タックの庭仕事 -黄昏人生残日録-

  <タイトルは「庭仕事」ですが、残日録には他の分野も含まれています>

≪北海道開拓と離農跡地≫

2009年05月31日 | 社  会

P1030618 市道<雄別阿寒線>のバス停<知茶布>から知茶布林道に入ってすぐ左に、<知茶布隧道跡の地>という記念碑が建立されている。
 明治三十九年に富山・静岡両県から三十三戸がこの地に入植したが、北辺厳寒の樹海開拓は想像を絶する難行であり、昭和二十三年残存八戸、昭和三十九年全戸離農という結果に終わった。
 記念碑は、十四名の若者が昭和二十三年に隧道掘削の難工事に挑んだ二年有余の苦闘を称えて、平成十一年に旧阿寒町が建立した。
P1030640P1030639 知茶布林道入り口から三㌔奥に、最後に離農した安池家によって、昭和六十三年に建立された記念碑が開墾跡地に立っている。
 祖父の入植から三代、志成らず開拓地を去らざるを得なかった安池家の無念は如何ばかりだったことか。しかし、入植の跡も見極められない開拓地の存在を思えば、記念碑が建立できることは、まだ恵まれているかもしれない。私の父方の祖父は、明治三十年代末に知床半島内部に入植したが、開墾を受けつけない自然環境の厳しさに、三年も持ち堪えられなかった。厳冬期に孤立し、網走村に助けを求めて九死に一生を得たという。
P1030776P1030777 釧路市の鳥取地区は、明治政府の旧士族俸禄公債化によって生活に窮した旧鳥取藩士が、北辺防備を名目に、旧阿寒川下流地域への入植を認められ、明治五年に鳥取村が開村されたのが基である。
 一口に、北海道開拓・入植といっても状況は千差万別、旧士族と屯田兵と民間人とで扱いに大きな違いがあったように思われる。釧路市内で、鳥取百年記念館のような豪華な城は他に存在しない。


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≪ 知茶布林道のキジバトとキタキツネ ≫

2009年05月31日 | 自  然

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 五月二十二日、仁多でのワラビ採りの後、森林セラピーを兼ねてまだ知らない山林へ行くことにし、阿寒町チロベツ川支流沿いを散策。昼食後、知茶布林道でキジバトとキタキツネに遭遇。
「あれっ、車が来た、餌くれるかなぁ」と草むらから路上に出る。
「知らない人だから、やめとこ」と引き返しかける。
「やっぱし、なんかいいことあるかも」と向きを変えて車に近づく。
「なんだ、ロハで写真撮るだけだよ、行こ」と草むらに向かい飛び去る。
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「あれっ、車だ、あぶない、あぶない」と草むらへ入る。
「知らない人に近づくなって、母さんが言ってたなぁ」と車の様子を見る。
「なんもくれそうにないから、行こ」と藪に姿を消す。


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≪ アジサイを鉢に定植(青と桃の実験)≫

2009年05月31日 | 園  芸

P1030798P1030799 日本の国土は雨が多いため、蛇紋岩や石灰岩が露出する高山(アルカリ性)、あるいはヨシやミズゴケが腐朽しないまま堆積する湿地(酸性)を除いて、土壌は一般的に弱酸性か酸性がほとんどである。
 従って、アジサイを普通の庭土で育てれば当然青色になるはずだが、我が家の庭で桃色が咲くのは、エンドウを栽培する際、土壌に石灰を混入し、翌年、その土壌をあちこちで再利用するため、PHが酸性から中性になっている箇所があるのではないかと思われる。
 今年は、二個の鉢で、用土だけでなく肥料にも変化を与えて、写真上段<左>に青色、<右>に桃色という結果がでるかどうか、八月に花が咲くのを楽しみにしている。
P1030791P1030794 写真中段<左>は、庭土2・腐葉土3・粘土質赤土1・牛糞堆肥1・小粒火山礫二種2・火山砂1の割合で用土を調合。
 写真中段<右>は、庭土3・腐葉土2・粘土質赤土1・牛糞堆肥3・小粒火山礫1・有機石灰少量の割合で調合。
P1030805 アジサイの花色は、用土以外に肥料と用土中のアルミニウムの相性も影響する。青色を咲かせたい鉢には化成肥料のみ、桃色を咲かせたい鉢には、化成肥料に魚粕や骨粉(リンサン)を加えた。防虫剤のオルトランDX粒剤やカルホス粉剤は花色に影響しないだろう。
 アジサイは生長力旺盛なので、昨年の根株は竹箸でほぐし、根の三分の二を切り落とし、枝数も少なくした。


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≪ 開花期の異なるツツジ(1) ≫

2009年05月30日 | 園  芸

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P1030741P1030770 春一番に開花するエゾムラサキツツジとトキワツツジに次いで庭を彩る、開花期の異なるツツジ四種を、開花の早い順に並べた。
 写真上中段<左>はアカヤシオ。気むずかしい花木で、開花数が増えない。この春は二花のみ五月八日開花。
 上中段<中>はミツバツツジ。多数花芽を付けるが、開花期間が短いのが欠点。枝先が徒長するので、強剪定が必要。五月十六日満開。
 上中段<右>はクロフネツツジ。変異が多く、我が家の庭の木は、花が小さく色が薄い。枝先が粗く徒長しがちなので剪定が難しい。油断すると狭い場所に収まらなくなる。五月二十八日七分咲き。
 下段<左><右>はヨドガワツツジ。五月二十九日五分咲き。八重咲きの花で雨に弱い。六月初旬は意外に雨天が多く、開花したヨドガワツツジにとって受難の時季である。早めに花殻を取り除いてやる必要がある。エゾムラサキツツジやトキワツツジと同様に、脇芽の伸びが旺盛なので、あまり早く剪定すると樹形が乱れる恐れがある。


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≪ ミニバラ(二種類)鉢に定植 ≫

2009年05月29日 | 園  芸

P1030764 五月十一日に室(むろ)から出したままになっていたミニバラ二種類のうち、濃い桃色(写真上段<右>品種不明)を二十六日に、アイスグリーン(写真上段<左>)を二十八日に鉢に定植した。
 濃い桃色は、昨年と同じに三株寄せ植え。細い枝が多数横に広がり、複数の株をグランドカバーとして植えるのに適しているアイスグリーンは、鉢植え一個の場合は、支柱を数本立てて、横の広がりを抑える必要がある。
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 植え方は標準的な手順でよい。中粒の火山礫を鉢底に敷き、肥料・堆肥等を混入した用土(二十七日投稿の記事を参照)を入れ、無肥料の用土で覆う。アイスグリーンは生育が旺盛なので、昨年の鉢土を掻き落とした後、根を半分に切って整理する。適当な位置に根株を置き、用土を入れる。隙間ができないように、竹箸の先で丁寧に用土を鋤き込むことが肝心。如雨露で水を与た後、表面を用土でならして終了。


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≪ 大久保隆規被告の保釈 ≫

2009年05月28日 | 政治経済

P1030748 小沢一郎の公設第一秘書で、資金管理団体「陸山会」の会計責任者の大久保隆規が、政治資金規正法違反容疑で三月三日に逮捕(東京地検の係官が陸山会事務所に家宅捜査に入る写真は、3月4日付『朝日新聞』第1面から転写)されて以来、拘留日数八十五日で、五月二十六日に東京拘置所から保釈された。
 大久保が起訴後も保釈請求を出さず、拘留が長引いたのは、大久保自身の意志ではなく、理由は、もっぱら小沢の都合による。世論を無視し、西松建設との腐れ縁の説明責任を果たさないまま民主党代表に居座っていた小沢が、早期保釈によって大久保の身辺が掻き回されるのを避けたかっただけだ。
 五月十一日に代表辞任を表明し、十七日に鳩山新代表の下で選挙担当代表代行に収まった今、身に降りかかる非難を回避できると判断し、大久保の保釈申請となった。大久保自身には、初公判後まで保釈申請をしなかった鈴木宗男被告のような根性はない。単なる虎の威を借る狐に過ぎない。その虎の威もいつまで保つか。
P1030747_2P1030749 それにしても、陸山会は国民をどこまで虚仮にする気か。保釈される被告に花束(写真は、5月27日付『朝日新聞』第32面〈社会〉から転写)とは、何様のつもりだ、芸能人気取りか。
 小沢(大久保の逮捕を受けて、党本部に入る写真は、3月4日付、同新聞・第1面から転写)も大久保も、異口同音に、「やましいことをした覚えはない」というが、それは自分たちだけの言い種で、国民の大多数は、「やましい」と思っているのだ。帳面に記載し報告すれば済むというものではない。なにが「国民の生活が第一」だ、「陸山会が第一」だろうが。


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≪ ミニバラの寄せ植え(花壇)≫

2009年05月27日 | 園  芸

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 五月二十七日正午、気温10.4℃、冷たい西風が吹く中で、五月十一日に室(むろ)から出したミニバラ(濃い桃色)三株を寄せ植えにした。手順は以下のごとし。
■ 直径35㌢深さ20㌢の植え穴を掘り、予め用意しておいた用土(庭土に化成肥料・魚粉・牛糞堆肥・オルトラン粒剤・カルホス粉剤を混入)を10㌢まで入れ、その上に、肥料を入れていない用土を5㌢載せる。
■ 昨年の根株をほぐしてから、古土を落とし、根と枝を三分の一ほど整理する。
■ バランスよく三株を配置し用土を入れ、箸などで丁寧に根に鋤き込む。
■ 水極めで用土を根に行き渡らせる。
■ 水極めで生じた隙間に用土を入れ、空間がないことを確認する。
■ 植え穴の外側に少量の化成肥料・牛糞堆肥を施し用土で全体を平らにならす。


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≪ 桜の開花予想と開花宣言 ≫

2009年05月27日 | 社  会

P1030430 世界中が未曾有の金融・経済危機に喘いでいるというのに、四月八日、道内の桜開花予想(写真上段は、4月9日付『讀賣新聞』第28面〈地域〉から転写)が三箇所(札幌管区気象台、日本気象協会北海道支社、民間会社「ウエザーニューズ」 )から出揃った。
 ま、人間の生活には遊び心を持つ余裕も必要だから、目くじらを立てることもないが、北海道の経済や産業の景況予想も立てられないで、サクラとは・・・僕らは幸せだなぁ。
 桜の開花宣言にどれほどの意義があるのか。各種情報メディアは、根室・釧路・稚内の三地域で五月十日に桜が同時に開花と報じたが、それ以前に、満開の桜が釧路管内の各所でいくらでも見られる。
P1030335P1030336 我が家の庭のチシマザクラは五月九日に満開。お隣のチシマザクラは<子供の日>に満開。
 開花は、気候や天候以外に、樹が植わっている生育環境、あるいは樹勢の違いに大きく左右される。開花予想の的中率や開花宣言に一喜一憂するのは、自然を相手に何事かを企もうとするホモ・サピエンス(現生人類・ヒト)の哀れな性(さが)なのだろう。
P1030276P1030617_2 写真下段<左>は、白糠町内陸の山中で五月八日に満開。<右>は、別保の山中で五月二十六日に満開。
 別保公園では、五月二十四日、霧雨の中で桜祭りが行われた。


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≪ 日馬富士の初優勝と二つの足技 ≫

2009年05月26日 | スポーツ

P1030666  大相撲夏場所は、横綱・白鵬と大関・日馬富士の相星十四勝一敗で決定戦となり、日馬富士が下手投げで白鵬を破り初優勝を決めた。
 大関昇進後二場所は、大関の地位を意識するあまり、本来の相撲を取りきれなかったが、今場所は、「大関らしい大きな相撲」という迷いから覚め、出足鋭く食い下がるしぶとさを取り戻したことが、優勝の原動力となった。
 小兵で、相手に食らいついて離れない相撲から「まむし」と渾名された、第四十四代横綱・栃錦の小結・関脇・大関時代を彷彿させる俊敏な動きとしぶとさが現在の日馬富士の命だろう。
P1030667_2 日馬富士にとって最大の山場は、十四日目の朝青龍戦だった。朝青龍の強引な<吊り>に<外掛け>(写真は、5月24日付『道新スポーツ』第28面から転写)で応じた日馬富士は、「とっさに体が動いた」(同新聞)と述べているが、十三日目の白鵬の<裾払い>(写真は、5月23日付『讀賣新聞』第23面〈スポーツ〉から転写)が無意識に脳裏に閃いた、と私は思う。
 対戦相手の足技で大事な一番を落とし、自らの足技で大一番を制したのは偶然ではない。勝利への執念の為せる技だ。勝ちはしたものの、白鵬は無理な姿勢からの足技で左腰を痛め、優勝を逃した。
P1030665P1030662 無様に土俵にうずくまる朝青龍(写真は、5月24日付『北海道新聞』第19面〈スポーツ〉から転写)は、罰(ばち)が当たったのだ。八日目の豪栄道に対する見苦しいパフォーマンス(写真は、5月18日付『讀賣新聞』第16面〈スポーツ〉から転写)は横綱のすることではない。


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≪ ヒラタケと四度目のシイタケ採り ≫

2009年05月26日 | 自  然

P1030710_2 釧路では二十三日に終日かなりの降雨があり、翌日も霧雨だったが、二十五日は午前中晴れたので、ヒラタケの出る倒木の様子を見に、午後から女房と別保右奥沢に出かけた。
 遠目には山はもう新緑の季節だが、あちこちにエゾヤマザクラが咲いていて、初夏というにはまだ早い。
 目当ての倒木には、この数年の間、春にヒラタケが出て楽しみにしていたが、腐朽が急速に進行し、もはやキノコが発生する状態になかったため、目的をシイタケを採りに変更し、場所を移動した。
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 女房の鋭い勘と幸運に恵まれて、シイタケは結構な収量があった。写真中段<右>は、横16㌢・厚さ3㌢の大物である。女房が遠くからの目視で見つけた。
P1030698P1030700 幸運は続いて、移動の途中でヤナギの枯立木にヒラタケが発生しているのを女房が発見。高い位置だったので、付近の倒木で足場を作り、私がナイフを入れて採取。見事な大株三個をザックに収めた。


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