11月はイベントが多い月だし、私も予定がぶつかったので、いつもの第2日曜日でなく第1日曜日にしたので、参加者は少ないと踏んでいました。実際、鷹の台に集まったのは5人でした。
このところ肌寒くなっていたのが、昨日、今日と季節が逆戻りし、よい陽気になりました。カラッとしているのでとても気持ちのよい日になりました。
いつもの鷹野橋から津田塾大学に向かって歩くことにしました。西武線の踏切のまわりにゴンズイ、マサキ、ヒサカキ、イヌツゲの果実があったので、あとでスケッチをするために少し採集しました。今回は果実の観察をしようと考えていたのです。
「ヒサカキというのは本物ではないサカキというニュアンスの名前です。サカキは榊と書くくらいで、神道で神様にお供えする常磐木(ときわぎ)です。ヒサカキは暖かい地方の植物で九州や西に音ではわりあいふつうの植物ですが、関東以北では少なくなります。それでサカキの代用としてこれが使われます」
といった話や
「これはイヌツゲです。(セイヨウ)ヒイラギと同じ仲間です。これは黒い実ですが、ヒイラギは赤い実をつけ、常緑の緑の葉との対比がきれいなのでクリスマスに使われます。赤と緑の対比はきれいですから、日本でもナンテンやマンリョウなど同じようにめでたいものとして使われます」
といった話をしながらゆっくり歩きました。
津田塾大学までの道は玉川上水のほかの場所に比べて緑の幅がある程度広く、歩道と上水のあいだに柵があるのですが、その幅がいくぶん広くなっています。それに、北側には浅い用水があり、その分、上層の木が多くなっています。というわけで、玉川上水の代表的な森林群落といえるところなので、ここで林の下生えの調査をすることにしました。そのことの趣旨を説明しました。
「このところ商大橋の東にある野草観察ゾーンで植生調査をしました。そこは長年玉川上水の植物をみてきた人たちが、最近木が育ちすぎて草花がなくなってしまったので、以前のように草花がある状態にしたいと行政に訴えて木を間引くことになり、その結果、実際に秋の七草のうち5つが戻ってきました。
玉川上水の自然は原生自然ではないので、まったく手をつけないで自然を保護するという考え方を採用するのは正しくありません。管理のビジョンをもって適切な管理をすることが大切で、そのことがなかなか理解されません。木を切ることは絶対だめだという硬直した姿勢は都市の緑地にはなじみません。
そういう考えで野草観察ゾーンでなかりデータをとったのですが、一番ふつうの林の中での調査が足りないので、今日はそういう林床での調査をするつもりです。」
調査区のようす
そこで、適当な場所を選んで調査をすることにしました。おこなったのは面積-種数曲線を描くための調査で、調査区を決め最初10cm四方から始め、そこに出てきた植物を記録し、調査面積をほぼ倍にして2m四方まで調べるというものです。
常連のリーさんが言いました。
「最初はなんだかつまんないけど、やっているうちにけっこうおもしろいと思えるようになるわよ」
そうか、つまらなかったんだ。それはそうだろう。花も実もない植物をみて、どうしてわかるのだかしらないが名前をいい、それを記録するだけだから。でもそれは違います。今日の場合もスイカズラ、ヤブラン、イヌツゲ、コナラなどはしょっちゅう出てきましたが、ノカンゾウやセンニンソウは一度だけでした。私の中では「あ、スイカズラだ。これは林の縁では上に伸びてきれいでいい匂いの花をさかせるんだ。イヌツゲもさっきは林縁で身をつけていたけど、林では小さくて耐えている感じ。コナラは今はこんなに小さいけど、このうち少しだけが生き延びてまわりにあるような大木になる」とか「ノカンゾウなどは本来明るいところに生えているけど、ここではモヤシみたいにヒョロヒョロで、ぎりぎりで生きているんだな」などと、それぞれの植物の生活史などが頭の中を飛び交います。そして「ヤブランでも小さいのだとジャノヒゲとちょっと見分けがむずかしいかも。ちゃんと認識しなくちゃ」とか「コナラは去年より今年はドングリが少ないみたいだな」など、頭の中をあれこれ駆け巡ります。それに、植物の被度(覆っている面積割合)の帆床などもけっこう集中力を要します。そんなこんなで退屈どころか、むしろ慌ただしいのですが、はたから見ているだけだと退屈なのでしょう。
今日は観察会なので、ひとつひとつの植物の特徴や生き方などを説明したり、
「ここに今までにないのが2種あるけどわかる?」
などクイズ形式にして探してもらうなどしました。
「あ、これ初めて出たんじゃない?」
「いえ、それはもう出たスイカズラ」
「え、でも葉っぱが違いますよ」
「ああ、スイカズラは若いのは切れ込むんですよ」
「ええ、ぜんぜんわかんない」
「うん、形は違うけど、歯の質感やビロードみたいな毛が生えてるでしょ?そういうのをよく見ると同じだとわかります」
「ほんとだ」
「リーさんは、さっきクサボケに指がさわっていたのに言わないんだもの」
「あれ、気がつかなかった」
「私の場合ね、パッとみていろいろあっても同じのはもう済んだという感じでまだ出てないものを探す。そうすると「私ここにありますよ」みたいな感じで植物のほうから存在をアピールするような感じがあるんです」
「へぇー」
とあきれたような感心したような反応がありました。
植物の調査
「さて、今の2回の結果をみると、4㎡でだいたい10種くらいですよね。野草観察ゾーンだと20種ほど出ます(文末参照)。ここももともとは林の下だったときは10種ほどだったはずで、これだけ下生えが増えたということがわかります。しかも、ここでは種数だけを表現していますが、たとえば同じ5種でも中身がどういうものかを見ると、林の植物か草原の植物かの違いがあるので、違いはもっとはっきりします。そういう資料をとっているんです」
「今日出てきた植物のうち、ノカンゾウとセンニンソウはもともと明るいところに生える植物ですが、見てわかるように、生えてはいますが、やっと生きているという感じ。ひょろひょろしてもちろん花をつけるような状態ではありません。そういうことも見ながら調べています」
データがとれたので、また進むことにしました。調査をしていてもスイカズラが多かったのですが、柵に巻きついているものがありました。
「スイカズラは林床では地面を這うように生えていますが、すがりつくものがあると、垂直に登ります。柵はちょうどつごうがいいので、こういうふうに巻きついています。さて、これは右巻きだと思いますか、左巻きだと思いますか?」
どちらの意見もありました。同じものを上からみるか、下からみるかで答えは逆になります。
「もちろんスイカズラの立場から見て、ということですよ」
また、ああだこうだと意見がありました。そこで私の結論、
「軸があります。ここを進むとき、右に動くのが右巻き、左に動くのが左巻きです。だからこれは左まきです」
清原さんのスケッチ
そんなことこれまで考えたことはなかったでしょうから、これからはつる植物を見るとそんなことを考えてくれるかもしれません。
「右巻きか左巻きか決まってるんですか?」
「だいたい決まっているみたいだけど、ときどきへそ曲がりがある植物があるそうです。ただ、では右のほうが有利だという理由は何かというとそれはわかりません」
それからクモの巣にケヤキの「小枝」がひっかかっていました。長さ10cmほどのもので、葉が数枚ついていてその付け根に数個の種子がついていまする。植物学的には枝先ということになるのですが、実際はこの部分が折れやすくなっていて、風が吹くとこの単位で風に飛ばされます。したがってこれが全体として「果実」のように機能しているのです。これは東京農工大学の星野先生が発見したことで、気づいてみれば当たり前のことですが、それまで誰も気づかなかったことです。そう言うとリーさんが、
「先生はそういう発見はないんですか?」
「ないっすね」
クモの巣にひっかかったケヤキの「枝先」
もう少し進むとヤツデの花が咲いており、ハエが吸蜜していました。
ヤツデの花に来たハエ
府中街道を超えて津田塾大学の南側に行くと明るくなります。ここにヤビミョウガ、ムラサキシキブ、ヤブラン、ノイバラ、ガマズミなどの果実がありました。時間もお昼をまわったので、果実のスケッチをすることにしました。
「適当に場所を見つけてスケッチすることにします」
「日差しが気持ちよくて眠くなりそうだね」
楽しそうに話をしながらスケッチが始まりました。私もスケッチをしました。
気持ちのよい木漏れ日の中でスケッチをする
さすがに美大生だけあって、私が説明しているあいだにもすばやくスケッチしていたようです。清原笑子さんはサラサラと描くタイプで、特徴を的確にとらえていました。
清原さんのスケッチブック
木暮葵さんは線がシャープでごまかしのないすばらしいスケッチをしていました。微細な構造を描きながら描くと、全体の形が崩れがちなものですが、これにはそれがまったくなく、鋸歯の感じなどが的確に捕らえられていてヒサカキであることがよくわかります。
木暮さんのスケッチ
私も6種の果実を描きました。
高槻のスケッチ
よい時間になったので、まとめとして次のようなことを言いました。
「今日はたったの400メートルを2時間半もかけてゆっくりゆっくり歩きました。でもその短い中にいろいろな果実がありました。果実といってもケヤキやカエデのように風で飛ぶものとは違います。色がきれいで、果肉があるベリーと呼ばれる果実です。ヤブランはユリ科、ヤビミョウガはツユクサ科だから単子葉植物です。これらと双子葉植物は根本的に違います。その中にも草本と木本があり、ヒヨドリジョウゴは草本でそのほかのものは木本です。木本の中にはさまざまな科があり、ヒサカキはツバキ科、イヌツゲはモチノキ科、ノイバラはバラ科、ムラサキシキブはクマツヅラ科とそれぞれ別の科に属しています。つまりさまざまに違う仲間なので、花はまったく違う形をしています。また中に入っている種子もヒサカキは小さなものがたくさんありますが、ヤブランでは大きな種子が1個入っているだけです。
準備中
上左:ヒサカキの種子 上右:ヤブランの種子
下左:ヒサカキの果実 下右:ヤブランの果実 格子の間隔は5mm
それなのに、みなだいたい直径5mmから1cmくらいでツヤツヤしていて、赤から黒など、緑の中で目立つ色をしています。黒は人の目にはあまり目立ちませんが、鳥の目には目立つのだそうです。これには理由があるはずで、それは動物、とくに鳥に食べてもらうために違いありません。自分では動けない植物は種子を運ぶためにさまざまな工夫をしています。風や水を利用するものもありますが、今日観察したのは動物を利用しようとするものです。私たちは、果実は季節になれば森を彩るために色づくくらいに思いがちですが、植物はそんな目的で色づくわけではありません。動物に食べてもらい、種子をはこんでもらうため、すべて自分自身のためです。そのために「おいしい実がありますよ」と広告して、動物の目を引いているわけです」
「広告かぁ」
みんな驚きながらも納得したようでした。
今日はじめて参加した石井おりえさんは童話を作っているということで、童話の楽しさや重要さなどに話がはずみました。私もこどもに動植物の魅力を伝えたいと思っているので、なにか共同作品のようなものができればよいなと思ったことです。
記念撮影
ここで解散とし、私はお昼を食べてから、また群落調査を続けました。今日、落葉樹林の下で10の調査区でデータがとれたので、野草観察ゾーンとの比較ができると思います。
今日は人数が少なかったのですが、それだけに解説者と参加者という関係ではなく、大きな声を出す必要のない距離で話ができてよかったと思いました。
観察した果実
林床と草地の出現種数
これまで調べて落葉樹林の林床6カ所での面積-出現種数と野草保護観察ゾーンや津田塾大学南の明るい群落7カ所でのそれの平均値を比較したのが下の図です。これをみると草地でほぼ2倍の種数があり、上層木の除去が大きな影響をもつことがわかります。
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