アブハジア自治共和国についてのブログ(評価・レビュー・口コミ・感想)

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2012/05/25更新

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南オセチア  進まない復興 大統領選挙は迷走、背後...


(昨年11月28日勝利宣言した野党指導者のジオエワ元教育相でしたが、その勝利は幻に終わりました。【11年11月28日ロイター】)

【「時間がたつほど、この地域は『ロシア軍の町』に変わってしまう」】
ロシアとグルジアが武力衝突したグルジア紛争(08年8月)の引き金となった南オセチアは、ロシアが独立を承認してはいるものの、紛争によって荒廃した国土の復興はあまり進んでいません。

下記朝日記事は、紛争から2年が経過した一昨年8月ものですが、紛争前は約8万人だった南オセチアの人口は、紛争後の住民流出で2万〜3万人程度とされ、うち、3500人は駐留ロシア軍だそうです。

****グルジア紛争から2年住民流出進まぬ復興****
グルジアの南オセチアとアブハジア自治共和国の分離独立を巡り、ロシアとグルジアが武力衝突したグルジア紛争から2年がたった。ロシアが独立を承認した両地域では復興が進まず、住民の流出が目立っている。一方、国土の統一を目指すグルジアにも解決策はなく、住民の間には閉塞感が漂っている。

「『独立』なんて、最初から無理だったんだ。ばかげた考えだ」。グルジア中部ツェロバニ。約3千戸の簡易住宅が並ぶ「避難民村」で7日、グランさん(54)は言った。
グルジア人のグランさん一家4人は、紛争で廃虚と化した南オセチアの中心都市ツヒンバリ近くの村に住んでいた。空襲が始まり、わずかな衣類だけ持ってトビリシに逃げた。後で、自宅は略奪され、放火されたと近所の人から聞いた。

当時は自宅に残った人たちも、最近では親類を頼ってグルジアやロシアに出ている。物価は数倍になり、紛争で破壊された家の再建の見通しも立たないためだ。「もうあそこはだれも住んでいないのと同じだよ」
紛争前は人口約8万人だった南オセチア。紛争後の住民流出で、現在は2万〜3万人程度とされる。うち、3500人は駐留ロシア軍だ。

グルジア議会のダビタイア副議長は、人口流出は「ロシアの支援が独立支持者の期待通りではなかったため」と分析する。ロシアは紛争後、南オセチアに260億ルーブル(約780億円)の財政支援をしたが、2009年末までに完了する予定だった被災者住宅の建設は、今春までに計画の3分の1も終わっていない。ロシア資本が入ってきてはいるか、雇用にはつながっていない。

グルジア側は、両地域との民間交流を活発化させることで「再統一」につなけたい考えだ。だが、境界はロシア軍の検問が幾重にも設けられ、現実には難しい。ダビタイア氏は「時間がたつほど、この地域は『ロシア軍の町』に変わってしまう」と焦りをにじませた。

ロシアのメドベージェフ大統領は8日、紛争後初めてアブハジア自治共和国を訪問。「ロシアによる独立承認は正しかったと時間が証明した」と自信を見せ、さらなる財政支援を約束した。南オセチアは紛争犠牲者の追悼集会を開催。ココイトイ大統領は「ロシアがいなければ、我々は抹殺されていた」とロシアに感謝する声明を発表した。
一方、グルジアのサアカシュビリ大統領は同日、「占領者の最後の一人がいなくなるまで我々の戦いは続く」とロシアヘの対決姿勢を改めて強調した。【10年8月11日朝日】
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【「南オセチアの将来は国民自身にかかっている」】
グルジア紛争で世界に衝撃を与えた南オセチアですが、人口2万〜3万人程度ということで、日本の市レベルの規模です。

このような「小国」が、紛争で壊滅的な被害を受け、そこから復興して更に独立国家として歩むのは、かなり困難な道のりです。
当然、これまでの経緯もあり、ロシア編入を望む声もありますが、ロシアとしても傀儡政権はともかく、編入となるとさすがに国際社会の手前、難しいものがあるでしょう。
一方で、復興がなかなか進まないなかで、復興支援を約束したロシアへの不満・批判も高まっています。

****南オセチア、独り立ち困難****
3年前にグルジア軍の攻撃を受けた南オセチアの中心都市ツヒンバリでは、今も砲弾の傷跡があちこちに残る

◇「露との連合国家を」
「南オセチアにとってロシアは、これまでも、そして今後も主要な戦略的パートナーだ。我々は独立国家を造りつつあるが、将来はロシアと連合国家を目指したい」
南オセチアの中心都市ツヒンバリにある政府庁舎で毎日新聞のインタビューに応じたココイティ大統領(46)は、ロシアとのきずなを強調した。

南オセチアでは戦後復興とともに、将来の「国家」ビジョンについての議論が始まっている。南オセチア復興委員会のカビソフ委員長は「(永世中立国の)スイスのような国を目指すべきだ」と話す。だが現実には農業中心の「小国」の独り立ちは困難で、ロシアとの共存を求める意見が大勢を占める。

ズガエフ大統領顧問は、同じオセット人(オセチア民族)が多数を占めるロシア・北オセチア共和国と統合してロシア連邦入りすることを主張する。「歴史的に親ロシアの民族」(ズガエフ氏)であるオセット人は、18世紀に一つのオセチアとしてロシア帝国に入った。その後、ソ連成立時に南北に分割された経緯がある。野党有力者のジュソエフ氏も「東西ドイツのようにオセチアも統一し、ロシア連邦に入るべきだ」と話す。

ロシアのプーチン首相は1日、「南オセチアの将来は国民自身にかかっている」と述べ、ロシア連邦編入の可能性に初めて言及した。南オセチアの独立を承認したのはロシアなど4カ国にとどまり、欧米など主要国は認めていない。南オセチアのロシア入りの動きには、グルジアや国際社会から「ロシアによる併合だ」との反発が強まるのは必至だ。

カフカス情勢に詳しいロシア紙「モスコフスキエ・ノーボスチ」のスホフ記者によると、ロシア政権は、忠誠を誓うココイティ大統領に南オセチア統治を任せてきた。これはチェチェン共和国などロシア国内統治と同じ手法という。

南オセチアでは今年11月、ココイティ大統領の2期10年の任期満了に伴う大統領選がある。憲法で3選が禁止されており、ココイティ氏本人は「出馬しない」と断言する。しかし、国防次官ら大統領支持派が3選を可能にする憲法改正を求め、6月に議会を占拠する事件が起きた。一方、野党陣営は5月末に北オセチアのウラジカフカスで約1000人を動員して反大統領のデモを実施した。

ロシアは、南オセチアの「民主化」を対外的にアピールしたい思惑から、ナルイシキン大統領府長官が大統領3選に道を開く憲法改正に反対を表明するなど、内政干渉に乗り出している。ロシアが拠出した復興資金の一部が「行方不明」になる事件が発覚したことも、干渉を招くことになった一因とされる。
「独立」から3年。「新国家」の前途にはロシアの巨大な影がちらつく。【11年8月8日】
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【幻に終わった大統領選挙】
そして、グルジアの方向を決める大統領選挙は昨年11月に行われました。
現職ココイトイ大統領の後継とされ、ロシアが支持するビビロフ非常事態相(41)を、女性のジョエワ元教育相(62)が破り初当選した・・・・かのように報じたのですが。

****来年3月に大統領選やり直し=番狂わせの結果受け―南オセチア****
グルジアから独立宣言している南オセチアで27日行われた大統領選の決選投票で、最高裁は29日、選挙結果を無効と決定した。これを受けて南オセチア議会はやり直しの選挙を来年3月25日に実施することを決めた。

中央選管の暫定結果では、ココイトイ大統領系のビビロフ非常事態相(41)の得票率40.0%に対し、女性のジョエワ元教育相(62)が56.7%でリードする番狂わせになり、ビビロフ陣営が「選挙違反があった」として裁判所に不服を申し立てていた。

2008年8月のグルジア紛争後、初めての大統領選だが、混乱に陥った格好。グルジアや欧米などは選挙の正統性を認めていない。【11年11月29日】
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野党候補勝利の選挙が無効とされたのは、傀儡政権のための支持候補が敗れたロシアの圧力との指摘もされています。
更に、今年2月、野党指導者のジオエワ元教育相が治安部隊から同行を求められた際、倒れて病院に運ばれる事態となり、混迷は深まっています。

****南オセチア:野党指導者が一時意識失う「当局に殴られた」****
グルジアからの独立を宣言している南オセチアで9日、政権と対立する野党指導者のジオエワ元教育相が治安部隊から同行を求められた際、倒れて病院に運ばれた。当局が「体調不良を訴え、意識を失った」と説明しているのに対し、ジオエワ氏側は「殴られた」と主張しており、野党支持者が激しく反発すれば、地域情勢が不安定化する可能性もある。(中略)

ジオエワ氏の側近はインタファクス通信に対し、頭部を殴打され卒倒したと説明。現在は意識を取り戻したが、安静を求められているという。

ジオエワ氏は昨年11月の大統領選の決選投票を巡り、暫定開票の段階で当選を確実にしたが、裁判所が選挙違反を理由に無効を宣言した。
南オセチア議会は昨年12月、大統領選のやり直し投票(3月25日)を決め、ジオエワ氏も一時は再出馬の意向を示していた。
だが最近になり「決選投票で当選した」と主張するようになり、今月10日に独自の「大統領就任式」を開く予定だった。【2月10日】
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【「彼らの計画どおりに行かなければ、その続きは血と暴力と混乱だ」】
選挙結果を無効とし、勝利を主張する野党候補を殴り倒す、そして背後にはロシアの意向が・・・という話ですが、さもありなんと思われるところがロシアの不徳です。
プーチン首相の進める「強いロシア」、強権支配体制の実態でしょうか。

****ねじ曲げたロシアの暴力****
「当選」した南オセチアの野党指導者に暴行統制力を失いつつあるロシアの焦り

人口約7万人の小さな共和国、南オセチアは悲しげな国だ。ロシア軍基地の色鮮やかな新築の建物の隣には、以前は建物だったれんがの山がある。崩れかけた家が並ぶ道路には大きな穴が開いていて、冬の薄暗い目差しの中を車がはうように進む。

この国では珍しい外国人記者にまず向けられる質問といえば「アラは本当に警官に殴られたのか?」。
昨年11月の大統領選で、南オセチア初の女性大統領の座を射止めたのが、野党指導者のアラ・ジオエワ元教育相(62)だ。
グルジアからの独立を宣言した南オセチアでは、08年に帰属をめぐってロシア軍とグルジア軍が衝突。ロシアは後に南オセチアの独立を承認していた。

紛争後初の自由選挙となった
大統領選で独立系候補のジオエワ陣営は、ロシア政府が南オセチア復興の約束を果たしていないと追及。ジオエワはロシアが支持する候補を破り、16ポイント差で当選したという選挙管理委員会の証書も受け取った。ロシアにとっては大きな誤算だった。

一方、南オセチアの最高裁判所は選挙違反があったとして当選を取り消す事態に。議会は3月に選挙をやり直すと決めた。
ジオエワの支持者は抗議デモを繰り広げた。「権利意識の高まりと自分たちの意見が無視されているという思いが、人々を駆り立てた」と、シンクタンク「国際危機グループ」のバーバラ・パクホメンコは言う。

臨時大統領はジオエワの逮捕を命令。ジオエワ側の主張によると2月9日の夜、目出し帽をかぶった数十人の男が彼女の自宅に押し入った。ジオエワの兄弟が最後に見たのは、意識を失った彼女が軍のトラックに投げ込まれる場面だった。

ジオエワの「当選」以降、ロシアは南オセチアを孤立させている。2月には全域のインターネット接続を遮断。彼女が襲われた前日には、山間部の南オセチアに通じる唯一の道路の手前で、ロシアの国境警備隊がロシア人ジャーナリストを追い払った。翌日の夜までにロシアの非常事態省は、大規模な雪崩でこの道路が閉鎖されたと発表した。
「瓶詰めのキュウリのように孤立させ、市民の最後の権利である投票権を奪う。ロシアは南オセチアを内戦へと追い詰めている」と、歴史学者のファティマ・マルギエワは言う。

北カフカスヘの「警告」
先週初めの段階で、ジオエワは集中治療室に入院している。入り目には統を担いだ兵士が張り付き、支援者やジャーナリストを通さなかった。
ジオエワの腕の青あざを携帯電話で撮影した写真が市民の問に広まり、怒りを倍増させた。当局は、彼女が高血圧の発作で意識を失って病院に運ばれたと発表。

しかしジオエワは病室から電話で本誌に次のように語っている。「兵士に体を引き裂かれそうになり、床に投げ出された。意識を失う寸前、統で体を突かれるのを感じた。彼らは私を処刑しているかのようだった」

ロシア政府が選挙結果の操作に失敗したのはこれが初めてではない。だが失敗した後であからさまに暴力に頼ったのは初めてだ。「プーチン首相は(旧ソ巡閲の)周辺国だけでなく、国内でも統制力を失いつつある」と、政治技術研究所のイーゴル・ブーニン所長は言う。「彼らの計画どおりに行かなければ、その続きは血と暴力と混乱だ」

ジオエワヘの暴力について語らないロシアの沈黙は、南オセチアが隣接する北カフカス全域への警告かもしれないとの見方もある。「ロシアはもはや(北カフカスの)自治政府の正統性も、ロシアの政策が市民に支持されるかどうかも気にしていない」と、パクホメンコは言う。【3月7日号Newsweek日本版】
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一方、ロシアはグルジアの関係修復に乗り出しています。
****グルジアに国交回復提案=紛争後、ビザ撤廃受け―ロシア****
ロシア外務省のルカシェビッチ情報局長は2日、声明を出し、2008年の紛争後に断絶したグルジアとの外交関係の回復を同国に提案した。グルジアのサーカシビリ大統領が先月末、ロシア人観光客らに対する査証(ビザ)を撤廃すると発表したことを受けた措置。
紛争時に大統領だったメドベージェフ氏は1期で退任し、4日の大統領選ではプーチン首相(前大統領)の復帰がほぼ確実視されている。これを期に両国関係が大幅な改善に向かう可能性がある。【3月3日時事】
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ロシアが必要としているのは、対グルジア、対欧米との関係で、ロシアの意向に忠実に従う南オセチアであり、ロシアを批判し、民主化を要求する南オセチアではありません。
ロシアがグルジアとの関係を修復に乗り出せば、「小国」南オセチアの住民の声などは、これまで以上にロシアから疎まれることになりそうです。

azianokazeさん

「地図の切手」という自己主張




先日、一週間前に見た『海外ネットワーク』という番組が面白かったと書いたけれど、24日に放映された続きも面白かった。前の週にエストニアにいた二村伸キャスターは、次の週ロシアに移動して現地からの生中継を交えていた。ソビエト崩壊から20年の特集の続きで、内容は、プーチン氏に対するロシア国民の不満が高まっているという物。
20年前、まだ高校生だった私は、ソ連崩壊後の報道を、あまり内容が理解できずに眺めながら、「なんか急に国が増えちゃったなあ」などと戸惑った。それから十数年経ってから購入してきた、ソ連崩壊後に独立した国々の切手コレクションがある。
主権が回復したり新たに独立した国というのは、「とりあえず自国の地図が描かれた切手を出すんだな!」という印象があるので、そういう感じの物を中心にスキャンしてみた。

切手の#番号は、『ミッヘルカタログ』の物。

これは旧ソ連の中で最初に独立を宣言したリトアニアが1990年に発行した切手(#457)。背景に地図が描かれている。(画像はクリックで拡大)


同じ図案を印面に使用した切手付き封筒も多く発行されている。上の封筒(リトアニア共和国の再設立)に添えられた「1990年3月11日」は、独立回復を宣言した日。


以下は主に、オークションで落札した、ドイツ製のアルバムに整理されたコレクションをスキャン。
アゼルバイジャン。最上段の切手(#77)に、国旗と同じ図案で塗りつぶされた地図が描かれている。額面は「マナト」(100ケピック=1マナト)。西南にある飛び地は、「ナヒチェヴァン自治共和国」。


これはアリエフ大統領と、前述のナヒチェヴァン自治共和国を描いた小型シート。一見して同じだが、"Naxcivan"が、上のシートでは"Haxcivan"と誤って綴られている。ラテン文字のNとキリル文字のНを混同したのかもしれない。綴りが誤っているほうが1993年9月12日発行で、正しい綴りの物が1994年6月3日発行。



グルジア。国連加盟一周年を記念する小型シートと単片3種のセット。切手に描かれた地図内で、首都「トビリシ」の位置を示している。国名その他の表記は、英語とグルジア語の二か国語併記。



アルメニア。地図の切手ではないけれど、一番下の衛星電話を描く切手(#186)はアルメニアの位置を示している。最上段の3枚ストリップに描かれているのはアララト山。#183は国旗。切手上の、ラテン文字でもキリル文字でもない、判読不能なほうの文字はアルメニア語。



カザフスタン。下から二段目の、#18と#19切手は地図とナザルバエフ大統領を描く。



ベラルーシ。上段左の切手に、地図と国旗が描かれ首都ミンスクの位置が示されている。



モルドバ。シール式の航空切手(カード型)に、地図と国旗が描かれている。額面は「レウ」。(#139-144, #145-150)



ウクライナ。上段の独立記念日の切手(#119)に、地図と国旗が描かれ、首都キエフの位置が示されている。この時点での通貨はカルボーヴァネツィだけれど、インフレが進んで額面は5000kb。



キルギスタン。#12の独立および国連加盟2周年を記念する切手に地図が描かれ、首都「ビシュケク」の位置が示されている。#13切手には国旗と政府宮殿が描かれている。小型シートも額面が違うだけで同図案。額面は「ソム」(100トゥイン=1ソム)。



ウズベキスタン。下段の小型シートに描かれた地図が、この国がシルクロードを結ぶ地に位置していることを表している。この小型シートは、中段のモスクを描く4枚とセットになっている。額面は「スム」(100ティイン=1スム)。



タジキスタン。左下と右下の、#20の20ルーブルと#23の160ルーブル切手に地図と国旗が描かれている。



トルクメニスタン。上段の10ルーブルの無目打小型シートに地図が描かれ、首都「アシガバート」の位置も示されている。



これらは脇道。「沿ドニエストル共和国」と、


「アブハジア共和国」の地図を描いた切手。



ところでこういう、「自国の領土や勢力圏」を描く地図の切手は、戦時中の日本でも発行されたことがある。第二次昭和切手の、「大東亜共栄圏」を描いた10銭切手は、そういう代物に近い。


フィリピンが描かれていたためにマッカーサーが激怒したという逸話がある。




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wrlzさん
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