「オトコヲミガク旅(w):真夏のオーストラリア」に出かけてみました。15
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2012年1月1日は「ウルル(サンライズ) - 登山 or ベースウォークツアー」に参加いたしました。3:00AM頃ホテルを出発し、「タリングル・ニャクンチャク・サンライズ・ビューイングエリア」に向かいました。ここでコーヒーとクッキーを振舞われ、それぞれ皆さんお気に入りのポイントに陣取り、夜が明けるのを待ちます。
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2012年の「初日の出」です。正月早々、贅沢にも「地球のへそ」でこんな素晴らしい光景を拝めることが出来ました♪♪
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陽が昇るにつけ、だんだん「ウルル(Uluru)」が明るくなってきました。昨日のサンセットとはまた違った雰囲気を楽しむことが出来ました。暫し朝陽を浴びるウルルを体験した後・・・・・・・・・
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「ウルル(Uluru)」の登山口にやってっ来ました。ツアーのタイトルに「or」が入っている理由は最高気温や風速、或いはアボリジニの文化的理由により登山できない日があるからで・・・・・・・・・・
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この日は残念ながら登山することが出来ませんでした(T-T*)、当日は風が強かったので、確かに危険だったかもしれませんね。(アボリジニは彼らにとって聖地であるここを、観光客が登山する事自体、あまり快く思っていないそうです。
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・・・・・・・・・・・と言う事で、登山口の北側の「マラウォーク(MALA WALK)」をちょっとばかり散策しました。そこで色々撮ったのですが、その迫力を表現するのが難しく、とりあえず、引きの写真をUPしてみます。(人の大きさで、その巨大さが判って頂けると思います。)
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もう少しゆっくりしたかったのですが、ツアーなので忙しなくバスに乗り、ウルルの北側を周回し、次のベースウォークポイントの「クニヤウォーク(KUNIYA WALK)」に向かいます。
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バスからはウルルの岸壁に出来たにの「不思議な模様」なんかをパチリパチリ致しました。
(自分は人の脳 or エイリアンのように見えました w)
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「クニヤウォーク(KUNIYA WALK)」に到着すると、また「ウルル」は違った表情を見せてくれます。
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ガイドさんの説明を聞きながら、少しづつ奥の方に歩いてゆきます。やっぱり、青空と陽の当たった赤いウルルの岩肌は不思議な美しさがありますね。
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ここでは、こんな岩の窪みがあり・・・・・・・・・・・・・・
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その、壁面には「アボリジニの壁画」を見ることが出来ました。ガイドさん曰く、あんまりここの絵は秀逸ではないとの事、生活(狩り)がもう少し楽な地域は、余裕があるので良い絵がかかれているそうです。
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上の写真は侵食により自然に造られた窪みで「エアーズロックの心戴と呼ばれているそうです。ケータイの待ち受けにすると「恋愛運が上がる」とか、「金運が上がる」とか言われいるようですよ。
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効果は定かではありませんが、とりあえず「待ちうけ画像」になる様にUPの写真を載っけておきます。(ご興味のある方は、ご自由に保存してご利用ください w)
そんなこんなでお送りした、第15回目はこの辺で〆させて頂きます。次回は「カタ・ジュダ(Kata Tjuta)」の「風の谷」の様子をUPしてゆこうと思っておりますので、宜しかったら覗いてやって下さい。
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3月22日(木)快晴
OZは自宅に絵を飾るので大きな町には必ず画廊があります。不況で現在は数が減っていますが、それでもケアンズには美術商が30軒ほど。無名の作家の美術品はお手ごろ価格。絵画や版画ではアボリジニの作品が人気があります。ユミも1枚欲しいと言いますが、我家のインテリアはモダン・アジアンだから駄目です!
前の借家の絵画
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Aboriginal paintings Thu. March 22 : fine
As OZs like decorating their homes with paintings there are always some art galleries in the big towns. Due to the depression the number has decreased at this point but there are still about 30 art galleries in Cairns. You can get some works by nameless artists with good prices there. As for paintings and carvings Aboriginal works are more popular. Yumi also says she wants to get one but they won’t fit our home that is designed in modern Asian taste.
painting in former our rental house
やっと帰国しました。
そして、今は撮ってきた写真を整理しています。
これはその1枚で、広場にあったバオバブの木で、周りにいるのはアボリジニです。
この木は、Adansonia gregorii で、オーストラリアには2種のバオバブがあり、その1種です。
この木のおもしろいところは、一定の大きさになると、根元よりも幹の上のほうが肥大しますが、さらにこの木のように老木になると、幹全体が肥大したようになります。
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奇跡の達人〜アボリジニの生き方
神様ありがとうございます。
笑顔セラピーねっとの野坂礼子さんのメルマガ
「幸せありがとう通信」で
「ミュータントメッセージ」でアボリジニの
生き方の本が紹介されました。
アマゾンから購入できます。↓
ミュータント・メッセージ (角川文庫)
クリエーター情報なし
角川書店
奇跡の達人〜アボリジニの生き方
命の根っこを揺るがすほど衝撃的な感動を得た本に出会いました。
その本とは、文盲で大変野蛮であるといわれている
オーストラリア大陸の原住民族のアボリジニの生活をリアルに描いた
『ミュータントメッセージ』です。
彼らは無所有の生き方で、物やお金
その日の食べ物や水さえ持たず砂漠を旅します。
そして素晴らしい祈りをささげるのです。
「宇宙の調和を乱さず、全ての生き物にとって良い事なら我々に糧をお与えください」と。
すると「今日は鳥が来る」等と直感が降りて
その後鳥の大群がやってくる
「今日は大物だ」といったらラクダがやってくる
という風に食べ物や水はもちろん、必要な物全て与えられるといいます。
そして骨や皮やひずめや羽等、ひとつ残らず生活用品として活用します。
そして彼らはコミュニケーションにテレパシーを使い
すごい記憶力を持っている。
声は祈るため、歌うためにあるのだとか。
文字を使うと記憶力が薄れる、だから文盲なのではなく
文字を必要としないのです。
このような超能力を誰しもが持っていて
病やけがは手を触れるだけで癒されます。
彼らはいつも幸せと喜びで豊かに暮らし
皆がごく当たり前に助け合い、愛し合い、笑い、楽しんで生きている
そして120歳か130歳位になるとお祝いをし、
マハサマーディーという死に方で
自ら瞑想に入り数分後には自らあの世に旅立っていくのだそうです。
死体は自然の循環に寄与され、動物たちの栄養になります。
そしてその動物をまたいただく、つまり大自然の一大循環の一部として
全く我を出さずに生きている民族なのです。
だからストレスはまったくなく、そのため癌も心臓病もない
貧富の差もなく、競争も皆無です。
全てを与えてくれる神=大自然に全てをゆだね共に生き
純粋でいつもオープンマインドなのでプライバシーはいらない。
純粋で心を開いていないと超能力は閉ざされてしまうのだそうです。
彼らは白人宣教師に
「食事の前に感謝の祈りをささげるよう子供たちに教えなさい」
と言われた時とても奇妙に感じたといいます。
彼らは、朝毎に感謝のうちに目覚め、何かと考えているからです。
感謝を忘れ、超能力をなくした文明人は
彼らから見るとミュータント=突然変異種だといいます。
但し、彼らは自分たちを迫害し馬鹿にする文明人に反発もせず
同じ人間として心からの敬意をささげ
大自然にゆだねる順流の生き方を取り戻して欲しい
これ以上母なる大地を傷つけないで欲しいと心から願っているのです。
メルマガでこのように「アボリジニの生き方」を紹介されています。
私も「神様ありがとうございます」と常に日常祈るのは
このアボリジニのような、神様に委ねる生き方を目指していて
「スピリチュアル覚醒セミナー」でもお伝えしてます。
21世紀は神様は委ねて生きるような時代になるための
神様のお手伝いをしてます。
きょうは一日、2012年度の「議員と市民の勉強会」の構成案を作っていました。
ということで、まだ仕事が残っているので、
梅林公園の画像の整理をしようと思っていたのですが、
まだデジカメのなかに入っています。
けさの中日新聞には、3月3日に美浜原発から飛ばした風船が68個見つかり、
そのうち60個が岐阜県内、との記事が載っていました。
一番遠いところのは、120キロも離れた瑞浪市や愛知県高浜市です。
原発事故想定で高浜にも「拡散」
2012年3月17日中日新聞
福井県で原発事故が起きた際の放射性物質の拡散状況を調べるため、東海3県や福井県の市民有志が行った風船による風向調査で、68個が岐阜、愛知、滋賀の3県で見つかった。岐阜県が60個と大半で、120キロも離れた瑞浪市や愛知県高浜市でも確認された。
愛知県では春日井市や一宮市、北名古屋市など5市で計6個。岐阜県内は、岐阜市が最多で16個。大垣市から瑞浪市までの人口密集地を中心に、15市町で各1〜5個が見つかった。滋賀県では米原、長浜の2市で各1個が見つかった。
調査は3日に実施。主婦や会社員ら40人の有志が福井県美浜町の関西電力美浜原発近くの海岸から風船1000個を飛ばした。当日は北北西の風が吹き、最大風速は6メートル。2時間後の午後0時40分に岐阜県可児市今渡に到達。午後1時には春日井市高蔵寺町に達した。
愛知、岐阜両県では、秋から冬にかけて1年の半分近く北西の風が吹き、福井県の風下になる。有志の一人で、岐阜市に住む兼松秀代さん(64)は「事故が起きれば、東海地域が広く汚染される恐れが明らかになった」と指摘する。
兼松さんら市民5人は16日、岐阜市役所を訪れ、安全対策が完全になされるまで原発の運転を再開しないように国に働き掛けを求める要望書を、細江茂光市長あてに提出した。
(山本真嗣、寺本康弘)
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後半は、原発関連で紹介しようと思って保存しておいた、毎日新聞の
「大震災1年:3・11後の世界豪・アボリジニの長老嘆く私たちのウランがフクシマに」を紹介します。
大震災1年:3・11後の世界豪・アボリジニの長老嘆く私たちのウランがフクシマに
◇汚染の一方、雇用期待も
「私たちの大地が生んだウランがフクシマの人たちを苦しめている。本当に悲しい」
オーストラリア(豪州)先住民族アボリジニの女性長老アイリーンさんは、遠い日本で起きた福島第1原発事故に今も心を痛めている。豪州産ウランは原発燃料として日本などに輸出され、福島でも使われた。鉱山開発で先祖伝来の土地を奪われ、採掘中止を求めてきたアイリーンさんは今、世界中の原発廃止を訴えている。
南オーストラリア州の州都アデレードから北に約560キロ。赤茶けた砂漠の中に、国際的な大手資源企業「BHPビリトン」のオリンピックダム鉱山がある。年間約4000トンのウランを産出し、埋蔵量は世界一だ。
アイリーンさんの年齢は「90歳ぐらい」という。正確な生年月日は不明だ。この地に生まれ、野生のカンガルーを捕獲し、果物などを採集して暮らした。家は無く、樹木が屋根、大地が寝床。「でも昔はとても平和で幸福だった」と振り返る。
ところが70年代半ばに鉱山開発が始まり、広大な区域が鉄条網で囲われ、立ち入り禁止になった。アイリーンさんは「ここは私たちが先祖から受け継いだ大地。だが泉は枯れ、動物たちは姿を消し、大地は放射能に汚染されてしまった」と悲しそうに話した。福島原発事故の様子はテレビで繰り返し見たという。「日本の政府と電力会社にお願いしたい。ウランを買うのをやめ、原発を廃止してほしい」と訴えた。
周辺住民は、がんの多発など健康被害や採掘時に発生する放射性廃棄物の危険性を訴えてきたが、実態調査は行われていない。BHPビリトンは毎日新聞の取材に「放射能が危険を及ぼす事態は起きていない」と答えた。
豪州の環境問題に詳しい京都精華大の細川弘明教授(環境社会学)は「オリンピックダム産ウランの約4分の1が米国やカナダでの転換・濃縮などの過程を経て日本に送られ、福島第1原発でも使われた」と説明する。
だがウラン輸出の強化を図る豪州政府は昨年10月、オリンピックダム鉱山の事業拡張計画を承認。今後11年間で生産量を現在の4倍超の1万9000トンに拡大する計画だ。地元では新規の雇用創出やインフラ整備などへの期待も高い。
住民の中には安定した収入を得て子供たちに良い生活をさせたいという思いもある。鉱山で働く40歳代のアボリジニ男性は「ウランがあったことは不幸だが、鉱山と共存するしか道は無い」とあきらめ顔で語った。【オリンピックダム(オーストラリア南部)で佐藤賢二郎】
◇
東日本大震災から1年。世界はどう変わったのか。人々は日本にどんな思いを寄せているのか。「震災後」の世界各地から報告する。
毎日新聞2012年3月13日
大震災1年:3・11後の世界豪ウラン、新興国シフト
◇日本の需要減、備え輸出を拡大、国内では「不要」
ウランの埋蔵量が世界一のオーストラリア(豪州)に、発電用の原子炉は無い。原発導入を検討したこともあるが、現政権は「原発は不要」との立場だ。一方でウランの輸出には力を入れる。東京電力福島第1原発事故の影響で「顧客」だった日本のウラン需要が減る可能性をにらみ、中国やインドなど新興国への輸出拡大を狙う。【アデレード、オリンピックダム(豪州南部)で佐藤賢二郎】
「豪州に原子力は必要ない」。ギラード豪首相は福島第1原発で水素爆発があった昨年3月14日、地元テレビで「原発不要論」を唱え、「豪州には豊富な太陽光、風力、地熱、潮力などの再生可能エネルギーがあり、原子力は適さない」と訴えた。「原発は造らず、ウランは原発の燃料として輸出する」。福島原発の事故は、ギラード労働党政権の基本政策を確認する契機となった。
豪州では石炭を使った火力発電が全体の約8割、天然ガスを合わせると火力発電が全発電量の9割を超える。国内に安価な石炭が豊富にあり、高コストで反対が根強い原発導入の必要性は低かった。
一方で、二酸化炭素排出量の削減は長年の課題だった。2006〜07年、当時のハワード保守派政権は「温暖化対策」を理由に原発導入計画を推進したが、07年末の労働党への政権交代で頓挫した。保守派を中心に原発建設を求める声はくすぶり続けたが、福島原発事故が完全にとどめを刺した形となった。現政権は20年までに電力の2割を再生可能エネルギーに置き換えるとの新たな目標を掲げ、代替エネルギー開発に力を入れる。
福島事故後、豪州国内ではウラン輸出への影響を懸念する声が強まった。日本で使用されるウランは3分の1が豪州産。国内3カ所の鉱山で採掘されるウランの総輸出量は年間約7000トン(10年)で、うち4分の1を輸入する日本は最大の顧客の一つだからだ。
事故の影響でウラン採掘会社の株価やウランの市場スポット価格が下落した昨年3月下旬、ギラード首相は「日本での事態はウラン輸出に対する私の考えに影響を与えない」と強調。フゼガソン資源・エネルギー相も5月、「ウラン採掘は豪州の基幹産業」と語り、ウラン生産量は今後4年間で倍増すると自信を見せた。念頭にある輸出先は大規模な原発建設が計画されている中国、インドなどの新興国だ。
与党労働党は昨年12月、インドへのウラン禁輸措置の解除を決定。豪州はこれまで核拡散防止条約(NPT)非加盟国への輸出を禁じてきたが、「対印関係の強化」を理由に政策転換に踏み切った。
広島市立大広島平和研究所の田中利幸教授は「福島原発事故は豪州のウラン採窪輸出に歯止めをかけるのではなく、その代替市場を求め、それを推進させるという逆説的な結果を生み出している」と指摘する。
◇大地、死に絶えてしまう訴える先住民族、核実験の過去も
先住民族アボリジニのケビン・バズコットさん(65)は2月、オリンピックダム鉱山の事業拡張は「環境保護・生物多様性保全没に違反するとして、計画を承認した連邦政府を提訴した。豪有力紙「オーストラリアン」は「オリンピックダムに挑む長老の小さな声」と紹介した。
バズコットさんは毎日新聞の取材に「拡張でさらに巨大な穴が掘られ、新たな道路や線路が造られる。より大量の水が消費され、大地は完全に死に絶えてしまう」と訴えた。先祖からの土地は鉱山の北に位置し、地下水が豊富だった。しかし、その地下水が大量に採掘のため使われ、ほとんどが枯渇したという。
バズコットさんは過去20年間、政府と鉱山会社にウラン採掘の中止を求めてきた。「戦いはやめない。ウラン採掘は地球に対する犯罪行為だ」と語る。福島第1原発の事故は「悲しい出来事だが、原子力に安全はないというメッセージを世界に送った」と強調した。
同じ部族出身で「豪州非核連合」の共同代表を務めるピーター・ワッツさん(47)は、「アボリジニも日本人と同じ『ヒバクシャ』だ」と語る。1月、横浜市で開かれた脱原発世界会議で「豪州産ウランがフクシマなど世界中に輸出され被害を与えている」と訴えた。
訴えたのは今も続く鉱山の放射性廃棄物による被ばくと、50年代に英国が豪州中南部で行った大気中核実験による被ばくだ。核実験では多くのアボリジニが被ばくしたと主張しているが、豪州政府は実験用地の所有者だけに賠償を払い、周辺住民への補償はなかった。ワッツさんによると、祖母と母親が被ばくし、祖母はまもなく死亡。5歳違いの弟は生後1週間で死亡し、妹は骨髄に障害を持って生まれた。弟の遺体は政府が回収し、その一部が両親の元に戻ったのは2年前だった。
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◇豪州の核・ウラン問題とアボリジニを巡る主な動き
1952〜57年英国が豪州中南部のマラリンガなどで計12回の核実験。英軍兵士とアボリジニを含む多数の地元住民が被ばく
1954年英米政府の要請を受け、核兵器製造用のウラン採掘を開始
1981年北部準州のアボリジニの聖地、カカドゥ国立公園内のレンジャー鉱山でウラン採掘開始。ユネスコがカカドゥ国立公園を世界遺産に登録(ウラン鉱山と周辺は除外)
1988年南オーストラリア・オリンピックダム鉱山でウラン採掘開始
1998年ユネスコがカカドゥ内のジャビルカ鉱山開発工事の中止を勧告(翌99年に凍結)。連邦政府が南オーストラリア・ウーメラに核廃棄物処分場建設を計画
1998〜99年レンジャー鉱山の放射能汚染水が周辺の小川に流出。アボリジニによる開発反対運動が活発化
2004年アボリジニなどによる反対運動でウーメラ核廃棄物処分場計画を撤回
2005年資源大手BHPビリトンがオリンピックダム鉱山を買収
2011年連邦政府がオリンピックダム鉱山拡張計画を承認
毎日新聞2012年3月13日
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明日もまた見に来てね
3月12日新宿三越が3月31日・82年の歴史を閉じて、ビックカメラになる。嫌だなあ。
その三越の7階・ジュンク堂の「本当に売りたかった本」のなかから、出稼ぎ哀歌という写真集を買いました。なぜなら「みんな必死で生きてきた」が気に入ったからです。農村を踏み台にして高度成長を謳歌した都会の日本人。今もまた農村地帯を足蹴にして生き残ろうとしている都会。同じ日本の中の現実。
ITI・ユネスコのオーストラリア演劇「ナバジ・ナバジ」アボリジニの言葉で分け合ってということらしい・の討論会に行ってきました。アボリジニを追いやって得た白人の幸せ、その物語には、広島の原爆も語られている。
原爆より怖いのは自分の言葉が消えていくこと。というメッセージは胸に迫るものがあります。言葉が消えると文化も消えるからです。アボリジニの人々が悲しいときに歌う歌・讃美歌?植民地になったときキリスト教が入ってきたからです。
生きるとか共存とか言葉だけなら簡単なこと。でも難しい、と思いました。
代表小池雅代

肉にかけている、透明に光る粒々。これが、キャビア・オリーヴというものらしい(笑)。オーストラリア産の不思議な植物。確かに、透明なキャビアみたいだし、見た目は生のオリーヴみたいです。香も味も特になく。ぷちっと潰れ...もっと見る

今日は天気も回復してきました。昨日までの荒れ模様が、ウソのようです。この写真は「ディンゴ」で、手前の花は「熱帯スイレン」です。すぐにわかった方は、すごいオーストラリア通です。この犬は、アボリジニが8,000年ほど前...もっと見る
、本題の「ウルル、カタジュタを巡る旅」ですが、「ULURU」は登山許可がでないようです。また、アボリジニが聖地としてきた場所、サンライズ、サンセットがすばらしいようです。また、「KATA TJUTA」はウルルから西に約50km、大小36個の丸みを帯びた岩山からなり、散策できるトレッキングコースがあり...もっと見る

することに・ここにも沢山のユーカリの木が。特徴を説明するガイドさん・麓には多くの洞窟がある。アボリジニの人たちが行事、生活に利用していた。ここでは一族が会議などを行っていたとのこと・洞窟の壁に壁画が。図を描いて...もっと見る