Aspies and ADHDes

AspieとADHDの特性があり、テキトーな医師が診断しました。(自分では、第4の発達障害ではないかと思っています)

今ここを大事にする生活

2017-07-12 17:01:14 | 楽しい・ワクワク
イギリスやフランスの生活文化に、共感する。

誰に見せるでもない日々の生活を ケ としてないがしろに扱うのではなく、他でもなくそれにこそ敬意を払って暮らす姿勢にである。家を自分の城としてそこでの生活をロマンチックに創造的に楽しむ姿勢である。この考えの人達は、内と外がそんなに違わないのである。

対して、外面ばかり気にして、内と外をはっきり使い分ける日本人の姿勢には卑しさを感じる。本来、品とは、プライドとは、他人に対してアピールするものではなく、自分に対するものである。おてんとさまが見てる、というのは自分が見てるってこと。このことを弁えない日本人の、人の評価があるかないかという考えを卑しいと感じる。

私も、イギリスやフランス流のそんな姿勢で生きたいと思っている。

かれらの生活文化を覗いて見えてくるのが、完璧主義じゃないから創造的だということで、これも日本とは対照的だと感じる。かれらは壁や棚のペンキを自分で塗ったり、自分で壁紙を張ったりして自分の城をロマンチックにつくっていく。完璧主義的な神経質さがあったら、そんなことはできない。そういう力が抜けた創造性からは学ぶものが大いにある。力がほぐれているから、家での身ぎれいも、外での自然な身ぎれいも、持続可能に無理なく保たれるものと察する。日本の、肩ひじ張ったいきんだおしゃれには極端さが感じられ tension & releaseを自ら露呈している。だから、日本人によくいるいきんだ女達が、私にはださく感じるのである。内と外の激しい日本人。

私が今まで思わされてきた、面白くもなんともない日常の意識 というものは文化的土壌による思い込みであることが、かれらの心意気を覗くと見えてくる。

また食事の支度も、脱力していて、不要にいきんでいないからこそ、日本ほど億劫さや劣等感が繁殖しにくいと考える。大皿に、マッシュポテトをドン、その横にサラダをドン、チキンをドンみたいな。とり皿は1枚でみたいな。家事のハードル高すぎて、無理して、ストレス抱えて、ヒステリーを爆発させるより、適当さ、おおざっぱさをなんら悪いと思っていない満足した態度の方が、持続可能である。**だから私は掃除も完璧にしていない。完璧を求めると、掃除自体を敬遠するからだ。それよりは、適当に構えて、持続可能にした方がいい。私はこう考えているのだが、近視眼的な完璧主義を「絶対の正しさ」とでも思っている様子で押し付けてくるしゃしゃり女が職場にいた。完璧を求めていきむことは弊害の方が大きいのだ。

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