タックの庭仕事 -黄昏人生残日録-

  <タイトルは「庭仕事」ですが、残日録には他の分野も含まれています>

≪ 日本の高等教育の質 ≫

2007年10月31日 06時08分17秒 | 学芸文化

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 日本の大学は、欧米の大学と違い、入学するのが難しく、卒業は容易と、昔から言われてきた。しかし今、大学全入時代を迎え、入学も卒業も容易な状況になりつつあり、大学が授与する学士号は、国際的通用性を喪失する恐れが出てきたという。
 札幌に住む、国立大学(独立法人)準教授の若い友人は、講義や演習の成績評価が厳しいことで、学生に恐れられているが、そのような教員は、少数派だそうである。「教養英語ごときで、そんなに厳しくすることないだろ」と、自分の講座の学生を不合格にされた教員から陰口をたたかれるのを、常々ぼやいていた。講座の同僚でさえ、「不合格者を出すと次の年の処理が大変だ」と平気で公言する、と聞いた。P1010756
 10月26日付『読売新聞』第11面〈解説〉の<論点>は、「全入時代の『質』低下防ぐ」というタイトルで、「学士力」の必要性を説いている。
 学士力とは聞き慣れない用語だが、記事の冒頭で、中央教育審議会の小委員会による審議経過報告内容が引用され、「学士課程教育を通じて共通に習得を目指す学習成果を『学士力』(仮称)と名付けて提案」とある。
 釧路公立大学や北海道教育大学釧路校も、厳格な卒業認定を行い、学習成果を明らかにし、国際的通用性を高めることが求められるだろう。


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≪ 地方自治体首長の任期 ≫

2007年10月29日 17時22分39秒 | 政治経済

P1010649 最近、都道府県知事選の多選に厳しい目が向けられるようになった。7月に行われた群馬県知事選で五選目の現職が敗れたのは、その象徴的出来事だと思う。
 神奈川県議会では、10月12日に、知事の任期を三期十二年とする多選禁止条例案を賛成多数で可決した。松沢成文知事が語るとおり、「他の自治体にも影響を与える」<10月13日付『読売新聞』第37面〈社会〉>だろう。
 10月21日付『読売新聞』第4面〈政治〉の<政(まつりごと)なび>欄では、加藤清正の治世十二年に因んだ、熊本県の「清正公(せいしょこ)信仰」を引き合いにして、知事多選禁止を論じている。知事の巨大な権限を制御するのに、三期十二年は妥当なところである。
 規模は小さくなるが、市町村長の任期についても同じことがいえる。釧路市では、昭和52年の市長選で、四期目を目指した山口哲夫(革新)に対して、前回の雪辱を期す鰐淵俊之(保守)は、「多選の弊害」を公約の一つに掲げて当選したが、結局、五期十九年(最後の一年は、衆議院議員)の長期に渡る市長在任となった。四選・五選については、本人の意志とは異なる地域の事情から、苦渋の選択となったのだろうが、多選に対する批判があった。
 平成4年の「市制施行70周年記念事業」は、鰐淵市政の総まとめとして見ることができる。他の都市に比べ立ち遅れていた都市インフラの整備への取り組みが、鰐淵市政の業績だが、一方で、産業や輸送・文化的都市機能の積極的な基盤づくりが、現在の財政危機の遠因になっていることも否めない。


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≪ オンコの剪定 (12~15) ≫

2007年10月26日 17時29分56秒 | 園  芸

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 剪定(12)から(15)は、三尺から五尺くらいの小木なので、実質三日間で完了した。9月1日から10月26日までの間、雨天・所用の日を除いて45日間、脚立に上がって剪定鋏を動かしていたことになる。まずは、ほっとしている。
 左上(12)、左下(13)、右上(14)の三本のオンコは、老母のロッケリーの南端に並んでいる。(15)は、もともと私が尺鉢で段作りの盆栽に仕立てていたが、多忙で手入れができないため、庭植えにした。盆栽のときは一尺五寸に樹高を抑えていたが、庭に下ろすとともに五尺まで伸びた。これ以上は伸ばさないように剪定したい。


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≪ 市議会の政務調査費 ≫

2007年10月26日 06時02分14秒 | 政治経済

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 10月20日付『北海道新聞』第26面〈釧路〉に、かなりの紙面を割いて、政務調査費の杜撰な使用について、「許せない」「自己中心的」「怒りと批判渦巻く」「監視強化求める声も」などの見出しが踊る記事が掲載された。冒頭の「事実上の観光旅行や政治活動への支出、私物購入といった、ずさんな使い方が次々と明らかになった釧路市議会の政務調査費の問題で、市民からも厳しい批判が出ている」という記述から始まって、次々と釧路市議会への手厳しい意見が並んでいる。
 同じようなことが、国会や都道府県議会でも起こっていることは、もはや周知の事実である。たかが田舎市議会議員に、一人あたり毎月六万円もの政務調査費を支給する必要はない。使途基準は、「市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならない」と条例で定められている。記事では、この条例の内容を、「何も制限していないに等しい」と評しているが、議員としてまっとうな意識をもって政務を実行していれば、これで十分な使途基準ではないか。観光旅行や私物購入が条例に抵触することは、小学生でも分かることである。
 要するに、写真のような立派な本会議場(上掲新聞からの転載)で市政を論じる資格のない、低レベルの議員が多い、ということだ。選挙のときだけ声を張り上げて立派な公約を並べ、当選してしまえば、市政も市民も念頭から消えてしまうのだろう。国から地方に、政治や行政の権限を委譲するとどうなるか、先は推して知るべし。これでは、地方の時代もヘチマもない。


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≪ タイトルマッチに泥を塗った亀田大毅 ≫

2007年10月25日 16時23分12秒 | スポーツ

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 昭和45年4月、オホーツクの田舎町から釧路に転職した頃は、私は二十七歳でまだ若く、ボクシングのタイトルマッチがあれば、かならずテレビで観戦した。ボクシングとプロ野球と大相撲が私の定番だった。
 昭和45年は、大場政夫が10月に、ベルクレック・チャルバンチャイ(タイ)と戦い、WBA世界フライ級王座を獲得した記念すべき年である。大場は、スピーディなアウトボクサーで、激しい闘志を剥き出しに、ジャブを駆使したワンツーを連打するのが特徴だった。王座獲得から昭和48年1月に自動車事故で死亡するまでの二年三ヶ月の間に、世界タイトル戦六回、ノンタイトル戦四回、合わせて十戦十勝という、すさまじいまでの記録を残して夭折した。日本ボクシング界にとって大きな痛手だった。
 上の写真(雑誌『ボクシングマガジン』第37巻第12号〈ベースボール・マガジン社〉から転載)は、10月11日に行われた、WBC世界フライ級タイトルマッチで、チャンピオン内藤大助の右クロスが、挑戦者亀田大毅のグローブを弾いて側頭部を捕らえた瞬間だが、試合そのものは、世界タイトルマッチにそぐわない内容だった。
 原因は、もともと世界タイトル戦の挑戦者としての力量と戦績のない者を、無理やり挑戦者に仕立てたことにある。直接の責任は、醜い反則行為を繰り返した亀田大毅選手の側にあるが、根本的には、タイトルマッチを認めた日本ボクシングコミッションの無定見が、日本ボクシング界の恥を世界に晒すことになった。


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≪ ニシキギとコマユミ ≫

2007年10月24日 05時21分12秒 | 園  芸

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 コマユミは、名前から判断するとマユミの矮性品種と間違えられるかもしれない。写真はいずれも、老母のロッケリーに植わっている、ニシキギ(左)とコマユミ(右)である。実物を見れば、コマユミがニシキギと同じ品種であることが分かる。
 佐藤孝夫『新版北海道樹木図鑑』増補版(亜璃西社)は、別々に二項目を立て、コマユミを「ニシキギの品種で、枝にコルク質の翼はない」と説明、辻井達一・梅沢俊・佐藤孝夫『新版北海道の樹』(北海道大学図書刊行会)は、ニシキギの項目の中で、「枝にコルク質の翼はないものはコマユミという」と記している。P1010868
 しかし、コルク質の翼の有無の違いだけではなく、コマユミは、「コ」がついている分、やはり小型の樹木で、ニシキギが10~15尺まで生長するのに対して、せいぜい5尺程度にしかならない。
 右の写真では、ニシキギの枝に生じたコルク質の翼を示そうとしたが、ピントが甘いため、四翼あることははっきりしない。実物で確かめるのが一番である。
 老母は、今年は春から体調が思わしくなく、現在、病臥に伏している。毎年楽しみにしていたロッケリーの紅葉が見られないのを可哀相に思うが、いたしかたがない。来年から、庭木の手入れにロッケリーが加わるのは、私にとって大変な重荷だが、母が二十年近い年月をかけて作り上げたものなので、可能な限り、現状を維持してやるつもりでいる。
 それにしても、庭木とロッケリーを、母が一人で、85歳まで丁寧に管理してきたことは、いくら好きで暇があるとはいえ、大変なことだったろう。私に、あと二十年それができるかどうか、自信はない。


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≪「送り吊り落とし」≫

2007年10月22日 19時27分12秒 | スポーツ

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 平成19年大相撲秋場所12日目、小結安馬(8勝3敗)が、新入幕の前頭14枚目豪栄道(10勝1敗)を「送り吊り落とし」で土俵に叩きつけたのは、三役の意地を見せる豪快な相撲には違いないが、私は、朝青龍の意図的な「吊り落とし」を常々不快に思っていたので、「安馬よ、おまえもか」と失望した。たかが新入幕力士に対して、小結が、「三役の意地」もないだろう。
 相撲好きの私の念頭には、「吊り」といえば、明歩谷清(関脇・昭和44年引退)の得意技、決まり手の見本のような美しい「吊り出し」しか存在しない。高々と吊り上げて、徳俵の外へ運ぶのである。大相撲では、技に、力強さや敏捷さだけでなく、品格が伴わなければならない、と私はいつも望んでいる。「どうだ」と言わんばかりの強引な見せつけは見苦しいだけである。
 初代若乃花幹士(元横綱・昭和37年引退)の「呼び戻し」は、「どうだ」の典型的な技だった。格段に力の差がある力士を相手に、「どうだ」と威張ってどうだというのか。大関・関脇を相手に使ってみろと言いたい。「呼び戻し」は、「仏壇返し」ともいい、投げを打つと見せて、相手力士を自分に呼び込んでおいて、差し手を突きつけて後方へひっくり返す豪快なな技である。初代若乃花幹士の場合は、強引さだけが目立ち、品格もなにもなかった。強さを見せつける意図しか感じられない。
 現役力士の中で、勝てば何でもよいとばかりに、強引な危険技を平気で使うのは魁皇博之(大関)である。力まかせの「小手投げ・きめ出し・逆とったり」で、どれほどの力士が怪我を負わせられたことか。いま、尾羽打ち枯らして引退寸前の姿を見ても、同情する気にはならない。
 <写真は、いずれも、雑誌『相撲10月号』第56巻10号(ベースボール・マガジ ン社)からの転載>


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≪ オンコの剪定 (11) ≫

2007年10月21日 19時02分14秒 | 園  芸

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 10月21日(日)午後から、剪定(11)を開始した。正面右から写真を撮ったので、立ち上がりの特異な形状が分からないが、このオンコは、樹齢が若いころならば、好事家がよだれを垂らして盆栽に仕立てたであろう。
 立ち上がり二尺あたりで、幹は左に直角に曲がり、すぐに折れて消滅している。曲がりの部分から周囲に数本の太枝が伸び、小枝を広げて現在の頭部を形作っている。おそらく、若木の頃、何らかの力が加わって幹が変形したのだろう。下段は、幹の中間から出た二本の太枝が枝葉を広げたものである。以前から、この部分をもっと薄くして二つに分け、ジンを目立たせようと考えていたが、暇がなく、手つかずのまま年月が過ぎてしまった。七十歳までにはなんとかしたい。P1010863 P1010860
 左は、剪定(10)の上部三分の二。少ない枝葉を寄せ集めて、なんとか形を整えることができたが、細部に拘泥する私の流儀からすれば、不満だらけである。満足がいくようになるには五年かかるだろう。右は、下部三分の一の枯れ枝。わずかに葉が付いているが、枯れた主要枝は、いずれ、削いでジンにするつもりでいる。これも七十歳が目途である。
   ?10月22日(月)午後、剪定完了?


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≪ わが家の庭木の小果実 ≫

2007年10月20日 21時02分17秒 | 園  芸

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 わが家の庭木の小果実を六種類集めて並べてみた。どれも、春までには小鳥に啄まれてなくなるが、今はまだ、赤や黄色の宝石のように輝いて、目を楽しませてくれる。
 <上左>老母のロッケリーのタカネナナカマド。街路樹のナナカマドのように多数の実が垂れ下がることはない。楕円形の数個の実がやや下向きにつくので、上向きのウラジロナナカマドと区別できる。<佐藤孝夫『新版北海道樹木図鑑』(亜璃西社)参照>
 <上中>老母のロッケリーのベニシタン。わずか5ミリほどの小果実が、ルビーのように深紅色に光り輝く。樹高がわずか一尺余りの小樹一本の小果実を、渡り鳥はどのようにして見つけるのか、雪解け前にツグミが食べ尽くしてしまう。
 <上右>老母のロッケリーのコマユミ。果実は、葉が紅葉する前に早々と裂け、橙赤色の仮種皮が見えている。辻井達一・梅沢俊・佐藤孝夫『新版北海道の木』(北海道大学図書刊行会)では、ニシキギの項で、「枝にコルク質の翼はないものはコマユミという」と記述している。マユミとは趣が異なる。
 <下左>玄関横のツルウメモドキ。球形の黄色の実は、成熟すると三裂し、橙赤色の仮種皮が見えるが、今年はまだ実が裂けていない。
 <下中>裏の隣家のマユミ。実は、四稜の倒三角形で、紅色に熟して四裂すると、赤色の仮種皮に包まれた種子が現れる。
 <下右>敷地東側に並んだ三本のうち、真ん中のオンコ。雌雄異株で、わが家の庭では雌木は七本。剪定をしながら赤く熟した仮種皮を食べるが、種子はぷっと口から吹き飛ばす。冬期間、小鳥がよく啄みに来るのが楽しみである。


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≪ わが家の庭の秋 ≫

2007年10月20日 16時36分36秒 | 園  芸

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 ≪釧路の街中の秋≫を投稿したついでに、わが家の庭の紅葉を取り上げてみた。今年の秋は、これまで気温が高かったせいか、紅葉があまり鮮やかにならない。
 <左上>老母のロッケリー上部のコメツツジ。まだ紅葉が始まって間もない段階で、数日するともっと赤くなる。
 <右上>玄関前の北側に植わっているウスノキ。カクミノスノキともいう。鐘形の花を咲かせ、真っ赤な実がなるが、今年は咲かなかった。
 <左下>ベランダの前の特等席に植わっているアカヤシオ。朱色ではなく深紅色になるはず。撮影を急ぎすぎたかもしれない。
 <右下>裏の隣家のマユミ。木姿がよく実が見事に色づいているので、ついカメラを向けた。もう少しで、葉も紅葉し、実が裂けて仮種皮に包まれた種が現れる。


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