Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

2017年7月13日~15日(大阪)、7月16日~17日(東京)の聖伝のミサ(ラテン語ミサ) 聖ピオ十世会 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass

2017年07月17日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 7月13日、14日、15日と大阪で聖伝のミサを捧げました。
大阪では、7月13日にミサの後の御聖体顕示による聖時間の間に、ファチマ百周年を記念してに私たちの聖堂を聖母の汚れなき御心に奉献しました。

 7月16日、17日には東京で、ミサ聖祭を捧げることができました。
東京では、7月16日の主日のミサの直後、司祭の退堂の前に、私たちの「聖なる日本の殉教者巡回教会」を聖母の汚れなき御心に奉献しました。

 7月17日には午後の4時からのマーチフォーライフにも参加して、ファチマのマリア様と一緒に歩くことができました!とても良い一日でした!
 今年のマーチフォーライフには去年の倍を超える方々が参加することができました。マリア様に感謝!
 素晴らしいマーチフォーライフを準備してくださった関係者の方々には心から感謝します。このマーチフォーライフのことを多くの方々に宣伝して広めてくださった方々にも感謝します。ファチマのマリア様を素晴らしくお花で飾って下さった方々に感謝します。熱い中をマーチフォーライフに参加してくださった方々に感謝します。マーチフォーライフが安全に無事に行われることができるように心を砕いてくださった警察の方々に感謝します。
 そして、私たちに多くの祝福と恵みと幸せを与えようとしてくださるマリア様に感謝します。ファチマのマリア様、私たちをお守りください。日本の小さな赤ちゃんたちをお守りください!
 このような素晴らしい時を、来年も過ごしたいと思います。マリア様、私たちのためにいつもお祈り下さい!日本を守って下さい。日本と世界に平和をお祈り下さい!

 以下に愛する兄弟姉妹の皆様から頂いたご報告を紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ !

8月13日~15日の大阪でのミサの報告をお送りいたします。

13日(木)聖母の汚れなき御心の随意ミサ には13人が、
14日(金)聖ヴォナベンテゥーラのミサには9人が、
15日 (土)聖ヘンリコ皇帝のミサには11人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

13日はファチマの聖母第三回目のご出現の記念日で、しかも100周年にあたる今年、聖母の汚れなき御心の御ミサに与る事が出来た事は大きな喜びでした。

お説教ではマリア様の7月のご出現を振り返って、マリア様が子供達を通して私たちにお求めになっていることをもう一度よく黙想しました。地獄が存在すること、雪が降る様に霊魂たちが地獄に堕ちている現実から目をそらさず、そのために悲しんでおられる天主様のために三人の子供達に倣って霊魂の救いのために犠牲を求めておられること。毎日ロザリオで懇願し、償いの御聖体拝領をすることなど、この日、今年だけでな く、息を引き取る最後の時まで忠実にマリア様の御望みを果たす事ができるお恵みを乞い求めました。

御ミサ後に御聖体降福式があり、御聖体の前でロザリオを唱え、そのあとに大阪のお聖堂と、神父様、信徒たちとその家族をマリア様の汚れなき御心に奉献し、名前が書かれた紙を金のマリア様の汚れなき御心のペンダントの中にいれてマリア様の御像に安置しました。

マリア様の汚れなき御心の中に閉じ込められていることをそのペンダントを見る度に感じることが出来て、本当に幸福です。
自分のちいさな苦しみや惨めさを思って悩む時、マリア様の御心は真の私の避難所であると確信できました。

14日、15日のお説教も素晴らしかったのですが、13日のこの奉献のイベントがあまりにも感動的だったので、そちらの感想は思いつかなくなってしまいました。すみません。(;_;)

15日土曜日の御ミサの後は聖書の勉強シリーズで、ヘロデ大王の三人の息子について詳しく教えて頂きました。
この一連の講話を聞くことで、聖書に出てくる人物の特徴や歴史的背景、人間関係を知る事ができ、聖書が昔話やおとぎ話ではなく、現実的な歴史書である事がはっきりとわかりました。2時間も講義をして下さった小野田神父様は疲労困ぱいされたに違いありませんが、
また、次回を楽しみにしてしまいます・・・・。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

こんばんは!☆(*^▽^*)
カルメル山の童貞聖マリア様の記念日おめでとうございます!

7月13日は特別に御ミサを追加して下さり、御聖体降福式と、そして聖母の汚れなき御心聖堂を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り、そして聖母の汚れなき御心聖堂の信徒とその家族を聖母の汚れなき御心に奉献して下さり本当にありがとうございます!!

信徒たちとその家族が、マリア様の汚れなき御心の中にまさに入っていくその瞬間を目の当たりにすることができて、大きな慰めと喜びと平安に心が満たされました。金輪際マリア様の汚れなき御心の中という事で本当に嬉しいです。ありがとうございます。
明日はマーチフォーライフですが、どうぞ、熱中症などにはお気を付け下さいm(_ _)m

マリア様の茨で刺し貫かれた汚れなき御心をお慰めするために、明日は多くの方がマーチフォーライフに参加されますように。私も霊的にですが、参加させて頂きます。
デオ・グラチアス!


【報告】【東京7月16日】
今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 14人(内、子供1人)
女: 27人(内、子供3人)
計: 41人(内、子供4人)


【報告】【東京7月17日】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 15人(内、子供0人)
女: 14人(内、子供1人)
計: 29人(内、子供1人)

午後の講話参加者数
男: 6人(内、子供0人)
女: 11人(内、子供1人)
計: 17人(内、子供1人)

マーチ・フォー・ライフ参加者数
男: 10人(内、子供1人)
女: 16人(内、子供1人)
計: 26人(内、子供2人)



【報告】【東京7月2日】
アヴェ・マリア・インマクラータ!
遅くなりましたが7月2日の御ミサの報告です。

この日は聖霊降臨後第4主日であるとともにご訪問のマリア様を記念して祝う日であるということでした。

この日の聖福音はペトロのすなどりのことでした。イエズス様はシモンの船に乗って群衆に教え始めてシモンにすなどれと命じ給うたのでしたが、このことがペトロが教皇の座につくものであり、カトリック教会の教皇は救霊のため霊魂をすなどる働きをする使命をイエズス様からいただいたことを表しているのだと知ることができました。
また小さな魚はこのすなどられる霊魂であるカトリック信者たちで、イエズス様は大きな魚であることの象徴だということがわかりました。

この人をすなどる漁師というイメージは、(教会の出しているイメージの先週の主日で黙想した)良き羊飼いと失くした銀貨を探す女というイメージに続くもう一つの教会のイメージだということがわかりました。

次に聖ペトロに与えられた役割の目的は何かというお話しでしたが、エルサレムにおいては主であるイエズス・キリストが十字架につけられて死に至らしめられた呪われたところとなったが、ローマにおいてはペトロとパウロが使徒の殉教の死という聖別した血を流すことで教会の基礎の座として定められたということでした。何故エルサレムではなくローマにカトリック教会の中心が置かれたのか理解できました。

ところで私はこの日お説教を拝聴しながら思い出すことがありました。

お説教の中で選善の決心についてのお話しのとき、”入祭文に「主は私の光り・・・」とあるように洗礼の水によって救い出されご聖体によって養われて天国の本当の光りに導きだされる・・”と聴きながら、ひとつのイメージが広がりました。

私たちが今いるところは薄暗い湖水のなかのようだと思い、湖面の上から注がれる光は天国の光りのようだとイメージしていました。水の中で泳ぐどの魚も今泳いでいる薄暗い湖水のなかがそれほど居心地の悪いところと感じていないようだ。でも光に向かう魚はきっと光そのものに引き寄せられている。

するとそのイメージがある過去の記憶と結びつきました。

それは小さい時の体験で、たぶんまだ10歳くらいの頃のこと、食卓のテーブルを囲む年配の女性たち(母とか祖母とか叔母とか・・・)が会話してます。
「こんなふうに食べて笑って泣いて毎日過ごして歳を取って一生過ぎて行くのかね」みたいな意味の会話でした。小さい私はその会話を黙って聞きながら「違う、そんなんじゃないと思う、生まれてきて生きるというのは」とこころのなかで感じました。そんなことの繰り返しでそのまま終わるのではないと感じる自分の気持ちに驚きそのことを忘れられなかった。それは薄暗い濁った生温い湖水の中で漫然と泳いでいるようなもので、何かもっとあるに違いないとと感じたのでした。

まだカトリックのことを何も知らかったのに、そんなふうに感じていて、その何かというのが何を意味するか分かったと思ったときの喜びは大きいものでした。でも、うっかりするとすぐに薄暗い海水のなかを漂う安易な気楽な惰眠に引き込まれそうになるのを感じてハッと思います。そのハッという思いがこのお話しの中で甦り、私は海水の中に浸りきって泳いでいるのではなく、いつも光の方海面の上から注がれる光を望もうと思いました。

お説教を聞いて、光の方湖の上の方から注がれてくる光をもっとしっかり望もうと思いました。薄暗い水のなかで眠り込んでいず光に向かって水の上に顔を出そうとしなければ眠り込んでしまうから大事なことはその光を望んで水の中から出ようとすることだと思いました。

ちょうど私はペトロの船の網にかかり舟の上に引き上げられる魚なのでしょうか。

この日のミサ典書でこの人をすなどるペトロの話の時に、なんて適切な入祭文とか配置されているのだろうと思いました。私は奉献文の中にあるように「わたしの目を照らし給え、私を死の中にねむらせ給うな!」といつも注意深く祈らねばなりません。この世の薄暗い水の中泳ぎ回るだけでなく、あらん限りの力を振り絞って上からの光りを絶え間なく求め続けたいと思います。

ファチマやルルドなどでマリア様が光そのものとして光の中に光と共に御出現されましたがその光を認識すると光の世界の方がリアルな現実となり、この世という薄暗い湖水のなかは通り過ぎるべき通過する世界だとわかります。

「光よ、私の目を照らし給え、私を死の中にねむらせ給うな」といつも祈り続けたいと感じます。

話が私事になってしまった後ですが、もう一つ教皇様のために祈ることが大切とわかりました。ファチマの子どもたちが教皇様のために祈ったように。

そして、今日のもう一つの祝日の「マリア様の御訪問」を黙想しました。マリア様は教会のイメージであり、ご聖櫃のようにイエズス様を運ばれた、ご胎内のイエズス様によって洗者聖ヨハネはすべての汚れをゆるされた、マリア様のいらっしゃるところにはイエズス様の恵みもすべて一緒に行きます、マリア様のようになりますようにイエズス様をいつも身に運ぶものとなりますように、カトリック教会がマリア様のイメージを実現することができますように、とのお話を心に刻みました。

それとともに今日の聖福音の魚のイメージのように光の中に出ることができるようにとのイメージのように、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんたちのためにその命が守られねばならないとご訪問の信心として教会は教えているとのことマーチフォーライフがすぐ近くに迫る中この祝日はすごい良いタイミングだと思いました。

神父さまいつも素晴らしいお説教をありがとうございます。

【報告】【東京】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

7月2日の公教要理の報告です。

ヘロデ大王までのイスラエルの地理と歴史を復習して、それからヘロデ大王の子どもたち(たくさんいる子どもたちの中の聖書に出てくる3人の子ども)について学びました。
復習
1、ヘルモン山のずっと南にあるフィリッポのカイザリアという所から湧き出る水を起点とするヨルダン川はそのまま南に下りフレー湖ガリレア湖(-208m)そしてついには死海(-374m)まで至っている。

2、ヨルダン川の西には高い山脈がそびえていて、エルサレムの都市でも標高800mであり、起伏の激しい険しい地形が交通を遮断したりパレスチナを外敵から守る要塞のようになっていた。(ここはエジプトアラブ・シリア・ヨーロッパなどの地方を結ぶ交通の要の場所であった)

3、ヨルダン川の西はユダヤ地方、その北にサマリア地方、その上にガリラヤ地方、ヨルダン川の東はトランスヨルダン地方となっていた。

4、アレクサンダー大王が広大な領域を征服した(紀元前4世紀頃)その死後に2人の人物がこのパレスチナ地方を欲しいといった。シリアのセレウコス朝とエジプトのレジド朝(プトレマイオス朝)で争った。結果、セレウコス朝が勝利する。ギリシャの神々を持ってきたが、ユダヤ人がそのことについて抵抗する。そのときにマカベオ兄弟が立ち上がり抵抗する。

5、マカベオ兄弟の中で生き残ったシモンがアスモネア朝という王朝を始める。(ダビデ王朝などは権力がなくなっていても血統は残っていた。)

6、シモンが亡くなると、子孫で後継者争いが起こり、エルサレム神殿も破壊されて、荒れ果ててしまう。特にヒルカノⅡ世とアリストブルⅡ世との争いがひどかった。エルサレム神殿のなかでは儀式は行われていたが壁は崩れ廃墟同然だった。

7、共倒れになるので、ローマに仲介を頼んだ。ローマのポンペイウスはそれを機にエルサレムを平定してしまう。シリアもイドゥメア人のアンティパルのコントロールのもとにいなさいと言われる。紀元前63年。アスモネア朝はシリアの総督の管轄のもとに置かれた。

8、ローマではカエサルがポンペイウスと戦う。アンティパルは寝返りカエサルに靡いてポンペイウスと戦う。アンティパルはカエサルのもとでも(ユダヤに)支配権を持つことになる。ヒルカノ2世やアリストテル2世に対して分国王としての地位を与える。アンティパルは総督の地位に昇り詰める。しかし毒殺される。

9、その子供のヘロデは世襲制ではなくローマの許可が必要とされるためにローマへ行く。分国王となれと言われる。カエサルの命令。ヒルカノ2世は司祭となれと言われる。

10、ローマの力が弱体化したのを機に、アンティゴン(アスモネア朝の子孫でアリストブル2世の子供)が立ち上がる。ヘロデはローマに逃げる。そしてローマから王のタイトルをもらう。ローマの忠実なしもべとしてアンティゴンと戦う。三年の戦いの後に、アンティゴンはローマで斬首の処刑を受ける。ヘロデはエルサレムに戻って来て、ユダヤ人の王として君臨する。ヘロデ大王となる。

今回のお話し
1、イドゥメア人のアンティパルの子どものヘロデの王の時代ーヘロデ大王

2、ヘロデ大王には10人の妻がいた。そのうちの一人はアスモネア朝のマリアムメであった。

3、ヘロデ大王は残忍で自分の子供でさえ容赦なく惨殺した。ヘロデ大王が死んだときに生き残った子供が三人いた。(アルケラオとフィリッポとヘロデ・アンティパス)

4、ヘロデの子供(ギリシャ語:ὑιος)であるより豚(ギリシャ語: ὑς)のほうがよかったとさえローマ皇帝アウグストゥスから言われた。(あまりの残虐さ故:アウグストゥスの親父ギャグ)

κρείσσον Hρώδου ύα είναι, ή υία
(κρεῖσσον Ἡρώδου ὗα εἶναι, ἤ υἷα)
http://www.snhell.gr/references/synaxaristis/search.asp?id=2202&search=3

Cum audisset inter pueros quos in Syria Herodes rex Iudaeorum intra bimatum iussit interfici filium quoque eius occisum, ait: Melius est Herodis porcum esse quam filium (Ambrosius Theodosius Macrobius, Saturnalia, book II, chapter IV:11)
5、ヘロデの死後アルケラオがユダヤ地方の分国王となる。(カエサルは後に財産を没収してアルケラオをフランスに追放する)

6、フィリッポはトランスヨルダンの王となる。ヘロディアはこのフィリッポとは別のフィリッポと結婚する。しかし、そののち既婚者であったヘロデ・アンティパスは、既婚のヘロディアは結婚する。サロメはまだ小さかった。

7、ヘロデ・アンティパスがガリレア地方の分国王となる。ヘロディアと結婚して咎められ洗者聖ヨハネを殺した。イエズス様の奇跡の話も聞いていた。ピラトとも親友になった。(後にカリグラ皇帝の時にスペインとフランスの国境のあたりに追放された)
聖書の「ヘロデ」とはこのヘロデ・アンティパスのことである。
ひどい人物で、ローマにおべっかを使うために、ティべリアという名前を付けた町を建設するなどした。(ティべリア湖)

8、イエズス様が生まれた時の皇帝の名前はアウグストゥスで、公生活を始めたときのローマ皇帝はティベリウスという。

9、イエズス様が生まれたとき、ユダヤガリラヤ地方では分国王の支配のもと、それなりの平和があった。他民族の王の統治のもとではあったが。

10、ローマはユダヤを独立の自治ではなく、ローマの属州とした。(アルケラオを追放した後に)総督が直々にユダヤを管理することになった。
6~9年コポニウス
9~12年マルクル・アンヒブルス
12~15年アンニウス・ルクス
!5~26年ヴァレリウス・グラートゥス
26~36年ポンティオ・ピラト
36~39年マルチェッルス
以下66年まで続く70年にエルサレムが滅亡する。

感想
復習を丁寧にしてくださるので、難しい歴史や地理も自然と憶えられてきている感じです。

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