世界一面白いミュージカルの作り方

早稲田発小劇場系ミュージカルプロデュースユニットTipTapのブログです。
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質素倹約

2013-03-23 02:07:33 | tiptap
オープンラッシュのせいかオンの作品の観劇が多く経済的に余裕がない日々を送っています。
せっかくオンで開くミュージカルを観るなら良い席で観たいと思ってしまうわけで
rushだと基本的にパーシャルビューが多いため色んな技を駆使して
なんとか全体が観えてかつお値段抑えめのチケットを確保します。
抑えめといっても半額ぐらいにしかなりません。
それでフロントメザニンの4列目あたりって感じですかね。
実際に座ると高い金額も納得の席だからまあよしとします。
約80ドルぐらい。
まあ仕方ない。

そんなわけで最近は財布の紐をかなりきつく締めています。
観劇前のコーヒーと願掛けのロト以外はほぼ無出費。
食費は同居人が帰国前に残してくれた材料を使い切るまではかなり節約。
当然観劇費は別です。
まあ苦しいと言えば苦しいですが慣れたもんです。

元々お金を貯める癖が無くあれば使ってしまいます。
むしろ無くても使ってしまいます。

別に社会人になってから贅沢な生活をしているという訳ではありません。
1回の公演の度に軽く30万ぐらいは持出している訳で
過去最大の持出し時はお恥ずかしい話ですが150万ぐらいの赤字を
ほそぼそと返済していたこともあります。
芝居を打つだけでまあ年収の半分ぐらいのお金を使う年もあったように思います。
おかげで確定申告は常に赤字になり還付金が帰って来る訳です。
どうもお金にあまり執着がない性格のようです。

とはいえ今は稼ぎがないわけですからあるお金でやりくりしなくては。
あと5ヶ月余りは質素倹約に務めたいですね。

さてこの一週間はそんなこんなでちょっと少し抑えめの観劇でした。


Hit the Wall

60年代に起こったゲイ解放運動の発端になったゲイバーを題材にしたオフのストレート。
今でこそゲイは市民権を持っていますが
当時は差別の対象であり更に法律的にも同性間の性交渉はソドミー法という法律で禁止されていました。
この「ストーンウォール」というゲイバーで起こった警官との衝突が発端になり
ゲイ解放生運動が広がり法改正を実現するというわけです。
当時のゲイに対する偏見、差別を絡めながら耐え忍んで生活していた彼らの実状が
垣間見える作品でした。
同性同士に結婚が認められるようになった今、NYではもはやゲイに対する差別は
あまり感じられませんが苦しみや葛藤を抱えた人々の心を打つ作品なんだと思います。
内容は事実を元にしているだけあり重みのある作品ですが
仕上がりはまあそれなりにという感じです。
可もなく不可もなく。


The Mound Builder

ネイティブアメリカンの遺跡発見を夢見る考古学者を題材にしたオフのストレート作品。
ランフォード・ウィルソンというピューリッツアー賞受賞作家が
最も愛した自作でありながら当時の評価がいまいちだった作品。
遺跡の発見が生み出す公罪、人間関係の崩壊を描く内容で
なかなかストーリーとしては面白みもあるように思われたがいかんせん長過ぎた。
セットと演出に工夫は感じられたが冗長さを打破するまでとはいかなかった。
小さい頃に考古学者に憧れシュリーマンを読み吉村作治氏のもとでいつかは働きたいなんて
夢を持っていたことを思い出して懐かしくなった。今でも史跡や遺跡には心が躍る。
題材としては確かに面白いと思う。いつか手を出してみたい。


Saga

アイスランドで実際に起きた金融危機による銀行の国有化と
古くから伝わる民話を絡めた人形劇。
ストーリーは単純で主人公がペンションを始めようとしていたやさき
銀行の国有化で融資が頓挫し、裁判に負け家族も家も全てを失い
復讐のために人を殺してしまうという話。
救いの無い話なのだが面白可笑しくファンタジックにパペットを使って
表現していく様は観ていてとても楽しい。
アイディアがとても面白く人形劇というより密度の高い芝居である。
演劇的に想像させてくれる演出、感傷的なパペットの表情
コミカルなパペットの動きなどとても感心させられた。
欧米の演劇作品には結構パペットが登場する。
有名どころでもWar Horse, Avenue Q, などなど。
上記の2作品はまったく種類が違うがどちらもパペットが主役と言ってもいい。
この二つ以外にもこちらに来て5、6本はパペットが出て来る作品を観た気がする。
あまり日本では出会う機会があまりなかったのだが
なかなか演劇的で面白い手法だと思う。
想像させるということがとても演劇的だ。


Trevor

一昔前にテレビの人気者だったアニマルタレントのチンパンジーのトレバー。
そんな彼の余生を描いた作品。
実際に起きたチンパンジーと飼い主の女性の暴行事件を題材に
愛し合う物同士でありながら意思の疎通ができない儚さを
コミカルに描いていた。
とにかく着眼点が面白い。
チンパンジーを演じるのは俳優なのだが
彼がショウビズ界での成功と挫折を感じ未だにあの頃に戻りたいと
必死にもがく姿は滑稽でありながらどこか心を打たれる。
そんな彼の気持ちには気づかない飼い主。
隣に越して来た女性は我が子を心配するあまり放し飼いのチンパンジーに敵意を持ってしまう。
それぞれの感情のすれ違いが結果的に悲劇をもたらしてしまうのがなんともやるせない。
一見して動物と人間のディスコミュニケーションを描いているのだが
同じ人間同士でもこうやってすれ違い悲劇を生むのが現実である。
その要因は宗教、言葉、価値観、などなどあげればきりがない。
お互いに攻撃的ではなくても衝突してしまう。
終止笑いっぱなしの作品であるがなかなか考えさせられた。
演出的には特に特徴のない仕上がりだが本の秀逸さの光る作品。


The Drawer Boy

第二次世界大戦で傷を負い短期記憶ができなくなってしまった男と彼を支えながら暮らす友人。
酪農を生業にする二人のもとに農家を舞台にした脚本を書く取材の為に訪れる俳優。
3人のおかしな共同生活を描いたオフオフのストレート。
カナダで初演され評価が高く各地で上演されている作品。
脚本がかなりいい。
物語の終盤で実は傷を負った友人の気持ちを傷つけない為に
幸せな過去の作り話を聞かせ信じ込ませてきたことがわかる。
何が事実で何が正しいのか。
誰かの幸せのために誰かが犠牲になるのか。
人生の歩み方には色々あって何が正解かなんてないのだろう。
友人が選んだ人生に後悔がなかったとは言い切れない。
だけどなぜか清々しいあったかさが作品を包んでいた。
今書いている作品のテーマにとても関連する作品だっただけに
観れてよかった。
優しさとはなんだろうか。
幸せとはなんだろうか。
とても考えさせられる。


Vanya and Sonia and Masha and Spike

チェーホフの4つの代表作「かもめ」「桜の園」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」
をごちゃまぜにして舞台をアメリカに移したオンのコメディー。
とにかく面白い。
チェーホフを知らない人でも充分楽しめる作品。
躁鬱病のソーニャのめんどうをみている作家志望のワーニャ。
50過ぎて仕事をしない二人の生活を支えている大女優マーシャ。
三人の兄妹が久しぶりに一同に会し家を売るかどうかで一悶着が起きる。
脚本はもちろん俳優達が素晴らしい。
最初から最後まで笑い通しの作品だった。
恥ずかしながらシガニー・ウィーバーが出ていることを下調べで気づかず
更に観ているときもシガニー・ウィーバーに似てる上手な女優だなあと感心していた。
まさかシガニー・ウィーバーが出てるなんて思ってなかったので。
我ながら不覚すぎた。
ばたばたしててPlayBillを斜め読みしたことも悔やまれる。
家に変えてテレビを観てて気づくという始末。
あのシガニー・ウィーバーだったのか!と納得させられた。
いつかエイリアンのパロディーミュージカルが作りたいものとしては
もっとがっついて観ておきたかった。
とにかく作品は本当に面白い。
演出も技巧的で丁寧につけられていて無駄が無い。
それぞれの見せ場はもう実力がないと成立しない本なだけに俳優力は圧巻である。
やっぱりコメディーはいいなあ。
コメディー欲がでてきてしまった。


Detroit'67

67年当時のデトロイトを舞台にモータウン音楽を通じて惹かれ合う黒人男性と白人女性を描いた作品。
当時のひどい差別や理不尽な現実が見え隠れする。
作品の仕上がりとしてはややいまいち。
俳優も演出もそこまで悪くないのだが
なんとなく脚本に旨味を感じない。
当然悲劇で救われないはなしなのだが
なんというか味わいをあまり感じられなかった。
ある意味使い古されたモチーフであり展開も予想されるストーリーである。
これといって目新しさも感じない。
当事者や差別されてきた人々の心を打つのは当然だが
それ以上の作品には仕上がっていないのが残念である。
このようなテーマを扱った作品は山ほどある。
もっと優れた作品が沢山ある訳でちょっと及ばなかった気がする。
もはやテーマだけでは押し切れないほど
一般化したテーマになったのだと思う。
それはそれで良い事なのかもしれない。


Honky!

絶大な人気を誇るバスケットシューズを奪う為に起きてしまった黒人の子供同士の殺人事件。
白人のシューズメーカーの社長と刺激的なCMを作ってしまったコピーライター、
黒人のシューズデザイナー。
それぞれの目を通して人種差別とは何かをシニカルに描き出すオフのストレート作品。
差別と区別は何が違うのか?
区別することは正しくないのか?
ある意味このようなことが問題提起されるぐらいには
差別問題が改善されたということなのかもしれない。
肌の色で人を差別してはいけない。
それは当然のことだが肌の色を元に何かを判断することは果たして問題だろうか?
個人的には肌の色の理由だけで何らかの権利を奪う事は間違っていると思う。
だが肌の色で何かを区別することはあってもいいんじゃないだろうか。
それは個人の好みや考え方でありそれを変えることだって可能だ。
ひとくくりに差別だといって声を荒げるほうが差別的な気もする。
どう思ってもいいし好き嫌いがあってもいい。
ただ同じ人間だと認めることができればいいのにと思う。
作品自体はなかなか意欲的で面白い部分もあった。
ただ演出的にはもう一歩という感じ。
人種差別を治す薬というアイディアは面白かった。


It's a Bird... It's a Plane... It's Superman

言わずと知れたアメリカンヒーロー、スーパーマンのミュージカル。
かなり昔にブロードウェイで上演されたもののリヴァイバル。
このプロダクションはアンコール!という団体で
この団体はブロードウェイ作品のリバイバル上演を続けている団体。
現在オンでかかっているシカゴはこの団体の作品。
今回は敬愛するジョン・ランドー演出ということで楽しみにしていた。
馬鹿馬鹿しくてくだらない持ち味がしっかりでていて楽しめた。
決して豪華はなくお金のかからないチープな仕上がりだが
きちんと観客が楽しめる作品になっている。
ストーリーははっきりいってつっこみどころ満載だが
どこかあったかさを感じてほっこりする。
俳優陣は結構豪華だった。
特に驚くような仕掛けも無くオンのロングラン作品とは比べものにならない作品だが
逆に言えばこれだけの最低限の条件で
きちんと観客が満足できるものはできてしまうということが言える。
演出的にチープさを逆手にとってしまうという彼らしい手法だと感心。
お金がないからといって面白いものが作れない訳ではない。
とかいって自分で作るときはお金が欲しいって思っちゃうんだなあ。


Buyer and Sellar

ちょっと前にやってた「アグリー・ベティー」というドラマで
ゲイのアシスタントを演じていたマイケル・ユーリの一人芝居。
ゲイのアイコンアイドルであるバーバラ・ストライサンドと若いゲイの俳優の交流を描く作品。
脚本がなかなか面白い。
バーバラの豪邸にある地下の巨大なショッピングモールを模した倉庫で
モールの店員を演じることになる俳優。
お客と店員という寸劇を続けながら二人の距離が近づいていく様は
とてもコミカルでチャーミングであった。
元々舞台出身の俳優らしくとても好演していた。
自らも実際ゲイであることもありかなりキャラクターがあっていたのだろう。
一つ一つの仕草、声色、表情を上手く使い分け
様々なキャラクターを演じわけていた。
こういう作品を観ると一度は俳優を志した身として
俳優の凄さに感服しつつも楽しそうだなあと思ってしまう。
約100分一人で演じ続けるのはなかなか大変だろう。
自然体でいながら観客をうまく湧かせ、ちょっぴりしんみりもさせる。
気軽に楽しめる一芝居としてはおすすめかもしれない。


そんなこんなで今回は10本。
計155本になりました。
さてあと5ヶ月程で何本まで行くでしょうか?
200本はいけるかな。

トニー賞の日程も決まったようですし色々とわくわくする事がありますね。
執筆中の脚本もそろそろ終盤にさしかかってきました。
次の上演がいつになるかはわかりませんが
なるべく早くやりたいですね。

では、また書きます。





















コメント (2)
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150本観てみると

2013-03-15 11:50:43 | tiptap
こっちに来て半年と半月。
NYにいられるのももう5ヶ月あまりとなった。
日々お金の心配をしながらも人生で一番吸収をしていると実感できる毎日ですが
未だに言葉の壁を乗り越えることはできません。

英語を聞き取ることはなんとなく向上したように思えますが
話す事はまだまだ思うようにはいきません。
伝えたい事をなんとか伝えることはできるかもしれませんが
決して喋れるという水準ではないのです。
まあそんな簡単に喋れるようになるわけないので気長に取り組みます。

さてこちらにきてとうとう150本の観劇を達成しました。
これだけ観て来て思うのは
恐ろしく素晴らしいものもあればてんで駄目な物もある。
個人的にNYは世界の演劇発信地ではなく終着点だと思ってます。
最終的に素晴らしい物はNYにやってくる。
そんな気がします。
だから素晴らしい物は本当に素晴らしい。
だからといって一定の水準があるわけではなく
信じられないくらいできの悪い作品もオンの劇場でかかったりします。
この層の厚さ、幅の広さも面白さの一つかもしれません。

ブロードウェイは興行的成功を収めることができるかどうかで
ロングランできるかどうかが決まります。
当然チケットが沢山売れる作品は長く上演できるわけです。
逆を言えば作品的にいまいちでもチケットが売れれば成功です。
これは日本の商業演劇界でも同じ価値判断です。
ただ日本との違いはチケットが売れればロングランできるということ。
四季以外の演劇興行の場合千秋楽は基本的に決まっています。
つまりチケットの売れ行きがどうあれ公演日程は変わりません。
チケットが売れていなくても千秋楽までは公演を行わなくてはならない。
ブロードウェイの場合は潔く予定よりも短く終わる作品も沢山あります。

こういった状況から日本では作品のクオリティーをあげることよりも
ある一定期間劇場を埋められる作品価値を創り出すことに重点が置かれます。
その作品が成功か失敗かは初日の幕が開く前にどれだけチケットが売れたかで
もう既に決まってしまうのです。
言ってしまえばチケットが売れているのだから作品のクオリティーなんてまあ
それなりに予算の範囲でうまく収めてればいいでしょ。
という不誠実な考え方もできるわけです。
そもそも一ヶ月そこらの上演期間でリクープできる程度の予算しか与えられなければ
到底ブロードウェイやロンドンで上演されるクオリティーに追いつける訳はありません。
お金のかけかたが全く違います。

ロングランが成立する要因としてはNYは観光客の観劇人口の割合の多さが多分にあると思われます。
オンブロードウェイ作品は特にその傾向が高く
最近は映画スターの出演で短期間でチケットを売りあげる手法もみられます。
日本と同じで看板で売る訳です。
しかしこういったスター俳優作品の多くはチケットを沢山売り上げても
予めスターのスケジュールの都合でロングランには至りません。
更にどんなにチケットを売り上げても厳しい批評家達の評価によって
作品の善し悪しがはっきりします。
商業的な成功作品が必ずしも芸術的な成功にはならないのはどこも同じですが
作品をきちんと評価するシステムが機能していることが重要なんだと思います。

その結果評価の高い作品は概してオフ・ブロードウェイ作品に多いと言われます。
NYには非営利劇団が山の様にありそれらはチケット売り上げではなく多額の寄付で
運営されています。それにより予算に縛られず良質な作品作りに没頭できるわけです。
更にオフで評価された作品が結果的にオンで上演される事もあるわけで
これがNYの演劇界の層を厚くしています。

海外の優れた作品、アメリカ国内の優れた作品、オフからあがってくる実力作品

観客は俳優だけでなく作品を選び、批評を頼りに作品のチケットを買います。

日本の場合は作品ではなく俳優を観に行くという文化的趣向があるため
商業演劇において作品のクオリティーが爆発的に集客につながるわけではないようです。
この文化趣向は歌舞伎などの興行形態により培われて来たわけでこれを否定する気はさらさらありません。
ただ作品を正しく評価する基準がないことはかなりの問題だと思います。
批評家は作品の紹介をするためにいるわけではなく作品を評価するために必要です。
演劇賞にはしがらみの無い公平な審査基準が必要です。

僕の夢は沢山ありますが個人的なことを置いておくと2つになります。

劇場を持つこと。
トニー賞に匹敵する演劇賞を日本に創設すること。

この2つはもうかれこれ10年以上昔から思い続けていることです。
そのためにはまず自分が大きくならなければと日々精進してますが
死ぬまでには成し遂げたいことです。

まずは自分の作品がトニー賞をとれるように頑張らなくては。
これも端から見たら馬鹿みたいなことでしょうが
夢を見続けるのが人生だと思ってるので
いつまでも諦めずにいようと思います。










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オープンラッシュ 2

2013-03-12 13:06:58 | tiptap
昨日に引き続き書いていきます。
とにかくオープンラッシュなもんで
新作が多くて書きたい事もいっぱい。
時間がかかってしまいます。


Neva

こちらも実在の人物をモチーフにしたオフ・ストレート作品。
チェーホフの妻であるオリガが「桜の園」を
サンクト・ペテルブルグで上演するための稽古を描いた作品。
モスクワ芸術座でスタニフラフスキーの元初演の「桜の園」で
ラネーヴスカヤを演じて名声を集めたオリガが
夫チェーホフの死を受けて感情をコントロールする事ができなくなり
演技に集中できなくなるという設定である。
スタニフラフスキーのメソッドをテーマに
面白可笑しく俳優志望のブルジョア青年と貧困少女を交えて
ライト一つと椅子だけで上演される。
ロシア革命の引き金となった血の日曜日事件を絡めて
当時のロシアにおいて演劇とは何か?
演劇が社会に何ができるのか?
を暗に投げかけるコミカルだが深い作品。
3.11の時演劇にできることを模索した私達にも
何か考えさせられる作品だった。
演劇は物理的には何も与えられない。
更に言えば経済的余裕のある人にしか触れる事ができないものだ。
じゃあ何故演劇を続けるのか?
僕の答えは人を育て豊かにするためだ。
経済的に余裕の有る人の心が豊かになれば
苦しむ人たちを助ける事が出来る。
そして僕らに出来る事は直接的ではないが
間接的に社会に還元される。
これが理想だといつも思う。
明日消えてしまう命に一瞬だけでも幸せや夢をみせることができたらいいな。
物理的な豊かさではなく心の豊かさを育んでいきたい。
そのためにはもっと力が必要なんだけど・・・
もっと頑張ろうと思う。


Lucky Guy

またまた実在の人物もチーフ作品。
そんでもって主演はあのトム・ハンクス。
去年亡くなったラブロマンスの天才ノーラ・エフロンの遺作となった新作ストレート。
マイク・マカラリーというピューリッツアー賞を受賞した
タブロイド紙の記者の半生を描いた作品。
ブロードウェイデビューのトム・ハンクスがどんなものか楽しみだったが
金欠のためラッシュに並んでメザニンの最後列で観劇。
主人公の成功と凋落をコミカルに描いていた。
ノーラ・エフロン脚本ということでもっとロマンティク・コメディー的な
作品かと思いきやなかなか男臭い仕上がりだった。
演出はどちらかといえば抽象的にスタイリッシュに仕上がっていて映像を多様しながら
から舞台に小道具を次々と俳優が出して行くスタイル。
見せ方もなかなか上手い。
トム・ハンクスはコミカルなキャラクターを好演していたが
妻役の女優がどうも声が小さくて馴染めなかった。
物語自体はドラマというよりはエンターテイメント的な要素が大きかった。
彼がピューリッツアー賞を受賞したNY市警の暴行事件を扱った記事は
当時かなりセンセーショナルな出来事だったようだ。
今でも差別的な拘束や拷問がたまに問題となるアメリカ。
こうした権力に対抗するジャーナリズムの存在は重要だと痛感する。
アイルランド人気質を反映した俳優達によって歌われる合唱がとても感動的だった。


Matilda the Musical

ローレンス・オリヴィエ賞を総なめにした今期一番の期待作。
同名の児童書を原作に映画化もされた作品。
今年のトニー賞の大本命との呼び声も高い作品で
キャストもロンドンのオリジナルキャストが数人出演している。
製作は天下のロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)である。
完成度が本当に素晴らしい。
セットも衣裳も細かな小道具全てにアイディアが感じられ
わくわくさせられる。
音楽もキャッチーで耳に残る楽しい曲ばかり。
物語自体はあくまで子供向けの作品であり
ストーリー的に深く感動させられるというわけではないが
演出的には素晴らしくどのシーンも毎回驚きを持ってみれる。
振り付けは「リトル・ダンサー」の振付家でとにかく振りがいい。
子供達があんなにもいきいきと面白く踊る姿は
観ているだけで暖かい気持ちになる。
エンターテイメントを本気で妥協せずに
とことん作り込んだという感じがして
その完成度には本当に感服した。流石RSCである。
そして何より凄いのは主演女優。
プレビュー中のため開演時に演出家が挨拶をしたのだが
どうやらブロードウェイ史上もっとも若い主演だそうだ。
正確にはわからないが見た目は6~7歳である。
歌も踊りも本当に素晴らしい。
アンサンブルの子供達も信じられないくらい上手で
ナンバーごとにため息がでた。
脇を固める大人の俳優達もかなり質が高い。
これだけの作品を作り上げるのにどれだけ稽古や準備の期間が必要なのだろうか?
ブロードウェイで新作をあける場合も最近は稽古自体は2ヶ月以下が平均的だそうだ。
とはいえ昨今のブロードウェイではいきなり初演ということはなかなかない。
どこか地方やオフでの上演を経ているわけでゼロから作り上げることは少ない。
そういう意味でRSCがゼロからこの作品を作り上げて行く過程とは比べ物にならないだろう。
きっといくつかの妥協はあるのだろうが
プロセミアムの向こうに夢の世界を現実的に成立させることができている数少ない作品だと思う。


The Dance and the Railroad

アメリカで活躍する中国系の脚本家デイビッド・ヘンリー・ウォンのリヴァイバル作品。
大陸横断鉄道を建設するために囲われている中国人労働者を描いた作品。
京劇俳優として将来を嘱望されながらアメリカに売られた先輩と
アメリカでお金を稼いで故郷に錦を飾るんだと息巻く新入りの二人芝居。
アジア系移民の苦しい生活をいきいきとコミカルに描きだしていた。
時折みられる京劇のシーンはなかなか見応えがあった。
短い作品ではあるがそれぞれの考え方や夢と現実の葛藤などは
今現在も普遍的に感じられるテーマであった。
京劇自体は一度だけ観た事があるのだが
だいぶ昔のためもうすっかり忘れてしまっていた。
また機会があればみてみたいなあと思う。


KInky Boots

同名イギリス映画のミュージカル化作品。
この作品も今期のオン・ミュージカルの中では期待作。
作曲はシンディー・ローパー、演出はジェリー・ミッチェル。
イギリスの田舎街の老舗紳士靴工場が
売れなくなった紳士靴の替わりにドラッグ・クイーン用のブーツを作って
ミラノのファッションショーに出店するという話。
この話はもともと実際にある工場をモデルにしていて
映画はとても自分好みの作品だった。
そもそもイギリスやアイルランドのこういう片田舎が舞台の作品に弱い。
田舎のコミュニティーがなんらかの葛藤を抱えていて
みんなで協力して乗り越える的な作品が大好きなのだ。
「リトル・ダンサー」「ブラス!」とか。
あの哀愁がたまらない。
無骨だけど暖かい感じ。
映画はそんな匂いが満載だった。
そういった意味では自分の好きな匂いはまったく感じられない作品になっていた。
良い意味で言えばエンターテイメントとしてそういう陰鬱なものを排除した仕上がりだ。
とてもアメリカ的な仕上がりといっていいかもしれない。
正直言うと自分としてはもっとドラマ的なものを期待していたが
エンターテイメントとしての成立のさせ方は秀逸であった。
シンディー・ローパーの曲もなかなかいい。
とにかく各ナンバーの盛り上がりが半端なく
ドラッグ・クイーンの描き方はかなり押し過ぎな感はあるが
こちらの観客にはそこら変が逆に楽しめるようだ。
映画の空気感とはまったく違う仕上がりではあるが
この作品を単体としてみればかなり質の高いエンターテイメントだと思う。
ただ個人的な好みとしてはやっぱり映画の空気感をもっと感じたかった。


The Last Five Years

ジェイソン・ロバート・ブラウンの代表作のリヴァイバル。
今回は本人自ら演出をした。
この作品には色々と縁があって
学生時代、試演会に出演したことがあり
かなり思い入れのある作品だ。
自分の作品作りにもかなり影響を与えている作品なだけに
自分なりのビジョンや絵があったりもしてかなり期待していた。
当然音楽は素晴らしい。作品としての構成も当然素晴らしい。
二人の男女の出会いと別れの5年間をそれぞれ時間軸を逆にして描く。
このコンセプトを越えるコンセプトはもはや浮かばない。
こんなにも洗練され、現代的に描かれた作品にはなかなか出会えないと思う。
とにかく作品自体はとても素晴らしいのだ。
作曲者自らが演出するのだから当然彼に見えている絵が立体化され
どんだけ素晴らしいことかと期待していた。

しかし蓋を開けてみると・・・

かなりがっかりした。
まったくもって演出的にセンスを感じない。
物語としてナンバーが有機的に繋がっていない。
ナンバーごとにいちいちパレットにのった家具やらドアが出てくる。
もうこの転換が信じられないくらいださい。
ナンバーの最中も全く美しくない。
こんなに絵が見えない作品も珍しい。
吊りものの窓もなんだかチープに見えて来る。
本当に演出のしがいがある作品なのに
コンサートに来たような感覚だった。
更に言うと男性キャストの歌い方が
かなり芝居よりに崩して歌っていてなんだかのれなかった。
音楽的な旨味を逃がしてしまうとこまで崩す必要はないのだろうか?
作品の仕上がり自体がコンサートみたいなものなら
もっと歌唱に集中してくれても良い気がした。

女性キャストはなかなか上手くバランスもよく好感を持てたのが
せめてもの救いだった。
作品自体の素晴らしさはひしひしと感じたのだが
こんなにもつまらなく仕上がってしまうのかと残念である。
やはり演出というのは生半可にはできないものだと思った。
例え自分の作品であれ思い描いた世界を立体化するのは困難なのだ。
きっと彼自身の思い描いた世界として立体化しきれていないのではないだろうか?

自分の作品を自分で演出する身としてはとても勉強になった。
そもそも自分は立体化した絵を想像しながら脚本を書いているので
書き方自体が演出的なんだと思う。
音楽や戯曲のみで完成できる作品を書けないのでまあ仕方ないのだが
結局自分で演出することを前提に書いている。
そういう意味で彼の作品は音楽だけでしっかり成立している。
既に完成しているのだと思う。
いつかはそんな風な作品がかけるようになりたいものだ。

まだプレビュー中だからきっと改善されていくのだろうが
かなり残念である。


As You Like It

シェイクスピアの「お気に召すままに」である。
子供向けの上演ということで気軽に観に行ってみた。
まあなんというか可もなく不可もなくである。
結局シェイクスピアを英語で理解するのはまだ難しいなと実感。
どうしても散文的ない言い回しが多いせいか
意味が上手くキャッチできない事が多い。
語学力が欲しいなと痛感させられた。
演出的には蓄音機をモチーフにしていて
なんだか意味があるようなのだが
深い意味を読み取れなかった。
森の動物達のお面をかぶったコロスとかもでてきて
なんとなくファンタジックな仕上がりなのだが
ちょっと馴染めずに終わってしまった。
ただ子供のうちからこうして演劇に触れることができるのは良い事だと思う。
42nd Streetにある子供向けの劇場で上演されていて
この劇場は常に子供向けの演目をかけている。
こういう劇場がタイムズスクエアにあるということがなんだか嬉しい。
日本で言えば日比谷に子供向けの劇場があり常に演目を上演しているということになる。
日本でもこういった試みがあるといいなと切に願う。


Breakfast at Tiffany 

トルーマン・カポーティーの同名小説の舞台化作品。
ヘップバーン主演で映画化されたものが有名だが
今回は映画版とは少し違う。
映画版はヘップバーン用に当初の脚本が改稿されている。
当初はマリリン・モンローを起用予定だったとかで
かなりイメージの違う作品になっていただろう。
とは言えもはや映画のイメージが強すぎてどうも馴染めなかった。
主演女優は天真爛漫でコケティッシュなイメージを醸し出しているのだが
ちょっと魅力にかけた。
男が振り回される魅力的な女性であるという説得力にかける。
やや子供っぽすぎたのかもしれない。
どこか常人とは違う魅力をもった女性という設定なのだが
なんだかどこにでもいる感じの女性にみえてしまった。
物語自体も美しさやお洒落な感じをあまり感じさせない
若い男女のありがちな恋物語という感じである。
演出的にはまあ無駄の無いよくまとまった仕上がりだが
ドラマティックなシーンはあまりなく
ちょっと軽めのラブロマンスである。
映画の舞台化作品というのはなかなか難しい。
映画のイメージをどう昇華させるかが腕の見せ所なのだが
今回は映画とは違う作品を作ろうというコンセプトだったようだ。
名画なだけに難しいチャレンジであることは間違いないだろう。
何よりも本物の猫が出て来たところが一番の話題というのもなんだろうか。
猫は確かにかわいらしかった。
猫も芝居すんだなあと感心。


Songs for a New World

これもジェイソン・ロバート・ブラウンの代表作。
一貫したストーリーはなく独立したナンバーを羅列した
コンサートに近い作品。
一日限りのチャリティー上演ということで
急遽追加の公演が決まりぎりぎり立ち見で観る事が出来た。
前の回が押したらしく開演が1時間も押してしまうという珍事に見舞われたが
待った甲斐のある素晴らしい作品だった。
劇場ではなくキャバレーでの上演ということもあり
客席はかなりの盛り上がりだった。
とにかく俳優陣の歌唱力が素晴らしく
音楽的なつぼをしっかり押さえたダイナミックな仕上がり。
ナンバーごとに客席は割れんばかりの拍手であった。
演出自体はセットも無く通路や机の上、階段などを利用して縦横無尽にキャストが歌い歩くスタイルで
なかなか見応えがあった。
こういう形式での上演に本当に適した作品だなと思う。
やはり演出家の腕次第なのだと痛感した。
無駄に小道具やセットを使わなくてもこれだけドラマティックに表現できる。
こういうスタイルでの上演を自分でもやってみたいと最近よく思う。
濃密な空間でダイナミックに立体化する事ができるというのは
なんとも魅力的である。
ただこうなってくるとごまかしがきかないので本当に俳優に依るところが大きくなる。
歌唱もさることながら感情的なダイナミズムを如何に増幅できるか。
演出的にチャレンジしがいのあることだ。
またやりたいことが増えてしまった。


今回は色々と書きたい事が溜まって長くなってしまったが
オープンラッシュということで結構いい作品ばかり観れた気がする。
書きたい作品のイメージも見えて来た所だし
なかなか良い刺激になった。
もう5ヶ月ちょっとちか残っていないわけで噛み締めなければ。
無駄の無いように。

ではまたそのうち書きます。

















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オープンラッシュ 1

2013-03-12 01:51:18 | tiptap
あの大震災から2年が経ちました。
遠いNYからの黙祷でしたが
色んなことを思い出すことができました。

さて日本はもうあったかいようですが
こっちもだいぶあったかくなり春の日差しを感じる日もあるぐらい。
劇場街はとうとう春のオープンラッシュです。
オンもオフも期待作がどんどん開いて行きます。
不作の年と言われた去年の秋シーズン。
春はどうでしょうか。


Ann

テキサス州の名物女性知事だったアン・リチャーズさんを題材にした一人芝居。
オン・ブロードウェイで一人芝居です。たいしたものです。
とにかく客席は終止笑いっぱなし。
67歳の女優さんが本当に巧妙に笑いを誘う。
モデルになったアン・リチャーズさんの人生も調べてみるとなかなか面白く
歯に衣着せぬ言動でカリスマ的な人気があった政治家。
ブッシュJrを名指しで批判したのち
ブッシュJrに奇跡的に再選を阻まれてしまうという残念な経歴も
笑い飛ばすエネルギッシュな方だったみたい。
実在の人物を描くのはとても勇気がいる。
この主演女優は自ら脚本を執筆して自ら演じている。
本当にAnnへの愛を感じる作品だった。
カーテンコールで遺影を眺める彼女の姿には涙を誘われた。


162 Tongue

宇宙ダイヤモンドに出てくれていた辛源君出演のオフストレート作品。
彼はNYでアーティストビザを取得して俳優として活動している素晴らしい人。
ジャクソンハイツという場所を舞台にした作品。
このジャクソンハイツはうちの最寄り駅ウッドサイド駅から急行で一駅。
よく乗り換えなんかで使う駅なんだけど
まさに人種のるつぼ。
むしろいわゆる白人をみつけるのが困難。
色んな匂いが混ざって不思議な世界です。
タイトルの通り162の言語が話されているわけです。
頑張っている辛源君の姿が観れてよかったです。


Hands On A Hardbody

オンで期待の新作ミュージカル。
テキサスの田舎町で毎年行われる日産のピックアップトラックを賭けた
耐久コンテストを追いかけた同名ドキュメンタリー映画のミュージカル化作品。
ルールはとにかく賞品のトラックに休憩以外は常に片手を置いて立っていなければならない。
映画はみたことがなかったのだが設定自体はなかなか面白い。
シチュエーションコメディーにはもってこいの題材だが
ふたを開けてみるとテキサス版コーラス・ラインである。
とにかくトラックに手をつけたまま参加者達がそれぞれの紹介ソングを歌って
休憩になるとまた誰かが歌っての繰り返し。
まあステージングがそれなりにトラックに手をつけたままということを利用して
ついているんだけどそれもすぐに飽きてしまう。
テキサスの厳しいブルーカラーの生活を切り取ったという意味で評価されているらしいが
全体的にまとまりのない音楽だけで押し切ったお祭りのような作品。
歌もの作品にしては歌唱力もそこまで高くない。
セットも基本はトラック一台だけで他はとくに何もない。
オンの作品?と思うような作品だった。
久しぶりのオンミュージカルだったのにかなりがっかりした。
せっかくラッシュに並んだのに残念である。


Belleville

今期かなり活躍している劇作家のNYTWでのオフストレート作品。
ONCE、ピーターを作ったNYTWの作品ということでかなり期待した。
内容も精神的に不安定な妻と医学者の夫の夫婦生活を描くということで
最近書こうと思っていた題材に近くてタイムリー。
とにかくリアリティーを追求した作りで
セットに至っては本当にマンションンの一室を切り取ったような完成度。
窓の外やドアの向こうなど見えないところまで飾りこむこだわりには感服する。
脚本も無駄があまりなく二人の夫婦の脆い絆と現実を淡々と突きつけられ
深く考えさせられる。生々しさが本当に利いた作品だ。
人を愛するとはどういうことなのだろうか?
個人的には愛するというのは状態ではなく能動的な行動だと思っている。
愛する人を信じることも一緒でただ勝手に誰かを信じている状態になる訳ではない。
信じようと努力する事が大事なんだと思っている。
誰も報われない話であるがこういうことを立体化することは必要だと思う。
さすがだな。
こういうテーマを扱ったミュージカルを書きたいと思う。


The Wild Bride

グリム童話「手なし娘」を題材にした音楽劇。
ダンボのセント・ウェアハウスという
海外のアーティスティックな招聘作品を多く上演するオフ劇場で観劇。
作品自体はイギリスの劇団のもので
本当によくできていた。
演出が隅々まで行き届いていてイギリス人らしい綿密さや美しさを感じる。
3人の女優がそれぞれ幼少期~大人までの主人公を時代ごとに演じ分けて行く。
衣裳やセット、小道具もなかなかよくできていて上手く使いこなせていてわくわくさせる。
音楽も作品の空気にかなりマッチしていて楽しめた。
キャスティングもバランスがよくステージングもセンスを感じる仕上がりであった。
全体的に古き良き牧歌的なテイストなのだが
2幕冒頭の戦争シーンだけが少し現代的な作りで更に長すぎてややもったいなかった。
他の部分がかなりよく出来ていただけに残念である。
とは言え全体的にはかなりいい仕上がりであった。
こういうアーティスティックでありきちんと作品として成立している作品の多くに
とても演劇的な匂いを感じる。
こんな親密な空気感でまったく違う世界を見せてくれる。
プロセミアムのない人つの空間としてそこにある。
そんな作品づくりは素晴らしい。


Passion

ソンドハイムの名作をオフブロードウェイで
ソンドハイム作品をいくつも手がけた演出家が上演。
劇場が小さめで3方向が客席のセンターステージのため
色々と制約はあったのだろう。
さすがにソンドハイムらしく音楽の完成度は高いが
俳優陣の歌唱力が少し不安になる面もあった。
決して下手というわけではないのだが
歌唱的に物足りなかった。
演出的には要所要所で美しいシーンはあったのだが
全体を通して伝わるコンセプトやテーマは感じられなかった。
醜い病弱な娘と美しい既婚者の狭間で揺れる若い軍人。
いわゆる三角関係なのだが
個人的には間にちょこちょこ挿入されるその3人以外の
軍人たちのシーンを割愛して1幕ものに凝縮できれば更に良いのにと思った。
もっと濃密にこの3人の駆け引きがみてみた。
ソンドハイムの音楽は内面的なメロディーと表面的な言葉が混ざり合って
いることに意味が有るのだと思う。
その両者が有機的というよりあえてちぐはぐで違和感を感じさせる。
それを有機的に成立させる俳優と演出を必要とするという意味で
難易度が高いのだとおもう。
いつかは挑戦してみたいものだ。


Carousel

不朽の名作と言われるミュージカル作品。
今回はニューヨークフィルとオペラ界、ミュージカル界のソリストを集め
おまけにジョン・ランドー演出というなんとも豪華な作品。
作品自体はホールがコンサートホールなのでどちらかといえばコンサートに近かったが
作品の素晴らしさ、音楽の良さをひしひしと感じられる素晴らしい仕上がりだった。
午前中にラッシュに向かうも窓口でラッシュはないと言われ途方にくれたが
開演前に駄目もとでもう一度訊くと今度は二つ返事でチケットが買えた。
本当に窓口の人次第である。
主演俳優が信じられないくらい声がいい。
オペラ歌手で芝居も上手くていやいや感服。
彼に泣かされた。
バレーシーンはしっかり振りも付いて素晴らしい踊りっぷり。
映画は観た事あったが舞台ではなかった。
今回もきちんとした上演とは言えないかもしれないが
本当にいい作品だなあと実感した。


Donnybrook!

ジョン・ウェイン主演の映画「静かなる男」のミュージカル化作品。
今回はアイリッシュ・レパートリーシアターでのリヴァイヴァルオフ上演。
小さな劇場だが前回来たときも盆を使っていたので
どうやら盆が備え付けのようだった。
この劇場を使い慣れた美術家のアイディアなのか
また盆を上手く使いこなして小さな空間をしっかりと具体的に表現していた。
ミュージカルは基本的にシーン数が多くなる。
そうなると必然的に全てを具体的に飾ってシーンチェンジするか
全体的に抽象的にすませ転換を少なくするかのどちらかを選ぶことになる。
こういう小さい劇場では後者を選びがちだが
果敢にもしっかりと転換を行って楽しませてくれた。
アイルランドではかなり高名な演出家だそうだが
演出的にはそこまで感じるものはなく
ただただ牧歌的でのどかな古き良き時代を感じて
ほのぼのと暖かい気持ちになった。
NYはもともとアイルランド系の移民が多かったせいか
アイルランドを題材にした演劇作品をよくみかける。
世代を経ても故郷はいつまでも故郷なのかもしれない。


Tom Kitt & Brian Yorkey Concert

大好きな作品Next to Normalの作曲・作詞コンビのコンサート。
コロンバスサークルの高層ビルにあるコンサートホールで
トム・キット本人がピアノを弾いて豪華なバンドがいて
アリス・リプリーやらイディアナ・メンゼルなんかが歌って・・・
本当に素敵な時間だった。
何よりNext to Normalの曲を作曲者の演奏できけたことは本当に感動した。
本当にこの作品は素晴らしいと再認識。
他の作品の曲も何曲か披露していたが
はっきりいってこの作品の曲以外はそこまでよくなかった。
彼らしい曲ばかりで好感は持てるのだが
この作品の持つ特異な仕上がりには及ばない。
作品のテーマと彼のセンスが上手くはまったのだろう。
お金がなくて遠い席になってしまったが
いつかもっと近くのテーブル席でみれる身分になりたいものだ。
日本でも今年の9月に上演されるのとの事。
とても楽しみである。観に行けるかなあ。


Jackei

オーストリアのノーベル賞作家イエリネックの作品。
ジャクリーン・ケネディー・オナシスを題材にした
オフのストレート一人芝居。
一人芝居は基本的にかなり言葉が難しいとついていけない。
会話の聞き取りはまだいいが一人台詞はシチュエーションが掴めず
なかなか意味の判別ができないまま進んで結局路頭に迷うのが常だ。
今回も話の内容は半分もわからなかったかもしれない。
ただ演出的にはとても細かくつけられたものだと見て取れた。
細かい目線、しぐさ、立ち位置など
かなり丁寧につけられていた。
音響的な効果も上手に使っていて飽きさせない工夫を凝らしていた。
女優もなかなか魅力的でこれからこなしていけばかなりの
仕上がりが期待できる気がした。
これも実在の人物にフォーカスを当てた作品。
しかもスキャンダルにまみれた元ファーストレディ。
男女関係には不誠実であったケネディーの話は
最近ではオープンな事柄であり
マリリン・モンローとの浮気はもはや周知の事実となっているが
やはり英雄化された大統領夫妻を描くのは
なかなか気が引けるのだろう。
波乱に充ちた彼女の生涯をアメリカ人ではなく
オーストリア人が描き出したというのは面白い。



とりあえず10本。
時間がなくて今日はここまで。
明日また続きを書きます。
あと9本あるので。

ではまた明日。





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