Aspies and ADHDes

AspieとADHDの特性があり、テキトーな医師が診断しました。(自分では、第4の発達障害ではないかと思っています)

日本の文化が合わない

2017-07-12 11:31:52 | 社会・教育のこと
日本と比較しながらイギリスの生活文化を紹介する本は、たいへん面白いものである。
井形慶子氏など、その考えに共感する点が多い。

日本人は、人の評価をなによりも気にする。

自分の利益に関わる人脈へのお中元やお歳暮は抜かりないのに、匿名の寄付や慈善行為はまったく普及しないのである。「内と外が激しい福岡人」http://blog.goo.ne.jp/tigerlily0804/e/8df60bcf2351af3a24cc9958dfa7cd17でも書いたとおり、一過性の、匿名の場でのふるまいと、名を伴った継続性の場でのふるまいが著しく違うのである。だから、名を伴う場での、不自然で行き過ぎた「よかふり」が私は怖いのだ。HSPは色々と感じるのである。

私は、イギリスの生活文化に共感する。
例えば、誰に見せるでもない、自分の生活を楽しもうとすることである。だから家で着るナイトウェアの文化があるし、寝室にロマンチックに照明を灯したり、ナイトテーブルに花を生けたり、自分の城である家のあらゆる場所を素敵に造ることを重要視する。創造に囲まれた自分の城は、さらなる創造の巣となる。この姿勢は、人に見られているか否かで行動や所作を分ける日本人と対照的なものである。

夫婦は、他の誰でもない、パートナーからの視線を気にして、緊張感が保たれるのである。日本と逆である。日本では、パートナー(釣った魚)をひどく扱うのに、外面はとてもいい人が多い。こういう心意気には卑しさを感じるしだいである。「結婚しても愛を楽しむフランスの女たち 結婚したら愛を忘れる日本の女たち」という題名の本がある。イギリスだと長年連れ添った夫婦同士でも軽々しく言えないような、言えばそれは関係の危機を意味するような言葉を日本ではふつうに互いに言う。

家制度の根強い九州の田舎の実家では、私にはとても理解できないおかしな現象があった。座敷は盆と正月ぐらいしか使わないのに、そこにはクーラーをつけて、弟がいる2階の部屋(夏は蒸しブロ)や、寝室や、毎日作業に使っている部屋にはつけない とか。私はこの現象に、「日々の生活よりも、年2回のハレの日の方が大事」というメッセージを読み取って、家の住人とその暮らしをないがしろにしているとして大いに嫌った。日々使う食器はどうでもいいやつで、客に出すのはとても素敵なやつとか。日々の生活に敬意を払わずないがしろにして、ハレの時にだけとびきりいいものを使うみたいな心意気がとても嫌なのだ。

イギリスやフランスの生活文化を見ていると、普段の生活が ケ なのではなく、他でもないそこに敬意を払い創造と共にあり楽しもうとする。この姿勢に共感する。

おしゃれもそうで、日本人は内と外を分けて、外ではすごく息んで武装して張りつめた様子で歩いて窒息感がある。イギリスやフランスのおしゃれは、そこまで内と外が分かれていなくて、内でも身ぎれいにして外でも日本人ほどいきんでいないのである。だから、外に出る時だけいきんで武装して高級ブランドのロゴ入りバックを下げたり、ブランドに厚化粧でなくてもどんなテイストのおしゃれにしろ、くっきり ハレ と ケが分かれていきんでいる日本人が、ださいのである。

また、毛糸のセーターに穴が1箇所空いたからといって、みっともなくて外で着れない 繕った跡は貧乏くさいとかそういう空虚な見栄っ張りも私がつくづく馴染めないできた考えである。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 道をきかれやすい | トップ | 今ここを大事にする生活 »

コメントを投稿

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。