車泊で「ご当地マンホール」

車中泊の旅とか、そうでない旅(笑)で見つけたご当地もの色々、でもメインはやっぱり「ご当地マンホール」かな。

聖(ひじり)神社の本殿彫刻in鳥取市

2017年04月28日 10時00分00秒 | ご朱印・社寺
二度目の参拝となった「聖神社」、墨の匂いもかぐわしい御朱印も、無事に頂きました。


昨日に続いて今回は本殿の紹介ですが、まずは【昭和32年4月16日指定 文化財】の看板から。
「本殿は桁行1間、梁間2間、入母屋造、向拝1間、こけら葺で南面している」
「細部にわたって彫刻が施され、刀方は堅実重厚で雄渾な気魄に富んでいる」等々・・・


この本殿の全景は、2012年の参拝時のものですが、実はこの直ぐ後に保存修理が行われました。
もちろん、そんな事があると前もって知っていたわけでも無く、その期間も知りませんでした。
保存修理の期間は2012年6月から~2014年にかけ・・といった事も、ごく最近知りました。


2012年当時の記憶の中にあった「聖神社」と、あまりにも違って見えた、2016年の「聖神社」
資料で見た修理の様子、数々の写真を見れば、違って見えた理由が、改めて納得できます。



専門的な言葉が多く、正直私にはちんぷんかんぷんなのですが・・・・(^^;)
「腰組、軒下とも三手先組物を用い、木鼻、肘木、尾垂木等に浮彫りを施し飾り立てている。」
・・・とこのように書かれていますが、「三手先組物」がどれで、「腰組」が何処の事やら???
本殿の軒下には十二支が彫られているとあるので、多分この画像で間違いないかな??(笑)




さらに、桟唐戸には「巨巌に波浪の図」「鷹と猪の図」を彫ったケヤキの厚板が嵌めこまれ・・
「鷹」は目視で確認できたのですが「猪」はよく見えなくて、でもまぁ、素敵なのは事実です。


   
   

続いて「木鼻、肘木、尾垂木等に浮彫りを施し」とあるのはこの部分、一押しは「伊勢海老」(笑)

 

細かく見ていけば、どの部分を取り上げても素晴らしいの一言に尽きるのですが、何しろ無知で(笑)
彫刻が施された部位の名称も知らないし、その意味も、きっと本当の事はちっとも知らないのです。
それでも神社建築の(寺院)彫刻は、私にとって大きな魅力の一つ、見飽きる事はありません。



        参拝日:2012年4月&2016年10月
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聖(ひじり)神社in鳥取市

2017年04月27日 10時00分00秒 | ご朱印・社寺

鳥取市行徳に鎮座される「聖(ひじり)神社」、市民からは、「聖さん」と呼び親しまれています。
御祭神は『邇邇藝(ににぎ)命・日子穂穂手見命・事代主神』、御神紋は「五七の桐」。
こちらの神社には2012年にご亭主殿と、2016年には局ちゃんを加えて三人で訪れています。


   

創始年代・由来など、いづれも定かではありませんが、寛政七年(1795)の『因幡志』に
「社伝に曰く、祭神は二座、吾勝(あかつ)尊・瓊瓊杵(ににぎみ)尊」と記されています。
(吾勝尊=日子穂穂手見(ひこほほでみ)命、邇邇藝命の息子で、山幸彦の名で知られる)
文化十年(1813)に拝殿を造替、明治三年(1870)に、境内の「恵比寿社」を合祀しました。


南参道から拝殿に向かう途中で神域を守護されるのは、昭和58年(1983)生まれの出雲構え狛犬。
機械彫りで、例の量産型狛犬と同じにおいがする顔立ちですが、まぁここはこの形に免じて(笑)

   

宝永七年(1710)造営の御本殿は、細部にわたって施された彫刻の見事な事でも知られています。
県指定保護文化財の御本殿に関しては、画像が多くなるので明日のブログで紹介する予定です。


文化十年(1813)に造営された拝殿、傍らの玉垣内に聳えるのは、市指定保存樹林の大イチョウ。
樹高・28m、樹齢は290年以上と言われており、大ケヤキと共に鎮守の森と仰がれています。


ご本殿の彫刻も素晴らしいのですが、拝殿の彫刻も力強く、その表情に圧倒されます。
目貫部分に施された彫刻は、他で「恵比寿と鯛」と聞きましたが、どうしてもそうは見えません。
逆巻く波間を駆け泳ぐ二匹の鯉、その間で、満面の笑みを浮かべている仙人のような人物・・
実のところはどうなんでしょうね?詳細をご存知の方は是非とも、ご教示頂けると嬉しいです。


神社彫刻の代表格といえば木鼻彫刻、ここでも獅子や虎たちが、存分に神威を発揮しています。
もう少しくっきりと写せれば良いのですが、何しろお手軽価格のコンデジに、お粗末な腕前(^^;)
この程度かと思われた方は、是非とも現地に足を運んで、自身の目でその凄さを実感してください。





この木は参道途中のとても目立つ場所にあった木なのですが、驚いたのはコブ状になった部分。
まるで小猿か子獅子が、木のゆりかごに包まれて眠っているような、そんな風に見えました。
この木に関しては説明のようなものも見当たらず、特別に珍しくは無いのかもしれません。

   

本殿西側に鎮座される、境内社「稲荷神社」では、3対の神狐さんが守護をされています。
鳥居に近い神狐さんは、阿吽ともにお顔が失せていますが、それでもここに座していました。




        参拝日:2012年4月&2016年10月
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山王宮・日吉(ひえ)神社in鳥取市

2017年04月26日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・鳥取県
鳥取市布勢に鎮座される「山王宮・日吉(ひえ)神社」~布勢の山王さんと親しまれています。
御祭神は『太山祇大神・太山咋大神・大己貴大神・少名彦名大神・猿田彦太神・素盞鳴太神』


古来より、お猿は『山王権現』の神使とされており、境内には様々な神猿さんがお出でになります。
手を洗い身を清める手水、多くは吐龍ですが、ここでは神猿の打出の小槌から水が流れています。


手水舎の傍らには、水神を祀ったと思われるコンクリート製の小さな祠が鎮座しています。
また、かなり以前に建立されたと思われる「日吉神社創紀六百年」の記念碑もありました。

   

境内まで続く石段は最近に整備されたようで、高さも幅も、とても歩きやすくなっています。


更にちょっと疲れた足を休める踊り場には、幣を持った神猿と、子供を抱く神猿さんがお出迎え。
可愛らしい神猿さんに、気持ちも足の疲れも和んだら、残りの石段はあと少しです(*^^*)


   

由緒では、創建は文和元年(1352)、室町時代の守護大名山名氏が、文和3年(1354)に
近江国の坂本から、「日吉大社」の御分霊を勧請して祀ったのが始まりと伝えられています。
「子供の守り神・安産の神・忌み厄を除く神」として崇められ、人々の崇敬を受けています。


本殿両脇の神猿は昭和25年(1950)奉納、向かって右は「金幣」を担ぎ、左は子猿を抱いています。
そういえば、石段踊り場の神猿も同じ様式でしたが、「子供の守り神」たる由縁でしょうか。

   

他にも、拝殿の上で神域を守護される、明治33年(1900)旧10月生まれの神猿さんの一対。
どちらも金幣を持ち、誰が置いたか足の間に松ボックリを置いて神妙な顔でこちらを見ています。


   

何時頃に誰が奉納したものか・・本殿の周囲には沢山の神猿たちが静かに余生を過ごしています。
紹介したのは剥落が無い姿ですが、頭や足の無い神猿さんも含めて、大切に置かれていました。
にしても・・・抱えきれない程の木の実を貰って喜ぶ小猿・・を見守る親猿の、足元に置かれたお首・・
多分壊れてしまったので、たまたま其処に置いただけだろうとは思いますが・・シュールです(^^;)

   
   

境内社「小日吉神社」は、兵火を免れて個人宅に祀られていましたが、その後遷座されました。
「布勢古墳」に続く通路の手前にあった碑は、松保村青年団が昭和22年に建立したものです。
戦後の大きな変動の中で刻まれた「生々無窮(むきゅう)」・・・「無窮」とは、未来永劫の意です。

   

        参拝日:2012年4月
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江津(えづ)神社in鳥取市

2017年04月25日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・鳥取県
鳥取市江津に鎮座される「江津(えづ)神社」、御祭神は『武甕槌命』御一柱です。


古来より「武王大明神」と称され、明治元年に「江津神社」と改称し、境内に稲荷神社を合祀。
昭和初期まで千代川の中程に在りましたが、昭和4年の河川改修に伴って現在地に遷座しました。


鳥居の入り口から拝殿にむかって、四対の狛犬さんがそれぞれに神域を守護されています。
拝殿前にいる例の量産型狛犬は、まぁ(^^;)、そこにいると言う事で、説明は省きます(笑)



鳥居近く、一番手前にいる建立年代不明の出雲丹後系の狛犬さん、阿形さんの剥離が切ないです。

   

真ん中に位置する先代さんは、もはやそれが狛犬であったとは信じがたいお体になっています。
それでもきちんと台座の上に置かれ、可能な限りの修復がなされた事に、気持ちが和みます。

   

一番奥の拝殿手前で神域を守護されるのは、嘉永7年(1854)生まれで、栄養たっぷりの狛犬さん。
体に比してぶっとい(笑)前足を見ていると、不思議なほど妙な親近感が湧くのは・・何故でしょう(^^;)

   

明治元年に合祀された境内社「稲荷神社」、こじんまりしてますが凝った細工のお社です。

   

参拝を終わって神社を後にし、降り返った境内には一面の紅、こぼれ椿の鮮やかな紅色です。


        参拝日:2012年4月
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賀露神社末社・水戸(みなと)神社②in鳥取市

2017年04月24日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・鳥取県
「賀露神社」の境内の一画に鎮座される、末社「水戸(みなと)神社」
御祭神は、河口・港の守護神『瀬織津彦(せおりつひこ)命・瀬織津姫(せおりつひめ)命』。


この社の前を守護されているのは、例によっての量産型狛犬さんで、それは置いといて(笑)
その狛犬の台座の辺りに何やら白っぽいもの・・・何となく見覚えのあるあのおかっぱ頭!!


まさかこんなところで会えるなんて吃驚ですが、北前舟の往来した港なら、それもありかもです。
にしても・・・随分長いこと時が経ったのでしょうか・・・輪郭は薄れ、片足は失われています。

   

吽形さんにいたっては、台座に頭をくっつけて「まるで悩めるダースベーダー」の体です(笑)

   

末社の入り口には、他に二対の狛犬さんがそれぞれに神域を守護していらっしゃいます。
全部あわせると4対の狛犬さん・・・末社といえども流石は、河口・港の守護神を祀る社です。
すっかりお顔の形が分らなくなった阿形さんですが、出雲丹後系の体はしっかり健在です。

   

何ともユニークな獅子顔の狛犬さんは、比較的最近の奉納のようですが、意外と良い表情です。

   

本殿と拝殿の間にある御神木の黒松は、樹高、22~29m、樹齢は400~500年と言われています。



境内には漁船のスクリューと並んで、錆びてしまった北前船の大碇が奉納されていました。


賀露神社例祭で催される「麒麟獅子舞」は、他の獅子舞にみられない独特の舞いが特徴です。
境内にあるパネルには、鳥取県指定無形民俗文化財の「麒麟獅子舞」が、詳細に書かれています。


参拝の折に見かけた「忠魂碑」の前で手を合わせて、私たちは「賀露神社」を後にしました。


車を走らせかけて直ぐに、立派な歌碑が建立されているのを見て、前に降り立ちました。
【 海鳥の 声かしましく賀露ケ浜の あしたになきて 波の音高し 】 出口王仁三郎


        参拝日:2012年4月
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