チョン・ドゥホンについてのブログ(評価・レビュー・口コミ・感想)

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2012/05/12更新

ベータ版で公開(ご意見募集中!)

JJ&ウソン cine21 No.850 その1

まだ旅行記の途中ではありますが (いつ終わるんジャイ )
「Cine21」 No.850にジョンジェとウソン君の長〜〜〜いインタビューがUPされたので、
毎度のナンチャッテP子流で 訳してみたく思います


奇跡のような友情
『太陽はない』から14年、チョン・ウソンとイ・ジョンジェ、その時その場所で



晴れた春の日の午後、チョン・ウソンとイ・ジョンジェが潜水橋を歩く。
のんびり潜水橋周辺を散歩していた人達が彼らを目撃し、
どぎまぎした表情で携帯電話を持ち出す。
人々の歓声とカメラの中でだけ存在しそうな2人のトップスターが、
最小限のスタッフだけを同行し、人影少ない潜水橋の上を歩いている風景は
まちがいなく超現実的だ。
14年前にも彼らは風が吹く潜水橋を歩いた。
ハワイアンシャツと光沢ある服を羽織り、頭を思いっきり反らし、
大声を出した『太陽はない』(1998)ポスターの中のトチョルとホンギの姿で。
ボクシングだけが人生の全てだった馬鹿正直なボクシング選手トチョル(チョン・ウソン)と
「人生は一発」と信じる興信所の職員ホンギ(イ・ジョンジェ)の友情を描いた『太陽はない』は、
26歳同士のウソンとジョンジェのまぶしい肉体と若さを封印した映画だった。
観客が路上のポスターをこっそり奪い、彼らの青春を得られると信じた頃、
『ビート』と「砂時計」で当代最高の新人俳優と指折り数えられた2人は、
互いが仲間以上の化学反応を感じていた。
1998年、トチョルとホンギとして一時期を共に過ごした彼らは、
映画撮影後も連絡し、友情を分かち合い、今では名実共に映画界の「親友」になった。
『太陽はない』は“二人の人生に素晴らしい贈り物となった映画だ”(チョン・ウソン)
そう回想する二人の再会は切なくて楽しかった。

Q : 『太陽はない』ポスターを撮影した潜水橋にまた来た感想は?
ウソン : 寒かった(笑)
ジョンジェ : あの時も寒かった。
ウソン : 冬に入る頃の撮影だったが、衣装が半袖なので風が吹く度に途方もなく寒かった事を思い出す。


以下WS=チョン・ウソン、JJ=イ・ジョンジェ

Q : こうしてまた会うのはいつ振り? 最近も会った?
WS : 昨日会った(笑)一緒にご飯食べた。
JJ : 特別な事がなければいつも会う。

Q : その友情は『太陽はない』の頃から始まったの?
WS : (頷き)以前は挨拶程度だけだった。
初めて会ったのは1995年「SBSスター賞」の新人演技賞を一緒に受けた時だ。



シナリオとアドリブの間

Q : 当時ウソン氏は「アスファルト男」のカーレーサー ドンソクを、
ジョンジェ氏は「砂時計」のボディーガード ジェヒを演じた。
まさに当代最高の新人男優という評価を受けた時だ。
そんな2人が映画で会うという期待は大きかったようだ。
WS : どうも撮影前に会った時とは違う感じだった。
(共演する)初めての撮影という嬉しさ、私たちのペアがどうなるかと言う
ときめきと好奇心、そして興味深さもあった。
また、若かったので楽しくもあったし。
JJ : 2時間ずっと2人の場面が多い映画だから、周りからもっと親しくなれ、
親しくならなければならないと言われた。 私達も互いに親しくなろうと努力したが、
当時はウソン氏も私も口数が少なかった。
気持ちはあるが、その気持ちを正確に伝える表現力が足りなかった。
WS : 表現する必要性を感じなかった。
JJ : 周りから親しくなれと言われ、本人も親しくならなければと感じると、
撮影前に酒の席を何度も持った。 ところが2人とも口数が本当に少ない。
30分間「もう一杯」、「はい」、と乾杯し、また黙って「大丈夫ですか?」と尋ねる(一同爆笑)
数時間そうやってお酒を飲んだ。 しかし全然平気だ。 珍しいことだ。
お互い会話がなければ気まずくて無駄話をするのに、そうしなくても気楽だった。
WS : 私の立場では『太陽はない』は『ビート』チームがまた集まって作った映画なので、
ジョンジェ氏が入って他のチームと合流した、という感じになってはいけないと思った。
お客さんのような感じではなく、同じチームにならなければいけない。
そういう点に神経を使った。

Q : 『太陽はない』は完全にトチョルとホンギというキャラクターに依存する映画だった。
現場では役に対する悩みがあったか。
WS : お互いのキャラクターに対する話をしたことはない。
ところが、当時キム・ソンス監督が撮影していて不意に「ホンギはなぜそうするんだ?」
「トチョルはなぜそうするんだ?」と、俳優に尋ねることが多かった。
それで俳優がアイディアを出す余地が多かった。
なのでどんな場面でも、私のキャラクターだけに執着するより、
ホンギのシーンでも、もっと面白いアイディアがあれば互いに相談し、
アイディアを映画に反映したりした。
JJ : ほとんどのシーンをそうして撮った。
WS : ホンギが夏に車のヒーターをねじったシーンを思い出すよ。
JJ : 「ホンギをこうして閉じ込めておけ」と、
このおじさん(ウソン)が設定したシーンだ。
WS : イ・ボムス氏のおかっぱ頭への台詞も私たちのアドリブだった。
JJ : 「運の悪い奴、おばちゃんの頭して…」という台詞だった。
JJがウソンのこと「イ アジョッシ」(このオッサン)って言うたで〜
(どんなに長い付き合いでも、ウソン氏、ジョンジェ氏と呼び合うって言ってたのに…)
それだけ今回は当時を思いだして フランクに受け答えしてるんだろうネ



Q : 当時のインタビューを見ると、シム・サン作家がシナリオに周りの人達の姿を
とても反映したと言ってた。
例えばイ・ボムス氏が演技したサラ金業者ピョングクの「お前、私がどう話せば聞き流す?」
という台詞はキム・ソンス監督が演出部をこらしめながら言った言葉だと聞いた。
そのように製作スタッフの実際の姿が反映されたシーンがありますか。
JJ :ホンギが“『二つの顔の男ハルク』を見ると…”、
“『伝説の故郷』分かる?”みたいに、映画やドラマを引用した言葉はたくさんあった。
これは私の前のマネジャー(キム・ジョンス)が書いた台詞だ。
そして実際にその人が『太陽はない』でミミ(ハン・コウン)のマネジメント社長で出演した。
他の見方をすればホンギのロールモデルになる人だ。本当に屈曲した人生だったから。



“昔の表情が出てくるみたいです”
この日の撮影のため、『太陽はない』をまた見たと言うチェ・ソンヨル カメラマンは
シャッターを押しながら感嘆の声を連発した。
14年ぶりに潜水橋を歩くチョン・ウソンとイ・ジョンジェの表情は、
20代半ばのトチョル、ホンギと変わらなかった。

Q : キム・ソンス監督は現場の掌握力がすごいと噂になった監督だが、
俳優にはどうだったか。
WS : 徒弟システムで演出を勉強した監督なので演出部には厳しかった。
だが、俳優には怖い人ではなかった。
JJ : 今は撮影設備が良くなったので照明をディテールしなくても、
後半の作業で手を加えればすむ。
当時は既成の監督達が一日にたくさん撮っても20カットだった。
ところがキム・ソンス監督は一日に50カット撮らないと気が済まない(笑)
現場でスタッフに大声出したりもしてた。
WS : 走るシーンの多い映画だったじゃないですか。
カメラ テストの時は適当な速さで走ってもかまわないのに、演出部が未熟で、
全力疾走して補助出演した人とドーン当たって気絶したこともある。
そうやって気絶すると「オイ、アイツはどうして狂ったように走るんだ。
誰が早く走れと言ったよ!」となる(一同笑)
チョ・ドンオ助監督は、トチョルとホンギが浜辺でサッカーするシーンをテストするのに
全力を尽くし、肋骨にひびが入った。
それだけ演出への士気が強かった。しかし俳優にはちょっと違った。
私たちの話をたくさん聞き入れてくれる人だった。
絶えず私たちをホンギ、トチョルと思い、もっと良いアイディアがあるか尋ねた。

自らが挙げる名場面



Q : 自ら考えるトチョルとホンギはどんな人だったか。
WS : 実は、私はトチョルに対して反省してます。
振り返って考えてみると、私は当時トチョルに対して悩んだのか、と。
監督が「トチョルはどうだ?」と尋ねた時、
私のもつ部分を引き出し、トチョルという人物を作れば良いのに、
私にないトチョルの姿とは何か、そういう悩みをしなかった。
かえって撮影現場ではマイナーなアイディアを出し、
私はあたかもトチョルのように錯覚をしていたようで、トチョルに対しては深刻に悩めなかった。
そういう点でトチョルには申し訳ない。
JJ : そうは言うが、ウソン氏は信じられないほど準備をし、とても考えた。
私は『太陽はない』以前は、作家や監督が使ったシナリオでは、アドリブをしたり、
別バージョンの台詞を準備ししたことが全くなかった。
ところが、ウソン氏は現場でそうしていた。
A4用紙に何かを書き続け、監督と話している姿を見て大きな衝撃を受けた。
事実、それまで私は演技や撮影は“仕事”だと思っていた。 十分に楽しめなかった。
理由は多いが、その中一つが演技を正式に習った経験がなく、
どうすべきなのかよく分からなかったし、消極的に演出家のディレクション通り動いた。
ところが『太陽はない』の現場で監督と俳優が何かを共に作っていく姿を見ながら
学んだ点が本当に多い。
WS : ジョンジェ氏が演じたホンギも素晴らしかった。本当に名演技という気がした。
“あの両班、なんであんなに演技が上手いんだ?待てよ、私は今演技が上手く出来てるのか?”
こんな刺激を受けた。現場では刺激になるし楽しい。
会って一緒にシーンを撮り、ホンギとトチョルが狎鴎亭の裏路地を飛び回る。
他の見方をすれば、当時20代の自分が1人の人間として、良い思い出として残っているほど、
撮影現場では呼吸が合った。



Q : お互いの名場面を挙げるならば。
WS : ジョンジェ氏がビルの屋上で酒を飲み、1人で立っていたシーンが本当に良かった。
都会の男が持てない欲望への痛み、そういうことを本当によく表現していた。
JJ : 撮影をあそこまで激しくする必要があったのかと思うシーンがある。
映画の後半、トチョルのボクシング試合のシーンだ。
一週間から10日ほど徹夜して撮影する。
当時キム・ソンス監督は自らの限界を知り、何かを得る人だった。
このおじさん(ウソン)は「あなたも?僕も一緒に行くよ」というスタイル。
さらにチョン・ドゥホン武術監督はテーブルも噛み、石も食べる人だった(一同爆笑)
「ウソン、もう一度すべきだ」と言いながら最後の一滴まで絞ったよ。
実際には、それはアクションシーンでなく感情のシーンだった。
トチョルの立場ではボクシングは自らの夢と欲望の全てなのに、
どうしようもない状況のため、止めなければならない複雑な感情が多かった。
そんなシーンを撮るのを見ながら、この人達は本当に全てを表そうとするんだな、
そんな信念を感じた。
試合後、ロッカーに入ったトチョルが「ホンギ、俺は本当は勝てたのに」
と、悔しさを表現するシーンが一番良かった。


その2に続く…

pianonjjさん

CINE21の記事より・・[チョン・...

少し分からない翻訳なのですが・・頑張って読んで下さいませ。m(_ _)m
21日に一緒にイベントに行った方はビョンホンの話で笑ったり手を叩いていたり・・。
私はしっかり通訳さんの言葉で笑ったり手を叩いたりしていました。
もう韓国語の勉強は無理なので・・他力本願です。( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ

公式のStaff Roomが更新されていますよ〜。

LBH JOFC


[チョン・ドゥホン] 韓国式武術の合, 通じていたよ
文:株性徹写真:ソンホングズ 2011.12.23

<G.I.Joe2:リテルリエイション>
終えて帰って来たチョン・ドゥホン武術監督

その間分かりたかった.
韓国映画界で一番忙しい人中の1人だったチョン・ドゥホン武術監督の話をしばらく聞くことができなかったから.
今夏と秋, 彼は <G.I.Joe2: リテルリエイション>(以下 <G.I.Joe2>)に 'ストームシャドー'イ・ビョンホンの'スタントダブル'で参加してニュ−オルリオンスで 4ヵ月あまり撮影して帰って来た.
来年夏封切り予定である 2編でもイ・ビョンホンは強烈なアクションシーンをお目見えして天敵な 'スネークアイズ'ともう一度真剣勝負を広げる.
そのようにイ・ビョンホンの身代わりを消化する中の武術アクションに関するコーディネートでもあった.
現場で '二つの'と呼ばれてまるで創始期スタンドマン時代の活力をもう一度感じたし武術監督としての多くの悩みも整える時間だった.

-もう 1編である <G.I.Joe: 戦争の序開き>(2009) 時も参加しようと思ったことで分かっている.

=かつてからハリウッド映画現場を体験したかった.
を終わらせてビョングホンイが出演を悩むのに無条件行きなさいと言った.
私が手伝うからためらうなと言った.
ところでビョングホンイがハリウッドでは新人の位置に違いないからわがまま力をつくすことができなかった.
これといったマネージャーいなく私一人ダニョヤゲッドだと. ところで私は英語もうまくできなくて初めなのでそんなことはちょっと手に余った. それで一人で行って来なさいと言った. 先に行って道をちょっとよく磨いておきなさいと. (笑い)

-2編の時は何かちょっと変わったのか?
どんなに参加するようになったか.

=(2010) などをしたジョン・チュウ監督を引き入れながら本格的な続編プロダクションを始めた.
続編の成功可能性を高く見たことなの.
そしてビョングホンイが 1編であんまりお上手で大きい信任を得てみたら自分の'スタントダブル'で私を書くという話を楽にできた.
待遇が非常に違っていたって. (笑い)

-韓国を去りながらはどんな心や.

=たった二つの心を持って行った. 幸せと恐怖.
いくら小さな役目でもハリウッドで作業して見るのが夢だったからそれを成して行く過程だと思ったら幸せだったし, またビョングホンと一緒に行ったら誰にならないか恐ろしかった.
そんな恐怖感があるからよくし出した時の幸福感はもっと大きくなった.

-一日日課はどうだったか.

=月曜日から金曜日まで撮影するのに撮影がなければずっと訓練だ.
普通 6時に起床して撮影準備して 7時頃撮影に入って行く.
その間撮影がなければ私は無条件スタント訓練をしてビョングホンのような俳優たちはダイアローグコーチとともにする.
そうして 5時頃撮影が終われば帰って来て食事して個人訓練をして 11時や夜の十二時頃寝床に入る.
もちろん徹夜撮影もあるから午後 5時頃集合して夜を明かしたりする.
とにかく 12時間の個人休み時間は必ず与えられる.
そのようにひとりほとんどフリーで通いながら 4ヶ月の間ビョングホンが横にぴったりと付いていた. (笑い)

-与えられた役目を正確に説明しようとするとどうだか.

=イ・ビョンホンのスタントダブルが核心で全体的にマショルアツに関するコーディネート概念で見れば良い.
私たちは自動車スタントでもワイヤでもマショルアツでもそのまま '武術監督' 一つに通り名されるがハリウッドではすべて分けて管理するから.
私がイ・ビョンホンの身代わりをしかし基本的に俳優たちもその動作を無条件演技する.
後でどうせやるなら俳優撮影分を使うがそうではない場合身代わり分量を入れる.
韓国でも身代わりがあるかないかそのように俳優たちがアクション演技を基本的に終えたら監督たちがその俳優を負って通うはずだ. (笑い)
それで俳優が訓練やアクションを怠ることができないのにイ・ビョンホンの運動量もすごかった.
私が見てもボディービルダー選抜大会に出ても良い水準だった.

-実際にイ・ビョンホンに対する現場の反応や存在感はどうだったか.

=現場の皇太子だったと見れば良い.
一応私が現場に楽に行くことができたこともビョングホンが徳沢だから 1編でいくらお上手だったか.
ハリウッドや韓国やすべての現場ですべてそうだがビョングホンイが演技する時スタップたちの沒入島も普通ではなかったしモニター周辺に寄り集まってみんな見守った.
ジョン・チュー監督が非常に気に入った.
現場雰囲気は韓国でもハリウッドでもすべて同じだったよ.
芸術する人々はすべてガッダゴでもしようか.
それとともに私がハリウッドをとても巨大な巨人で想像したのか, する考えもした.

-先に行って訓練をしている途中クランクインした日の記憶が鮮やかだろう.

=訓練した空間はそのまま倉庫みたいなところなので 'これソウルアクションスクールがずっとましじゃないの' そうだったが(笑い)
撮影装備が入って来始めるから本当に物物しかったよ.
一応ニュ−オルリオンスにある撮影スタジオが昔の(NASA)でロケットを作った所だから空間自体が相当だった.
もうこれ以上その所でロケットを作らないから政策的に映画セットで改造したことだ.
そのまま巨大な工場一つがセットなのに, その中にセットでホテルも作ってコーヒーショップも作る.
だからホテルやコーヒーショップみたいなのが丸ごと動く水準だ.
その中にモニターが 8, 9個位いるのにカメラがすべてどこにあるのか気付くことができないほどだった.
これがハリウッドだね.



-どうしても 2編から急に参加するようになったのと負担になることが大きかったようだ.
どんなに自分ばかりの席を作ったか.

=ビョングホンイの初撮影が脱出するアクション場面だった.
ビョングホンイがやっぱり開いた口が塞がらなくやりこなしたし私も私の分量を撮影したが, 実際高難度のアクション演技をすること自体が久しぶりだから '恥をかかないように本当に熱心にしなくちゃいけない'と言う考えだけだった.
幸いに撮影もよく終わらせたしアクション場面で表情も良くて気合いも大丈夫だったのかみんな拍手をチョズォッダ.
アジアアクション映画たちは確実に 'アクションは感情'と刀を一度振り回しても感じが違う.
そんなことを見ながらビョングホンイが好きだったようだ.
そうする度に監督が私に笑いながらハイパイブをしてくれることを見て何かちょっとなるね, たかった.

-直接現場を経験して見たら具体的には韓国式アクション演出がどんな点で強点を持っていると思ったか.

=どうしても年があって見たら大変だった.
現場でビョングホンイが取ってくれた私の写真を見れば大部分まどろむ写真だ. (笑い)
ストームシャドーはスネークアイズと付く場面たちが多くてスネークアイズ身代わりをしたゼイコブという友達とたくさん親しくなった.
マショルアツについては確かに韓国式演出が強点があるという自負心があった.
そちらで格闘の合をすべて作ってくれれば私はリハーサルして撮影ばかりすれば良いのに, たまにその合を耐蝕どおり変えてまた見せてくれてそうすれば良く好きだった.
エーディーが恐ろしい両班なのに私とビョングホンイに常に 'パワフル'と 'エナージェティック'という話をした.
大変なあげく残った力を引き上げて気合いを張り上げるそんな姿が好きだった.
それとともに現場に適応もなってスピードも付くから後には我知らず相手スタンドマンを投げつけてびっくりしたりした.
目も手酷く変わるから私の目もよくあってて.
現場で '二つの'と呼ばれたが相手が保護台が冷たくても私の手動作に痛いから '二つの! そよそよして' それとともにいたずらもしてうまく行った.
くちのうわさが立ちながら他のセット撮影チームが見物しに来たり.

-一番大変な時はいつや?
やっぱり子供達つもりだったか.

=ワイフより子たちが見たくて及んでいたよ. (笑い)
ソウルアクションスクールチェックも別にしない.
アクションスクールから連絡が来てでどうしているかと問って見たが
"私の体に刀が入って来ても苦痛が分からないようだ"と言った.
あまり緊張されたサングテヨッウだから.
そうしていながらも携帯電話動画で "パパ, はやく来てね" そうする時涙がじいんとにじむ.
撮影した所が田舍に違いなくてノルロダニルところもなくてフィットネスセンターでただ運動だけ続いた.
帰って来て部屋でビョングホンと一緒に 見てそれではふらりと夜明け 1, 2時になったりした.

-リュウ・スンワン監督とは別に連絡しなかったか?
もう一緒に再び をするようになるが.

=度磨く気持ちで幸せと恐怖を抱いて行っては悟ったのが多い.
我知らずあやまちをした部分, 努力を怠った部分をドエジブオボで覚悟を押し堅めた.
そんな考えをしたある日リュウ・スンワン監督に "反省たくさんしたの. 韓国帰って本当に熱心にするつもりの"とカカオトックを送った.
といったところ "三日坊主であって"という答が帰って来た. (笑い)
それで 3日ではなくて最小 3年は行くと言った.
ハリウッドで感じたのは確かに投資になるからセットにする部分が多い.
たとえば壁や階段を実際場所ではないセットで他の材質で作れば衝撃を減らす感じたらずっと多様なスタントができる.
そのため に階段場面があってセットで作ろうと提案したしそうするようだ.

-4ヵ月あまりのアメリカ撮影を終えて帰って来ながら感じたのがあったら.

=一応処理方式に対する悩みをたくさんした.
4ヶ月の間撮影しながら '思いやり'という単語を一番多く思った.
分業化が徹底的になっているとは私の固執を捨てること, 他のチームに被害を与えないことが重要だった.
そうしてみると私が韓国で作業しながら私のため疲れて苦痛受けた人々にすまないという気がした.
またそのように心が楽になるから執着も捨てるようになって現場が楽しかった.
その間出て長い間作業したビョングホンイも私に "兄さんがそんなに大ざっぱで笑わせた人なのか分からなかったの" そう言っていたよ.
若い友達と合を合わせて意見を分けながらぱっと若くなった感じもしたし.
それに私の体に愛情を与えて営養分を与えたら身も変わっていたよ.
そのように呼吸を長く整える時間だった.
その呼吸を忘れてはいけない.

CINE21

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20日のイベントの時にはパスしてしまったのですが21日にグッズ売り場の隣にパンテックのブースがあってガラガラポンをしてきました。
説明を聞いて「パンテック」と言うとこのクリアファイルを頂けます。



私はこれで2等のスマートホンカバーが当たりました。v( ̄ー ̄)v
各会場10枚ずつのサインが当たるそうです、皆様に当たりが来るといいですね〜。

au使っているので中のお兄さんから替えませんか?と言われたので、ビョンホンのサイン頂けるならこの場で替えますと言ったのだけど・・。(⌒~⌒)ニンマリ
サインを当たったお友達がいるのですよ〜、思わず取り替えましょうか?って聞いちゃいました。(爆)

hiyomamさん

2012年 韓国映画 日本公開予定

最近・・・・グンちゃんの「きむはペット」を見たけど・・・それも久しぶり・・・
その前は1月に韓国で見て以来・・・見てない!!
来週のお休みはまた映画、見に行くんだけど・・・
じゃんじゃん・・・見たいよね!!
特におススメでまた見たい作品は一番下の「サニー 永遠の仲間たち」
韓国では2回も見て大泣き・・・大・大・大感動です!!!
 
さて、今月の・・・今週からって・・・明日からなんですがコ・ス君の映画・・・
カン・ドンウォン君の映画でもあるけど・・・
3月10日公開の「超能力者」シネマート新宿ほか


 『チョン・ウチ 時空道士』のカン・ドンウォンと『白夜行ー白い闇の中を歩くー』のコ・スという韓国のスターが共演を果たしたSFアクション。目で人を操れる孤独な超能力者と、彼を執拗(しつよう)に追い続ける純朴な青年との宿命の対決に迫る。メガホンを取るのは、本作で長編デビューを果たした期待の新鋭キム・ミンソク。他人とは違う力を持ってしまったために生涯平凡な幸せとは縁遠い男の絶望と共に、コ・スの体当たりの激しいアクションに圧倒される。




あらすじ・・・ギュナム(コ・ス)は、廃車工場でまじめに働いていたが、交通事故に遭い入院したため解雇されてしまう。その後、退院した彼は質店に再就職し、社長が最近帳簿が合わないとこぼすのを耳にする。そんなとき、ギュナムは見つめるだけで相手を操れる能力を使い、少額の金を奪いに店にやって来た男(カン・ドンウォン)とはち合わせする。
3月17日公開の「青い塩」丸の内TOEI、新宿武蔵野館ほか
韓国映画界を代表する監督の一人、イ・ヒョンスンが、『イルマーレ』からおよそ11年ぶりの長編として放つサスペンス・ドラマ。新たな人生を歩もうとする裏社会の住人だった男が、自分の命を狙おうとするヒットマンの少女ときずなをはぐくんでしまう姿を見つめていく。『JSA』などの実力派ソン・ガンホとテレビドラマ「明日に向かってハイキック」でブレイクしたシン・セギョンが、悲しい運命に翻弄(ほんろう)される男女を熱演。切なくも熱い物語に加え、独自の映像技術が高く評価されているイ・ヒョンスン監督ならではのビジュアルも魅力だ。


あらすじ・・・殺伐とした裏社会から抜け出し、母の故郷でもある釜山でレストランを開き、平穏な日々を過ごそうと決意したドゥホン(ソン・ガンホ)。それをかなえるために料理教室に通うようになった彼は、そこでセビン(シン・セギョン)という少女と知り合う。次第に心を通わせるようになる二人だったが、セビンの正体は闇組織の一員で、ドゥホンの動向を調べるために接近したのだった。やがて、組織から彼女にドゥホン抹殺の指令が下されるが……。
3月24日公開の「カエル少年失踪殺人事件」シネマート六本木ほか
『殺人の追憶』として映画化された事件などと並ぶ、韓国の3大未解決事件のひとつを映画化した衝撃のサスペンス映画。1991年、「カエルを捕まえにいく」と言い残し行方不明になった5人の小学生の失踪(しっそう)事件を基に、マスコミや警察が犯人追跡に奔走する様子を描く。監督は、『リターン』のイ・ギュマン。出演は、『私のちいさなピアニスト』のパク・ヨンウ、『シークレット』のリュ・スンリョン、『国家代表!?』のソン・ドンイルなど。良質なサスペンスやスリラーを得意とする韓国映画らしい、背筋の凍るような残虐でミステリアスな展開から目が離せない。
あらすじ・・1991年3月26日、山のふもとの村で「カエルを捕まえにいく」と言って遊びに出た5人の小学生がこつ然と姿を消した。特ダネを狙うMBS放送のカン・ジスン(パク・ヨンウ)や犯人像の分析を行うファン教授(リュ・スンリョン)、捜査を担当するパク刑事(ソン・ドンイル)たちが事件を追う中、ある子どもの父親(ソン・ジル)に容疑が掛けられる。
4月28日公開の「ワンドゥギ」武蔵野館ほか
若手人気俳優ユ・アイン主演のヒット作。金呂鈴(キム・リョリョン)の同名ベストセラーを映画化した作品で、イ・ハン監督がメガホンを取った。世の中に背を向けた問題児がひとりの先生によって新たな人生の目標を見つけていくという内容だ。制作発表会でユ・アインは自分自身、高校を中退した問題児であったことを語っている。
あらすじ・・背は低いが自分自身にだけは誰よりも大きな存在である父と、いつからか家族になってしまった叔父とともに住む高校生、ワンドゥギ(ユ・アイン)。貧乏で不遇な家庭環境に、勉強もできない問題児だが、けんかだけは誰にも負けない。持っているものも、夢も、希望もないワンドゥギが切実に願うことがひとつだけあった。それは担任の“トンジュ”がいなくなること。ことごとに自身のことに干渉する上、しまいには隣の屋根裏部屋に住みながら、昼夜自身を呼ぶ“トンジュ”。今日もワンドゥギは教会に行き、“トンジュ”がいなくなることを願うのだったが…。
5月12日公開の「ちりも積もればロマンス」
韓国映画「ちりも積もればロマンス」は浪人生が50ウォンのために空の瓶に命をかける女性と出会い、一緒にお金を稼ぎながら起きる出来事を描くロマンチックコメディ。主演は女優ハン・イェスルと「トキメキ☆成均館スキャンダル」などで日本でも大人気の俳優ソン・ジュンギ。
あらすじ・・毎回就職に失敗し、ママから貰う小遣いもなくなり、50ウォンもなく恋愛もできない青年失業者チョン・ジウン(ソン・ジュンギ)は賃貸の屋根裏部屋をも追い出される始末。しかし、突如現れた救世主ク・ホンシル(ハン・イェスル)と出会う。恋愛、宗教、病気は金が惜しくてできないという生活哲学を持ったドケチ、ホンシルはジウンに金儲けのノウハウを伝授するのだが、世の中にタダはない!ホンシルは2カ月間、自分自身を真似なさいという条件を出す。
5月公開の「ミッドナイトFM」
「夏物語」のスエと「オールド・ボーイ」のユ・ジテが共演したサイコスリラー。主演のスエは、本作で大鐘賞と並ぶ韓国の2大映画賞「青龍映画賞」で主演女優賞を受賞。冷酷な殺人鬼役にユ・ジテ。
あらすじ・・人気ラジオ番組でDJを務めるソニョンは、娘の病気治療に専念するため番組を降板することになる。最後の番組放送は順調に進んでいたが、放送中に見ず知らずの男から「指示通りに曲をかけなければ家族を殺す」という脅迫電話がかかってくる。同時にソニョンの携帯電話に送られてきた映像には、捕らわれた家族の姿が映し出されていた……。
ミッドナイトFM | 映画「ミッドナイトFM」公式サイト
5月中旬公開の「サニー 永遠の仲間たち」
韓国で観客動員740万人を記録した大ヒット映画。70〜80年代に人気を博した懐かしのヒットナンバーをBGMに、キラキラと光り輝いていた少女たちの高校時代と、大人になった現在の姿を映し出している
あらすじ・・・高校時代の友人チュナと病院で偶然の再会を果たしたナミは、「また仲間に会いたい」という願いをかなえるため、仲良し7人グループ「サニー」を再結集させるべく残りのメンバーを探し始める。予告は現在と過去が並行して描かれ、主人公ナミをはじめ、それぞれの女性たちの人生に引き込まれていく構成だ。
オフィシャルサイト
韓国映画「サニー(SUNNY)」観ました(2011年7月アイビー韓国日誌)
【動画】「サニー永遠の仲間たち」予告編



 






 



 
 



 






chee-nakajiさん

一年に十二人の男  オン・ジュワン君出演してるのね。

一年に十二人の男だったのか!

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ワイドニュースの生放送の前にCMが流れたドラマ。これ何のドラマ?って思ってた。

オン・ジュワン君出演してるのね。やっぱ目の細い人が好きな私。むふふ。

オン・ジュワン君ダンスも上手なのよね。一時期、東方神起のユノにダンスを教えてたのがオン・ジュワン君。以前にバラエティに出演してた時に自分で言ってましたね。

youtube一年に十二人の男

http://www.youtube.com/results?search_query=%E4%B8%80%E5%B9%B4%E3%81%AB%E5%8D%81%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%94%B7&oq=%E4%B8%80%E5%B9%B4%E3%81%AB%E5%8D%81%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%94%B7&aq=f&aqi=g1&aql=&gs_l=youtube-psuggest-reduced.12..0.3928138l3928138l0l3929853l1l1l0l0l0l0l234l234l2-1l1l0.


オン・ジュワン君を初めて見たのは新・別巡検ですね。しょうゆ顔(古っ!)で素敵だったわ。

こんなに出演してたのか。見たことないのもある。
2008年『武林女大生』最強☆彼女

2006年『相棒』→これ?シティ・オブ・バイオレンス -相棒- 特別版 [DVD]本編は見たことないけど、イ・ボムスチョン・ドゥホン(スタントマンじゃなかったっけ?チェオクの剣でチャン家の武官でハクチョルさんで出演してた。)出演ね。MVは以前にM-Netでバンバンかかってましたね。


『卑劣な通り』→これ?卑劣な街 プレミアム・エディション [DVD]これ、見たはずなんだけど、出てた?あれ?

2005年『ピーターパンの公式』これは見た。初々しいオンジュワン君に萌え〜♪

台風太陽~君がいた夏~ [DVD]これ、ちら見でしたねー。女優さんが、ちょっとあんまり好きじゃない方だったのかしら。キムガンウさんやイチョニさんも出演されてたのね。


『男だったらわかるだろう?』『もし、あなたなら五つの視線』これアマゾンにも無いね。

2004年『ぼくらのバレエ教室』これも見たねー。ちょっとドキッとする場面あったね。今思うとすごいメンバーだね。





charenger-pureさん
チョン・ドゥホンとは

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