東海林直人のゴロテマ日本史

語呂合わせでテーマ史を記憶するので「ゴロテマ」です。YOUTUBEのゴロテマ、三省堂刊「ゴロネコ日本史」もヨロシク。

民法典論争の覚え方◇B近現496

2017年05月18日 00時11分51秒 | 入試対策講座

□近現496.民法典論争 ◇B

[ゴロ](やつ)が暴走民法典


(穂積八束(ほづみやつか)・ボアソド)(民法典論争)


[句意]奴が暴走したんだ民法典で、という句。


[ポイント]

1.民法典論争ではボアソナードが起草、穂積八束がそれに反対。

[解説]

1.西洋を範とする法典の編纂は明治初年に着手され、フランスの法学者ボアソナードを招いて、フランス法をモデルとする各種法典を起草させ、1880(明治13)年には刑法治罪法(刑事訴訟法)を憲法に先行して公布した。その後も、条約改正のためもあって、民法と商法の編纂を急ぎ、1890(明治23)年には、民法、商法、民事・刑事訴訟法が公布され、法治国家としての体裁が整えられた。

2.これらのうち民法は、1890(明治23)年に大部分がいったん公布されたが、制定以前から一部の法学者の間で、家族道徳などわが国の伝統的な倫理が破壊されるとの批判がおこり、これをめぐって激しい議論がたたかわされた。


3.これを民法典論争という。フランス民法を参考にしたボアソナード民法(1890年公布)が自由主義的で日本古来の家族制度の美風をそこなうとして起った論争。1891(明治24)年、帝国大学教授穂積八束は法律雑誌に「民法出デヽ忠孝亡ブ」という題の論文を書き、ボアソナードの民法を激しく批判した。


4.この結果批判に屈し、第三議会において商法とともに、修正を前提に施行延期となり、1896(明治29)年と1898(明治31)年に、ドイツ民法を参考にさきの民法を大はばに修正して戸主権のつよい明治民法が公布された。こうしてできた新民法は、戸主の家族員に対する絶大な支配権(戸主権)や家督相続制度など、家父長制的な家の制度を存続させるものとなった。


5.ボアソナード (1825~1910)は、フランス人法学者。明治政府に招かれて1873年に来日。刑法・民法などを起草。また井上馨(かおる)外相の条約改正案の外国人判事任用を批判したことでも知られる。


6.穂積八束(1860~1912)は、憲法学者。宇和島藩士の家に生まれる。ボアソナード民法反対の先頭に立った。


2017同志社大・全学部:「

 西洋を範とする法典編纂は明治初年に着手され、1873年にm)フランスの法学者が招かれ、1880年には刑法と( n )が最初に公布された。その後もほかの法典の編纂が進められたが、フランス民法典をモデルにして1890年に大部分が公布された旧民法をめぐって法学者の間で激しい論争が巻き起こった。翌年にo)帝国大学の憲法学者が「民法出デテ忠孝已ブ」と題した論文で激しく批判したこともあって、大幅に修正され1898年に施行されたp)明治新民法は家父長制的な性格の強いものとなった。

【設問m】下線部mの人物名を記せ。この人物は1873年に来日し司法省法学校において多くの法律者を育成し、また日本の近代法休制の形成に多大の貢献をした。

【設問n】空欄( n )に入る適切な語句を漢字3字で記せ。この法律は1890年の刑事訴訟法の施行により廃止される。


【設問o】下線部oの人物名を次のうちから1つ選べ。


 1.美濃部達吉 2.穂積八束
 3.西田幾多郎 4.河上肇


【設問p】下線部pに関して、1898年施行の明治新民法の下記の条文において、空欄(   )には家族統率者を意味する語句が入る。その語句を漢字2字で記せ。

「第七百五十条 家族ガ婚姻又ハ養子縁組ヲ為スニハ(   )ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス」

(答:mボアソナード、n治罪法(刑事訴訟法にあたる)、o2、p戸主)〉


2014早大・文化構想:「

 つづく明治新政府は、西洋法の影響下で刑罰権を国家的に統一し、懲役刑を中心とする刑罰体系の樹立につとめた。1880年にfフランス法にならった旧刑法が制定され、ここに日本において初の罪刑法定主義にもとづく近代的な刑罰体系が成立したといえる。

問9 下線fの原案を起草した人物は誰か。記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。」


(答:ボアソナード)〉


2014明大・情報コミュ:「

 「文明国」入りを日指す明治政府は、近代的家族制度の創設を企図し、(ア)戸籍法を制定し、戸籍筆頭人である戸主は嫡男子であることを原則とした。また、明治政府は近代的民法の編纂を行っていたが、これに対する反対意見は根強く、帝国大学教授( イ )は「民法出デテ忠孝亡ブ」という論説を発表し、伝統的な家族道徳を破壊すると攻撃した。このような民法典論争の結果、民法は大幅な修正を経て、1898年に施行されたが、戸主権は江戸時代よりもむしろ強化されたとの見解もある。明六社のメンバーで、( ウ )を起草した西周は、幕末から明治初年の段階では妻升子の表記を、旧姓で「石川升子」としていたが、民法施行後には、「西升子」と変更していた。婚姻した女性は、男性側の姓を名乗り、男性の家に入ることが制度として強制されたのである。

問1 下線部(ア)よりも、以前の出来事として、もっとも正しいものを、次の1~4のうちから1つ選べ。


 1廃刀令  2西南戦争

 3版籍奉還 4樺太・千島交換条約

問2 空欄( イ )に入る人名として、もっとも正しいものを、次の1)~4)のうちから1つ選べ。


 1穂積八束 2梅謙次郎
 3樺山資紀 4江藤新平


問3 空欄( ウ )に入る語句として、もっとも正しいものを、次の1~4の
うちから1つ選べ。

 1教育勅語 2五日市憲法草案 

 3軍人勅諭 4泰西国法論」

(答:問1ア3、問2イ1、問3ウ3)〉


2013成城大学・経済:「

 条約改正のための必要もあり、近代的諸法典の編纂は明治初期から着手されていた。フランス人の法律顧問[ 9 ]らの助言のもとに、ヨーロッパ流の法体系を取り入れ、1880年、刑法・治罪法が制定、公布された。1890年には[ 9 ]の起草による民法の一部が公布されたが、その内容が個人主義的であり国情に適せずとして強い反対が起こり、いわゆる民法典論争が白熱化した。憲法学者穂積八束は1891年、『法学新報』に「民法出デヽ[ 10 ]亡ブ」とい論文を発表し、反対の先頭に立った。修正された民法(明治民法)では、家が重んじられ、戸主権が強く、女性の地位は低かった。」

(答:9ボアソナード、10忠孝)〉

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