タックの庭仕事 -黄昏人生残日録-

  <タイトルは「庭仕事」ですが、残日録には他の分野も含まれています>

≪ 国 民 の 祝 日 と 国 旗 ≫

2007年04月29日 | 政治経済

P1000343 <国民の祝日>について、昭和23年に<国民の祝日に関する法律>が交付・施行されて以降、時勢の影響を受けつつ、何度か一部改正が行われ、現在15の祝日が制定されている。
 本日、4月29日は、もともと昭和天皇のご誕生日で、崩御ののち、国民の祝日<みどりの日>に制定されたが、本年から<昭和の日>と改正された。これまで<国民の休日>だった5月4日は、<みどりの日>となった。
 法律の第1条は、<国民の祝日>を、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」(フリー百科事典『ウィキペディア』から転載)と定義している。わが家では、というか、私は、この祝日の精神を具体的に示すために、雨天でない限り、国旗をポールに掲揚することにしている。老父は、「右翼と間違えられるぞ、日の丸は止めとけ」というが、止めるつもりはない。これは、憲法で保障された思想信条の自由であって、何人も犯すべからざる権利である。「憲法改悪を許さない」と声高に叫ぶのも、「第9条を守るために」と署名を集めるのも、思想信条の自由という点では同じことである。
 3世紀の中国で、魏呉蜀三国が鼎立し、中原を目指して覇を競ったが、結局、蜀が最も早く滅亡した。滅亡の原因は、直接的には、第2代皇帝の劉禅の無能に帰すが、間接的には、学者や官吏の思想的無責任が大きく影響したのである。彼らは蜀の粟を食みながら、皇帝の名前をもじって、「<備>はそなえ<禅>はゆずる」と言って憚らなかったという。国家の重責を担う者も国民も、人としての徳性を失って他を誹謗中傷するのみで、自己の主張しか認めない硬直した態度に陥るとき、あるいは、主張すら持たない無責任を無責任と感じないとき、国家の行く末は、推して知るべしだろう。


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≪ 落雪防止用の筵をはずす ≫

2007年04月28日 | 園  芸

P1000336 4月28日(土)、NHKテレビの天気予報では、釧路の気温は13度となっていたのに、晴れてはいるが、冷たい西風が強く吹き、冬用の防寒服を着ても非常に寒い。大型連休の始まりといっても、この時期にいつも、春の庭の手入れが始まるので、わが家には関係がない。
 今日は、まず、家の北側の落雪防止用の筵をはずした。半年ぶりに、筵で隠れていたエゾシャクナゲの上部が姿を見せ、寒風に吹きさらされなかった鮮やかな緑色の葉が好天に映える。はずした筵は、写真のように小さく折りたたみ、紐で束ねて秋まで物置に保存する。P1000342
 しかし、筵とはいっても名前だけで、稲わらで編んだ昔の筵とは似ても似つかない偽物である。塩化ビニールの紐で編んだ、こんなペラペラのものを恥ずかしくもなく筵と称して販売する<ホームセンター>なる存在とは、そも、なにものなのか。情けないとしかいいようがない。自分のことを棚に上げていうのも気が引けるが、いまは、人間も物も組織も、紛い物が大手を振ってまかり通る世の中になってしまい、本物を選択しようにも選択の余地がないのである。ホモ・サピエンスの行く末は既に見えたといってよいだろう。
 ともかく、作業を進めなければならない。次に、家の南側に回り、雪による枝折れ防止のためにエゾムラサキツツジに巻き付けた紐を取り外した。スズメとアトリが、「早く餌場を離れろ」とばかりに騒ぐのを気にしながら、本日の作業を終えた。わが女房曰わく、「主客転倒じゃないかしら?」「いいんだよ、小鳥が相手なんだから」


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≪車の小さな傷に模型用エア・ブラシ≫

2007年04月28日 | 社  会

P1000332 私が自動車の普通免許を取得したのは、昭和五十七年の春で、それまで十五年間は自動二輪車に乗っていた。
 乗用車に替えてからは、三台目の日産<グロリア>61年式Y30が気に入り、昭和六十四年から十五年間乗った。エンジンは快調で、月まで乗るつもりが、エアコンがだめになり廃車。オドメータは二十万六千㌔を指していた。
 このY30に関しては、自分のせいで生じた凹みや傷は、よほどのことがない限り、自分自身で板金・パテ付け・パテ研ぎ・塗装を行った。仕上がり具合は、基本的には板金やパテの作業、つまり下地作りの良し悪しに影響されるが、これは丁寧に根気よく作業をすればすむことなので、難しくはない。
 難しいのは塗装である。街の塗料専門店で色を調合してもらうのだが、古くなればなるほど車の色は褪せるので、どうしても完全に同色というわけにはいかない。結局、修理箇所だけでなく、ドアならドア一枚、ボンネットならボンネット一枚をまるごと塗装するのが、効率も仕上がりも上首尾におさまる。急がば回れ、ということ。
 一番困るのは、走行中に小石が当たったとか、駐車場で隣の車のドアに当てられたとか、いつのまにかちょっとした錆が浮いたとかいう、僅かな傷の補修である。こればかりは、コンプレッサを使ってスプレーガンでシュバッ、シュバッ、というわけにはいかない。さりとて、市販のカン・スプレーもかえって始末が悪い。そこで考えたのが、模型の塗装用エア・ブラシの使用である。
 イワタ・エアーブラシ、CANKIT─B、小物にしてはちょっと値がはったが、使い勝手は申し分なかった。これを使うようになって、小さな塗装を気楽に行うことができ、作業のプレッシャーから解放された。模型用と侮るなかれ、使ってみなければ分からないものである。


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<道東自動車道>

2007年04月26日 | 政治経済

P1000320

 <道東自動車道>が、部分的な飛び地開通ゆえやむを得ないとはいえ、全国の高速道路のうち、営業係数ワースト・ワンであることは周知の事実である。本来、黒松内町を起点に、千歳恵庭ジャンクション、本別ジャンクションを経て、網走市と根室市に至る、国土開発幹線自動車道路として計画された道東自動車道のメリットは、半年も雪に埋もれる最大の難所、従来の国道による日高山脈の峠越えの解消であろう。この峠越えに、国道の利用者はどれほど苦労していることか!
 夕張・清水間の工事を後回しにして、十勝の平野部にわずか数10キロメートルの高速道路を建設して、多くの利用が見込めるとは思えない。営業係数ワースト・ワンは、道東の交通状況全体を鳥瞰する能力のない者が計画を立てた当然の帰結である。
 整備計画区間の本別・釧路間と足寄・北見間は、国と沿線自治体が建設費を負担する<新直轄方式>なるものに指定され、完成の暁には無料区間となるのだという。北海道では、どの地方自治体も財政難に喘ぎ、北海道でさえ、赤字再建団体へ転落の瀬戸際にあるというのに、いったいどこから建設費を捻出するのか、にわかには信じがたいことである。なにか、うさんくさくないか。北海道開発予算は当てにできるか?P1000315
 この2枚の写真をよく見て頂きたい。<黒松内釧路線>建設のために、中庶路の山間部で、いま、樹木を皆伐し、山肌をを削り、谷を埋め、コンクリートの橋梁造りが行われているのである。これが自然破壊でなくて何なのか。
 しかも、肝心の夕張・清水間の山岳地帯の工事の完成前に、釧路が帯広と高速道路でつながったとしても、営業係数ワースト・ワンが解消できるほど利用率が上がるとは考えられない。大きな難所もない釧路・帯広間は、一般国道の自動車専用道路整備拡充で十分である。白糠・阿寒の山林資源と自然地形を荒らしたつけは、やがて地方自治体に重くのしかかるだろう。


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≪ カワラヒワとキジバト ≫

2007年04月25日 | 自  然

P1000309

 スズメとアトリがひとしきり樹間を飛び交い、にぎやかに餌をついばんで姿を消したあと、シャクナゲとドウダンツツジの根方の横に、カワラヒワが一羽、遠慮がちにたたずんでいるのに気がついた。四月十七日早朝、この日が初飛来である。
 この野鳥は、草の種子が主食で、わが家の庭ではスズメとならんで地上の穀物を拾うが、アトリとは異なって、給餌台に入ったことは一度もない。三種ともほぼ同じ大きさのせいか、縄張りを争うこともなく、なかよく餌を分け合っている姿から、とても好ましい感じを受ける。アトリの鳴き声を耳にすることは少ないが、カワラヒワは、キリリリコロロとかわいらしくさえずるので、翼の黄色い模様と肌色の太いくちばしと相まって、すぐ、それと分かる。P1000326
 キジバト二羽が初めて姿を見せたのは、本日、小雨がそぼ降る二十五日の昼頃である。慣れると、ベランダから硝子越しに眺めていても悠然と餌をついばんでいるが、さすがに初顔見せとあってか、カメラを向けると素早く右に移動し、飛び立ってしまった。姿が見えなくなる寸前に、シャッターが間に合い、右端にかろうじて後ろ姿が写っている。
 私と女房は、既に、ギョウジャニンニク採りの山中で出迎えを受け、九日・十八日・二十四日の三度、鳴き声を聞いている。デデッポーポーを三回くらい繰り返したあと、<デッ>で鳴き終わることが多いようだが、<ポッ>で終わる場合もあるのが不思議である。そのうち、わが家の庭でも鳴き声が聞こえる頃になると、雄は、頭を上下に動かしながら雌に近づき、さかんに求愛行動を始める。
 子供の頃、山村で、鳴き声は聞いても姿を見ることがなかったのに、釧路に住んで、デデッポをこんなに間近に眺めることができるとは思いもしなかった。


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≪ WINDOWS 98 ≫

2007年04月23日 | 学芸文化

P1000263

 マッキントッシュを頑なに愛用する異端少数派の私が、ウインドウズに手を出したのは、それなりに理由があってのことである。
 平成十年七月の<教育職員免許法施行規則改正>に伴い、<情報機器の操作に関する科目>2単位が教員免許状取得に義務づけられたため、わが職場では、担当委員会が中心となって教育課程の改訂を行った。
 しかし、情報教育の専任教員がいないため、十人余りのインストラクタが必要となり、この時ほど、同僚の人柄が露わに表出したことはない。一方で、いかにも熟練者のごとく、自慢げにノートパソコンを小脇に抱えていた連中が、実際には、<ワード>や<一太郎>のベタ打ちしかできないことがばれたのである。他方で、熟練者たちも、専門外の負担増を嫌い、委員会の要請を拒否する者が少なくなかった。このような状況で、私に声がかかったのである。
 「マックもウインドウズも同じって?」「嘘つけ、マックのこと、なんも知らんくせに」<ワード>の文書作成・<エクセル>の表計算・インターネットくらい、そりゃできるさ。しかし、それは職場のPC環境に迫られて自ら学んだ結果であって、「マックが使えるからウインドウズもできる」などというものではない。また、自分ができるからといって、他人に教えられるわけでもない。「義を見てせざるは勇無きなり」と引き受けたからには、無責任なことはできないので、インストラクタとしての準備をするために、平成十一年十二月に自前で購入したのが、写真の<ウインドウズ98>である。ほとんど名前の知られていない、プロトンという会社の特売製品だったが、SCSIポートのほかに、当時としては珍しくUSBポートが2個ついていて、おかげで今でも、新しい外付けストレージを使用できるのは有り難いことである。
 この<ウインドウズ98>を使い、一月から三月までの三か月間、前期半年でいかにして効果的に情報リテラシー教育ができるか、試行錯誤を繰り返したことは、私自身にとって貴重な経験となった。いよいよ四月になって、情報処理教室の三十台の端末機に向かう学生との悪戦苦闘が始まったが、やはり前もって準備をしておいて良かったと思う場面が多かった。


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≪デスクトップピクチャー≫

2007年04月21日 | 学芸文化

P1000265
 マック<クアドラ650>以来、今日に至るまで、スクリーンセーバなるものは一度も使ったことがない。ゆらゆら揺れる、何ものとも得体のしれない映像は性に合わないのである。コンピュータが世に現れた初期の時代はいざ知らず、CRTにしろ液晶にしろ、デスクトップに映像や文字が焼き付くなどという現象は、実際に生じたかどうか定かでない伝説ではなかったのか。現在のスクリーンセーバは、単に個人の好みに応じた装飾としての機能しか果たしていない。
 私は一貫してデスクトップピクチャーを愛好してきた。撮影者の著作権を尊重し、自分のオリジナル写真を用いるのが当然だが、不特定多数の者の用に供したり、営利を目的とするものではないので、カレンダーの気に入った絵や写真をデジタルカメラで撮影して使用することもある。
 左側の〈福寿草〉は、このブログの<雑記>に初投稿したオリジナルの写真で、<ウインドウズ98>に初めて入れてみた。それまでは、長い間、カレンダーの〈ストーンヘンジ〉だったが、〈福寿草〉も悪くはない。右側の珍しいモノクロの〈ネコ〉は、平成15年1月某日の『讀賣新聞』に載った小さな写真を27日に撮影したもので、新聞掲載の日付とオリジナルの撮影者は不明である。どなたか情報を提供して戴けないだろうか。新聞のモノクロ写真なので、点の集成による荒い画像だが、斬新な構図で野良猫の鋭い野性味がよく表れていて、とても気に入っている。


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≪ エゾアカガエル ≫

2007年04月20日 | 自  然

P1000295_3 いつも車を止める林道脇から、ギョウジャニンニクが採れる参橋右壱の沢まで、300㍍くらいの距離がある。その間は、中ほどに湧き水が流れる広い沼地で、女房と私は、ヤチボウズのあいだを慎重に歩いて目的地にたどり着く。
 毎年、四月中旬にこの場所を訪れると、エゾアカガエルの「クワワッ、クワッ、クワワッ」という大合唱で迎えられる。この春も、既にいたるところに大きな卵塊があり、うっかりすると踏みつけてしまうほど数多くのカエルが、足元で跳びはねるのである。警戒心が強く、あわてて水中に飛び込んで物陰に隠れる姿に、思わず「ごめん、ごめん」と声が出る。
P1000300P1000297 カエル・サンショウウオ・イモリなどの両生類は、生息環境の変化に最も影響を受け易い生物で、最近は急激に数が減っているといわれる。
 広大な釧路湿原でさえも、周囲から乾燥化が進み、面積が大きく減少しているため、環境保全と水性動植物の保護対策が関係機関の急務となっている。
 このような好ましくない一般的な状況にあって、釧路市街からあまり遠くない山林の湿地帯で、春になるといつも同じように、エゾアカガエルが産卵のために大集合するのが見られるのは僥倖というべきだろう。写真中段<左>は、冷たい残雪の上で交尾中の珍しい雌雄一対である。雄の色が黒っぽく、胴体の斑点や脚の縞模様も定かでないので、エゾアカガエルではないのでは、と訝しく思ったが、棲息する場所により体色に違いが出るのかもしれない。


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活版宋朝体とデジタル宋朝体の文字

2007年04月19日 | 学芸文化
   <活版宋朝体とデジタル宋朝体の文字の比較>

P1000278_4P1000280_4

 中国では「唐の時代に木版印刷術が起こり、宋の時代に民間に広く普及した」(『世界の歴史』第6巻、中央公論社)といわれ、いわゆる宋朝体は、宋代の木版印刷に用いられた書体である。
 宋は、 唐が滅亡した後の「 五代・十国 」の争乱を収拾し、 960 年に建国され、1279 年まで3世紀にわたって存続した。 しかし、文治政策を重んじ軍事的には弱体国家で、北方の外民族の進入に脅かされ続けた。 長年の宿敵、 契丹人の遼の滅亡に次いで、1127 年に宋が女直人の金に滅ぼされた後、皇族の一人が江南に逃れ、蒙古人の元に滅ぼされるまで、南宋として1世紀半も国家の余命を保った。
 印刷術の発展によって、中国で近代宋朝体活字が用いられるに至った経緯は、残念ながら不明である。当然、日本でも宋朝体活字が導入されただろうが、印刷物にはもっぱら明朝体が用いられ、宋朝体の出番はなかった。吉川英治『三國志』(六興出版部)を印刷した東京印刷株式会社が、どのような系列の宋朝体活字を使用したのか知りたいところである。
 嬉しいことにデジタルフォントでは、 ダイナ・新宋体とリョービ・花胡蝶の2種類が利用可能である。両者を比較した結果、私は迷わず前者を選択した。右の写真が、ダイナラブ・ジャパン のダイナフォント見本の1ページで、一番上に新宋体の書体が示されている。


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≪ PC の フ ォ ン ト ≫

2007年04月17日 | 学芸文化

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 吉川英治の『三國志』については既に書いた。今回この本を再び取り上げたのは、内容ではなく、印刷に用いられた活字の書体について、私の好みをいささか開陳したいと思ったからである。
 活字に興味を持ったのは、就職後半年くらいに、職場にあった日本タイプライター株式会社の和文タイプライターを用いて、文書作成の練習を始めたのがきっかけだった。ほどなく、ひととおりの技術を身につけると、付属の5号活字では飽きたらず、9ポイントと12ポイントの活字盤を予備庫・貯蔵庫・記号庫付きセットで買い求めて、文書の〈見栄え〉に変化をつけることに熱中した。当然ながら、書体は明朝のみである。
 しかし、昭和50年代になって、小型で高性能、数種類のフォントを備えたワードプロセッサーが普及すると、和文タイプライターはたちまち駆逐され姿を消した。平成に入ると、今度は、パーソナルコンピュータのワープロソフトとプリンタの機能が飛躍的に向上、ワードプロセッサーに取って代わった。総合的に判断して、フォントの種類もワードプロセッサーの比ではなく、勝敗の帰趨は明らかだった。これらの文書作成機器の主役交代が、わずか十数年の間の出来事だったことを思うと驚かざるを得ない。
 P1000512吉川英治の『三國志』の目次には、宋朝体という珍しい書体が用いられていて、圧倒的に量の多い明朝体の本文に引けを取らない存在感がある。私はこの書体が好きで、平成9年に新しく購入した<パワーマック5500>に、ダイナ・フォントの新宋体をインストールして使ってみた。宋朝体の独特な装飾性はかなり弱められているが、それなりに雰囲気は出ているので、今も用いている。かなり癖の強い字体なので、人によっては拒否反応を示すかも知れない。


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