朝8時にホテルを出てグラナダへ向かう途中、バスに乗っているときれいな朝日が見えました。
バスの車窓からパナソニックのコンパクトデジカメで撮りました。
日が昇ったらシエラネバダ山脈が見えてきました。ここで一口知識。アメリカの地名はスペインの名前からとられているそうです。アメリカのネバダ州もラスベガスもロサンゼルスもカリフォルニアもサンフランシスコもそうなんですって!そう言えばアメリカ大陸を発見したのはコロンブスでした。
上の写真はNikonの一眼レフで撮りました。
シエラネバダ山脈に雪が積もっています。
アルハンブラ宮殿に着きました。
サルビアがきれいに咲いていました。
アルハンブラ宮殿の中は噴水や池など水をふんだんに使ってあります。水を使うことが富の象徴だったようです。外観より内装が立派でした。明日のお楽しみです《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ〜
2011−12−9(金)撮影
北米や南米のワインの勉強をしていて気になったのが、北米や南米の歴史そのものであって、ちょっとエッセンスだけ披瀝してみます。
現在の人類はアフリカに起源を持つ単一種で現在の人類の直系の祖先であるホモ・サピエンスも10万年ほど前にアフリカで誕生して、世界中に広がっていった(第2の出アフリカ)。
彼らは食料であるマンモスを追ってシベリア経由で当時シベリアと地続きだったアラスカ経由で当時無人であったアメリカ大陸に入ったのが1万2000年前、南米の最南端まで入ったのが1万1000年前である。その後も執と様々な集団がアメリカに渡った。ナバホ、アパッチ、エスキモーたちなどである。氷河期により大型生物が絶滅しマンモスも絶命する。それと同時に農耕が始まり、アメリカ大陸の中では最も古くから農耕が始まっていたメキシコと中央アンデスでは、高度に発展した文明社会が築き上げられた(インカ、アンデス、マヤ)。その繁栄は、1492年、コロンブスがこの大陸に到達するまで続くのである。
1492年、大航海時代クリストフゼ・コロンブスが率いるスペイン遠征隊がアメリカ大陸発見。これはキリスト教系白人が始めてアメリカを発見したことにより新大陸発見と称される。その後、その後はヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸各地の探検が行われ、植民地化が急速に進行した。
ポルトガルによるアメリカ大陸の植民地化
ポルトガル王国は、15世紀のヨーロッパ人の世界探検において先駆的な国であった。1494年のトルデシリャス条約によって、新世界はスペインとポルトガルの領域に分けられた。ポルトガルの植民地は南アメリカの一部(主に現在のブラジル)のみを占めた。インド航路を目指していたポルトガル王国の探検家は1500年4月22日にブラジルに上陸した。
スペインによるアメリカ大陸の植民地化
レコンキスタが終焉し、スペインからイスラム勢力が消滅した1492年に、スペイン隊のコロンブスはアメリカ大陸を「発見」した。1494年にローマ教皇の仲裁によってスペインとポルトガルの間にトルデシリャス条約が結ばれ、スペインは「新大陸」における征服の優先権を認められた。北米には運がなかったのか植民できなかったが(だからアメリカはスペイン語ではない)、ブラジルを除いた南米各地はスペインが征服することになった。1535年にアルマグロはインカ人数千人を引き連れて南に向かいチリにたどり着いた。1553年には植民地時代最古に建設された現存するアルゼンチンの都市サンティアゴ・デル・エステロが建設された。
北米の植民地化と独立宣言
経済的移民(イギリス人など新大陸で一儲けしようという人たち)、宗教的移民(ピューリタン)、強制移民(アフリカから連れてこられた奴隷)ヨーロッパから続々とアメリカ(特に東海岸)に移住してきた。以降1700年ころまでの約200年間がアメリカ植民地化の歴史である。
ほぼイギリスが植民を有力に進めたが(したがって英語が母国語となった)、イギリスがアメリカの植民者たちに経済的な圧力をかけたり植民を虐殺するなどに至ったため、1775年対イギリス独立戦争(東部の13植民地のアメリカ植民者が大陸会議、大陸同盟を結び1776年独立宣言)でアメリカ植民が独立を果たす。
メキシコ戦争1846年〜48年
スペインの植民地支配から独立革命を経て独立したメキシコはカリフォルニア(当時は未開の地)を含むメキシコ北部の領地一帯を保持していたが、1836年、テキサス共和国がメキシコからの独立を宣言。1845年にテキサス共和国はアメリカに併合された。
アメリカはこの地域での英国の野心を断ち切るために、太平洋岸のカリフォルニアに自国の港を持ちたかった。そこで当時カリフォルニアを領有していたメキシコと戦争を始めた。1848年メキシコ戦争がアメリカ優位で終結し、アメリカにカリフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラドの大半にテキサスと同様の管理権を与えられた。カリフォルニアはこのとき初めてメキシコ領からアメリカ領となった。
ゴールドラッシュ
その直後ゴールドラッシュが始まり1849年以降、数年の間に何万人という人々がサンフランシスコに押し寄せた。この頃のワインは質より量の時代であった。この頃にナパ、ソノマ周辺及び金の見つかったサクラメントでもワイン用ぶどうが栽培された。こらの大半はヨーロツパからの移民であり、ぶどう栽培とワイン醸造についての知識をもつ者も少なくなかった。ヴィニフェラ品種を持ち込んだアゴストンハラジーもその一人。
大陸横断鉄道完成
1869年大陸横断鉄道が完成しワインの販路が拡大するなど、1860年代から80年代にかけてカリフォルニアワインは最初の黄金期を迎える。
すまない!
今週は色々と間に合わなかったのだよ。
来週、来週だ!
アメリカの東海岸のお店でモノを買うと、当たり前なんだが、地球を半周して届くんだなぃ
たった数千円の運賃で、アメリカ大陸と太平洋を横断。荷物になりたい(笑)
今はアンカレッジ目指してアメリカ大陸を爆走しているらしい。
読んだよ!
少年少女伝記文学館6の「コロンブス」。
保永貞夫 著 講談社
実に懇切丁寧にコロンブスの足跡を辿ってある。
1492いしのくにアメリカ大陸発見、コロンブスなんて軽々言っては申し訳ない程に 苦労しているのだ。(当然だが)
先月 ロンドン→→→ニューヨークを船で七日間で行った折に、私はコロンブスさんは スペインから何日間を要したのかしら?と疑問を感じ読むことになった。
第1回は71日目。 しかもアメリカ大陸ではなく キューバ近辺の島。
その当時、既に先をいっていたのが、ポルトガルのエンリケ航海王子。
写真はトレド美術館にあるドラクロワの絵。
「イサベラ女王に新世界を報告するコロンブス」一部分。
アメリカの陰謀本を読んでいると,
そこまで冨に執着するというそのことだけが,不可解。
ではこの状態はずっと続くのだろうか,
いやそんなはずはない。
ガイアが怒る(笑。
アメリカ大陸を洗ってきれいにするね,ガイアは。
で,もとの農村に戻るよ。
そんな気がする。
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