ティタニアについてのブログ(評価・レビュー・口コミ・感想)

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2012/03/11更新

ベータ版で公開(ご意見募集中!)

ビクトリア女王 第8章 3 ー Lytton Strachey

リットン・ストレイチーの「ビクトリア女王」第8章後半の第3節は、いっぷう変わったお人だったようなディズレーリ氏の魅力について。魅力といっても、まあ彼女から見てのお話。彼女とは、畏れ多くもビクトリア女王、女王はこの人にスエズ運河も手に入れてもらい(?)、さらにはインドまでも・・・。で、インド女帝の名までかってに戴いてしまったようだ。おっと、そのまえにこのひとからは、妖精というニックネームまでちょうだいしていたのだった。よかったね、妖精女王さま。
さあて、雪が降って来た。Snowdrop・・・これも野の花なのだろうな。
>>>>>>>>(Queen Victoria by Lytton Strachey/(The Project Gutenberg EBook of Queen Victoria, by Lytton Stracheyよりのり坊訳。画像:wiki/Queen_Victoria、wiki_Gladstonewiki_Benjamin_DisraeliQUEEN VICTORIA: IMAGES OF HER WORLD etc.)
 
CHAPTER VIII. GLADSTONE AND LORD BEACONSFIELD
第8章グラッドストンとビーコンズフィールド卿
 

III
しかし彼女にはとても異なる運命が予約されていた。共和主義の爆発は、実に消える間際の最後の火花であった。改革法案以来順調に流れていたリベラルな潮は、グラッドストン氏の最初の政権で最高潮に達し、政権の終わりに向かって必然的な引き潮が始まる。跳ね返りが来たときは突然で完璧であった。1874年総選挙は政権の顔ぶれ全体を一新する。グラッドストン氏と自由党は退けられ、保守党は40年間以上経て初めて英国で疑う余地のない支配権を達成する。驚異に値する勝利はまずもって完ぺきなディズレーリのスキルと活力によるものであった。不満足をかこつ主人の怪しげな司令官としてではなくドラム叩きと旗振りによる征服の英雄として彼は政権に復帰する。征服の英雄としてビクトリアは新首相を歓迎した。


Benjamin_Disraeli_1878
そうして、興奮の魔法の、至福の栄光のロマンスの6年間がやってきた。今やついに、70歳にして異常な闘争の生涯の末に、少年時代の途方もない夢を現実にした人物は絶対的な完璧さで淑女君主の従僕かつ主人たる心持ちと自身を処す術を知る素晴らしい円熟を遂げていた。彼は女性の心の中を常に開いた本のように読めるようだ。すべての経歴は不思議な資質の上に照り返っている。しかも不思議なのはあるべきそのとおりに親密で気安くなれることだ。レディ・ビーコンズフィールドは砕け散った心酔、ブリッジズ-ウィリアムズ夫人は足かせと肥満と遺産によって、いなくなっていた。さらに驚くべき現象がそこにあった。彼は過去の達人の目をもって目前にするものを調べ一刻たりとも無駄にしない。
すべてのことを充分すぎるほどにわかっていた。ー 環境と性格が織りなす相互作用の複雑さ、個人の傲慢さが密接に混ざりあった立場の自尊心、有り余る感情というもの、外見の巧妙さ、頑固さ、みせかけや妙な気まぐれな気質で不釣り合いに撃ちだされる労多き体面、知性の一つの限界、神秘的にも全体であらゆる粒子を印象づけるに不可欠な女性の要素というもの。
冷静な表情に微笑を漂わせながらビクトリアに「妖精」とあだ名をつけた。この名前がいいね。この機知の曖昧さが心地よく女王への自分の思いを正しく言い当てるものだったから。グローリアナの優雅さを思い起こさせるスペンサーのほのめかしはとても喜ばしい。だがそれよりも多くのものが含まれていたのだった。魔法と神話の特性豊かな小柄な人物への暗示だ。ほとんど信じられないほど彼女のメークアップの仕上げが残っていること。であるから彼は心に決めた、妖精は自分のためだけに杖を振ってくれ。超然としているのは稀なる特質で、ほとんど誰にもないものでおそらく政治家にも。だがベテランのエゴイストさまには最高度にそれがある。行うべきことを知っているのみならず、すべきことをわかっているようだ。彼は舞台と同様聴衆の中にいてさらには鑑定家の豊かな趣きでもって受け入れた、楽しめる場のすべての表現、繊細なドラマのすべての場面、彼自身の至上のパフォーマンスの細部すべて、を。
笑顔は漂い消え去り、東洋風の厳粛と東洋の従順さでひれ伏し責務の上に身を置いた。妖精を手なづける適切なアプローチはグラッドストンのまさにアンチテーゼだと最初から分かっているし、しかもそのような流儀は彼の自然なものなのだ。公式に念入りに長口舌をふるい熱心に勧め詳説するなどは性分にあわない。友情と控えめな礼節で心中をほのめかすために、幸せな言い方で重い論点を縮めるために、仕事の道筋に沿って花々をまき散らすのが好みなのだ。個人的であらねば彼は何ものでもない。人柄が妖精の心を開く鍵だと認識している。したがってしばらくの間は決して個人的なトーンを失わないよう気をつけ、親しみ深い会話の魅力で国家のすべての業務を包み込むことにする。彼女は常に王家の淑女、敬慕し崇拝さるべき女主人なのだ。
ひとたび個人的な関係がしっかりと確立されるとすべての困難は消失した。むろん円滑に途切れずに良き関係を保つには細心の注意が必要だ。ベアリングはとても根気よく潤滑されねばならない。だがディズレーリには潤滑油の性質などの心配など不要だった。マシュー・アーノルドに言ったことがある「あなたは私がお世辞のうまいと言われるのを聞いたことがあるだろう。それは本当だ。誰もがお世辞が好き、とくに王権に近づくときにはそれをコテで塗り込めるべきだよ」
彼は自分が説いたように実践した。お世辞は絶え間なくとても厚塗りの壁で用いる。「ずっと陛下の親切な考えと思いを同じくすることができることでは、自分には名誉も報酬もいらない。自身のすべての思考や感情と義務との愛情は今、陛下に集中している。人生の残りの年月、陛下に奉仕する以外何も望まない。もしその奉仕が途切れても、最も興味深く魅力的だった人生の期間として記憶に生き続けるだろう。」彼女にはこう言った。「人生において、人は自らの思考のための神聖な保管庫を持たねばなりません。ビーコンズフィールド卿はこれまで君主陛下にそれを求めることを想定してきました。」彼女は彼のみの単独な支援者ではない、国家の一小道具である。彼は重大な政治危機の間に書く。「陛下が病気の場合は、彼自身も落ち込むことは確かです。すべて、実に、陛下に依存しております。」そして断言してみせる。「彼は陛下のためにのみ生きており陛下のためにのみ働き、陛下なしではすべてが失われます。」
彼女の誕生日に大げさな賛辞の手の込んだお菓子を作ってさしあげた。 「本日、ビーコンズフィールド卿は、帝国統治の強力な君主、帝国の広大、そして艦隊と軍隊の成功と強さについて、おそらく、適時に祝福すべきでしょう。しかし心は別の気分になっていて、そうすることができません。唯一考えることができますのは、彼は素晴らしいかたの下僕になっている運命の不思議、そのかたの無限の優しさその知性と意志の堅さと明るさが、彼をして、全く異なるだろう勤めの遂行を可能ならしめるのです。困難の時には魅力と刺激にまさる丁寧な同情によってすべてのことで彼を助けてくれることを。多くの国土と多くの心を治める君主の上に、全能のプロビデンスが賢人が望み有徳の士が値するすべての恵みをお与えくださることを!」この専門家の手によってコテは、ある高尚な石工の象徴の質、装飾的となり不敬に隠された真理のきらびやかな媒介物となっているようだ。
このような賛辞は心地よいことだったが、言葉での漠然としたままの領域にとどまっている。ディズレーリは甘言のなかに重要な確かさを与えようと決めた。ビクトリアの心にある生まれつきの高い地位による見識、これはアルバートの原理原則とストックマーの教えによって強化されていたのだが、これを意図的に常に励ました。そして政府の議会にて君主の指導的な立場を与えるという憲法の理論に信念をおくと装った。しかしこの問題での発言は不明瞭であった。「本来の玉座」であるべきだときっぱりと言い切るが、おそらく王座はじつに非現実的なものでその占有者はお追従者たちに従順ではないという精神上の付け加えにすぎない。だが言葉の曖昧さがあるにせよそれ自体でビクトリアへの刺激の追加になった。
巧みに女性と女王を困惑させながら個人的な敬意の行為を演じて、壮大なジェスチャーでもって彼女の足もとに英国の政府を投げかけたのだった。政権復帰後初の謁見の中で、「望むことはすべからくなされるべきです。」と確約した。複雑な奉拝規制法案が閣議で議論されていたときには妖精に告げる。「私の唯一の目的は、この問題に陛下のご意志を関わりなくすることです。」

スエズ運河に関する偉大なクーデターをやってのけたときには、彼は取引による唯一の受益者はビクトリアだとほのめかす。「うまくいきます。マダム、あなたのものです。・・・四百万英ポンド!それでほぼすぐに。できる唯一の会社があります、ロスチャイルド家。彼らは見事に振る舞う。低利で資金を提供し、カディフの関心はまったく現在陛下にあります、マダム。」スパイスの効いたほのめかしを抑えられない。政権の権限で書きながら、女王が下院の大多数に支持された大臣すら罷免する憲法上の権利を持っているなどと助言する。そうするように促しさえもした。これが彼女の意見であればと言いつつ、「陛下の政府は我儘から、あるいはかなり弱腰から、陛下をあざむいた。」グラッドストン氏の恐怖の前例から、女王に内閣業務の一般的な段取りに関して知らせただけでなく、個人的なメンバーとして議論に取り込まむことにする。先きの首相の息子でディズレーリの内閣の外相ダービー卿は、重大な不信でこれらの進展を見る。「彼女の個人的な力に過大な考えを奨励してしまうリスクはないのか、大衆が期待するものとあまりにかけ離れることはあるまいか?私は尋ねますが、あなたが判断することであります。」
ビクトリアのほうでは一つの良心の呵責もなしにすべてのもの、賛辞、お世辞、エリザベス朝の特権を受け入れる。夫との別れの長い暗がりの後に、グラドストーンの規律の寒さの後に、彼女は太陽の花のようなディズレーリの献身の光線を浴びたのだった。状態の変化は確かに奇跡だ。業務の複雑な細部にわたるパズルに時間を取られることももはやない、いまやディズレーリ氏に説明を求めれば最も簡潔に、とても面白く、そんな方法で答えを与えてくれるだろう。もはや新しい出来事に驚かされる心配はない。もはや、ハイカラーの畏敬の念に満ちた紳士によって自分自身が治ったと知ることもなかろう。あたかもギリシャの難解な知識による体現例であるかのように。彼女の救世主は確かに人間として最も魅力的であった。ナポレオン三世が彼女を無意識のうちに魅了したいかさまの奮闘はディズレーリの場合で同じ魅惑的な影響をもたらした。
日常退屈な節酒で過ごしている下戸と同じように彼女の洗練とはほど遠い知性は、独特の熱意と彼のロココ風誘惑を一気飲みして、うっとりと酔いつぶれてしまったのだ。彼に言われたことすべてを信じて、アルバートの死に続く暗い時期を通して滑り落ちていた自信を完全に取り戻す。新たな高揚感で膨れ上がった。彼が彼女の前ですばらしい東洋への計画を魔法にかけているあいだ、唯一ぼんやりと夢見ていた帝国の壮大さに目がくらんだ。説得力の影響を受けてまさに態度が変わった。短身肥満の姿、黒いベルベットのその襞、モスリン吹流し、猪首に重い真珠は、ほとんどまわりの空気を威嚇する。表情からは若い頃の魅力はとうの昔に消えてしまって、まだ年齢による和らぎもなく悲しみと失望と不満の痕跡はまだ見えていたが、それらは有無を言わせぬ傲慢の鋭利な外観と重ね合わせられている。唯一ディズレーリ氏が現われたときには瞬時に、こわい顔が笑顔に変った。
彼のためには何でもしよう。激励にこたえて彼女は隠遁生活から出てくるようになった。不充分ながらも病院やコンサート、議会の開院式にとロンドンに現われ、オルダーショットで部隊の観閲と勲章の授与にあたった。だがまだ一般への好意の兆しは私的な関心ごとに比べれば些細だった。謁見時の彼の振る舞いの間、彼女はほとんど興奮と喜びを抑えることができない。 
ある時友人あての手紙に書く。「本当に彼女が私を受け入れようとしていると思っていると伝えられればそれでいい。笑顔でリースを造ったようになって、おしゃべりし、鳥のように部屋中を飛ぶのだ。」事実彼女は、彼が来ないと絶えず彼のことを話しつづけ、健康への心遣いからいつもとちがう心底からの書き付けをした。ディズレーリはレディ・ブラッドフォードに告げる。「ちょうどオズボーンから着いたばかりのジョン・マナーが言ってるよ。妖精は誰か一人のことだけしか話さない、それが彼女のプリモだと言うんだ。彼によれば、政府が私の健康を内閣の問題にすべきだというのが優雅なご意見だったというよ。親愛なるジョンは彼女が言ったことにかなり驚いたようだね。だけどあなたはこれらの沸騰には慣れっこでしょう。」
彼女はしばしばプレゼントを送ってよこした。いつもクリスマスの日にはウィンザーから挿絵入りのアルバムが送られて来る。最も大切な贈り物はオズボーンの森の中で彼女自身とレディたちによって収集された春の花束で、暖かさと優しさの感情が込められてあった。これらの中で彼のお気に入りは桜草で、「春の使者、自然の珠玉と宝石」だと言ったものだ。「たくましく見えるからとくに桜草が大好きなのです。オズボーンの牧神ファウヌスと木の妖精ドリュアスからの贈り物のように思えます。陛下の王笏が魅惑の島に触れていることを示しているようです。」花をどちら側のボールにも山と積んだディナーの席に座りゲストたちに言う。「すべて今朝オズボーンから女王が送ってくださったものです。私の大好きな花をご存知なのです。」
Prolećno_cveće

時間が経つにつれ、妖精の隷属状態はますます明らかになって来て、彼の公言も着実でより高度に、誇張され気後れもないものになっていった。とうとう彼は甘言のなかにほぼ自ら認めるロマンチックな敬愛の極みを注入してみようとした。バロック風渦巻きのような言い回しで彼の心のメッセージを示唆する。「業務の圧力はたいへんに彼を消耗させ,疲労させてきており手紙を書く時間にすら、彼の考えや事実をもったいなくもお考えいただける最も愛され輝かしいかたに伝えるに適切なほど精神が明瞭にならず。ペンを握る活力すらないほどです。」
桜草が送られて来たのでその返信に「まことにもって、彼が敬慕する君主からこのようなときに到来するこの花は"ルビーより貴重な"ものであります。」雪の花を送ってもらった時には彼の感情は詩的なまでに溢れ出てしまう。 「昨晩、ホワイトガーデンに王家の表題のある繊細なケースが届きました。それを彼が開けたとき最初に考えたことは、陛下が慈悲深くも第一番目に指す星の上に彼を置いてこれを贈ってくだされたということでした。」確かに彼はあまりにも優雅な幻想をいだき深く感激している。多くの星とリボンで飾られた花束をもらい心にいくつかの雪の花を置いてみると、彼自身も親切な女王に飾られていると言いたくなる誘惑に勝てなかった。

Snowdrops

そして深夜、すべての魔法かもしれないことが起こった。多分、それは妖精の贈り物だが、別の君主から来たのだ。穏やかな海に取り囲まれた島でティタニア女王が宮廷で花を集め、そして魔法の花房を送って来て、人が言うには、受け取った者はこちらに顔を向けよ。
妖精の贈り物!彼は言葉に書いたように微笑むだろうか?おそらくは。だがまたそれは彼の熱烈な宣言は概して誠意がないという結果に向かって疾走するだろう。俳優と観客の両方とも、2つの性格が奇妙な作品のなかでこうも密接に不可分一体なのだから、どちらが他よりも純粋ではないと言うことはできない。ひとつあげれば彼は冷たく妖精の知的能力を評価して多少の驚きを持って記す。「彼女はときに、最も興味深く、面白い。」しかし皮肉な厳粛さでもって塗り込める小手を使い続ける一方、相手とともに王室の昔ながらの鎧に圧倒され、彼自身奇妙な上昇感とともにスリルを味わい、王冠と権力と騎士道の愛の華麗な空想に身を置く。
ビクトリアにこう言う。「どこかロマンチックで想像力をかきたてられる人生のあいだでも、これほどに興奮し活気づけられるかたとの公的な交流が興味深々と起きたことはかつてありませんでした。」彼は結局熱心ではないのだろうか?彼は宮廷についてある女性あてに書いている。「私は女王を愛している。おそらくこの世界で唯一、私が愛を捧げる人だ。」彼は憂鬱とスパンコールに満ちてアラビアンナイトの外に魔法をかけられた宮殿を創造しているのではないか、実際に信じて?ビクトリアの心の状態ははるかに単純なものだ。想像力豊かなあこがれで問題も起こさず感情と空想が混じる精神の漠然とした領域でも自分を失わなかった。感情は強さと誇張のよって日常生活の普通の質感を保っている。表現は同じようにごく普通のものだということだ。首相への公式な手紙の最後に記す。「親愛を込めて V. R. and I.」このような句にみられる感情の深いリアリティはそのままマニフェストである。 妖精の足はしっかりと地上に立っている。空中に漂うのは策略を労する皮肉屋のほうだった。
Queen Victoria by Angeli, 1875


彼がは教えた課題を彼女は驚くべき速さで学んだ。第二のグローリア、彼はそう呼ぶのだろうか?それは結構、そうして賛辞に値することを示すだろう。不穏な情勢がすぐに続いた。1874年5月、ロシア皇帝は娘がちょうどビクトリアの次男、エディンバラ公と結婚したためロンドンにいた。不幸な行き違いによって彼の出発は高貴な女主人が以前からバルモラルに行くことに決めていた日の二日後に設定されていた。女王陛下は計画を変更を拒否する。皇帝は必ずや不快にされること、さらには最も深刻な影響が続く可能性があることを指摘する。ダービー卿は抗議し、インド担当大臣ソールズベリー卿はたいへんに狼狽した。妖精は関知しない、18日にバルモラルに行くことに決めていて18日がくれば行くだけだ。とうとうディズレーリはすべての影響力を行使しあと二日間だけロンドンに滞在してくれるよう誘導した。「私の頭がまだ肩の上に残っている」彼はレディ・ブラッドフォードに語ったものだった。 「偉大な女性は完全に出発を延期した!誰もが失敗しプリンスオブウェールズさえも・・・私は間違いなく嫌われよう。どうしようもない。ソールズベリーは私はアフガン戦争を救ったという、ダービーは私の他の追随を許さない勝利を褒めてくれる。」
ずいぶん前になるが別の問題では勝利は妖精のほうにあった。突然新しい帝国主義に向かって方向転換していたディズレーリは、英国の女王がインド女帝となるはずの提案を放置していた。ビクトリアはどん欲にアイデアに飛びつく。そして時宜にかなおうがかなうまいが首相に提案を実践に移すようにと圧力をかけてきて彼は躊躇したが彼女はくじけない。1876年になって彼自身と内閣の無気力にもかかわらず、帝国の名称を変える法案で議会の嵐のような紛糾に輪をかけることを余儀なくされる。彼のコンプライアンスはしかし最終的に妖精の心を征服する。多数派は両議院で怒りの攻撃を受けたがビクトリアはディズレーリがそれを守った不屈のエネルギーに深く感動した。彼女によれば、彼にかけた「心配と迷惑」の悲しみにあって、それが原因を恐れ借りを造った「親切で善良で思慮深い友人」のことは決して忘れないという。同時に彼女の雷は野党側に落ちた。彼らの行動は、「並外れて理解できず、それと誤解」であると言明し、これまでとは矛盾する強調文で抗議した「自分はそれが女王の意志だと一般に知られているなら喜んでいるだろう。なのに人々はそれが強要されていると思っているのだ!」事案が成功裡に終わったとき、帝国の勝利がふさわしく祝われた。デリー宣言の日に、新ビーコンズフィールド伯爵は、新インド女帝のディナーにウィンザーに行った。その夜妖精は、通常は家庭的な服装なのに、彼女が君臨するラジャの王子から贈呈された巨大なノーカット宝石のきらびやかな盛装で登場する。食事の最後に首相はエチケットを突き破って花の演説で女王、女帝の健康を祝した。大胆さは好評で、彼のスピーチは笑顔の礼儀で報われた。


これらは重要なエピソードだった。しかし翌年ビーコンズフィールドの人生の最高の危機の中に、ビクトリアの気性がさらに重大に現れてくる。彼が押し進める帝国主義、英国力と威信を拡大したいという願望、彼の主張する「気鋭の外交政策」は、ロシアとの衝突につながって来ていた。険悪な東方問題が間近に迫り、ロシアとトルコの間で戦争が勃発したとき事態の重大さは極端なことになった。首相の施政方針は困難と危険に満ちている。まったくまずそうな英露戦争の含みを理解しながらも、まだ彼は他の方法で収拾出来ればそのような事態に直面することもなくロシアは現実的にまだ破裂の少ないほうを望むと信じている。十分な大胆さと如才なさでゲームを演じた場合ポイントに来れば彼女は衝撃なしで必要なすべてをもたらしてくれよう。
だが彼が選別していた道筋は運任せで異常な度胸が必要、一つでもつまずけば彼自身か英国が破滅に引き込まれるかもしれないことは明らかだった。彼の神経で欠けていることはない。高い確信をもって外交の卵ダンスを始めたものの、ロシア政府と自由党とグラッドストン氏のほかに数えてみるとさらに二つの危険な厄介があることがわかった。最初の場所には戦争のリスクを犯すには不本意な外相のダービー卿に率いられた閣内の強い一派がいたが、しかし彼の極度の不確定要因はじつに妖精にあったのだ。
最初から、彼女の態度は断固としていた。クリミア戦争によって引き起こされたロシアへの昔からの憎悪は再び高まる。アルバートの古くからの敵意を思い出し自身の偉大さのうずきを感じ情熱的な心で混乱に身を投じたのだ。野党への憤り、トルコとの争いでのロシア側に同情しようとする誰にでも、こうして彼女の憤りは倍加する。ロンドンで開催された反トルコ集会、これはウェストミンスター公とシャフツベリー卿が主宰しグラッドストン氏や他の著名な急進者たちが参加したが、それを知って叫んだ。「検事総長はこれらの人間を拘引すべきだ。憲法にかなわないことです。」彼女の人生で寝室女官の危機でさえこれほどの猛烈な抵抗を示したことはない。不快感は急進派に向けられたものではない。後戻り保守派は平等に威力を感じた。ビーコンズフィールズ卿さえもが不満である。
女王は彼の政策の微妙な複雑さを理解することはできず常に積極的なアクションを要求した。善き態度など弱気と見なし、犬喧嘩の戦争に巻き込まれる転機にそなえよと。状況が進展するにつれて不安は熱っぽくなった。 「女王はとても不安に感じている。猶予が遅すぎないこと、永遠に我々の威信が失われること!夜となく昼となく心配です。」 ビーコンズフィールドはレディブラッドフォードに言った。「妖精は、毎日手紙をよこし、毎時間電報をよこす。ほぼ文字通りのケースだ。」彼女はロシア人を声高く非難する。 「そして言葉、ロシア人の私達に対する侮辱的な言葉!それは女王の血を煮えくりかえさせる!」少し後で書いた。「ああ、女王が男だったなら、行くわよ、そして信用出来ない言葉を吐く彼らを打ち砕く!それが終わるまで我々は決して友人になるまい。こう女王は堅く思う。」


不幸な首相、一方でビクトリアに強硬に促され、かたや積極的介入のいかなる方針にも基本的に反対する外相に対処しなければならなかった。女王とダービー卿の間に、彼は嫌がらせの道順をもうける。女王の信書でダービー卿を刺激し、ダービー卿の意見を否認して女王をなだめる、相互への働きかけでかすかな満足を得るのだ。ある機会に実際、ビクトリアの要求で同僚を攻撃する手紙を書き女王陛下が速やかに署名したものを変更することなく外相に送信した。だがこのようなしかけは一時的な救済にすぎず、すぐにビクトリアの武道的情熱はダービー卿に対する敵意の横道などではないことが明らかになってしまう。ロシアに対する敵意はもともと彼女が望み持とうとし持たねばならぬものなのだ。

今や節度など残骸として脇に放り出し常にない威嚇の連続で友人を攻撃し始める。一度や二度でもなくかなりに、彼女は彼の頭上に退位は差し迫っているとの恐るべき脅威を掲げてやった。ビーコンズフィールドに書き送る。「英国がロシアの足元に接吻をすることになれば、私は英国の屈辱の当事者であろうと思わないし王冠を下に置くでしょう。」そして首相も同感なら内閣に彼女の言葉を繰り返すことを付け加えた。 「この遅延、海外で威信と地位を失ってしまうこの不確実性、ロシアがコンスタンチノープルに向けて前進しそこに達するまでにもう時間はない!そうして政府は恐ろしく非難され、女王は屈辱のあまりすぐに退位するだろうと考えている。大胆に!」そして改めて、「彼女は感じている、前にも言ったように、彼女は国の君主を、この世に存在するすべての自由と文明の遅延剤たる野蛮人の足下に伏し接吻をする立場に置くことは出来ない。」
ロシアがコンスタンチノープル郊外に進出したときは戦争を要求する一日に3通もの燃えるような手紙を送りつけた。だが内閣がガリポリへの艦隊派遣のみを決めたと知るや言い放った。「彼女の最初の衝撃は、この国の位置が今のままに留まるなら保持するに全く満足できないイバラの王冠を下に置くということです。」ビーコンズフィールド宛のこのような信書のかく乱効果は容易に想像できる。これはもはや妖精ではなかった。彼が軽率にも彼女の瓶から呼んでしまった精霊であり、今や天空の力を示すつもりでいる。一度ならず当惑し意気消沈し病気によって粉々にされ、彼はゲームから完全に撤退する考えに到った。苦笑して、彼を妨げたたった一つのことをレディ・ブラッドフォードに語った。「私が辞任したとして司令部に起きる場面を見てみたいものだ。私はすぐにでもそうするよ。」

彼は最後には勝利に抜け出た。女王は心が柔らいだ。ダービー卿は更迭されソールズベリー卿に代わった。デラルテ・ジュードのベルリン会議は思い通りに運ぶ。彼は勝利とともに英国に帰国し、確信し喜んだ。ビクトリアがこれまでとはちがって、ほんのすぐさま「ヨーロッパの絶対権力者」になることを。
ところがすぐに予想外の逆転劇があった。1880年の総選挙で保守党の積極策への不信とグラッドストン氏の演説に引きずられ、国は自由党に権力を返したのだ。ビクトリアは恐怖にとらわれたが、一年とたたずにほとんど適合する。
壮大なロマンスは終わりに来ていた。ビーコンズフィールド卿は、年齢や病気で消耗していたがそれでも活動的で、勤勉なミイラはディナパーティーからディナパーティへと動き回っていたがそれも突然にとまってしまった。彼女は最後が避けられないことを知ったとき、悲しい直観で心を痛め、密やかな優しさをもって彼のそばにいた。王たる身分も投げ出し女性としてそれ以外の何ものでもなく。 
いじらしい純真さで書き送る。「オズボーンの桜草を送ります。今週すこしお邪魔します。でもほんとうに静かになさっていてくれたほうがよいと思います、お話もあまりせずとも。よくなられることを、お医者様の言うことをよく聴いて。」会うつもりなのだ、「オズボーンから戻ってくるのに、長くはかからないでしょう。みなが、あなたがよくないのでたいへん落ち込んでいます。・・・変わらぬ親愛を込めてaff'ly V.R.I.」
王室の手紙が届いたとき風変わりな老コメディアンは死の床に横たわっていたが、それを手に戴き深く考え込んでいるように見えた。そしてささやいた、「これは枢密院で私のために読みあげられるべきだな。」
(第8章終わり)
 

norilino1045さん

10月18日(火)のつぶやき

06:40 from web
期せずして寝坊した。だんなさまひっぱたきたい。
06:40 from web
人はそれを八つ当たりという。
06:41 from web
私の体温が高いからということでだんなさまがくっついてくるのは構わないのだけど、私の布団に潜り込むのはやめてほしい。自分のタオルケットまとったうえでくっついてきてくれないかなあ。無茶かな。
06:41 from web
っていうかさすがにタオルケットはやめよう。そろそろ毛布出すかな。んー、でも毛布は暑すぎる?どうしようか。
06:42 from web
おいでよどうぶつの森。どんぐり祭りでうっかり虫食いどんぐり渡して、100個以上渡した実績がゼロになったので、腹いせに虫食いどんぐりを12個ぐらい渡した上で、冬に日時変更してやった。後悔はしていない。
06:42 from web
ということで現在は雪景色を楽しんでおります。
06:43 from web
んー。昨日きつくて早く寝ちゃったせいかもだけど、トリスタやりたいなー。
06:58 from web
だんなさまが、私に無相談で仕事のこととか勝手に決めてくるのが悲しい。
06:59 from web
まだ結婚してないけれど、結婚するのは確実なんだから、そういうことはもっと話してくれてもいい。どんな仕事に就くのかは、私の人生だって左右するんだから。大体、勝手に地元の就職先試験を受けているけど、それに受かったら、私は仕事を辞めないといけないというのに。
07:00 from web
別に女に生まれた以上、仕事を辞めるのは別段回避しようとも思わないしあきらめもつくけど、だけど、相談無しに決められただんなさまの就職先のせいで仕事を諦めざるを得ないのは腹立つ。
07:00 from web
いっそ別れようかと思うほど。まあ、遥か昔に仕事より恋愛を取ると決めたから、そんな馬鹿なことはしないけれど。
07:01 from web
結局好きな仕事に就けたのが間違いなのかも知れない。安月給で困窮しているけれど、やっぱり仕事が好きだもの。ただ、あのまま食ってはいけないというか、ひとりだちは出来ないような収入だから、いずれ追い詰められるんだろうけど。
08:12 from web
なんか昨日ぐらいから寒い気がする。帰ったらほかほか仕様の絨毯になってたら幸せだけど、望み過ぎかなー。
08:13 from web
ただいま京いもを原価販売中。あ、コロフゼムは投げた。#colopl
19:37 from web (Re: @aoboshisen)
@aoboshisen うちの殴り魔は、ジュ様を倒したときには150レベルを超えていた気がします。
19:39 from web
ごんぎつねの作者って新見南吉かー。
19:42 from web
@Sheep_Amalu ポチの葉
19:43 from web
ホワイトスープって自力で作ったことない。
20:42 from web
だんなさまが「かもかて」と「Ruina」の話をしてきたので、迷わず「Ruina」をオススメしといた。
20:42 from web
「かもかて」こと「冠を持つ神の手」も好きで、リリアノ女王陛下がかっこよすぎるんですが。でもあれややこしいし、Ruinaの方がとっつきやすいと思う。
20:43 from web
Ruinaでは、神殿に拾われた孤児ルートで、顔2の女主人公にティタニアって名前をつけるのが好きです。ティタニアってのはティタスの女性系(だと勝手に思ってる)。
20:44 from web
Ruinaのキャラだったら、メロダークさん好きだー。あと、古の帝都にいるユリアも好き。デザイン素敵ー。
by misano414 on Twitter

misano414さん

1947年の「運命」録音

写真左は、ティタニア・パラスト (映画館) でのフルヴェン復帰コンサートに集まる聴衆。
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フルヴェン BPO の「運命」(DG 1947年ティタニア・パラストでのライヴ録音※1) を聴いた。出だしはレガートではなく、少しつっかえ気味に「ダ、ダ、ダ、ダーン」という感じの演奏だ。これは、フルトヴェングラーの戦後初めてのベルリン・フィル復帰公演だそうで、並々ならぬ緊迫感が伝わってくる。4楽章コーダもつっかえ気味かと予想していたら、これも裏切られ、一気に終わってしまうという演奏で、早い。しかし全楽章の時間は 33分で、並みの長さになる。

全曲通して聴くほうも気を抜けない演奏というのは、こういうのをいうのだろう。演奏現場会場にいた聴衆は幸運だった?いや戦後の混乱の窮乏生活の中で、(当然演奏する側の団員やフルヴェンも含めて) 食料どころか演奏にも飢えていたベルリン市民が殆どだったろうから 、現在の我々の状況とは随分違う精神状態にあったはずだ。それは我々の想像を越えたところにあったとしかいえないから、何ともいいようがない。

この演奏でまずびっくりしたのは、そんなに悪い録音ではないということ。もちろん最上の音質ではないが、最悪でもない。超鮮明でもないがノイズも殆ど聞こえない。ステレオ録音機器開発前の録音だから、当然モノーラルだが、そんなことは全く気にならないくらい素晴らしい演奏だ。

Kenichi Yamagishi 氏のサイトには、この演奏ライヴ録音について詳細に書いたものが載っている (後述)。

何年も前に購入したフルヴェン・バイロイト祝祭管の「合唱」(EMI 1955年ライヴ録音) は、テンポが滅茶苦茶に変わる演奏で、これはいただけなかった。だから、私は世評で評価の高いフルヴェンものはこれまで避けて聴かないようにしていたが、この「運命」に出会ってびっくりし、感激した。
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同年録音のカラヤン VPO の「合唱」(EMI 1947年ウィーン楽友協会大ホール※2) も聴いた。これは SP 盤の復刻と書いてあるが、これも意外に聴き易い。もちろん極上ではない、そこそこの音質。

※1も※2もオリジナル録音はそんなにいい状態ではなかっただろうと推測するが、レコード・CD 会社のエンジニア達は、それをデジタルで編集してテープノイズやスクラッチノイズなどの雑音を消し、聴き易い音質に仕上げている。どこをどうやってかは分からないが、このエンジニア達の努力には感謝するのみですね。想像するに、デジタル変換したデータの波形から1秒刻みか 0.1秒刻みかは不明だが綺麗なサイン波から外れた部分を手作業で消したのだろう__膨大な手間ひまがかかったはずだ。
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併せて※追加1の本を読んだが、関連本からカラヤン/フルヴェン/チェリビダッケという戦中戦後の BPO に絡む3指揮者の言動をよくもこんなにもかき集め、その時々の彼らの感情を推測しながら物語風に仕上げた著者の創作の腕前には感心してしまう。発言は全て公になっているものだから推測ではないが、心に去来した感情は推測でうまくアテハメている。面白かったのは、若いカラヤンを排除する フルヴェンの “猜疑心と優柔不断” な性格。名指揮者も音楽以外はタダの人。

そこで、「運命」のカラヤン BPO 映像版 (DG 1972〜73年収録) を久しぶりに見てみた。実に壮大、正確無比、自分たちは世界最高の演奏をしているんだという余裕が感じられ、自信がみなぎる最上級の演奏だった。これもいい演奏で、これ以上いうことはない__といいながら、あえて注文を付けるならナルシストカラヤンの映像が出過ぎに対し、楽員の映像が少ない。演奏録音と映像は別撮りの “腕パク” だが、そういわれなければ全く分からない。
……………………………………………………
先日聴いた生演奏の某大学管弦楽団の「運命」とは当然雲泥の差で、この BPO レベルに到達するには百年くらいかかりそうだった。

1807〜08年に作曲された「運命」が誕生して 200年余り。未だにこの曲のような全編が緊迫して終始する交響曲は創造されていないのではないだろうか?フルヴェン BPO の1947年ライヴ録音を初めて聴いて、改めてベートーヴェンの偉大さを再認識する思いがした。
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後日追加__5日 (日) 日経に、フルヴェン RIAS 録音選集 LP-BOX なる広告が載っていて、良く読むと同じ復帰公演の5月25日ライヴ録音を発売する (株日本音声保存) とあり、09年 Audite レーベルから発売されたものと記述もあり、原盤の権利がどうなってるのか分からなくなってきた。

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「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川右介著/幻冬舎2007年発行) から _ ※追加1へ

Kenichi Yamagishi’s Web Site / Classical Music 〜 運命モノラル録音から (http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven5-m.htm) … (※追加2へ)

ウィキペディアから__交響曲第5番ハ短調 作品67 は、… (※追加3へ)
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以上


※追加1_ 5月25日、ティタニア・パラストは開演前から異常な熱気に包まれていた。切符を正規のルートで買えた幸運な人、ダフ屋に法外な金額を払って入手した裕福な人、家具を手放してでも聴きたいと思った熱狂的な人 … 2000人の観客は、その時を待った。

オーケストラがステージに揃い、その瞬間がやってきた。長身のフルトヴェングラーを、オーケストラの団員は起立して迎えた。観客は総立ちとなった。拍手、歓声、まだ一音も発せられていないのに、まるで世紀の名演を聞いた後のようだった。演奏前がこうなのだから、終演後の拍手喝采はもっと凄まじいものとなった。終わった後の観客の熱狂ぶりは凄まじく、永遠にこのホールから帰らないのではないかと思えるほど長く、15分以上にわたり拍手が続き、指揮者は16回、指揮台に呼び出された。

同じプログラムで、翌26日も、そして27日、29日とフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルのコンサートは開かれた。
……………………………………………………
※追加2_ 1947年5月27日、歴史的復帰演奏会3日目のライヴ録音。同日の「エグモント」序曲とカップリング。あらゆるクラシック音楽の CD の中でもっとも感動的な1枚といえよう。

この歴史的復帰演奏会の3日目の場所は、従来は「ティタニア・パラスト」となっており CD にもそのように記載されている。しかし、近年の研究により、27日の演奏会は「ベルリンのイギリス占領地区にあるソ連管轄の放送局」に聴衆を入れてのライヴ録音と訂正された。これはマズーレンアレーにあった戦前の帝国放送局のことである。

私は学生時代に朝の FM 放送でこの演奏を聴いて以来、フルトヴェングラーにどっぷりハマり、その音源である MG-6006 という番号の LP を購入した。大学卒業後まもなく、「レコ芸」の企画での「名盤コレクション 蘇る巨匠たち」シリーズ第1弾 ORG-1001 として初 CD 化されたのを通販で入手した。その後、正規国内盤として OIBP 化もされた (POCG 3788)。これには序曲の他に、52年の「大フーガ」も収録されている。

またヴィンテージ・コレクションの紙ジャケット盤では、初期海外盤 LP (18 724) のジャケット・デザインを復刻している (POCG90445)。

にもかかわらず外盤での CD 化は、2003年の eloquence シリーズ 474 728-2 の発売まで全くなされていなかった。この盤は、同日の「エグモント」は入っておらず、かわりに53年のシュナイダーハンとのヴァイオリン協奏曲がカップリングされている。

しかし!2004年に宇野功芳氏編集の学研ムック「フルトヴェングラー没後50周年記念」において、平林直哉氏が次のような指摘をされているのを読んで愕然とした__(OIBP リマスター盤は) 第1楽章22小節 (第1主題提示部の中間部印象的な第1ヴァイオリンのみのフェルマータの後のフルトヴェングラー・パウゼのところ) のノイズをカットしてしまい、一瞬ではあるが間合いが短くなり、前につんのめるようになっている。

うーむ、気がつかなかった。「2004年8月に再発された UCCG3696 はそのカットもなく音質も良いのでおすすめできる」とも書かれていたので、それを入手。没後50年記念の国内盤フルトヴェングラー・エディションである。

そこで3つを聞き比べてみた。なるほど確かに UCCG3696 ではフルトヴェングラー・パウゼのところで残響と客席のノイズがちゃんと残っているが、OIBP 盤ではそこが無音状態になっている。外盤 eloquence シリーズ 474 728-2 でも同じような処理がなされているようだ。ただ、間合い (=パウゼの時間) が短くなっているかどうかは計測できない。

ノイズとともに残響成分もカットして無音になってしまった結果、聴いていて息がつまった感じになるだけかもしれない。

もちろんこの違いは、指摘されて注意深く聴いて初めてわかる程度のものであり、素人にはあまり問題はなかろう。全体の音質としては、OIBP 盤や eloquence 盤のほうが、全体的に抜けがよく聴きやすい音質だと私は思う。それにしても、こんなことなら「名盤コレクション第1弾 ORG-1001」をずっと持っているんだったなぃ

2011年フルトヴェングラー生誕125周年ということでシングルレイヤーの SACD も発売された。同日の「エグモント」序曲と52年の「大フーガ」とのカップリングである (UCGG 9016)。
……………………………………………………
※追加3_ 交響曲第5番ハ短調 作品67 は、「暗から明へ」という構成をとり、激しい葛藤を描いた第1楽章から瞑想的な第2楽章、第3楽章の不気味なスケルツォを経て、第4楽章で歓喜が解き放たれるような曲想上の構成をとっている。

第1楽章 Allegro con brio ハ短調 2/4拍子
「ダダダダーン」という有名な動機に始まる。これは、この後何度も用いられる重要な動機である。この「ダダダダーン」という音は最後の最後まで出てきており、打楽器の音はこの音でほとんど構成されている。

ここは演奏家の解釈が非常に分かれる部分である。ゆっくりと強調しながら演奏する指揮者もいれば、Allegro con brio (速く活発に) という言葉に従ってこの楽章の基本となるテンポとほぼ同じ速さで演奏する指揮者もいる。往年の大指揮者には前者の立場が多く、この演奏スタイルがいわゆる「ダダダダーン」のイメージを形成したと考えられる。しかし近年では作曲当時の演奏スタイルを尊重する立場から後者がより好まれる傾向にある。ハインリヒ・シェンカーによると、この8音は全体でひとつの属和音のような機能を果たしており、最後のD音に最も重点があるとされている。
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以上

ludwigvb2007さん

アテネ到着


地下鉄の駅シンタクマの前は国会議事堂

最近ギリシャ危機でアテネのデモ風景がよく報道される。いかにも騒然としてい
るが、実際はそうでもないのんびりしたものであった。
6/19日のことであるが、我々もデモの真っ只中に遭遇した。

アテネ空港到着は6時30分。まだ日は高い。タクシーで市内のホテルへ向かう。
タクシー乗り場で何やら運転手がが喋りかける。どうやら市内はストライキなの
で途中から地下鉄で行けといっているようだ。途中の閑散とした地下鉄駅乗り口
で降ろされる。指を広げ5番目の駅で降りれば、目的のホテルへ着けるという。
料金だけは規定の40EUROとられる。初めての土地で不案内、地下鉄も乗ったことが無いので大丈夫かと不安になる

エスカレーターを降りたら、切符の自動販売機があり、どうして買うのかと躊躇
していたら、土地の人が二人も声をかけてくれた。シンタグマだと答えると、
1.4EUROのところを指さし、「ここを押せ」と言っているようだ。なおも躊躇し
ていると、とうとう若い人がそこを押し、金をここへ入れろと投入口を示す。乗
り口(改札口)の通過の仕方も別の人が教えてくれる。ギリシャ人はなかなか親
切だ。こんな事ならタクシーにはじめから乗らず、空港から地下鉄で来れば、
1/10の運賃で来れたとちょっぴり後悔。


何故か国旗を売る人たちもいた。

ラッシュ並みに混んでいたが、首尾よくシンタクマ駅に到着。しかしスーツケー
スの重いこと。空港チェックインで確か27kgあったと思うが、長い階段を引き上
げるとなるとかなり重い。ふうふう言ってやっとの思いで地上に出たら、そこは
デモの集合地になっているらしく、大勢の人。屋台や国旗売りの人も出て、すで
に気勢を上げている集団もいる。しかし切羽詰まった雰囲気はない。そのあたり
の人にホテルを聞いても、多分こちらだろうというばかり。

デモで通行規制になっている道路をスーツケースを転がして、一キロも歩く。途
中地下鉄の駅の乗降口があり、その近辺でホテルを聞くともう少し先だという。
都合二駅ほど歩いた。やっと到着。汗だくになった身体をシャワーで流し、ビー
ルを流し込む。旨いこと。

宿泊したホテルティタニア地の利は抜群

ホテルの前の売店ここでビールを購入

ここはやはりヨーロッパ圏内だ。豚肉、女性、アルコール等が制限されているイ
スラム圏とは違い少しは馴染む。我々はやはりどちらかと言えば西欧に近いのだ
ろうか。それにしてもこの国は公務員が6割を越すという。働くことより自分の
権利ばかり主張するこの国に未来はあるのか。危機は脱出できるのか。ローマ民
主主義の前にあった、ギリシャ民主主義はどんなものだったろうか。

gaiki-kariyaさん

11-09 No.31-1

<EURO ARTS>
限定生産 ユーロ・アーツ-カタログ付DVD2012版
20 20218(DVD-Video) ¥880
ベルリン・フィル・ヨーロッパ・コンサート2003
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調KV466
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ドビュッシー:「夜想曲」-「祭り」
ボーナス:リスボンの歴史
マリア・ジョアン・ピリス(P)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ピエール・ブーレーズ(指)
収録:2003年5月1日ジェロニモス修道陰リスボン (ライヴ)
良質なDVD、ブルーレイを350タイトル以上リリースするユーロ・アーツの総カ
タログ2012年版が付いたお買い得な限定DVD。
今回のDVDの内容はブーレーズによる2003年のベルリン・フィル・ヨーロッパ
・コンサートの映像。17世紀初頭に完成し、世界遺産にも登録されているポル
トガル、リスボンのジェロニモス修道院でおこなわれたコンサート。ブーレー
ズ&ベルリン・フィルによるバルトークのオケコンにラヴェルの「クープラン
の墓」、ドビュッシーの「祭り」、そして地元ポルトガルが生んだマリア・
ジョアン・ピリスをソリストに迎えたモーツァルトのピアノ協奏曲第20番とい
う豪華なプログラムです。ジェロニモス修道院の豊饒な美し響き、ブーレーズ
の明晰な解釈のバルトーク、ピリスの伸び伸びとしたモーツァルトと聴きどこ
ろ見所満載の映像です。




<LIMEN CLASSIC>~EGEA
CDVD006 C006(CD+ボーナスDVD[NTSC]) ¥2980
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」
ショパン:夜想曲嬰ハ短調Op.27-1、夜想曲変ニ長調Op.27-2
リスト:超絶技巧練習曲第11番 変ニ長調「夕べの調べ」
ラヴェル:夜のガスパール
吉川隆弘(P)
イタリア、ミラノを拠点に活躍する日本人ピアニスト、吉川隆弘の新録音が発
売となります。高い音楽性と卓越したテクニックで世界の聴衆を沸かせている、
今期待のピアニストです。
ベートーヴェンの「月光」では豊かな表現力で音楽の幅を聴かせ、超絶技巧の
難曲として有名なラヴェルの「夜のガスパール」では、その並はずれたテクニ
ックと詩情に陶酔させられます。このアルバムでは、CDと同曲目のDVDが付い
ており、彼の音楽性とテクニックをたっぷり堪能することができます。




<audite>
=ドイチュラントラジオ・クルトゥーア=
AU 21408 5枚組 ¥5400
モノラル
「オットー・クレンペラー / ベルリンRIAS録音集1950-58」
[CD 1]
ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調Op.36
ベルリン放送交響楽団
録音:1958年3月29日ベルリン、音楽大学(ライヴ・モノラル)
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」
RIAS交響楽団
録音:1954年2月15日ベルリン、ティタニア=パラスト(ライヴ・モノラル)
[CD 2]
ベートーヴェン:「エグモント」Op.84-序曲
ベルリン放送交響楽団
録音:1958年3月29日ベルリン、音楽大学(ライヴ・モノラル)
ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
ベルリン放送交響楽団
録音:1958年3月29日ベルリン、音楽大学(ライヴ・モノラル)
[CD 3]
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37
ハンス=エーリヒ・リーベンスアーム(P)
RIAS交響楽団
録音:1954年2月15日ベルリン、ティタニア=パラスト(ライヴ・モノラル)
モーツァルト:セレナード第6番ニ長調KV. 239「セレナータ・ノットゥルナ」
RIAS交響楽団
録音:1950年12月21、22日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
モーツァルト:「ドン・ジョヴァンニ」序曲KV. 527
RIAS交響楽団
録音:1950年12月19日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
モーツァルト:交響曲第25番ト短調KV. 183
RIAS交響楽団
録音:1950年12月20日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
[CD 4]
モーツァルト:交響曲第29番イ長調KV. 201
RIAS交響楽団
録音:1950年12月20日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
モーツァルト:交響曲第38番ニ長調KV. 504「プラハ」
RIAS交響楽団
録音:1950年12月22、23日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
[CD 5]
マーラー:交響曲第4番ト長調
エルフリーデ・トレッチェル(S)
RIAS交響楽団
録音:1956年2月12日ベルリン、音楽大学(ライヴ・モノラル)
ヒンデミット:組曲「気高き幻想」
RIAS交響楽団
録音:1954年2月15日ベルリン=ダーレム、
イエス・キリスト教会(セッション・モノラル)
オットー・クレンペラー(指揮)
auditeのドイチュラントクルトゥーア・シリーズに、大物クレンペラーが登場。
戦後ヨーロッパに復帰後のベルリンで、RIAS響および改称後のベルリン放送響
を指揮したもので、ベートーヴェン、モーツァルト、マーラーほか巨匠ゆかり
のプログラムを取り上げた注目の内容です。マーラーの推薦を得て、1907年に
プラハで指揮者としてデビューしたのちのクレンペラーは、バルメン、シュト
ラスブルク、ケルン、ヴィースバーデンといった歌劇場の指揮者を歴任し、急
速にドイツを代表する指揮者のひとりとして注目を浴びるようになりますが、
クレンペラーのキャリアのなかでも重要な活動として知られるものが、1927年
に始まるクロール・オーパーでの仕事でした。ベルリン国立歌劇場の一部門と
して創設されたクロール・オーパーでは、クレンペラーのもと、ヒンデミット
の「カルディヤック」「今日のニュース」、シェーンベルクの「期待」「幸福
な手」、さらにクレンペラー自ら演出を手掛けたストラヴィンスキー「エディ
プス王」「マヴラ」など同時代の作品が積極的に紹介されると同時に、旧来の
有名な曲目に対しても新しい現代的な演出が試みられますが、その意欲的な試
みは多くの支持と反発を引き起こすことになります。
さらに、折からのドイツ経済の危機的状況とナチスに代表される右翼の圧力か
ら、1931年に劇場は閉鎖に追い込まれてしまい、1933年ついにクレンペラーは
ナチス・ドイツ政権を逃れてアメリカ合衆国に移住します。
こうした経緯もあって、おそらく文化的・政治的状況のために、クレンペラー
が第2次大戦後にヨーロッパに戻ったあとも、クレンペラーと戦前因縁のあっ
たベルリン国立歌劇場は一切の接触を断ったままで、ベルリン・フィルとRIAS
響がクレンペラーを客演に招いているものの、「ベルリンでのクレンペラー」
の演奏の絶対数は決して多いとは言えない状況なので、こうしてまとめてリリ
ースされる意義はきわめて大きいといえるでしょう。
しかも、すべての収録内容が、オリジナル・マスターからの初の正規復刻とい
うのはやはり大きなポイントとおもわれます。
このたびのセットには、厳格な対位法処理により金字塔として名高いベートー
ヴェンと奥深いモーツァルトをはじめ、師マーラーの交響曲と、クレンペラー
がもっとも得意としていたプログラムで、ファンにはよく知られている演奏が
大半を占めるいっぽうで、シュナーベルに師事し、ベートーヴェン弾きとして
知られたリーベンスアーム(1906ケーニヒスベルク生まれ)をソリストに迎えた
ピアノ協奏曲第3番と、クロール時代の記憶も強烈なヒンデミットという、お
そらく初出とおもわれる音源が含まれているのも見逃せないところです。




<RCO Live>
RCO 11001(SACD-Hybrid) 2枚組(1枚価格) ¥2280
「ホライゾン4」
[SACD 1]
マーラー / コリン・マシューズ編:Nicht zu Schnell(速すぎないように)
ローター・ツァグロセク(指揮)
収録時期:2009年11月12、13日(ライヴ)
へールト・ヴァン・クーレン:5つの悲劇的な歌
デトレフ・ロート(Br)ローター・ツァグロセク(指揮)
収録時期:2009年11月12、13日(ライヴ)
デトレフ・グラナート:岸辺なき流れ
マルクス・シュテンツ(指揮)
収録時期:2010年4月9日(ライヴ)
ウィレム・イェス:スケール「マーラーの墓」
エド・スパンヤール(指揮)
収録時期:2010年12月9、10日(ライヴ)
[SACD 2]
ユーイ・ラウケンス:制御不能
デイヴィッド・ロバートソン(指揮)
収録時期:2011年3月24、25日(ライヴ)
ロディオン・シチェドリン:オーボエ協奏曲
アレクセイ・オグリンチュク(Ob)スザンナ・マルッキ(指揮)
収録時期:2010年6月18、19日(ライヴ)
ルチアーノ・ベリオ:ソロ
ヨルゲン・ヴァン・ライエン(Tb)エド・スパンヤール(指揮)
収録時期:2004年12月16、17日(ライヴ)
マシュー・ハインドソン:クリッシーティナのマジック・ファンタジー
マレイン・メインダース & モニカ・ナセロウ(Vn)
収録時期:2009年11月18日(ライヴ)
収録場所:すべてアムステルダム、コンセルトヘボウ
RCO Liveレーベルの現代音楽シリーズ第4弾は2枚組にパワーアップしての登場。
“オマージュ”をキーワードに、ツァグロセク、シュテンツ、ロバートソンら
現代音楽の分野ですでに目覚ましい業績を上げている顔ぶれが指揮する充実の
ラインナップです。
まず、ディスク1は、グスタフ・マーラーへのトリビュート・アルバムとなっ
ています。RCOは作曲家生誕150周年および歿後100周年を記念して、2009/10年、
2010/11年と2シーズン連続で、交響曲全曲を演奏する大規模なプロジェクトに
取り組んできましたが、そこでは、すべてのシンフォニーを時系列順に演奏す
るだけでなく、1925年、1995年に続く、アムステルダムで開催された3度目の
マーラー・フェスティヴァルを形作る上で効果を挙げたように、RCOはマーラ
ーの作品と強いつながりを示す作品をフューチャーしたコンサート・シリーズ
を組みました。ディスク1の4曲と、ディスク2の1曲目がその演目で、このシリ
ーズのためにRCOによって委嘱され、世界初演されたものです。
続いて、ディスク2収録の残り3作品では、ソリストおよびアンサンブルとして
注目すべき役割を果たすRCO個々のメンバーに焦点を絞り、それによってRCOを
構成する120名の音楽家たちそれぞれの名人芸、音楽的な知性、柔軟性を讃え
る象徴的な内容となっています。
RCO首席オーボエ奏者オグリンチュクによるシチェドリン、首席トロンボーン
奏者ライエンによるベリオの両作品はいずれも世界初演時のドキュメント。
RCO副首席ヴァイオリニストのメインダースと、第2ヴァイオリンのメンバー、
ナセロウとのデュオによるハインドソンの曲は、2009年にRCO創立75周年記念
を祝して、楽団とコンセルトヘボウ友の会(the Society of Friends of the
Concertgebouw)によっておこなわれた室内楽連続演奏会の時の白熱のライヴ
になります。
こうしてふりかえると、当時のRCOも同時代の音楽であったマーラーに積極的
に関わり、今日の受容に道を開いたわけですが、このアルバムを通してあら
ためて浮き彫りになるのは昔も今も変わらず懐の深さをみせる名門の姿とい
えるでしょう。




<K617>
K617 229 ¥2250
フランツ・リスト:
(1)ソナタロ短調(リゲッティ編)、(2)「ミサ・コラリス」
ベンジャミン・リゲッティ(Org)、スイス・ロマンド合唱アカデミー
録音:2011年5月、ベルギーのフランス教会にて
リスト生誕200年となる2011年を記念して、若くして数々の賞に輝き、いまや
オルガン界を牽引する存在となった、リゲッティが満を持して世に送り出す注
目盤の登場。自らオルガンへと書き換えて演奏した大曲「ソナタ ロ短調」は、
冒頭の低音による下降音型から異様な迫力。残響たっぷり、地鳴りのするよう
な低音部分から、敏捷に動く部分までリゲッティの腕が冴えわたり、説得力満
点の仕上がりとなっています。リストの1860年代の宗教音楽作品の中でも最重
要作品に数えられる「ミサ・コラリス」の合唱を担当するのはスイス・ロマン
ド合唱アカデミー。グレゴリオ聖歌に由来する旋律と厳かな響きを繊細かつ
壮麗に表現しています。リゲッティの奏でるオルガンの豊かな音色と彼らの
歌声の美しい調和が魅力です。

goodies2さん

1月26日(木)のつぶやき その1

00:05 from web
カラヤンのエロイカ(DG)なう。

00:12 from web
よく引き合いに出されるフルトヴェングラー逝去後のカラヤンとチェリビダッケの違いだけど、適当に定義、評するとどちらも唯美主義者。でカラヤンの方がコレペからキャリア積んだカペルマイスターであり、チェリビダッケはそこのキャリアがばっさり抜けてる。

00:17 from web
フルトヴェングラーが高く評価していたカイルベルトでも、下棒も喜んで引き受ける「弟子」チェリビダッケでもなく、フルトヴェングラーが「あのKの奴」と忌み嫌っていたフォン・カラヤンがかれの後任に選ばれたのは何とも・・・

00:19 from web
カイルベルト以外ではカール・ミュンヒンガーをフルトヴェングラーが評価していたというのを聞いたことがあります。でもちょっとピンと来ない。

00:24 from web
モノは言いようで、「巨匠」が当てはまらない演奏家には「名匠」という言葉を用意しています。ちなみにこれを外国で言うならどちらも「マエストロ、マイスター」でありますがw

00:35 from web
誰を巨匠というべきかはバイヤーズガイド的な相対評価に過ぎなくて、まったく無意味。ただ少なくともカイルベルトの実力とキャリアの間に齟齬があったのは確か。そして実はカラヤンと同い年の同じ4月生まれ。そのレパートリーはあまりに対照的。「マドンナの宝石」を振るカイルベルトは想像できないw

00:42 from web
カラヤンの1960年代の録音ってあの「西ベルリンの」イエス・キリスト教会だったはず。再建された新フィルハーモニーで録音始めたのは落成からやや間を置いていたと思う。

00:51 from web
戦災に遭った旧ベルリンフィルハーモニーは屋内スケートリンクを改装したという有名な話があります。戦後は焼け残った映画館ティタニア・パラスト(なんと現存とのこと)をまたしても改装。新ホールは当時「テント小屋」「カラヤンサーカス」と揶揄されてたwまさにリフォームの匠・ベルリンフィル。

01:08 from web
指揮者としてのペンデレツキって自作から想像つかないくらいオーソドックスなアプローチで少なくともニューヨークフィルの耳の悪さに手を焼いたブーレーズがチューニングに電子チューナーを使うと言う(ry

01:19 from web
わたしが(大人数の)合唱に関わるのを止めた理由は「歌詞が日本語のみ」とっつきの良さに甘えたり、団内婚活やってるからじゃなくて、要するに「音楽的な感度や耳を育てる」意識の希薄さ。声楽を自ら学ぶような錬度の高いひとたちだけでアンサンブルを組んだ。メンバーの転勤などで消滅しましたが。

01:26 from web
確かにいまの邦人合唱作品は演奏技術が難しい、内容も難渋だったり取り組み甲斐はあるに違いない、でも演奏する側の音楽的な視界の狭さ、感覚の横並びがどうにも気持ち悪い。一方で古樂やバッハを歌う中高生の素晴らしい演奏、それは作品の良さというスタート地点で勝ってることにかれらは気づくべき。

01:30 from web  [ 1 RT ]
アマチュアであっても人に演奏を(お金払わせて)聴いてもらうならそれくらいの覚悟がなければコンサートなど止めてしまえ、と思う。もちろんまったり愉しんで演奏するのを否定はしませんが。それならお食事、足代払って聴きに来ていただくなり、ボランテイアで演奏する(JASRACが邪魔ですがw

01:49 from web
ここで質問ですが、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のピアノ協奏曲版、ショパンのピアノ協奏曲の室内楽版をライブで聴いた経験のある方いらっしゃますか??・・・てか起きてますか??>丑三つ時なうw

01:57 from web
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はご他聞に漏れず、不評もしくはうやむや状態のうちに「発計「再評価」に至ったわけです。めでたいです。当時これを聴いたパガニーニは自分の演奏と相容れない曲だからこそ、言葉を選びかれに敬意を払ったのも後世のアリバイ創作ではない、かと。

02:01 from web
深夜の「ダフクロ」やストラヴィンスキーはさすがにもたれるので、ブラームスの第二協奏曲なう。

02:05 from web
これで栗蒸しようかんと緑茶があれば最高なのですがブラームスの第二楽章なう。

02:15 from web
カスペルスキーの評価版を走らせているんですが、重すぎて話になりません。。。

02:25 from web
洗濯の自由、砲の下の平等、早く人間になりたい。

02:25 from web
不定愁訴ってことでしょうか??

02:38 from web
どうやらチャイナIPがまたしても・・・のようです。やっぱりF-Secureの方が軽い。ただ、あのオフィシャルサイトどうにかして欲しいですね。ダサすぎて最初古臭いフィッシングサイトかいと思った

02:43 from web
かの恐ろしいレイシズム団体「在特×」ってフィリピン人の両親が不法滞在で送還され日本に残されたあの少女の自宅に押しかけ恫喝同然の気勢をあげたんですね。いやー酷い連中ですね。公安はきっちりマークすべきです。「公共の安寧を損ねる」団体ですから。

02:47 from web
そう言えばKEKか理研が生成(核種合成)した新元素は認められたんでしょうか??

02:50 from web
最近は難易度が上がっているので新元素の生成の話題がないですが、副産物的に面白いデータが出てくる可能性もあるので関心あります。命名が次第に寿限無化してますしw

02:58 from web
太陽系内惑星の発見の可能性が失せる一方で、系外惑星の発見ラッシュや小惑星のサーベイが進展するのが面白いですね。純粋に学術探査を目指すと国際協力が必然ですが、中共は全く関心ないようですね。そこに社会主義インター諸国の「経済開放」の欺瞞が集約されますね。

03:04 from web
暴力団関係の建物に(表面上)窓開口が少ないのはご存知のとおりですが、今も生き残る新左翼過激派の、例えば中核派などの建物も同じ特徴です。違うのは色と看板くらい。

by het_me on Twitter

frostcircusさん

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11-12 No.8-1

2011-12-09 15:13:20

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