ちびめぐにっき。

母ちゃん(37)と娘たち(6&3)の成長記録。

古き物。

2012年02月01日 | かーちゃんの日々
今住んでいる「築年数不詳」の古民家(おそらく80年近いのでは)の障子を、引っ越してきて初めて張り替えようとした昨年末。
ムスメたちによりビリビリにされたお化け屋敷のような障子紙を手っ取り早く剥がすために、相棒が外して庭に出し水をかけた。そして糊がふやけたところで紙を剥がしとった途端…バラバラと枠が外れて落ちた。えー?!と思っていたら、立てかけてあった別の障子が倒れて、組まれている外枠がずれたので相棒が叩いて戻そうとすると…ガシャン!と雪見ガラス(障子の真ん中にはめられたガラス)が落ちて割れた。えー?!と思っていると、今度は乾かそうとして高い段に載せていた障子が落ちてきて…と次々とコントのように障子が自ら崩壊していった。
長い年月、この古民家と共にあり、すっかりすり減った障子。渋い色見に変色した雪見障子。障子紙と糊でなんとか形を保っていたんだね。大家さんと交渉して、作り替えてもらうことになった。年末差し迫った時期の出来事だったので、なかなか出来上がらず、厳しい寒さの日々をカーテン等で凌いでいたけれど、本日ようやく障子が戻ってきた。ピカピカの白木になって。
トトロのメイちゃんちのような、あの「雪見障子」でなくなってしまったのが本当に残念。今、中にガラスをはめ込んだ雪見障子を作れる職人さんがもういないのだそう。そして、いぶした感じの木の色合いは、壊れてしまうと二度と新しくは作り出せないんだよね。こういった古民家が次々とここ下北沢でも取り壊されて、無機質なデザインマンションなどに建て替わってしまって、もったいないなぁと思う。

そして、壊れつつある古いものがもうひとつ…
今年、82になろうという実家の父の認知症が一気に悪化している。お正月に会った時には、行動がゆっくりだったり、ちょっと動作が危なっかしくなったかな、と思ったけど、「できない」ことはそれほどなかった。それが、この3週間くらいでガタガタと急速にできないことが増えていった様子。兄が一人で世話をしていてくれたけど、自力で立ち歩けない、自分の意思でトイレに行けない、シェーバーやレンジ、ストーブなどが使えない。「介護」の範囲が広がり、日中一人で家においておくのは不可能な状況になった。今まで介護施設の類にお世話になってなかったけれど、医者のアドバイスによりひとまず総合病院に入院することとなった。父は数日前には兄にしっかりした意識で「何もできなくなってすまんな」と言っていたらしい。入院した日の朝には、異常な行動をとり続け、取り付く島もなかったらしい。
頼りの母が亡くなってもうすぐ5年が経とうとしている。父にとっても辛い年月だっただろうな。突然入ることになった病院で、父がどうやって過ごしているのかが気にかかる。
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はひぃ。

2012年01月28日 | かーちゃんの日々
年末からここまで、バタバタのドタドタで、記録しておきたい日常が山ほどあるにも関わらず、UPできなくてやきもきの日々。
ちょっとまとめてブログを更新してみました。これでも、書き残したかったことの半分くらいだなぁ…。
物好きな私、ムスメ1号の幼稚園で結局3年連続何かしらの役員をやってしまった。今年はいわゆる「卒対」という卒園準備委員を引き受ける(自ら)。年明けから怒涛のように準備に走りまわる。気づけば2ヶ月を切っている卒園までの日々。なんだかしみじみと卒園を迎える、とは程遠い慌ただしい状態になってしまった。
卒園式を晴ればれと迎えられるように、がんばるぞー。
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こんな姉妹。

2012年01月28日 | かーちゃんの日々
ムスメ2号は、最近ちょっとワル。気に入らないことがあるとすぐに唸り声をあげて暴れるか、ニヤニヤしながらバックレる。
自分の意にそぐわない提案を私がした時には、ものすごい形相で自分の髪を唸りながらかきむしり、私に暴力を振るうのはやめて欲しい。
そして、遊ぶ意欲が旺盛な2号は、我が家で遊ぶ時も自分で遊びたいオモチャや道具をちゃっちゃと選んで出してきて、所狭しと遊びまくる。1号は、わりとこちらから提案しないとオモチャで遊び出さないタイプだったので、同じ女の子でも色々だ。最近の2号のお気に入りはアイロンビーズで一日に何度となく出してきては作品を作っているんだけど、困ったことに片付ける意欲は全くない。それどころか、シラを切り、他のことをしようとする始末。脅してスカしてどうにか片付けるべきアイロンビーズに向き合わせても、ニヤニヤしながら口の中に入れてみたり、鼻の穴に入れてみたり(奥まで入れてしまって、相棒と二人掛かりで懐中電灯で照らしながらピンセットでつまみ出さなくてはならなくなるほどの余計な行動である)。結局、私は最高に怒らなくてはならなくなり、「我が家の手伝いをしない者は、我が家の者ではない」と家から2号を追い出すために抱えて出口を目指すことになると、泣いて叫んで謝る人がいる。それはムスメ1号。
ムスメ2号も私の剣幕に涙を流してわんわん泣いているけど、ただそれだけで当然片付けは一向に進まない。ムスメ1号は「ごめんなさい、おかあさん!本当にごめんなさい!私がいつもきちんと片づけをしないから、2号ちゃんもしないようになっちゃったの!私もお片づけ一緒にやるから、だから大事な2号ちゃんをお願いだから追い出さないで〜!うわ〜ん!!」…泣かせる姉妹愛じゃないか(泣)。しかも、ムスメ1号は自分は出してもいないオモチャたちを「ね、2号ちゃん、ねえねも手伝うから一緒にお片づけしよ」と率先して片付け始める大人っぷり。怒ったおかあさんが悪かったよ…という気持ちにまでさせられるのであった…。
ムスメ1号は2号が生まれて、我慢が必要だったり、自分でやらなくてはならないことが増えたり、いいことばかりではなかったはず。その上、段々成長してきて憎まれ口をたたかれたりいじわるをされることだってあるのに、1号はそれでも2号のことを一度も「いらない」とか「いなくなれ」とか「生まれてこなければよかった」なんて言ったことがないのだ。口げんかで「キライ!」「もうお世話してあげないからね!」「もう遊んであげない!」と言うことはあっても。
ムスメ1号は、本当におねえちゃんの鑑だな。
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7月に行ったお泊り保育。

2012年01月28日 | かーちゃんの日々
[なんと、ずいぶん前の話をブログにUPし忘れていたので、今更だけどあげておきます。]

ムスメ1号は、お泊り保育をとっても楽しみにしていた。初めて、家族から離れて、ロマンスカーに乗って箱根の東山荘にお友だちと先生とお泊りする。こんな楽しいことはない!というわけで。
新宿駅のロマンスカーのホームに集合。見送りに来た母たちに囲まれて、うきうき浮かれている園児たち。お母さんと離れたくなくて泣く子もチラホラ。いよいよロマンスカーにニコニコしながら乗り込むムスメ1号、泣いて車内から窓にへばり付くH君に思わずもらい泣きをしたりしていたら、ものすごい悲鳴をあげて泣く人がすぐ近くに…。ムスメ2号。「ねぇね!ねぇね!うわぁぁぁぁん 」暴れて泣いて、ロマンスカーに近寄ろうとするムスメ2号。発車のベルに笑顔で手を振り去っていくムスメ1号。周囲で見ていた母たちの笑いを誘っていた。
この日の夜、相棒も出張で不在。突然ムスメ2号と私の二人ぼっちになってしまった。ムスメ2号は、「はぁ。ねぇねは もう いっちゃった。もう いなくなっちゃった」と、まるで二度とねぇねが帰ってこないかのようなガッカリ具合だった。
そして、 「お風呂の浴槽で2号ウンチを出す」という事件(ムスメ1号はやったことがないけど、ムスメ2号は何度もやってくれる)を経て、ねぇねのいない退屈な夜、19:00には眠りに落ち、私は一人ぼっちで長い夜を過ごす羽目に。
考えてみると、ムスメ2号を出産するために入院していた時以外に、夜眠る時にムスメ1号がいない、なんてことはなかったわけで。1号は、まあ泣いたりはせず、楽しい時間を満喫しているだろうと思いつつ、自由なような、寂しいような、一晩を過ごした。
翌日の15:00過ぎ、バスで幼稚園に帰ってきた子どもたちを出迎えた。
ムスメ1号は、むす〜っと仏頂面で、帰り際にちょっと言葉を交わした途端に、取り返しがつかないくらいの号泣をし出した。どんな言葉をかけても、とにかく泣き喚く。疲れたんだね、と声を掛けると「疲れてないっ 」とキレて泣いて私を叩き暴れる始末。ムスメ1号が、自分の体力の限界を超えると陥るパターンなので、母にはよくわかった。
本当の本当に、全身全霊でお泊り保育を楽しんで帰ってきたんだね。よかった、よかった。
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初スケート。

2012年01月22日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号が突然「スケートをやってみたい」と言い出したので、スケートリンクに行ってみた。
年末に膝の靭帯を痛めて以来かなり治癒してきたものの、まだ完全復帰ではないことを理由に、私は見学。もちろん「わたしこわいからやんない」という2号と共に(最近自分のことを「わたし」と言うようになってきた)。
相棒にがっつりしがみついて、生まれたての子鹿状態でブルブルとリンクを周回するムスメ1号。それでも、手すり付近で、自ら手を放して3mくらいシューッと滑ってしりもち、という自主練を数回頑張っていた。誰に強制されているでもないのに、しりもちとっても痛いだろうに、果敢に何度も繰り返す姿に、まったくスケートのできない私は尊敬の念を抱いたりして。
だけど、そんなに簡単に上達はしないから。「もういやだーーーーっっっ!!!」と泣き叫んで倒れこんで、終了。小一時間…も経ってないくらいだったかな。
いやいや、よく頑張りました。「やってみたいこと」をやることができてよかったね。
そして、これもすごいと思ったんだけど、あんなに痛い思いをして泣き叫んで終わったのに「でも、またいつか行くからね!」と再挑戦を誓っていたムスメ1号。がんばりやさんだなぁ。
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ムスメ2号の保育参観。

2012年01月19日 | かーちゃんの日々
今日、ムスメ2号の幼稚園の様子を初めて参観。
ムスメ1号の時は、1号が私の姿を見つけると、もうおかーさんのことが気になって気になって仕方なく、私のそばにまとわりついたり私を連れ回したりで、全然「参観」じゃなくて「参加」状態だったから、“ムスメ1号の幼稚園での姿”というのはこの3年ほとんど見られなかった。
しかし、2号は違った!まったく意に介さず!チラリとこっちを見て、おかーさんがいることは知っているけど、それがどうした、別に構うことはない、とフツーに自分のやりたいことをやりたいようにやっていた。お友達とあんなふうに関わるんだな、とか、ああやってやりたいことをやり通すんだな、こうやってお弁当を食べているんだな、というのを観察させてもらえて、なかなか面白かった。先生の話を聞いているようで肝心な時には忘れちゃう、とか、「おかたづけしましょう」という言葉にシラを切って遊び続ける、とか。家でやってることと変わりのない、裏表のない子であります。
そして、やはり私の存在に気づいたムスメ1号が、頻繁に私を呼びつけたり手を振ったりしてきて、相変わらず「自然な幼稚園での姿」を見ることはできなかった。対照的な姉妹ですこと。
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ムスメ1号、年長さんの冬休み。

2012年01月08日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号の幼稚園生活の残りも、「わ、残りが少なくなってきたぞ!」というくらいになってきた。3年間を共に過ごした仲間たち、ほとんどのお友達とバラバラになってそれぞれの小学校に通うことになる。ちなみに、ムスメ1号と同じ小学校に通う幼稚園の仲間は1号を含めて5人。この人数は単学級の小学校においてすごく珍しく、心強くてラッキーだ。
それはさておき、親しくしていたお友達とも、小学校が違えば母子共々今までのようにはお会いすることができなくなる。そんなの寂しいじゃないか〜!…というわけで、冬休みとは言え、毎日のように誰かしらお友達と約束を取り付けて、今日は我が家、明日は○○ちゃんのお家、とあちこちを渡り歩く毎日。母同士も子どもたち以上におしゃべりで盛り上がる。子どもたちは朝から夕暮れまで一緒に大はしゃぎで遊んでおきながら、帰り際には「もっと遊びたい!」ブーイング…
そして、年末年始には相棒の実家にて、もちつき大会に食い倒れ大会。お年玉に、おもちゃに、たくさんゲットしてぬくぬくのムスメたち。私の実家にも立ち寄って、年に何回も会えない貴重なイトコのみどりちゃん(ガンバレ高校受験生)と遊んでもらい。
楽しく充実したお休みとなりました。

まだみっちり遊んでいないお友達が何人もいるので、卒園までに頑張ってもっともっと遊ぶのだ。
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2011年のクリスマス。

2011年12月25日 | かーちゃんの日々
先日、お皿の絵付けの先生をしている幼稚園ママさんのところで、子どもたち向けにレッスンをしていただいた。クリスマスのごちそうを載せるべく頑張ってムスメ1号も2号も作り上げた。ケーキの飾り付けも、お手伝いしてくれた。

クリスマス当日を迎えるまでに、幼稚園のクリスマス、スイミング教室のクリスマス、バレエ教室のクリスマス、お友達とクリスマス、盛りだくさんのクリスマスパーティーに参加してきた。カジュアルなサンタさんもそこかしこに登場してくれて、信ぴょう性が薄れないかドキドキしてしまう。
さてさて。12月早々から、偶然手に入れた「おもちゃカタログ」をムスメたちは二人並んで熱心に眺めており、あれもこれもそれも欲しい!とワアワアはしゃいでいた。そして、ムスメ1号は「りかちゃんのぺっとしょっぷをください ふたつ」と、字の書けないムスメ2号の分のプレゼントのお願いまでサンタさんへの手紙に書いてくれていた。同じ内容のお手紙を数日書き続けていたので、サンタさんは“どうやらこれで決まりなんだ”と思い、プレゼントを準備。
そして、いよいよクリスマスが近づいてきた頃。テレビのCMもクリスマス商戦で様々な新しいおもちゃが流れまくる。そして「じゅえるぽっどくりすたるをください 2こ」と新しい手紙をサンタさんに書き始めるムスメ1号。え…サンタさん、困る。その新しい手紙は見なかったことにしよう。
そしてクリスマス・イヴの夜。ムスメ1号は幼稚園で先生から「子ども達にプレゼントを配るサンタさんに、お疲れ様のクッキーとミルクを置いておくと、サンタさんが喜んでくれるよ」というお話を聞き、実行。1号がトレイにクッキーとミルクを用意するのを手伝って、ふと見ると何やら手紙をトレイに添えようとしている。「サンタさんに、ここにクッキーがあるから食べてね、ってお手紙書いてるの」と1号。ふむふむ、そうか。それではおやすみなさい…とムスメ達が寝静まってからサンタさんがそのお手紙を見て青ざめる。改めてしっかりと「じゅえるぽっどくりすたる(スマホを模した“ジュエルペット”というキャラクターの玩具)をください」と念を押すように書いてあった。ぎゃあ。違う。用意したものと違う。サンタさん、ちょっと切ない気持ちになりながらクッキーとミルクを完食して、用意してあった違うプレゼントをクリスマスツリーの足元に置いて立ち去る。
クリスマスの朝、「クッキーとミルクがない!サンタさん来たんだ!」と叫ぶムスメ1号。プレゼントを2号と二人でビリビリと開封する…と。「うわあ!前から欲しかったやつだ!」…おお。そうか。良かった。無問題だった。さらに、前日たまたま遊びに行ったお友達のお家で、お友達が楽しそうに遊んでいたのでちょっと興味がわいたレゴの女の子用もプレゼントされた。「サンタさん、わたしたちのこと見てるんだ!昨日おともだちとレゴで遊んだこと知ってたんだ!」。
クリスマスの奇跡だね。
二人で取り合いをしながら、ぎゃあぎゃあと楽しく遊んでいる。よかったよかった。取り合わずに、仲良くやってちょうだい。
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降誕劇。

2011年12月15日 | かーちゃんの日々
キリスト教会附属幼稚園にとって、クリスマスは最大のイベント。おゆうぎ会の類がない代わりに、イエス様が生まれる話「降誕劇」があり、その中で年少組は歌、年中組は天地創造の一節をみんなで分割して暗唱し、年長組はお芝居をする。
去年のムスメ1号は「そして(かみさまは)いのちをたいせつにするようにと 言われました」を暗唱した。
今年のムスメ1号は、四人の博士(元の話では三人だけど、今回は諸事情により四人)の一人だった。
本当は天使の役をやりたかったムスメ1号だけど、あまり不平不満を言わずに、きっちり台詞を覚え、堂々とみんなに聞こえる声で役をこなしていた。舞台上で次の行動に詰まっているお友だちを頼もしく誘導しながら、自分の役をやり遂げた。年長さんみんな、それぞれに成長を遂げ、一年前には「こんなお芝居が果たしてできるようになるのかしら」と思っていた母たちの心配をよそに、立派な降誕劇に仕上がっていた。ミュージカル仕立てなので、台詞として個人が歌うところもあるけど、かなりの歌を年長さん全員が歌う。10曲はあるんじゃないかと思うその歌を、みんなが覚えて大きな声で歌っていることにも驚いた。
子ども達の三年間で一番のビッグイベントが終わった。ほっとしたけど、なんだか急に寂しくなった。もうすぐ、ムスメ1号の幼稚園時代がおわっちゃうんだなあ。

降誕劇の後は、みんなでケーキとお茶とクッキーをいただく祝会、外でろうそく形ペンライトを持ってキャロリング。これにはムスメ2号も参加。降誕劇の最中は別室で託児されていて、その間は絶好調で楽しく遊んでいた模様。ケーキとクッキーをガツガツ食べて、キャロリングではペンライトを完全にマイクと勘違いして、知っている讃美歌の時だけ私からペンライトを奪って歌っていた。
最後にサンタさんが登場して、園児たちに絵本のプレゼントをしてくれているのを見て、「もっちゃんも〜!もっちゃんも欲しい〜!!」と泣いて大暴れ。実は、2号の通うめばえ組でも、めばえ組だけでクリスマス会が行われるのだけど、その日が大きいおばあちゃんのお葬式となってしまい、2号はクリスマス会に出られなかった。本来ならその日に貰えたはずのプレゼントが園にあったので、急遽先生がそれを探し出してきてくれて、丸く収まった…まったくもう、この人がいると、しみじみと感慨に耽っている暇はなかった。
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3歳になったムスメ2号。

2011年12月12日 | かーちゃんの日々
ディズニーランドでムスメ2号の3歳の誕生日をお祝いをした。
実のところ、ムスメ2号がそれを望んでいたかというとビミョー。ディズニーランドではまだ「こわい、こわい!」と泣き叫ぶ場面が多々あるから。そこで、心優しいムスメ1号は「2号ちゃんのお誕生日はピューロランドにしようよ。おきんちゃん(*“キティちゃん”をムスメ2号はこう呼ぶ)だったら泣かないで楽しめるんじゃない?」と提案してくれた。しかし、心優しくない両親は、ピューロランドに支払う入場料と内容に納得がいかないので、入場料と内容に納得がいくディズニーランドに、ムスメたちをアリスのコスチュームで飾り、強行突破で連れて行くのであった。
当日、ピノキオやゼペットじいさん、プーさんにイーヨー、入場していきなり会えた。でも、ムスメ2号はまだディズニーランドに心を許しておらず、物陰に隠れて怯えるので、せっかくのグリーティングだったけど、ピノキオにがっかりされて終わる。鼓笛隊のクリスマス音楽のプレゼントにしばし手拍子をしながら耳を傾ける。そしてムスメ1号が大好きな 魅惑のチキルーム でムスメ2号は怯える。おいしいチキンをおやつに食べて、ムスメ2号はポップコーンのバター醤油を気に入る。ピーターパンに誘うがムスメ2号が泣いて嫌がるので、1号と私だけで入る。その間2号は相棒にアイスクリームを与えられてご機嫌。イッツアスモールワールドは無事に2号も入れた。アリスのティーパーティ は、相棒が派手に回転をかけてくれて、家族4人で目を回した。ランチのショータイムまでの待ち時間に、お土産その1としてマリーちゃんのカチューシャとアリスのカチューシャを買う。
そして一番のイベント、リロ&スティッチのルアウアンドファン。このショーはリロ、スティッチ、ミッキー、ミニー、チップ、デールが全員全てのテーブルにやって来てくれて一緒に写真が撮れる豪華なランチタイム。ムスメたちは食事が好みではなく殆ど食べないものの、フリードリンクと写真撮影にはしゃぐ。そして最後に子ども達はステージに上がって、みんなでフラを踊っちゃう。嫌がっていた2号も、1号と一緒に結局踊って楽しめた様子。新しいアトラクションの シンデレラ城 に入ると、ウォークスルーの内容に「これだけ?」と言い放つムスメ1号…ま、気持ちは分かる。私も二度は入らないかも。ミッキーのフィルハーマジックでは、最近めっきりハマっているライオンキングがチラッと出て大盛り上がり。シンデレラのカルーセル は、相棒と1号だけ乗って2号と私はポップコーンを黙々と食べ続ける。
さらにポップコーンのチョコレート味を追加購入しどんどん食べる2号を相棒の元に残し、私と1号は空飛ぶダンボに。マイコーさん(マイケル)好きのムスメ1号の希望で キャプテンEO を楽しむ。そしてピザを夕飯に食べて、エレクトリカルパレード をわりと良い位置で座って見ることができ、しめくくりにお土産その2、イヤーマッフルを二人分買って…終了〜!!!

さてさて。
1号はディズニーランドを満喫していたようだけど。2号の誕生祝い、果たして2号は楽しめていたのでしょうか?!楽しかった…よね?!

ちなみに、ムスメ2号のお誕生日プレゼントは、お人形用のバギー。ムスメ1号にも、「おねえちゃんになって3年、お疲れ様プレゼント」にラメ入りカラーペンと粘土をあげました。
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大きいおばあちゃん、天国へ。

2011年12月09日 | かーちゃんの日々
12月8日の朝、大きいおばあちゃん、ことムスメたちのひいおばあちゃんが亡くなった。88だった。
ムスメ1号は、大きいおばあちゃんが動いて話をするところを見て知っているけれど、ムスメ2号は物心ついた頃には寝たきりになっていたので、大きいおばあちゃんが何だったのか、きっと分からないだろう。
身内と近所の方々の、うちうちのお葬式。ムスメ1号は、静かにしっかりと参列していた。2号は、なぜか葬儀をしている部屋に入るのを泣いて拒み、隣接する台所で私と2人でいた。

私は4年前、病床の母を看病、介護することさえもろくにできないうちに、あっという間に看取ることになってしまった。この度、義母はさんざん介護をして、この半年間には何度か危篤という状態を迎えながら持ち直すということを繰り返していたので、母を亡くした瞬間の気持ちには違いがあるかもしれない。ただ、義母と私は、うんと年の差があるけど、「母を亡くした」という点で同じになった。義母は、しみじみと四年前のことに言及して「小さい子を抱えながら、あの時はよくやっていたと思うよ。本当に大変だったわねえ」と改めてねぎらってくれた。そのねぎらいは、義母にも捧げたい。
年末年始、ムスメ達がたくさん義母、おばあちゃんを慰めてくれますように。
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ムスメ2号語。

2011年12月07日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号は、ほとんど言い間違いをしなかったので、ムスメ2号の言い間違いは非常に貴重で愛らしい。
お祈りの言葉「アーメン」を「かーめ」と言っていたり。「食べ物」を「ぱべもの」と言っているので「食べる」も「ぱべる」。私の今一番のお気に入りは「へめれっと」。「ヘルメット」のこと。あまりにもカワイイので、しょっちゅうヘルメットを指差して「これ、何ていうんだっけ?」とわざとムスメ2号に質問し、「えーとね、えーとね。へめれっと!」と答えさせてはにんまりする悪い母です。
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その後の惨劇。のその後。

2011年12月02日 | かーちゃんの日々
お騒がせしている私の膝靭帯問題ですが。手術、入院とは大ごと…受診した病院にちょっと不信な点もあり、今度は大きな総合病院を再々受診。前回の病院でも撮ったけど、またまたレントゲン撮影。
すると…
「前十字靭帯のあたりを少し痛めているかもしれないけど、切れてはいない。しばらく痛みや違和感があるだろうけど、3週間もすれば治るでしょう」
とのこと。
ええええ?MRIまで撮るように言われて、手術だ入院だと言われたのに?!自然に痛みが引くのを待てばいいだけなの?!
二ヶ所の診断内容のあまりの落差になんだか混乱。でも、手術も入院も嫌なので、自然に治ってくれるには、そのほうがいいし。周囲から言われるほどの激痛を感じていないし、松葉杖がなくても歩けるし…確かに今回の診断の方が腑に落ちる。
と言うわけで。
「切れてなーーい!!」
様子見!です。お騒がせしました。
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お花あそび。

2011年12月01日 | かーちゃんの日々
私の大学時代のお友達がゆっきー先生として、小さな子どもたちとママさんとで参加できるフラワーアレンジメントのレッスンを出張開催してくれた。会場は私の家、ムスメ1号の幼稚園のお友達をよんで、みんなでクリスマスの飾りを作って盛り上がった。
“私の膝の靭帯、切れてるんじゃないのか”疑惑を抱きながら、の開催だったけど、無事にできてよかった。みんなもとっても喜んでくれたし、ゆっきー先生も同伴の娘ちゃんも楽しく過ごしてもらえたようで、忙しいながら心の和む良き時間が持てました。
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合同お誕生会と、その後の惨劇。

2011年11月30日 | かーちゃんの日々
11・12月生まれのムスメ1号の幼稚園のお友だち7人と、合同お誕生会を開いた。
天気が危ぶまれたけど、暖かい日差しに恵まれて、プレーパークで開催することができた。巨大ケーキに可愛いデコレーション、かまどで煮炊きしたコンソメスープと白玉ぜんざい。手作りクッキー、ひとくちケーキに熱いコーヒー紅茶。母が7人集まると、立派なイベントが立ち上がる。
美味しい食べ物たちを尻目に、私は食べられない物の準備担当。主役たちの気分を盛り上げるバースデークラウンを作成したり、参加してくれた皆さんへのプチギフトを用意したり。へへ。それぞれの母たちが得意分野でがんばりました、ということで。
ムスメ1号は、たくさんのお友だちにプレゼントをもらってウハウハ。更に、いつもはお手紙なんてくれない男の子たちからもカードやプレゼントをもらって、恥ずかしがりつつ大喜び。よかったねえ。
さてさて。イベントが一段落して、プレーパークで子どもたちは自由に遊び、大人たちはまったりと歓談しながらお茶をして過ごしていると、裸足で現れたムスメ2号。遊びまわってまっくろけ。靴を何処かに置いて来ちゃった…と言うので、探しに行くことにした。どこにあるのかなあ…と考えながら歩いていたら、突然私の足が動かなくなって倒れこんだ。足元の大きな凹みにに気づかず足をとられ激しく滑り尻もちをついて倒れていたのだった。
がーーーーん!!
あまりの痛さにしばし倒れたまま動けず。はじめは冗談で倒れていると思っていたママさんが手を貸してくれたのだけど、実は本気で倒れていて、しばらく立ち上がれなかった。
子どもたちをママ友に預け、あまり歩けない私を近くのママ友に車で整骨院に
はこんでもらった。ここでの診断は膝の捻挫。念のため紹介された整形外科を翌日受診して…
診察の結果は
右膝の前十字靭帯損傷!
手術!
入院!
マジで?!
子どもたち、どーすんの?!
きゃー!
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