『天声人語』にこんな書き出しの記事があった。「アブラハムなる名を聞いて、『おなかの廻りにポテンと脂肪のついた男』を想像したのは作家の向田邦子だ」。それがいったいどうつながっていくかと言うと、肥満からダイエットとなり、「国会と減量は英語で同じつづり(Diet)である」と述べ、「比例80減、小選挙区5減という民主党の減量プランは、大政党を利するお手盛りにみえる。面倒でも、1票が重すぎる選挙区をとことん統廃合すれば、格差の解消と減量の一石二鳥だろう」と展開していた。
新約聖書を読んだことのある人は覚えていると思うけれど、最初に出てくる『マタイによる書』は「アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリスト」とあり、「アブラハムはイサクの父、イサクはヤコブの父」と系図が書かれている。14代目のダビデはイスラエル建国の王であり、キリストの父であるヨセフへとつながっていく。キリストはヨセフの婚約者であったマリアから生まれているので、血のつながりはない。神がマリアのお腹を借りただけなのだから当然だけけれど、あくまでもアブラハムの血を受け継いでいることが重要なのだ。
それくらい、旧約聖書の中ではアブラハムは重要な人である。キリストを神とは認めていないユダヤ教もキリスト教の後から生まれたイスラム教もアブラハムを聖人と称えているという。「初めに神は天と地を創造された」で始まる旧約聖書の『創世の書』は、アブラハム一族の書ともいえる。神はアブラハムに「父の家を去って、私が示す地に行け」と言われる。アブラハムは一族を連れてユーフラテス川の下流の町ウルを発ち、川沿いに北上し高地メソポタミアのハランを経て、今のシリア・ヨルダンを通りエジプトまで行く。そして再びパレスチナに戻り、そこに住み着いた。
神がなぜアブラハムのこのような旅をさせたのか分からないが、アブラハムの一族は大いに栄えたようだ。確かに、アブラハムは神の命じられることを守る人である。息子のイサクを連れて山に登り、いけにえに捧げることも厭わなかった。神がもっとも信頼したのも当然である。彼の妻は長い間子どもができなかった。そこで彼女は奴隷であるエジプト人の女にアブラハムの子を産ませている。アブラハムは一族の長であったから、他の女にも子どもを産ませたのか分からないが、神が約束したとおりに「空の星」のように増えた。
古代人の男女の関係は、旧約聖書を読む限りでは鷹揚というか、産むことに重点を置いている。アブラハムと一緒に旅をしていた甥のロト一家は、四海近くのソドムに定住するが、しかし、この町は性的に乱れていたので神は焼き払うことにした。そこでロトに町を出るように言われ、ロトとふたりの娘は助かった。けれど、「この地のならわしでは、私たちとめおとになる男はいない。お父さんにぶどう酒を飲ませ、彼といっしょに寝ましょう。そうすれば、お父さんに子孫を残すことができるでしょう」。こうしてロトのふたりの娘は、父の子を身ごもったとある。近親相姦は性の乱れとは考えていないのだ。
民主党の提案も確かに身勝手だ。それで消費税増税への取引にしようというのも姑息だ。ダイエットの前に根本から考え直して欲しいと思う。
正月だが予定も何も立てていなかったので天地創造を見た。
アブラハムの世継ぎがなかなか生まれてこない場面だけを
各国でリメイクしたらこんなことにはならないだろうか?
K国版
サラとハガルの不和が異様なほどネチネチしており
場面ごとに登場人物の誰かが涙を流す。
日本版
ハガルが最近売れてきたモデルでイシュマエルは
テレビ局が売り出したい子役で、やたらませた台詞が目立つ。
カメラワークが固定カメラで顔がアップになる場面が多い。
ベネズエラ版
開放的かつ情熱的。
先週末14日土曜日、ドイツで行われた試合結果です。
WBOスーパーミドル級戦:
王者ロベルトステイグリッツ判定3対0(119-109、118-110、116-112)挑戦者ヘンリーウェバー(共に独)
*地味ながらも着実に防衛回数を伸ばしているステイングリッツ。同国人に快勝し、5度目の防衛に成功しています。ステイングリッツは既に、4月14日にミッケルケスラー(デンマーク)を迎え防衛戦を行うことが決定しています。
なおこの試合が、2012年初の世界戦をなっています。
WBO欧州スーパーミドル級戦:
アーサーアブラハム(独)TKO5回2分パブロファリアス(伊
*スーパーミドル級トーナメントでは手痛い3敗を喫してしまったアブラハム。今回の再起戦では世界上位ランカーから3度のダウンを奪うという快勝劇を演じています。アブラハムは年内の世界王者返り咲きを目指しています。
午前4時40分に目が覚める。「真の救い」を終わりを聞き、続いて「世の光」を聞きながら起床、大阪城に行く。今朝は、大阪朝祷会のある日なので、地下鉄は谷六で下車し乗り換えるところ、この31日に開催の「三浦綾子読書会」の、課題本の「続氷点」を読んでいたのでつい何時ものように谷四と、一駅乗り過ごした。結局一列車遅くなった。
今朝は、日本イエス・キリスト教団北大阪教会のK師が「アブラハムの子として」と題して、創世記12:1〜2からメッセージされた。K師は、42年間、牧会された教会を後に、4月から新しい鶴見緑地教会に転任される。アブラハムは主の「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」とのことばに、行き先を知らずに主の約束を信じ従った。それゆえアブラハムを祝福の源とされた。私たちも、イエス・キリストを信じ従うならアブラハムの子としての祝福に与ることが出来ると語られた。
午後、王子商店街で月1回開催されている「歌声喫茶」に初めて参加する。ここは歌集を用いて童謡を歌った。50過ぎの女性が歌唱指導をされて、男性のハーモニカの伴奏で歌った。午後2時〜4時と少し長い時間で、途中ティータイムをはさんで30曲ほど歌った。25名ほどの高齢者が集っておられた。私たちの「歌声広場」と雰囲気は少し違っていたが、多くの高齢者が楽しみに集っておられた。
先週末3月31日土曜日、ドイツで行われた試合結果です。
WBO欧州スーパーミドル級戦:
王者アーサーアブラハム(独)判定3対0(119-108、118-109x2)挑戦者ピュートルピルゼウスキー(ポーランド)
*「スーパーミドル級トーナメント」では3敗を喫するという散々な結果に終わっているアブラハム。今年に入り精力的に試合を行っています。事実上のWBO王座挑戦者決定戦と目された一戦。強豪を相手に大差判定勝ちを収め、2階級制覇に向け大きな前進をしています。
同日、メキシコで行われた試合結果です。
ライト級12回戦:
セルジオトンプソン(メキシコ)TKO2回2分27秒ホルへリナレス(ベネズエラ/帝拳)
*攻撃力に比例するかのように、打たれもろさも持ち合わせているリナレス。トーマスハーンズが辿った道のりを歩み始めています。ストップは自身の負傷のためのレフェリーストップ。しかし試合が続行されていても、遅かれ早かれトンプソンに捕まっていたでしょう。
肉体的アドバンテージが失われたライト級より、スーパーフェザー級に再転向したほうが賢明のようです。
こちらは米国テキサス州で行われた試合結果です。
スーパーミドル級強10回戦:
ケリーパブリックTKO2回2分45秒アーロンジャコ(共に米)
*相変わらずの丁寧なボクシングを見せたパブリック。体調も良さそうでした。しかし如何せん、対戦者との実力差がありすぎました。
なお同じ日に予定されていた下記の試合は4月21日に変更。対戦者も変わっています。
WBCスーパーバンタム級インターナショナル・シルバー王座決定戦:
クリスチャンミハレス(メキシコ対エディーフリオ(コロンビア)
レンブラント作品:『アブラハムとイサク』
『アブラハムは、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子をほふろうとした。』
そのとき、天から主の御使いが言った。
『その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。』
創世記22章9〜12節
今日は、今年最後の、聖書通読の会。
通読箇所は、有名な、『アブラハム、イサクを捧げる。』箇所。人生の真髄です。
参加者の感想
「神が、本当に、独り子をささげろなんてむごいことを、言われるだろうか?」
「私が要求されても、決してささげません。」
「私が要求されたら、私が身代わりでよろしいでしょうかと、神様にたずねます。」
・・・親として当たり前に持つ感想。前後にもっと複雑な話をされました。
「神に聞き従うことが、信者にとって、一番大事なことである。」
「神にゆだねる信仰を貫くことは、並大抵のことではない。」
・・・信者として直面する葛藤を述べる感想。
司祭の感想
「ここは、本当の神との出会いが書かれていると思います。
神が、無条件で、一人一人を愛しておられ、必要を満たして下さる方であるという経験をする時は・・本当の神との出会いがあると思います。
アブラハムは、大切な息子を、神を信じて、捧げました。
息子をほふろうとした時に・・神が別のささげものを準備してくださるという、神の愛の経験をします。
神との本当の出会いは、自分を完全に捨てきった先にあるということ。だと思います。」
・・・神との出会いは、自己放棄をせまられるほどの事態に遭遇し、自己放棄を選択したその先にあるということ。生ぬるさの中では難しい。ということでしょうか。
参加者の感想
「信仰が足りない私には、信仰深いアブラハムに与えたようなつらい試練が与えられることはないでしょう。
聖書には、耐えられない試練を与えることはない。と書かれているのですから。」とも。
アブラハムは、神からの要求で子をささげものとする。信仰の試練に直面します。
善良な市民が、予期せぬ災害などで子を喪うという人生の試練もあります。今年の津波や地震や大雨のように。
今年も・・
大切な子や家族を失う、という悲しくつらい大事が沢山にありました。
どんな大事の時も・・
神や周りの人々から頂く暖かいなぐさめによって、立ち直ることが出来、生き続けることも出来るのでしょう。
『試練の先に、必ず、『光』がある』
『光』を信じて生きる自分。『光』を信じて悲しむ人に寄り添う隣人。
そんな自分と隣人としての人生を送りたい。私の感想の一部でした。
分からないが、北イタリアやオーストリアを中心に1670年から1725年の間で作曲家として活躍し、オラトリオなど大作を手がけている。「アブラハムの犠牲(Il Sacrifizio di Abramo)」は、1708年にウィーンで初演されたオラトリオである。この話は『旧約聖書』の『創世...もっと見る
月18日(水)現在のテーマ「信仰の道」今日のテーマ「■聖書 ヘブライ11:17〜22 (19)■聖句 「アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいましたが、それは死者の中から返してもらったも同然です」。(19)■解説...もっと見る
月14日(土)現在のテーマ「信仰の道」今日のテーマ「信仰者列伝?アブラハムとサラ」■聖書 ヘブライ11:8〜12 (8〜10)■聖句 「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。‥‥‥...もっと見る