) 平成を生きる
現代人には すべてに共感できるものではないかもしれません

ただ思いますのは
当時も差別や偏見はありました(ある意味 今より酷い)が 今よりも緩やかな空気感が漂っていた
ような気もします
裸の大将で有名な山下清 もし彼が高名な画家でなかったら ただの怪しい人です(笑)
時代は少し遡りますが 昭和15~29年 無名の彼が (しかも彼は知的障碍者です)
長期に渡って放浪の旅ができるなんて 時には見ず知らずの彼を雇用し働かせてくれた人もいたようです
沢山の人の好意がなければ 彼の旅は成り立たなかったと思うのです
今の世の中 もし彼が放浪したくても 世の仕組みが それを許さないんじゃないでしょうか

時代は比較できるものではありませんが 今に至る変化を示唆しています
それを単純に良い悪いとは言えませんが 興味深い事ではあります


ちなみに
一人ポツンと列車に乗っていた澄子ちゃん
福島県いわきの出身です
この時代 活況を呈した常磐炭鉱は下火となり 多くの労働者が収入の道を閉ざされました
映画フラガールも まさにこの時代を切り取ってます
澄子ちゃんの家も きっとそのあおりを受けたのでしょう(と勝手に解釈)彼女はフラガールにはならず
集団就職で東京を選んだ
奥茨城村は高萩市の山間部(大野や下君田)から里美 大子 あたりの何処かを想定してると思うのですが
福島のいわきから隣接する茨城の北茨城 高萩のように炭鉱という近代化の波の恩恵にあずかれなかった
地域です 小さな田畑を耕し 副業を持たなければやっていかれなかった貧しい土地
全国の中山間地も似たり寄ったりだったのではないでしょうか
みね子達が映画を見ようと思えば一時間以上バスに揺られ 親切な警察官の出身地 高萩 までこなけれ
ばならなかった(たぶん)
この時代の高萩は飲食店 洋品店 映画館 スーパーマーケット(今よりは小型だが)なんでもあったのです
そして 今 みね子達が働く東京では首都高を車がビュンビュン走り 新幹線がとんでもないスピードで人を運び
銀座では自由を謳歌する若者がぶらぶらしてました(銀ぶら と言うそうな)

全くもって 歴史とは 時間の流れとは 日本国中 一様に流れるのではなく モザイク状です 


・・とまあ 知ったような事を書いてますが この時代 僕はまだ生まれてもいません(笑)
僕が知っているわずかな事実を基にした想像です

集団就職と聞けば地方の貧困という印象が強いのですが
その貧困も 何の貧困なのか?物質的な貧困であるならば
それが不幸ばかりであったのか?
みね子達の 溢れんばかりのお人好し感が そうではないと 伝えてくるのです
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 間に合った | トップ | 微妙だが違う »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

自然」カテゴリの最新記事