アル=カーイダについてのブログ(評価・レビュー・口コミ・感想)

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2012/05/26更新

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北アフリカ・中東は激動の1年

今年は北アフリカ・中東で大きな変化があった年だった。
第一は、チュニジアの「ジャスミン革命」に始まる民主化の進展である。1月14日、チュニジアでは23年間独裁体制を続けたベンアリ大統領が辞任に追い込まれ、国外に逃亡した。アラブ諸国で初めて大統領を追放した大衆蜂起となった。この民衆運動の成功はエジプトに飛び火し、2月11日、わずか18日間で30年間近く続いたムバラク大統領が辞任した。同月リビアではカダフィ大統領の退陣を求める反政府デモが発生。カダフィは武力によって民衆の運動を弾圧しようとしたが、軍の一部が反乱を起こし、反政府勢力が首都を制圧。10月20日カザフィーは射殺された。多くの国で民主化が進められているが、選挙ではイスラム勢力が圧倒的な優勢を示しており、民主化とイスラム再興が同時に進むという特徴的な展開を見せている。
第二は、イランの核兵器開発疑惑をめぐる緊張の高まりである。11月8日国際原子力機関(IAEA)は、イランが高性能爆薬など核兵器開発に向けた実験を行ったとみられるとする報告書をまとめた。イスラエルによるイラン核施設への軍事攻撃も取り沙汰された。そうしたなか、11月29日、首都テヘランにある英国大使館に、学生等のデモ隊約20人が乱入し、英国旗を燃やし、大使館内を荒らした。これに対し、英政府は在英イラン大使館を閉鎖し、欧州連合(EU)も追加制裁を断行した。今後、何かのきっかけで、アメリカとイラン、またはイスラエルとイランの間で紛争が勃発する可能性がある。
第三は、米軍によるウサマ・ビンラディンと米政府によるイラク戦争の終結宣言である。米軍特殊作戦チームは5月2日、平成13年(2001)9月11日の米同時テロを首謀したされる国際テロ組織アル・カーイダの指導者ウサマ・ビンラディンをイスラマバード近郊の隠れ家で殺害したと発表した。アメリカは9・11の後、アフガニスタンに侵攻したのに続いて、15年(2003)3月イラク戦争を開始した。ブッシュ子政権からオバマ政権に替わっても、戦争は継続され、約9年にわたった。オバマ大統領は12月14日、イラク戦争は年内の駐留米軍の完全撤退で「歴史の一部になる」と述べ、事実上の戦争終結を宣言した。これを受けてイラク駐留米軍は撤退を行った。イラクではアメリカの管理のもとに民主化が進められてきたが、米軍の撤退によってイスラム文明による反発が強まるだろう。またイラク国内の宗派間対立やイランの影響力の増大が懸念される。

今後予想されるヨーロッパの財政金融危機の深刻化は、北アフリカ・中東にも影響を及ぼすだろう。チュニジアやエジプト等の民衆運動は、直接的には高進するインフレによる生活不安が原因だった。いつの時代、どこの国でも経済が悪化し、民衆が生活に困窮すると、激しい社会運動が起こる。これに適切な対応ができない政権は、弾圧か戦争か崩壊に至る。来年はアメリカ・中国・韓国・台湾等で国家指導者の選挙や交替が起こる。その中で北アフリカ・中東の動向は、少なからぬ影響を世界にもたらすだろう。
以下は関連する報道記事。

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●産経新聞平成23年12月17日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111217/mds11121708010001-n1.htm
「アラブの春」契機チュニジア焼身自殺から1年イスラム勢力「我が世の春」
2011.12.17 07:58

【カイロ=大内清】中東・北アフリカに民衆デモが拡大し独裁政権が相次いで倒れた「アラブの春」のきっかけとなった、チュニジアでの青年の焼身自殺から17日で1年を迎える。民主化プロセスが進む中、各国の選挙ではイスラム勢力がほぼ“独り勝ち”し、さながら「イスラムの春」の様相を呈している。今後は国のあり方をめぐる議論が焦点となるが、国内政治の安定や経済の立て直しなど課題も多い。
1月にベンアリ前大統領が亡命し、その後の「政権崩壊ドミノ」の先駆けとなったチュニジア。今月14日に、10月の制憲議会選で第一党となったイスラム政党アンナハダ幹事長のジバリ氏が新首相に指名され、アラブの春以降では初のイスラム勢力主導政権が誕生することになった。
民主化が進む一方、インフレが国民の生活に重くのしかかり、生活の改善に強い期待がかかる。
王制国家モロッコでは11月、イスラム政党が第一党に躍進、同じく王制のヨルダンでも今年に入り、イスラム勢力のデモなどで首相が2度にわたり交代した。
さらに、域内外からの注目が集まるのが、8千万人超の人口を抱える地域大国エジプトの動向だ。
2月のムバラク前政権崩壊後、初めてとなる人民議会(下院に相当)選が11月に始まり、これまでのところ、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団傘下の自由公正党が、比例投票枠で36%の票を獲得。最終結果は全選挙区で投票が終わる来年1月の発表だが、第一党となる公算は極めて大きい。
16日付の政府系紙アルアハラムは中間集計として自由公正党や、より復古主義的なイスラム政党、ヌール党が得票率を伸ばしていると報じた。
イスラム勢力の躍進について政府系シンクタンクの専門家は「政策そのものへの支持よりも、慈善活動などを通じて社会への浸透を図ってきた成果との側面が大きい」と分析。「現実の政策に関わるようになれば、穏健化していくだろう」と予想する。
だが、選挙での優勢が顕著になるにつれ、同胞団幹部からは「ビキニ着用は非イスラム的だ」といった発言が出始めている。劣勢のリベラル派には、イスラム化が進むことで主要産業である観光に悪影響が出るとの懸念の声も強い。
今後の新憲法制定プロセスでは、同胞団などの意向が反映され、イスラム色の強いものとなる可能性もあるが、暫定統治を担う軍部がどういった態度に出るかは不透明なこともあり、当面は各政治勢力間で激しい駆け引きが続きそうだ。
内戦と欧米の軍事介入の末、カダフィ政権が倒れたリビアでも、最近では民兵組織同士の衝突が続発し、平和的に民主国家移行が実現するかはなお不透明だ。

●産経新聞平成23年12月15日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111215/amr11121520140014-n1.htm
【イラク戦争終結】
くすぶる宗派対立、イランの影米アジア重視に影響も
2011.12.15 20:09

【ワシントン=犬塚陽介】オバマ米大統領は14日の演説で、イラク戦争は年内の駐留米軍の完全撤退で「歴史の一部になる」と述べ、事実上の戦争終結を宣言した。これを受けてイラク駐留米軍は15日、首都バグダッドで、隊旗を降ろす式典をパネッタ国防長官の出席で行った。2003年3月の開戦から約9年。大統領は民主化による安定という成果を強調したが、撤退は地域のパワーバランスを変える可能性がある。
国内の宗派間対立や隣国イランの影響力拡大といった不安定化の火種は消えない。治安が再び悪化すれば、イラクとアフガニスタンからの撤退を踏まえた米国の「アジア回帰」戦略にも影響を与えかねず、今後もイラク情勢が米国の重荷となる状況が続きそうだ。
国際社会の反対を押し切る形で開戦し、多大な人命と戦費を注ぎ込んだイラク戦争の終結を告げる演説で、オバマ大統領は「完璧ではないが、独立、安定し、自立したイラクを後にする」と強調した。
オバマ政権にとってイラク戦争は、ブッシュ前政権からの「相続を余儀なくされた負の遺産」(元政府高官)であり、来秋の大統領選を前に年内の撤退完了は「必ず実現しなければならない公約」(同)だった。
米軍によるイラク軍の訓練が不可欠との声は根強く、米軍内には数千人規模の駐留継続を求める声が大勢を占めたが、米兵の免責特権をめぐるイラク政府との交渉が不調に終わると、年末までの完全撤退論が一気に加速した経緯がある。
イラク情勢の改善に結びついた米軍増派を早くから主張した共和党のマケイン上院議員は14日、撤退は「治安よりも政治を優先させた結果」と批判した。
一方、撤退によって生じる地域の“力の空白”に乗じたイランの影響力増加を危ぶむ声が強まっている。
スンニ派のムトラク副首相は米CNNテレビに対し、シーア派のマリキ首相が、同じシーア派のイランと米国の間で「ゲームをしている」と批判。首相を信頼する米国は「いつか後悔するだろう」と警告した。イラクは先月、アラブ連盟が決定したシリア制裁に反対したが、米国には、シリアと密接な関係にあるイランにイラクが配慮した結果との受け止めもある。
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・拙稿「揺れる北アフリカと中東諸国1〜3」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110304
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110305
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110308

khosogoo_2005さん
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