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★六代御前の墓★逗子市桜山★伊勢平氏滅亡の地★

2008-03-01 | ◆逗子
三浦半島の史跡・名所めぐり。今回は逗子市桜山にあります「六代御前の墓」に行ってきました。
三浦半島には“源氏”関係の史跡などは数多くありますが、ここはなんと
平家最後の嫡男(正式なあととり)六代御前のお墓です。有名な平清盛の曾孫にあたります。
なぜ源氏の地に平家のお墓が?と素朴な疑問を持ちながら向かいます。(2007/12/3)


アクセスはバスではJR逗子駅より京急バス葉山方面行きで、六代御前前で降ります。
道路沿いには緩やかにカーブを描きながら「田越川」が流れています。
この川沿いを走るのは初めてですが、それほど大きくなく風情の感じられるいい川ですね。


 
川を背にして中に入るとすぐに「六代御前最後之故址」という石碑があります。
その奥にはそこだけ独立して、小高い丘があり小さな森のように木が茂っています。
(すべての画像はクリックで拡大します。)



お墓へ続く階段。
ここでひとつ疑問が。なぜ“六代”なのでしょう?本当の名前は何というのでしょう?
調べてみると、平家公達(皇族)の六代目(平正盛-忠盛-清盛-重盛-維盛-六代)にあたる事から
平 六代”と名づけられたそうです。実名は平高清といいますが六代の方が一般的だとか。


 
「六代御前の墓伝説地」            「六代御前墳墓の由来」
クリックで拡大しますが、要約しますと、源氏が天下を取ったときに六代も捕らえられます。
文覚上人の助命嘆願により、命だけは助けてもらい、髪を剃り、仏の道を歩みます。
しかし源頼朝の死後、文覚上人に謀反の疑いがかけられ流罪に。
疑いは六代にも及び田越川にて斬刑に処されるのでした。齢26歳。



階段を上った所にある「六代御前の墓」。大きなケヤキが目を引きます。
平家全盛の時に生を受けた、平 六代。源氏の躍進によりその一時代は終わりを迎えます。
12歳で捕らえられ、命だけは助けてもらい修行に専念するも、26歳で殺された六代。
まさに大きな時代の流れに翻弄された人生だったといえるでしょう。


さらに詳しく
Google検索→六代御前の墓
Google画像検索→六代御前の墓

三浦半島に住んでいますと、とかく“源氏”に肩入れしがちですが、それは
事柄のある一面でしかなく、平家の立場から見ると、また違ったドラマが見えてきます。
斬った斬られたの武家社会。逗子市桜山に眠る平の直系嫡流最後の六代に手を合わせます。
帰りにはのどかに見えた田越川が、また違った深みを帯びて目に映ります・・・。


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (イナ)
2007-12-03 18:38:37
ここ、夜に行くとけっこうコワいですよ。
高校時代に肝試しをやりました~
手前に会館はまだありましたか?
そこでも酒盛りなどしました~
なつかしい風景です。
六代御前のことを知ると田越川を見る目が
かわってきますよね・・・・・・
三浦半島はあちこちにいろんな時代の歴史絵巻を
見ることができて老後の楽しみがたくさんあります
(^^)v

で、コンビニの横に有名なカフェ、coyaさんがあるんですけど
気がつきました?
随所にこだわってるカフェです。
叶神社 (ホッピー次郎)
2007-12-03 20:14:59
西浦賀の叶神社の裏山に「文覚畑」と呼ばれる場所があります。
文覚上人が源氏の復興を祈った場所とされています。
この祈りが叶ったことで出来たのが、浦賀の叶神社です。
ですからここは当然八幡神社系です。

神社にも色々な系列があるので、神社の系列を探るだけでも過去の勢力図などが分かって面白いですね。
勉強になりますなぁ~ (柚)
2007-12-03 22:00:08
まだまだ勉強不足な私ですが、なぜ六代と呼ばれ本当の名で呼ばれることが少なかったのか。
この時代は本当の本名を明かすことは殆どなかったそうです。
呪術的意味合いも含め、本名を知られるわけにはいかなかったようですよ。

そして敵の一族は根絶やしにしないと、頼朝公自身がやったように、次はいつ自分が狙われるか。
そんな血で血を洗う時代だったことが偲ばれます。

あ~現代っ子でよかった。

夜は絶対行かないだろーなー。
びびって泣いちゃうなー。

イナさんへ (TETSU)
2007-12-04 08:22:34
こんにちは、イナさん!
ここはイナさんお馴染みの場所でしたか!
それも夜に肝試しなんて・・・
本当に田越川の見方が変わりましたよ~。
行く前は素敵な川だなぁ、なんて思っていたのですが、帰りには、ここでそんな事があったのか、とリアルに見えました。

会館はあったかどうかよく覚えていないのですが、CAFEはチェックしてきましたよ~
外から見ただけで気になり、今度行った時の楽しみにしています。
やっぱり有名なCAFEだったのですね。

史跡や文化財を見て歩くなんて、私はすでに老後生活に入っているかもです。
イナさん、コメントありがとうございます!
連投ですいません~ (柚)
2007-12-04 08:26:05
さらに思い出したことなんですが、
身分の低い人が身分の高い人の本当の名を知ってるからといって、身分の低い人がその名を呼ぶことは無礼にあたったそうです。

それと、あざ名でもじゅうぶんドコのダレってわかったからその必要もなし、だそうな。

つまり、我々がTETSUさんの本名を知らなくても、ココのブログの管理人さんってわかってるようなもんですね。
ホッピー次郎さんへ (TETSU)
2007-12-04 14:11:17
こんにちは、ホッピー次郎さん!
叶神社の裏山に「文覚畑」と呼ばれる場所があるのですね。
100選めぐりで行った時には気づきませんでしたので、また行ってみたいと思います。

源頼朝に平氏打倒をうながしたのも文覚といいますから、
頼朝との関係も深く、六代を殺さないでくれという頼みも
文覚の頼みとあれば、と頼朝も承諾したのですね。

今三浦半島の札所めぐりをしていますが、横須賀市の氏神様、神社巡りもしてみたいと思っています。
系列を意識してみると、また面白そうですね。

コメントありがとうございます!
柚さんへ (TETSU)
2007-12-04 14:23:01
こんにちは、柚さん!
本当にこの時代では、命がいくつあっても足りないような気がします。

本名を隠したり、身分の差による呼び方など、この時代の背景が分かり勉強になります。
三浦一族をはじめ、源氏や平氏の武将の多くの“無念”が、三浦半島の各地に眠っているともいえますね。
鈍感な私とは違い、敏感な柚さんですと感じる事も多いのではないでしょうか。
そんな土地のひとつひとつを、手を合わせながら巡ってみたいと思います。

柚さん、コメントありがとうございます!
蛇足 (ホリウチ)
2007-12-04 18:59:18
六代御前から裏の山道を登って行くと、長柄桜山古墳に出ます。そこで古墳時代よりはるかに新しい鎌倉時代の遺構が発見され、六代御前の墓守小屋の跡ではないかと推定されています。地元では手厚く供養されたのですね。
「川風が咽ぶが如し田越川」作者不詳
ホリウチさんへ (TETSU)
2007-12-05 01:01:05
こんばんは、ホリウチさん!
長柄桜山古墳も行ってみたいと思っていた所です。
そこに鎌倉時代の遺構もあるのですね。
それも今回訪れた“六代御前”に関係する遺構となりますと、ますます行ってみたくなりました。
情報をありがとうございます!
訪れた時にはこちらに追記したいと思います。
コメントありがとうございます!
蛇足2 (ホリウチ)
2007-12-05 09:50:04
六代御前から新逗子駅方向へ溯り、ホームの裏手清水橋のたもと、天ぷらやの隣の駐車場の一角に「三浦胤義遺孤の碑」があります。
承久の乱で上皇方として兄三浦義村と戦い敗れた胤義の遺児4人が処刑されたとされる場所にある追悼碑です。
田越川下流は哀愁色濃い土地ですね。

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