明日につなぎたい

老いのときめき

秋風に吹かれて

2016-10-01 13:25:37 | 日記

 10月の朝を迎えた。わが家(マンション8階)の表戸と裏窓を開けると、心地よい秋風が通り抜けた。8,9月は酷暑や”家庭の事情”で疲労を覚えていたが、この風が癒してくれたような気になった。だが、外は無粋なコンクリ-トの建造物しか目に入らない。秋の風情があろうはずはない。ここで秋を想うには・・・島崎藤村の詩集にある『秋の風』を開いた。はじめの一節は「しづかにきたる秋風の 西の海より吹き起こり 舞ひたちさわぐ白雲の飛びて行くへも見ゆるかな」である。私は無性に自然に触れたくなった。

 

 この詩の終わりの方に「人は利剣(つるぎ)を振へども げにかぞうればかぎりあり 舌は時世(ときよ)をののしるも 声はたちまち滅ぶめり」というのがある。物騒なことよりも静かで平和な秋がいいと歌っている。私はそう解釈することにした。今、戦乱の国・南ス-ダンには自衛隊が派遣されている。違憲だ。危ない!。安倍首相は所信表明演説で「(自衛隊員らに)心から敬意を表そうではないか」と拍手を促し、自民党議員は総立ちで拍手したとか。その声は、いずれ「滅ぶめり」だろう。

 

 詩の世界に戻ろう。「高くも烈し野も山も 息吹まどわす秋風よ 世をかれがれとなすまでは 吹きも休(や)むべきけはひなし」。秋風は静かばかりではないようだ。世のありようでは峻烈である。こんな解釈もできるのではなかろうか。それはともかく、私は野と山、そして海にも出かけて、存分に秋風に吹かれたいと願っている。その日のくることを一日千秋の想いで待っている。世の中がどんなに厳しくとも、平和な世を求めて生きている私たちへの秋風は優しいはずである。


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