明日につなぎたい

老いのときめき

エンディングノ―ト

2017-04-17 11:59:08 | 日記

 15日(土)は地域の医療生協の支部総会、私も数の内の一人だから出席した。16日(日)は旭区平和の会主催の映画会。タイトルは「不思議なクニの憲法」。それぞれ、たっぷり聴かせてもらい、いい勉強になった。この記事は、それらの中身の感想ではない。別次元で痛感したことについてである。支部総会では、薄い座布団の上に長時間、胡坐(あぐら)をかいていたから、映画会では、硬い椅子に座り続けたから、腰に相当な負担だった。やっぱり90歳「齢には勝たれへんなあ」だった。

 

 この齢のせいか。医療生協支部の活動報告に出ている「エンディングノ―ト班ができた」が目についた。いつになるか、私にもエンディングが近づいている。だが、ノ―ト・書置きの類、要するに死後のことなど考えたこともない私である。しかし、一般には大きな関心事だそうである。エンディングノ―トとはどんなものか、できれば実物を見せて欲しいと質問してみた。丁寧な説明と、生活協同組合ヘルスコ―プが出している「これからの私  ノ―ト」という冊子を貰った。自分史や家族への遺言、財産処分、葬儀のことなど書き入れる欄がある。

 

 これらを見ていて、私は何も言うことはないと思った。しかし、人には、それぞれの価値観がある。自分の死後、気になる諸々について、言い残すことの意味を重視する、それが生きる者を支援する、道標になることもある、そう考える人も少なくないのだろう。私自身も古人が後世に残した業績を学んで生きて来た人間の一人である。素直にエンディングノ―トの価値を認めたい。私は、ブログを始めて12年、これをフェイスブックにも転載、印刷物にもしている。これが、私のエンディングノ―トと言えるかもしれない。3日に一回ていど、遺言を書いているようなものだ。

 

 

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