タックの庭仕事 -黄昏人生残日録-

  <タイトルは「庭仕事」ですが、残日録には他の分野も含まれています>

新聞5紙第1面「編集コラム」における接続助詞「が」の使用例

2017年12月04日 11時42分12秒 | 学芸文化

 11 28 日投稿の「三度目・悪文の見本」(記事についてはこちらをクリック)で、接続助詞「が」の濫用によって文体がだらしなく弛緩している、どうもこうも手の施しようのない悪文の見本を提示した。

 本日は、新聞編集に携わる人たちの使用例を、新聞5紙の「編集コラム」で検証してみた。ま、文筆をもって生活の活計とする人たちだから、当然至極と言うべきか、概ね妥当な使い方ではある。

 しかし、「天声人語」と「卓上四季」が連続して用いている、助動詞「だ」と接続助詞「が」の組み合わせ、もしくは接続詞「だが」は、響きが良くないので連続使用は避けるべきだろう。スペースが限られた新聞紙面で文字数の制限が求められることはよく分かる。それにしても、「だが」は「しかし」と比べて僅か1文字の節約にしかならない。この1文字のために、響きの汚い「だが」を選択するメリットがあるかどうか、甚だ疑問である。特に昨今は鼻濁音を発音できない人が多いので、「だが」がとてつもなく耳障りに響くことを、文章のプロには肝に銘じてもらいたい。

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三度目・悪文の見本=接続助詞「が」の濫用で文体がだらしなく弛緩

2017年11月28日 08時49分09秒 | 学芸文化

※ 11月 21日付『釧路新聞』第3面「巷論」を、縦横比変更で転載。
※ ポインターを当てクリックすると画像は拡大できる。

 11 19 日投稿の「再び・悪文の見本」(記事についてはこちらをクリック)の続編。前回は、主として主語文節と述語文節との係り受けの誤りを指摘した。今回は、接続助詞「が」の濫用が、文体をいかに「だらしなく弛緩させるか」を強調したい。

 中学生の作文でも珍しいこの悪文を、悪文と認識できないようでは、いくら3流新聞であっても、「〜論」投稿は烏滸の沙汰である。また掲載する側の新聞社は、所詮この程度のレベルか、と新聞が見下されないように対策を講じるべきではないのか。表現の自由とは別次元の問題だろうに。


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再び・悪文の見本=投稿の前に何度も推敲すべし

2017年11月19日 16時02分24秒 | 学芸文化

※ 10 月15 日付『釧路新聞』第3面「巷論」を、縦横比変更で転載。

 9月 24 日投稿の「悪文の見本」(記事についてはこちらをクリック)の続編。いくら巷(ちまた)の論でも酷いじゃないか、この悪文は。他人に読んでもらうのであれば、投稿前に十分推敲すべきである。

 本題に戻りますが著書の中では多くの人が100年以上生きる長寿社
会に個人や家族、企業、社会全体がどうすれば恩恵を最も大きく得れ
のかをわかりやすく解説されたもので、一番解り易い例は産業革命
による工業化社会に入って、工場などで働く労働者に定年制が求めら
れた時に、平均寿命から逆算して20年を基準としています

問題点 ① 文が長すぎる。真ん中で句点を用い、2文に分けるべし。
問題点 ② 読点の使い方を工夫すべし。
 本題に入りますが、著書の中では、‥‥生きる長寿社会に、‥‥
 一番解り易い例は、‥‥

問題点 ③ 表記を統一すべし。 わかりやすく(解り易く)‥‥
問題点 ④ 主語文節と述語文節を正しく表記べし。
 著書の中では、‥‥得られるのかが解り易く解説されています。
 著書の中でグラットンは、‥‥得られるのかを解り易く解説しています。
 一番解り易いのは、‥‥を基準としていることです。

問題点 ⑤ 「ら」抜き言葉はまだ正用法と認められていない。 得られる

 他にも悪文を含むが、長くなるので添削はこの1文に留める。当該投稿者には簡潔明瞭で達意の文を書くよう努めてもらいたい。
 

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新聞の社説「不正の蔓延にあきれる」を読んで首尾一貫性のない漢熟語表記に呆れる

2017年10月31日 17時35分52秒 | 学芸文化

※ 上掲画像の上半分は、新聞で用いられている漢熟語表記。同下半分
は、筆者が漢字のみの表記に変更した漢熟語を含む文例。

 10 月3日投稿の「漢字平仮名交ぜ書きや平仮名書き」(記事はこちらをクリック)及び同月9日投稿の「新聞4紙の社説で用いられたルビ付き」(記事はこちらをクリック)の続編。

 先の2回の記事では、複数の新聞からそれぞれ1例だったが、今回は1紙1社説から多数の漢熟語表記を引いた。

 私は、如何なる理由であれ「ずさん」や「改ざん」の類いの使用は表現力を弱めるがゆえに、日本語にとって「百害あって一利なし」と考える。使用される漢字が常用漢字表にない、あるいは読みがないという理由だけでもって、漢熟語を漢字平仮名交ぜ書き・平仮名書きにすることに異を唱えたい。

 正しい日本語の範となるべき新聞が、首尾一貫性のない漢熟語表記を平気で使用することには、ただただ呆れるばかりである。

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文筆を生活の活計(たずき)とする者が慣用句の誤用を擁護してどうする

2017年10月19日 19時03分28秒 | 学芸文化

 日本人の国語への意識や理解の現状を調べて施策に生かすため、1995 年度から毎年実施している「国語に関する世論調査」の、2017 年度調査結果を文化庁が公表した。

 その中で、上掲五つの慣用句について、本来の使い方や意味から外れ、誤用する人が多いことに驚きを禁じ得ない。

 一般人ならいざ知らず、あろうことか新聞の編集者や記者のように文筆をもって生活の活計とする者が、これまで何の疑問も抱かずに誤用を続け、なおかつ、「言葉は変化するものだから、気にすることはない」と宣い、誤用を擁護するとは、俄には信じられない。ガッカリするのはこちらの方だよ。

 正しい日本語の範を垂れるという文化的役割を担うはずの新聞人が、こんな体たらくでどうするのか。「卓上四季」の筆者に借問したい。


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新聞週間に寄せて新聞に物申す(購読料払ってこんな悪文を読みたくない)

2017年10月16日 15時49分55秒 | 学芸文化

 私は決して安くはない購読料を払って、この新聞を毎日読んでいる。読まなくても何も困りはしないが、ま、付き合いだと諦めている。

 しかし、この「巷論」の見苦しい代名詞の濫用には我慢がならない。これでもか、これでもかと、外国語からの直訳文よろしく、不自然に執拗に代名詞を連ねるのは、いわゆる岩波左翼文化人の悪癖である。

 新聞は、正しい情報を公平な立場から広く報道すること以外に、美しい日本語の範を垂れるという文化的役割も担っているはずである。三流地方紙とは言え、新聞編集者には、日本語の破壊に荷担するような悪文に朱筆を入れるくらいの矜持を持って貰いたい、と思うのである。

 こう書くとすかさず、左翼文化人は表現の自由や個性の否定、あるいは人権侵害だと騒ぎ立てるが、執筆者に文章の推敲を求めることは勝れて文化的な行為である。否定だ、侵害だと、問題をすり替えてはならない。


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新聞4紙の社説で用いられたルビ付き難漢熟語のサンプル

2017年10月09日 16時47分01秒 | 学芸文化

 10月3日投稿の「新聞による漢熟語の漢字平仮名交ぜ書きあるいは平仮名書き」(画像はこちらをクリック)の続編。

 新聞が漢熟語を使用するとき、当該漢字が常用漢字表にない、あるいはあっても読みが存在しない場合、新聞社独自のルールに従って、漢字平仮名交ぜ書きあるいは平仮名書きを使用することについては既に述べた。

 今回の投稿は、自社ルールに反して社説や論説記事において難漢熟語をルビ付きで使用しているサンプルを提示し、新聞社の胡散臭い二重基準を厳しく咎めることを目的とする。

 社説や論説は例外、などとは言わせない。「熾烈・乖離・凄惨・揶揄などは他の言葉で言い換えができないから是非とも使いたい、この際、格上の社説は別扱いにしてルビを振ろう、格下の一般記事は漢字平仮名交ぜ書きあるいは平仮名書きでよい」とは読者を愚弄するものである。

 記者ハンドブックなるものは廃止すべし、常用漢字表にあってもなくても、難しいと判断すれば、漢熟語にはその都度ルビを振るべし。

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日本語の表現力を弱める、新聞による漢熟語の漢字平仮名交ぜ書きや平仮名書き

2017年10月03日 11時32分18秒 | 学芸文化

 私は丸谷才一氏の「歴史的仮名遣い使用論」に与しないが、「漢熟語の漢字平仮名交ぜ書きあるいは平仮名書き反対論」には大いに賛同する者である。

 数日前、久しぶりに同氏の上掲著書を読む機会があって、定期購読している新聞3紙のここ一両日の紙面から、悪しき用例を拾い上げてみた。

 研さん=研鑽(『釧路新聞』)
 けが=怪我(『北海道新聞』)
 けん引=牽引(『讀賣新聞』)

 新聞がこのような醜い表記を用いるのは、難しい漢熟語の使用を日本の文化的風土が求めているにもかかわらず、得意然として常用漢字表の定めに縛られているからである。宇宙の森羅万象を常用漢字表の定めに従って表現する、などという愚を私たち日本人は断固拒否すべきである。

 書くのに骨が折れる難しい漢字だから、書ける必要はない。読むためにルビを振れば済むことである。現実に、場合によって新聞はルビを振っているではないか。次回はそれを提示したい。

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「他人事」の新たな用例が見つかったので紹介します

2017年10月01日 10時22分10秒 | 学芸文化

 先月 29 日に「他人事」に関する記事(記事はこちらをクリック)をアップした後、新たに用例が一つ見つかったので紹介します。

 昨夕、メモがあることに気づき、読者登録をして戴いている tanpopoobasanさんのブログ「夢見るタンポポおばさん」の8月 22 日付記事(記事はこちらをクリック)で「他人事」が二度用いられていることを確認しました。

 この二つの用例を「人ごと」あるいは「ひとごと」と置き換えてみて下さい、全然様になりません。インパクトが違います、やはり「他人事」でなくちゃ。

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宇宙の森羅万象を常用漢字表に従って表現しようとする新聞社校閲部部長の愚

2017年09月29日 14時58分36秒 | 学芸文化

 ある新聞社の校閲部部長が、「ひとごと」は「人ごと」と表記するのが「記者ハンドブック」の決まりで、「他人事」は用いない、と書いている新聞記事を切り抜いて保存したのは2年以上も前のことである。

 今回たまたま、「他人事」の用例が目に付いたので、古い切り抜きがあることを思い出し、ブログ記事を投稿することにした。

 件の部長の拠り所は「記者ハンドブック」で、「人ごと」を使う理由の一つは、「他人」という漢字に対する「ひと」という読み方が常用漢字にないこと。もう一つは、「人」には「他人」という意味もあるということ。

 私は常々、常用漢字に付された読み方しか用いない新聞社の漢字仮名交じり表記を苦々しく思ってきた。常用漢字に固執する不自然な表記は、日本語の破壊であると思っている。宇宙の森羅万象を、単なる目安に過ぎない常用漢字表の定めで表記するなどという愚を許してはならない。

 二つ目の理由については、なるほど「人」という漢字に「他人」という語義があることは承知している。俗に「人の褌で相撲を取る」と言う。しかし、だからといって「他人事」を「人ごと」と置き換えてよいとはならない。現在「たにんごと」と誤読する向きもないではないが、「他人事」はいまだ歴とした生きた言葉であって、慣用は「記者ハンドブック」に優先する。


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