明日につなぎたい

老いのときめき

のんびり できるか

2016-12-24 15:24:09 | 日記

 年の暮れだ。いつもの調子でない”世間並”というか”下世話”というか、そんな文章から始めてみよう。昨日、孫が、ばぁちゃんと連れ立って、ス―パ―でいろいろ買い物をしたあと、我が家にきた。年賀状作りの応援のつもりだ。挨拶分、当方の住所・氏名、紅い2輪の椿の花のデザイン、すべてパソコンに保存してあるのを使う。変えたのは2016年を2017年にしただけ。「なんと横着な。去年に続いて受け取った人はどう思うかしら」。妻は心配げだったが「花は毎年咲くものだ」が私の無言の答え。仕上がりはシンプルでさわやかだった。

 

 この前日、佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』を読み終える。面白く痛快だった。いきなり冒頭の「こみ上げる憤怒の孤独」に惹きこまれた。自転車が音も立てずに、まるで忍びの兇賊か幽霊のようにス―と横に現れ、危なかった。若い人たちは同情するより自転車の性能や道路が良くなったことを口にする。こみ上げる憤怒のやり場がなく、しみじみとガタガタ自転車を懐かしんだ、という話なのだが、私も自転車を走らせていて、横から”兇賊”にあてられそうになったことが何度かある。文明とは、”スピ―ド時代”とは何かを考えさせられた。

 

 著者も年相応に、耳が遠くなり、身体が痒くなり、膝の力が抜けて時々よろめく。老人性うつ病になりかけたこともあったという。私もこれに似たようなものだ。最近も体調の関係で、行きたかった行事に出られず残念だった。しかし、佐藤さんは言う「人間は”のんびりしよう”なんて考えてはダメだということが、九十歳を過ぎてよくわかった」と。そうなのだ。2016年は、腹にすえかねる沖縄でのアメリカの横暴、日本政府の隷従ぶりを見せつけられて終わろうとしている。のんびりしないで、90歳代の新生活を始めようと思う。

 

 

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